職業 職業リハビリテーションにおけるジョブ・コーチングの役割

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職業リハビリテーションにおけるジョブ・コーチングの役割

The Role of Job Coaching in Vocational Rehabilitation

様々なニーズ、態度、技能を競争的な労働市場へとうまく調整し導くには特殊な専門職が必要である。

Raymond C. Doane* & Michael E. Valente*

服部兼敏**

 米国の成年男女のうちのかなりの人々が精神的、肉体的、ないしその両方による体の働きの不全からくる「障害」(“handicap”)を経験する。しかし、これらの男女の多くは、自ら自立し、特定の収入のあがる仕事で成功しようとの気力と可能性を奥底に秘めている。さらに、彼らの多くは、競争的な労働市場で、皆と伍してゆける程度から優秀な成績で働いてゆける程度までの豊かな才能を持っている。

 障害があっても、売り込めるだけの能力と人格をそなえ持った男女は、労働という世界で努力が報いられるように、ふさわしい場所を見つける。彼らには、市民として、この経済社会へ貢献者としてつくす責務がある。身体機能の障害を体験した者たちは、障害を克服しそして就労できるようになろうと心に決め、奮闘している。働けるようになり、ふさわしい賃金を得ることは、その者の生活様式、自立の程度に影響を与える。自立こそが、職業リハビリテーション・プロセス全体の最もふさわしい目標であることは良く知られている。

 人間の体は正に「複雑な機械」である。最も「複雑な機械」は見る、聞く、話しそして伝える、考えそして理論づける、食べ、飲み、そして排せつする。神経─筋─骨の屈曲、コントロール、そして調整をする。心血管の体系化、呼吸、腺の組織化、といった広範な体の機能を働かせる生まれながらの能力を持っている。体の機能すべてが「いつでも動く状態」にある人は明らかに幸せである。他方、体の機能が「いつでも動く」状態にない人々は通常、医学的、教育的、そして職業的サービスを組み合わせた矯正ないし克服を目的とした配慮を必要とする。要点は、配慮がいかなるものであれ、これらの個人は競争的な労働市場で就労するための「ジョブ・レディネス***」を高め、維持するための特別な援助を必要としているということである。

 今日の職業リハビリテーションにおいて目が向けられつつあるのが、「競争的な雇用という場で他に伍してやってゆける」から「優秀な成績の働きをする」までの十分な能力を持ったクライエントへの援助の問題である。これらのクライエントたちは「非常に能力ある障害者」(“very able disabled”)と言われるものたちである。競争的な雇用状況における彼らのためのフォロー・アップないしフォロー・アロング****・サービスの中身はしばしば無に等しい。労働市場においてふさわしい就労の機会があるならば、彼らの成功もあながち不可能ではないし、また成功のチャンスも大きい。

 能力の程は「非常に能力ある障害者」というには適当ではないが、別のグループのリハビリテーションのクライエントがいる。もしふさわしいジョブ・レディネスを高める活動と経験の場が与えられるなら、彼らもまた、労働の世界で成功へ向けて一段また一段と階段を昇ってゆくであろう。彼らはシェルタード・ワークショップで働いたという経験を生かし、一般就労の前提となるジョブ・レディネスを高めてゆくかもしれない。クライエントのシェルタード・ワークショップ雇用センター(Sheltered Workshop Employment Center)での成功は重要であり高く評価される。しかしながら、可能なかぎりこれらのクライエントは競争的な労働市場で就労する準備ができていなくてはならない。あくまでも、仕事に就き、成功をおさめることが目標とされるべきであろう。したがって、そのゴールに彼らが達せられるためのジョブ・コーチ(job coach)の援助は不可欠である。

 カウンセラーないし職業専門家によって「ジョブ・レディ」(“job ready”)だと指摘されたクライエント・労働者(client worker)*****はジョブコーチとして知られている熟練した職業リハビリテーション専門家のサービスを受けるであろう。ジョブ・コーチングというプロセスは今や職業リハビリテーションの重要なパートとなりつつある。ジョブ・コーチングをこれ程までに推進させる主たる力はクライエントの職場における働きぶり、実績、そして成功である。

ジョブ・コーチングとは何か

 ジョブ・コーチングは職業リハビリテーションプロセスにおける就労活動を機軸とした重要な活動である。ジョブ・コーチングの焦点はクライエントないしクライエント・労働者のグループに対して、すべて競争的な就労という場面設定の下に(a)賃金が支払われる雇用状態、(b)特定の作業場面(work station)、そして(c)特定の職場に適応するよう、カウンセリングを行い、勇気づけ、そして援助することにある。ジョブ・コーチングの究極目標ないし望ましい結果とは、それぞれのクライエント・労働者が、特定の有給の仕事において人間的および職業的な自立を成し遂げ、職業的成功へと導かれるような何かしらの手段を手にすることである。

 ジョブ・コーチは、実際の職場で実を結ぶサービスを提供することにその真価が認められる全職業リハビリテーション・チームの重要なメンバーである。彼のサービスは(a)クライエント、(b)クライエントの同僚、(c)クライエントに直接かかわる監督者ないし中間管理層、そして(d)最高経営者に利益をもたらすことに向けられている。ジョブ・コーチの責任は二肢にわたっている。それらは競争的な就労へのクライエントのレディネスと適応、そしてクライエント・労働者のすぐれた業績と仕事における成功である。ジョブ・コーチング本来の活動は通常(a)個人的側面、(b)一般教育ないし成人教育、そして(c)職業ないし職業的準備として分類されるクライエントの問題の解決を含む。

ジョブ・コーチは何をするか

 ジョブ・コーチは第一に「人と人との諸関係」(“people relationship”)を直視する責任がある。これらの諸関係は、クライエント・労働者、職業リハビリテーション・カウンセラー、ジョブ・レディネス教育担当者、職場開拓・配置(job placement)担当者、雇用主、そして職場の監督者との間に作り上げられる。このような諸関係の成立はクライエント・労働者と雇用主双方にとって最も得になるにちがいない。

 実務におけるジョブ・コーチの望ましい職務内容は次のとおりである。

1.クライエント・労働者の職場での成功の鍵である就労を競争活動として見る管理者ないし中間管理者と生きた関係を結ぶ。

2.クライエント・労働者が会社の基本政策、仕事の仕方、製品、サービス、基準(standard)、手当等、そして昇進等の機会になじんでいくのを手助けする。

3.会社の人事政策およびその実務を支持し、遵守する。

4.クライエント・労働者と生きた関係を結び自己実現がされ、仕事がうまくいくように導く。

5.クライエント・労働者のジョブ・レディネスを高め、保持するために成人教育、職業教育担当者と一緒に働く。

6.クライエント・労働者のしあわせをこわし、勤労意欲、そして生産性を下げるおそれの多い諸状況や環境に対して十分注意を払い、問題を正す。

7.パーソナル・クライシス・カウンセリング(personal crisis counseling)******をいつでも行えるようにしておき、クライエントの働きぶりに影響する種々の、個人的、教育的、ないし職業的問題を解決することに集中する。

8.労働者の業績評価の基準を設定し、かつ達成させるにあたって監督者を援助する。

9.労働者の業績評価を行い解釈するにあたって監督者を援助する。

10.必要に応じ、時間やエネルギーを節約し、また生産性ないし作業水準を維持するため、作業場面(work station)においてクライエント・労働者の動作を分析し改善する。

11.クライエント・労働者とその同僚がたがいに歩みより一体となるような手段・方法を育てる。

12.同僚がクライエント・労働者に固有な心理─社会─生理的な困難について理解し、いやな思いをしなくてもよくなるよう援助の手を差しのべる。

13.シェルタード・ワークショップ場面での就労から競争的な労働市場へと移行してゆく適応プロセスにおいて、クライエント・労働者に協力する。

14.特定のクライエントのために職場を捜し出してくる職業リハビリテーションの職場開拓・配置担当者と一緒に働く。

15.「ジョブ・レディ」(“job ready”)なクライエントにふさわしい職場に常に気をつけていて、それを見つけ出すこと。

ジョブ・コーチはどんな技術を持つべきか

 ジョブ・コーチは障害を体験しているクライエントの雇用をめぐる問題に取り組むについて「人と人との諸関係」を活用する責任を負っている。ジョブ・コーチとなるに必要な専門的条件は、彼のクライエントに対するそして雇用主に対する責任の性質からして実にユニークである。ジョブ・コーチとして働こうとする男女を養成するために、次のような準備や経験的背景が求められる。(1)パーソナル、教育的、そして職業的カウンセリング、(2)産業/経営管理、設備・装置、製造工程、(3)成人および成人基礎教育、(4)技能および職業教育、(5)自己啓発への心理・社会的動因、(6)面接および職場開拓・配置の手法、(7)政策、仕事の仕方、そして職務専念への周囲の期待を被用者に理解させること。

ジョブ・フォアマン*******はジョブ・コーチとどのように違うか

 通常、ジョブ・フォアマンの責任は生産管理および水準の保持に視点がすえられている。ジョブ・フォアマンは「物指向」(“thing oriented”)ないし「職務指向」(“task oriented”)である。

 普通、フォアマンは完成しいつでも市場に出せる物の数量に関心を持っている。彼は一定の時間内に実施される作業そして配下の労働者の生産性に責任を負っている。

 それに対し、ジョブ・コーチの主な責任は「人と人との諸関係」を保持することにその焦点がすえられている。男であれ女であれ、ジョブ・コーチは、被用者のためのカウンセラーとしての働きをする。特定の個人ないし複数者からなるグループの就労の成功へと努力が傾けられている。ジョブ・コーチの通常の仕事は個人的な、教育的な、そして職業的な問題を解決することである。またジョブ・コーチはジョブ・フォアマンと一体となって、それぞれの労働者がたしかに生産性を維持するようにする。時に、ジョブ・コーチは時間外にも問題解決にあたらなければならない。

ジョブ・コーチの根拠

クライエントの観点から

 クライエント・労働者にジョブ・コーチの役割が適切に伝えられ、正しく理解されているとしたならば、クライエントは常にだれから援助を受ければ良いかを知る。クライエントはジョブ・コーチの本来の仕事が「コーチ」し援助することにあると知る。クライエントは行きづまり、フラストレーション、落胆、そして過度の疲労から救ってくれるジョブ・コーチに感謝する。クライエントはまた、時を得た励まし、動機づけ、自信をつけさせてくれるようなささえの言葉をうれしく思う。職場の内外を問わず、クライエントが経験する多くの問題に対し、ジョブ・コーチは状況を解決すべく訓練され、援助するように指名された人である。

雇用主の観点から

 雇用主にとっては「ジョブ・レディ」として指名された新しい被用者に、その被用者のジョブ・レディネスを保ちそして成功へと導くよう訓練されいつでも援助してくれるような熟練した担当者がついていることはありがたい。雇用主は生産率に影響をおよぼし勝ちな労働者の個人的な問題をフォアマンが解決しようとしたときジョブ・コーチの力をたよりにすることもあろう。身体的機能の障害の有無にかかわらず、すべての被用者がある種の援助を必要とすることは全く明らかである。フォアマンが生産上の問題を解決し、ジョブ・コーチがパーソナルな問題を解決するような労務部門を作ることは、時間とエネルギーの節約という管理上の観点からしても経済的に引き合うものである。

リハビリテーション・カウンセラーの観点から

 リハビリテーション・カウンセラーは、ジョブ・コーチングという活動を、クライエントの生活を自立させ、仕事の実績を上げる手段を具体的に実践に移す方法であると見る。クライエントが「ジョブ・レディ」と判断されたとした場合、ジョブ・コーチは職場開拓・配置プロセスにおけるカウンセラーにとって大きな力となる。日常的な業務において、ジョブ・コーチはジョブ・レディネスを保持し雇用の継続を確かなものとするためにも有益であろう。クライエントが職業的に成功するのをますます確実なものとしよう。職場への配置直後におけるジョブ・コーチによるフォロー・アップおよびフォロー・アロング・サービスが時を得て行われることは職業リハビリテーション・プロセス全体にとって極めて重要である。たぶんリハビリテーション担当者の手中にはジョブ・コーチングよりも効果的なフォロー・アップとフォロー・アロング・サービスはないであろう。

要約

 多くの重度障害者は、競争的な労働市場で伍してゆける程度から優秀な成績を修められるまでの職業的実績を上げるだけのやる気と能力を十分持っている。仕事への準備、配置、そして継続的な雇用といったふさわしい機会さえ用意されるならば成功は十分考えうる。

 シェルタード・ワークショップで働いた経験を手がかりにして、競争的な労働市場で就労するためのジョブ・レディネスを高めてゆくクライエントもいよう。多くのクライエントにとって、仕事に就き、競争的な雇用の場で成功をおさめることは究極のゴールとされるべきである。そのゴールへ向けてのジョブ・コーチの援助は不可欠である。「ジョブ・コーチング」というプロセスは、クライエントの競争労働市場における業績と成功がその主題であるような職業リハビリテーションにおける新しい不可欠な部分である。ジョブ・コーチの職務とはクライエントの就労、作業実績、そして仕事の成功へ向けてのレディネスと適応である。ジョブ・コーチは競争雇用へと適応してゆくクライエント・労働者にとっての問題解決屋として知られている。ジョブ・コーチについての典型的な職務には「人と人との諸関係」につらなった多くの仕事が含まれている。本質的に、ジョブ・コーチは「仕事を人に合わせ」そして「人を仕事に合わせる」という不断のリハビリテーション・プロセスに貢献する。

Journal of Rehabilitation, Nov.-Dec. 1977から)

*シカゴ・ユダヤ職業サービス、職業カウンセラー
**国立身体障害者リハビリテーションセンター職能判定専門職
***job readiness いつでも働ける状態を言う。このジョブ・レディネスを目的としたプログラムとは履歴書の書き方、面接の受け方、正しい勤労習慣、仕事の捜し方、等がある。
****follow-along プログラムの事後的評価であるfollow-upに対応するもので、プログラム進行中の評価をいう。
*****job coaching では、対象者はクライエントであり労働者であるとしてこの用語を用いる。
******緊急時、たとえばクライエント・労働者が個人的なトラブルをおこし仕事が手につかなかったり、ミスをおこしてやる気を失って生産ラインを離れたといったとき行う、現場でのカウンセリング。
*******job foreman 職長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1979年7月(第31号)36頁~40頁

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