Edward Steinfeld*
野村 歓** 吉田紗栄子***共訳
米国では、ここ数年来「障害をもつ人々にも利用できる建築物」ということが、社会の話題として、大きく取り上げられてきた。
1961年には、「建築物および設備を身体障害者にも近づきやすく、使用できうるものにするためのアメリカ基準仕様書」(以下アメリカ基準仕様書と称す)が成文化された。その後、連邦政府、州、および地方政府機関が次々にこの基準を採択するようになり、このような建築物は、設計者の個人的な研究対象として取り扱われる段階を越えて職業上の義務として設計されるようになった。
基準改正によってバリア・フリー・デザイン1を必要とする建築物の範囲が広がり、設計者は、いまや専門家としてバリア・フリー・デザインに関する理解をより一層深めることを施主や社会から要求されている。つまり、バリア・フリー・デザインの目的を理解することから始まり、基準の発展過程、具体的な問題に対する技術的な知識等を豊富に持たなければならなくなったのである。
バリア・フリー・デザインの基本的な目的は、障害をもつ人々に健常者と同等の機会を提供することにある。この目的の根底となる考えは、人的なものだけでは対応しきれなくなった障害者へのサービスを環境的なもので補っていこうとするものである。バリア・フリー・デザインによって健常者は障害をもつ人々にも能力があるのだということを教えられる-働けるし、結婚もできるし、子供を育てることもでき、すばらしい友人となれるし、隣人でもあるのだということを-。この認識は、障害をもつ人々自身の助けとなるばかりでなく、社会の固定観念を変える一助ともなりうるものである。
バリア・フリー・デザインがごく限られた人々のためにしかならないのではないかと、反論をとなえる人がいることもまた事実である。しかし、米国における障害者数は少なめに見積っても全人口の2%、一般的推計によれば5%、さらには、12%という数字までだされているのである。この数字のちがいは、推計者により、障害者の定義が異なることに起因するものである。
例えば、この中には三通りの定義が含まれている。まず第一に、慢性の障害をもつ者、第二にある具体的な行動ができない者、第三に仕事や家事をする際に行動が制限される者などである。それぞれの定義は同じデータを使ったとしても、ちがった推計を出す結果にもなりうる。
建築物の設計という観点から見ると、ある具体的な行動能力について考慮するというのが適当であると思われるが、現在のところ推計に必要な適当なデータが得られない状況である。この定義をつかうとしても、建築物のどの部分の設計であるかによって恩恵を受ける人々の層はだいぶ変わってくる。例えば、体力のない人や車いす使用者や歩行用の補助具を使用している人々(約1200万人)には、歩道や斜路の勾配がゆるい方が便利である。一方エレベーターの操作パネルに点字を使っても重度の視力障害者(約170万人)のためにしかならないといえる。
このほかにも考慮すべき点は多々あるが、まだ十分研究されているとはいえない。例えば、一時的に障害をもつことになる健常者も多いし、また、だれでも老人になればなんらかの障害をもつことになる。つまり、だれにでも利用できる建築物をつくるということは、将来的にみて潜在的な障害者となりうる人々に恩恵を与えるものであるといえる。そして、建物の利用率は健常者の場合より障害をもつ人々の方にばらつきが多いともいえる。ある活動への参加のしかたにはいくつかのパターンがあるが、それが特別な障害をもつことにより制限されているのか、あるいは動機的な要因によるものか、それともその両者がかかわりあっているのかのいずれかであると考えられる。建築物の利用率は、利用者の性別、職業別、教育の程度などによりさまざまである。結局のところ、人口に対する障害者の割合は、その地域の都市化の程度や位置により異なってくる。従って、バリア・フリー・デザインの恩恵を受ける人々の数は建築物の用途、利用者層、立地等によりかなりちがうものになってくるはずである。
ある特定の障害が影響を及ぼす範囲がいつも優先権設定の確実な基盤となりうるとは限らない。例えば、全米には車いす使用者は、150万人程度しかいないが、この人たちの要求を満たすことは、松葉杖や補装具等を使用している多くの人々や内部障害をもつ人々のためにもなりうるということを考えれば、車いす使用者を公分母としてもよいと考えられる。
多くの場合、建築物を障害者にも利用できるよう改善すると、健常者にも利用しやすくなる。例えば、ドアの開閉がしやすくなったり、危険なつまずきがほとんどなくなったりする。つまり、アクセシビリティ2の達成は間接的に建築物の安全性を増す役目を果たしたといえる。例をあげれば、視覚警報装置、すべり止めのしてある路面、段差の除去などである。このような点は大いに評価すべきであり、保険の費用負担の軽減にも役立っている。
建築物のアクセシビリティに関して、その優先順位をどのように決めるかは、建築物の用途によって異なってこよう。
新築の場合、基準を達成するために余分にかかる費用はせいぜい全建設費の1%である。時には1~2%程度になることもあって、基準に合致することよりも費用負担の問題が重要になってくることもある。このような計画の場合には、建築物の注意深い分析を行い、利用者の見通しを十分に検討しなければならない。
1959年以来、連邦政府の建築物をバリア・フリーにするため自発的な努力がなされてきたが、実際はあまり刺激剤にはならなかった。1968年にバリア・フリー法(PL90-480)が公布されて以来、連邦政府は新築建物を基準に見合ったものにするために資金援助を行ってきた。この基準となるものは「アメリカ基準仕様書」である。
2~3年前までこの法はあまり守られていなかった。1975年に会計検査院が連邦政府の建築物314か所を調査したところ、1968年以降に建設された建物のうちどれ一つとして基準にあったものがなかったという結果が出てきた。
ビル建設を管轄する連邦政府機関は、バリア・フリー・デサインの規則や基準を設けてきた。そのうちのいくつかは1968年のバリア・フリー法にのっとったものであり、またあるものは特別プログラムの必要性に応えて作成されたものであった。過去5年間にこのような規則は急増し、その実施も拡大されるようになった。
このような変化は、1973~74年のリハビリテーション法制定によるものと考えられる。この法はバリア・フリー・デサインに関する連邦法の中で最も重要な条項となった。この法の503条では、2500ドル以上の連邦契約を持ち15人以上の雇用者をかかえる事業所は、単に障害を理由に障害者の雇用を拒否することができないと明記している。また504条では公共の用に供する建築物(学校・病院を含む)のうち、連邦政府から資金援助を受けているものについては、障害をもつ人々の受け入れを拒否することはできないと定めている。さらにこの法は、建築と交通に関する障害をなくすために、委員会を設け、連邦政府の定期的活動の調整役を果たしている。
実際には503,504条は、1977年にHEW(保健教育福祉省)が規則を公布するまで施行されなかった。この規則によれば、施設や設備の不備のため障害者の雇用やサービスを差別することは禁じられている。504条では、サービス提供者が、障害をもつ人々にも利用できるよう、3年以内に施設の改善計画を考えるよう要請している。そのデザインの基準としては、現行のアメリカ基準仕様書が採用されている。アクセシビリティ計画の概念は、障害をもつ人々が健常者と同様のサービスを受けられるように設備を整えるというものである。HEWの市民権局は503,504条の説明書を出版した。この説明書はアクセシビリティ計画の一般的概念に具体性をもたせ、この規則を適用すべきところとそうでないところとを明確化している。今後、雇用主やサービスを受ける側からの苦情に即応して対策が講じられることとなろう。
事実いくつかの連邦政府機関は、ごく最近になって、その資金計画に関する基準と指針を発行したばかりである。各州ともそれぞれバリア・フリー・デサインに関する法律を定めているが、その多くは1968年のバリア・フリー法にのっとっているものの、デザイン基準は州ごとに多少異なっている。ある州では、この法律に具体的なデザイン基準を含めているが、他の州では、州建築法にアクセシビリティに関する項目を入れている。またある州には、独自のバリア・フリーに関する条例がある。バリア・フリー委員会を設置している州も多く、基準施行に関する権限をもたせ、公聴会を設けるなどして条例を守る努力を重ねている。州条例により規定されている対象となる建築物は異なっているものの、より包括的な方向へと動いていることは確かである。初期の州法では、その規定する範囲が公共建築物に限られていたが、新しく定められた法令では、民間建築物であっても公共の用に供されるもの、または、賃貸住宅に関しても規定するようになった。
都市や地方によっては、地方建築法その他と併せてバリア・フリー・デザイン法や条例を定めている。障害者団体運動が盛んであり、かつ州法や条例が不適当であると考えているような地方では、独自の条例を設ける傾向にある。
バリア・フリー・デザインに関する法は数多いが、絶対的なデザイン基準はない。「アメリカ基準仕様書」がそれに最も近いと思われるが、この基準が定められた17年前と現在とでは、必要な情報量がはるかに広がってきているのである。州政府および連邦政府機関、それにモデル建築法グループが独自の技術基準でこのギャップを埋めてきた。このような基準の大部分は、個々の障害者擁護者や弁護士の意見にもとづいており、基準適用建築物の用途別に具体的なニードを反映している。とはいえ、現行の技術的基準がまちまちであるということは疑う余地もない。
このため「アメリカ基準仕様書」の担当者は基準の見直しをせまられ、2年間かけて改正し、新基準は、認可直前の状況にある。この改正は、できるだけ多くのデザイン基準調査をとり入れ、設計者、障害をもつ人々、産業グループ等からの要望を大量に盛り込み、細心の注意をはらって展開してきた一連のデザイン基準である。
このような合意にもとづいた文書を広い範囲にわたって適用するには、連邦・州・地方政府の定常的手順によるところが多い。従来通り各機関は規則の公布や改正ごとに専門家や障害者との話合いを続けると思われる。実際の経験と障害者を援護する人々とが規則の発展に寄与することになるのだが、基本的な“人体寸法”からの要求(例えば、カウンターの高さ、動きやすいスペース等)に関する研究や規則の社会的経済的局面からの研究が、さらに信ぴょう性のある知識の基礎を提供することになろう。
人体寸法からくる要求に関しての初期の研究では、その対象者、研究方法、結果等を十分実証することはできなかった。デザイン基準の多くはリハビリテーションセンターにいる患者の中から少数の障害者を選んで行った実験に基づいて作られ、被験者を他の障害者の中でどのように位置づけるかに関してもほとんど考慮されていない状態であった。他の国々で行われた初期の段階での研究は、建築方法、リハビリテーション技術、設備等において米国とは異なっている。初期の段階において基準の経済面に関する研究については「新築時におけるアメリカ基準仕様書の適用」の費用に関するものに限られており、基準の社会面に関する研究は皆無であったといえる。
1974年以来、人体寸法や経済性に関する調査がひんぱんに行われるようになってきた。このような調査はよくできているし、また信頼できるデータを得るため注意深く計画されている。研究の大部分がいまだ進行中とはいえ、我々のもつ知識は実質的に改善されてきた。しかし、社会分野の研究だけにはいまだ多くの未解決部分が存在する。例えば、建築物のアクセシビリティが障害者の行動を拡大するのにどれほど役に立ってきたか、障害者が入居できるアパートがどれくらい必要なのか等についての調査をもとにしたデータが不足している。
このように一方では知識が豊富になってきているにもかかわらず、基準の決定に際しては、いまだ事実よりも意見に基づくことが多いのが実情である。我々の知識の基盤を向上させることは、基本的な情報のための共通のよりどころを確立する一助となり、おそらくより一貫性のある信頼できる決定を下すことになるのではなかろうか。503条と504条の施行が進むと共に改善の必要性がより明確化されると思われる。
数年間の地味な運動を通じて、連邦政府の法令の施行は今やっとその影響を与えはじめた。種々の計画をすすめ調整や解釈等を経て、法令化のプロセスのメカニズムが徐々に改善されてきた。多少の差はあるにせよ、各州とも法令化のメカニズムを発展させてきている。
全体的にみて、デザイン基準の一般的な社会的論争はさまざまであるとはいえ、この10年間のバリア・フリー・デザインの傾向は法令化や基準化にあるといえる。法令や規則の数はこれからもおそらく減ることはないと思われる。法令化の経験や豊富な知識により、多くのコンセンサスをえ、矛盾を少なくし、より効果的な障害のないデザインをうみ出すことができるであろうと思われる。
(March, 1979から)
*建築家。ニューヨーク州立大学建築環境学部助教授。ASA117基準委員会幹事。本稿は教授が雑誌Architectural Recordに6回にわたり掲載したもののうち最初の2回分を抄訳したものである。
**日本大学理工学部助教授
***日本大学大学院生
1建築的な障害のないデザイン
2建築物を障害者にも利用できるようにすること。
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1980年3月(第33号)19頁~22頁