国際障害者年の目的及び行動計画に関する技術的会合(Technical Meeting)と地域セミナー(Regional Seminar)から

国際障害者年の目的及び行動計画に関する技術的会合(Technical Meeting)と地域セミナー(Regional Seminar)から

―ESCAP(国連・アジア太平洋地域経済社会委員会)主催のバンコク会議報告―

厚生省社会局更生課課長補佐 昆 精一

はじめに

1980年9月9日~12日と15日~19日の2週間にわたり、ESCAPの主催による「国際障害者年の行動計画に関する技術的会合(政策担当者レベルの討論)と地域セミナー(政策決定者レベルの協議)」がタイ・バンコクで開催された。

 この会議は、国際障害者年の目的として掲げたことをいかにして実現していくかの研究討議を行うものであるが、日本からは、国連・国際障害者年事務局及びESCAPのたっての出席要請にこたえ、総理府・国際障害者年担当室の瀬田参事官と在バンコク大使館の村岡書記官それに筆者が政府代表として出席し、また今年の春来日した国際障害者年事務局長(Z.L.N’KANZA女史)からこの話を聞き及んで日本代表団の派遣をPromoteした八代英太参議院議員が代表団のAdviserの資格で出席した。

●会議開催の背景と目的

1.これまでに既にいわれているように、国連は、全世界の障害者を総人口の約1割の4億5千万人にのぼると推定しているが、その大半は、予防とリハビリテーションの欠如の著しい開発途上国に居住しており、しかもほとんどの場合非常に貧しく、社会の偏見や差別も強いなど、困難な環境に置かれている。

 国連の基本的な認識は、「この膨大な障害者の大半の状況は、世界にとって、人道の点からも社会の発展の点からも『受け入れ難い(=よろしくない)(unacceptable)』ものであり、国内的、地域的そして世界的レベルで、変革が求められている」というものである。このため、国連総会は、1976年12月16日の決議により、1981年を「国際障害者年」IYDPとし、テーマを「安全参加」(後に「安全参加と平等」と拡大)と宣言するとともに、次の五つの事項をこの国際年の目的として掲げた。

① 障害者の社会への身体的及び精神的適合を援助すること。

② 障害者に対して、適切な援護、訓練、治療及び指導を行い、適当な雇用の機会をつくり、また障害者の社会における十分な統合を確保するためのすべての国内的及び国際的努力を促進すること。

③ 障害者が日常生活において実際に参加すること―例えば公共建築物及び交通機関を利用しやすくなることなど―についての調査研究プロジェクトを奨励すること。

④ 障害者が経済、社会及び政治活動の多方面に参加し、及び貢献する権利を有することについて、一般の人々を教育し、また周知すること。

⑤ 障害の発生予防及び障害者のリハビリテーションのための効果的施策を推進すること。

 国連総会決議の形で以上のテーマと目的を示すことにより、人類は、地球上4億5千万人の心身に障害のある人々のためさまざまな行動をとるよう、これまでにない大きな歩みを始めたのであるが、これを実際に推進するためには、各国の国内的努力は無論、国際協力が是非とも必要である。

2.このような観点から、国際障害者年諮問委員会(1978年末に国連内に設置)は、世界各地域(例えばアジア、アフリカというレベルの)における、予防とリハビリテーションに関する経験交流とIYDPの目的の実現のための「最も効果的な方法」(特に後進地区における)を検討するための「地域会議」の開催を提唱していた。これは、1979年暮の国連総会で採択した、「’80年―’81年・IYDP国際行動計画」の中の地域事業のひとつとして承認されたが(第70項及び71項参照)、先般、世界4地域のトップを切って、まずアジア・太平洋地域会議が開かれたものである。

 この会議を開くに当たっての共通認識は、「障害の問題の大きさのゆえに、社会資源、知識及び経験をプールすることが重要である―特に、用具、援護、リハビリテーション・チーム職員の養成方法、後進地域への戦略、早期発見と予防計画などの予防とリハビリテーションの全分野における発展を図る場合のむだを省くため―」というものであったが、知識や経験を交換するだけでも有益であるし、何よりも互いに良い刺激となるものと思われた。

●技術的会合(9月9日~12日)

1.参加者

○各国代表:オーストラリア、バングラデシュ、中国、フランス、香港、インド、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、オランダ、フィリピン、韓国、スリランカ、タイ(計15か国、ただし、フランスとオランダは宗主国として)

○国連機関代表等:IYDP事務局長、IYDP諮問委員会、ユニセフ、国連開発計画委員会、ユネスコ、ILO、WHO、CSDHA(社会開発人道問題センター)、学識経験者(4人)

○オブザーバー(民間団体からの):ICSW(国際社協)、WCWB(世盲協)、YWCA、AFB(世界盲人連盟)

2.会議内容

 ①各国の現状とその下でのIYDPの目的遂行方策について

 各国の障害者に関する現状とIYDPへの取り組みについて、各国(中国、フランス、オランダを除く12か国 )からのNational Statementsの形で発表された。

 各国声明は、一般的情報、データ収集、用具、人材養成施設、法の役割、障害者の決定への参加、教育、広報活動、予防・リハビリテーション・統合のための施設、施設遂行のための政府・民間の役割、リハビリテーションの分野での技術協力といった点に触れるものであった。

 各国の状況を総括すると、データが一般的に不足しており、それが問題の十分な把握を不可能にしていること、予算の制約が障害の予防とリハビリテーションの貧弱さや専門職の不足・流出を招いていること、法制の不備と社会の障害者に対する社会の姿勢が障害者の権利を阻害していることであり、その対策として、データバンクや情報システムについて関心が集まり、また障害者の人権保障のため、法律の見直し・制定、そして社会の姿勢の変革の促進が必要であること、技術協力が重要であるが、それは主として、専門家の交流、リハビリテーション人材の養成、障害者のための情報の提供、安価な用器具の開発といった分野においてであること、交通・情報手段の不十分さのため行政サービスや専門職が都市に集中するのでこれをいかにして地方へも供給するのか、ラジオやテレビの有効な活用法といったことが話し合われた。

 このような対策を進めるためには、人材養成と研究のための地域的研究所が必要であるということで一致し、「テヘラン・リハビリテーション研究所」の再興の可能性も検討されたが、国連事務局からは悲観的な見通しが示された。

 このような困難な状況ではあるが、国際害者年関係活動として各国は何とか可能なところから―例えば予防とリハビリテーションのためのマスメディアを使っての民衆の教育、現存する施設の強化、障害者のこの国際年事業への参加、地域社会の障害者に対する姿勢の改善、専門人材の養成所の設立―に努力していく意欲を示した。

 しかし、その政策のレベルは全体として低く、アジア各国担当者の苦衷が察せられるものであった。

 ②国際障害者年行動計画の遂行方策―特にリハビリテーション・サービスの届かなかった後進地域での戦略の発展について

 アジア・太平洋地域には22億9千万人の人口(1978)があるが、その70%は後進地域に住んでいるといわれ、その結果、過去の国連関係機関の報告書によると、新生児の10人に1人は肢体、感覚又は精神上の障害を伴っているという(すなわち、開発途上国ではもっと高率であろう)。また、多くの研究は、世界人口の10%は何らかの種類・態度において障害者であることを示しているともいう。

 開発途上国は、一般に障害者の状況を把握しておらず、また生活水準が低い上に、食糧・物資の不足、かんがいや電力等の不足、失業等多くの問題に面しているため、障害の予防やリハビリテーションへの社会資源配分は低いレベルになりがちであって、障害者の人口割合も高く、しかも非常に困難な状況にある。すなわち、大多数の障害者が貧しく、地域社会に貢献する機会もなく、利用できる施設もなく、また勉学や労働に関する可能性が無いとの無知にさらされているという現状認識がこの会議で一致するところであった。

 対策としては、概括的にいえば、まず予防と社会への統合を進めること、加えて、民衆の啓蒙活動、障害の原因の評価、各政策の調整と推進のための効果的な行政組織の設立、予防とリハビリテーションの諸側面における活動を重視することで一致した。

 予防については、これを「予防的装置、早期発見、矯正措置」の3側面の活動を一体的に推進することが必要であり、また、その強化を図ること、民衆の教育(栄養対策や事故防止など単純なことを含む)、基礎的保健事業と地域保険ワーカーの養成、保健事業組織の早期予防活動への指向強化、パラメディカルスタッフの養成、後進地域へのサービス提供のための交通方法の改善もあわせ推進することの重要性について一致した。

 統合については、児童の教育と成人の雇用に分けて検討したが、まず教育については、児童の能力・可能性を追求するため、応用性あるアプローチにおいて実行されるべきであり、職業に対する備えも含まれるべきであり、また就学前の訓練施設が不足するが、その充実が教育を効果的にするので今後整備を進めることが重要との指摘もあった。また、教育のほか、重度障害児のための特別施設は、なお今後とも続いて必要と認識された。

 成人の社会における統合については、経済活動での統合重要性が最も強調されたほか、保護的雇用、保護的ワークショップの必要性もあるが、少なくとも障害者間の統合を図るものであるべきこと、雇用促進のためには、雇用主と労働組合の姿勢の改善が必要であり、そのためには障害者の生産活動の可能性のデモンストレーション活動も役立つであろうし、また交通の問題の解決も是非必要とされた。

 また、統合のためには、スポーツ、レクリエーションも有効であること、障害者がその障害に適合していくための施設整備や人材の確保も強調された。

 さらに、後進地域におけるサービス供給をいかに行うかを熱心に検討したが、主な点は、政府の責任の明確化、各省の調整、費用―効果の観点の障害差に着目しての対応、民間有志活動の活用、人材の養成とその基準化、職員の地域への配置、用具は単純・丈夫・修理しやすいものであるべきこと、以上の対策の実施は注意深く点検・評価されつつ行われる必要のあることなどであった。

 ③国際障害者年活動のフォローアップ行動について

 IYDP国際行動計画は、その第68項の(C)において、各国がIYDPの目標をフォローアップする長期計画を作成するよう規定しているが、各国からは、フレキシブルな計画としたい旨表明された一方、「評価・点検機構」の必要なこと、ニーズを見極める「調査」の必要性、障害者の組織化による執行促進の必要性などが言及された。

 その上で、各国のフォローアップ活動の評価の「基準(Criteria)」がIYDP事務局長から提案され、一応の賛同を得たが、更に検討すべきものとされた。その概要は次のとおりであるが、開発途上国のフォローアップ活動に一応の指針を与えるものといえる。

a 権利宣言(1971年(精神薄弱者の)と1975年(障害者の)のもの)に照らしての法律上の改革

b 障害の予防、障害者のリハビリテーションとインテグレーションのための法と行政上の改革

c 障害者リハビリテーション施設の整備

d 障害の原因を分析し、予防とリハビリテーションの対策の進展を図るための調査研究

e 障害者に対する態度の変革:地域社会と家族の態度とともに、特にマス・メディアの態度の変革

f 技術協力に対する要請

g 国家予算の、予防とリハビリテーションへの配分

h 機会の平等化:特に障害者に対する差別の解消と社会の発展過程への完全な参加を促進する措置

 討論の結果、以上の項目のほか、施策の進展を継続的に評価・点検する機構が重要であり、これも評価基準に含まれるべきものとされた。

●地域セミナー(9月15日―19日)

1.参加者

○各国代表:技術的会合の参加国+アメリカ合衆国

○国連機関及びオブザーバー:技術的会合の出席機関・団体+国際障害者リハビリテーション協会

2.会議内容

 開会にあたり、ESCAP事務次長からあいさつがあったが、この地域で障害の予防とリハビリテーションを進めるべき緊急の必要があるのに対して、問題の困難さのゆえに地域内の協力が更に必要であること、また、協力は具体的な方法と形において行われるべきで、このセミナーでも実際的な措置について協議するよう求めた。

 ① IYDPのための各国の方針について

 セミナーと重複する部分が多いとのことで、ほとんどの国は声明を行わず、日本とホスト国であるタイが声明を発した。

 参加したアジアの諸国のうち、半数はまだ国内委員会も設置しておらず、アジア太平洋地域では日本はやはり、国内の機運、取り組み状況ともずば抜けているようである。

 IYDPに当たり、新しい意欲で取り組もうとしている国としては、韓国と香港が挙げられよう。

 特に韓国は、’81年中に、障害者対策法を制定すべく(今は福祉関係の法律は生活保護を除いてほとんど無いと聞く)日本やアメリカの法制を熱心に研究しているとのことであった。

 ② 予防とリハビリテーションのための地域協力について

 技術的会合と同様のこと―すなわち、重点事項として、データ収集、人材の養成、施策運営の技量、技術的援助と用具、障害の原因と予防技術、研究、情報交流、用具銀行、研修方法、地域協力の機構としての地域中核センターといったことが話題となったが、特に、情報の収集・交流と専門職員養成のための「地域中核センター」の設置の必要性に論議が集中し、意見がわかれたためその構想内容、財源調達、組織のあり方等については、別途検討することとされた。

 ③ 世界長期行動計画の基本構想について

 IYDP国際行動計画の第74項の(C)に基づき、国連IYDP事務局は、各国の指針となるべき「世界長期行動計画」の草案作成に取り組んでいるが、そのアウトラインを次のように示し、論議に付した。

a リハビリテーションのための施設と施策の整備

b 差別の態様の点検の実施

c 児童期からの障害者に関する情操教育の推進

d マスコミによるキャンペーンの実施

e 障害者の自立精神の涵養

f 予防やリハビリテーションの専門職員の障害者に対する態度の改善

g ポリオワクチン運動、交通、労働、家庭の安全運動、栄養・教育・衛生・公害対策、早期発見・早期措置など、予防対策推進

h 重度障害者への援護、教育設備整備、障害者の利用のための環境改善、政策への参加などの「発展過程への参加」の促進

i 地域における協力の推進、など

 なお、この草案はいまだ概念的な整理も、体系的網羅も不十分であり、会議においても、人権の強調、法的整備の重要性など多くの改善点が指摘されたが、来年早々に開かれる第3回諮問委員会までに、このバンコク会議に続く他地域での会議などを経て案の練り直しが行われ、1981年暮の国連総会において決定されることになろう。

●会議をふりかえって

 会議は、当初、形式ばった発表で始まり、各国の実状はつかみにくかったので、ティータイム、ランチタイムでの接触に精を出して交流に務めた。その実感を交えて敢えて総括すればアジア諸国にとって社会保障、社会福祉はまだ遠い山の裾野のレベルのように思えた。「日本では厚生省の予算は国家予算の20%で8兆円、各省のNo.1、国防費(予算の5%)の4倍」と説明した時の各国代表の唖然とした表情を忘れることができない。

 韓国を始め、軍事費が国家予算の3~4割を占める国が多く、人的資源も軍が浪費している国がアジアにまだまだ多いことを思い知らせたのだが、最近のガルブレイス教授の日本に対する警告のとおり、戦後日本の繁栄は、社会資源を軍備から国民の福祉に振り替えたことに起因していることを確認したような気分になると同時にアジア各国に対し、障害者対策等の社会福祉の面で、①施策ノウハウ、②用具の供給、③人材を招請しての育成など、日本の果たし得る役割の大きさと各国の期待をつくづくかみしめて帰ってきた次第である。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1980年12月(第35号)22頁~26頁

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