特集/自立生活 米国「リハビリテーション法」における自立生活援助計画の出現

特集/自立生活

米国「リハビリテーション法」における自立生活援助計画の出現

―法制化の背景と計画の基本的性格―

小島蓉子 *

 親や周囲の人々との社会関係の中で形成されていく障害者の依存性を断ち切り(予防し)、地域自立のためのリハビリテーション訓練を経て、自立状態を維持・継続していくことをめざす自立生活の概念の形成は、障害者自身の自己概念の成長と社会的成熟の必然性と関係していると、リハビリテーション社会心理学の立場を代表するビロットーとワッシュマン(1979)は述べている。

 障害者の主体性の確立に深い意味をもつ自立生活援助は過去20年余の障害者の願いではあったが、それに政府が反応を示し始めたのは1970年以降であり、それは施設解放の流れと重なり合って展開されて来たものである。

 自立生活総合サービスの法制化に到達したアメリカリハビリテーション政策史の展開は、

▽施設ケア中心の時期(1950年代まで)

▽職業リハビリテーション強調の時期(1960年代)

▽職業中心政策がとり残した重度障害者のニーズの見直しと脱施設化現象の進行期(1970年周辺)

▽当事者運動(消費者運動又はコンシューマー運動)の台頭と自立生活運動の高揚期(1970年代前半)

▽自立生活援助計画の政策への受容期(1970年代後半)

の軌道にそって行われた。

 こうした流れの中で、リハビリテーション法(1973年)の1978年における改正において、アメリカの議会と世論を自立生活サービスの法・行政的支援の方向で納得させた原動力は、次にあげる3つのことがらの中にあったと考えられる。

 その第1は、アーバン・リハビリテーション研究所による重度障害者の総合ニーズ調査が1978年の議論に先立って公表されたことである。連邦政府社会保障省の調査によれば、20歳から64歳までの労働年齢下にある在宅障害者の15%は、何らかの職業障害を持ち、しかもその人々の半分が重度障害者であるとされた。そこでアーバン研究所が、職業上の障害をもつ重度障害者の調査を実施して判明したことは、就労の見通しの立つ人々には、就労の基礎としてのリハビリテーションが行われて来たが、重度者は職能訓練はおろか、日常生活技術の訓練すら行われず放置されて来たから、職業リハビリテーションの対象者にもなれなかったのだということであった。これら重度者はリハビリテーションの代りに社会保障法の適用を受け、所得保障及び所得補助給付の対象として経済的依存性の中で扱われてきた。障害者を人間として遇するということは、出来ないことを金銭で解決することだけでなく、主体性に働きかけ肉体的・心理的に他者依存から具体的に解放することではあるまいかという自立生活リハビリテーションの人間的価値を強調する調査機関からのうったえであった。

 第2の論拠は、先駆的に自立生活援助を実施したニュージャージー州の財政報告である。ニュージャージー州のリハビリテーション局は、自立生活援助が法制化される前にさかのぼる1967年より独自に、州の職業リハビリテーション援助の中に、自立生活援助方策を取り込んで実施して来た。

 ニュージャージー州では、職業リハビリテーションの当面の対象とはなりえない重度者を施設ケアに移送するのではなく、職業リハビリテーションの予備軍として在宅のまま、家屋改造、介助者ケア、その他の州援助を提供して来て、それにより職業上の重度者を職業リハビリテーション援助の対象者に転化させるという実績をつくりあげて来た。その財政状態を州財務局が試算してみたところ、家屋改造費、介助費、交通援助費等、自立生活経費すべてを集めても、施設全面介助の25%、又はそれ以下の支出であったことを公表した。それは低成長期を迎えた連邦、各州政府の立法者、行政者に、地域を基盤とした自立生活援助の有効性の開眼を与える機会ともなったのである。

 第3の論拠は、障害者自身やアメリカ障害者市民連合の運動の主張に代表される自己実現と自立へのアピールである。自・他の生命や社会生活のルールに責任をもつことの出来ない情緒障害者にとっては自立生活は限界がある。しかし自負責任を負い、対等の良識でつき合える情緒健全な障害者を、たとえ身体機能上の制限があるからとて、もし長期間、施設の管理体制化で生活させたとすると、外界からの逃避ニーズをもつ人々には住み心地よい施設も、人間の自尊心や責任性をマヒさせる反作用こそあれ、自己の運命を切り開こうとする者には、かえって退行の勧めに似たことが起りかねないという警告がなされた。

 これらの研究情報や意見が国会内外の世論に影響を与える中で、1978年11月6日、第95回連邦議会はリハビリテーション法を改正して、第7章に「自立生活のための総合的サービス」を成文化することを決議したのである。かように公法95-602は、リハビリテーション法の中に自立生活援助や事業所連合障害者職業訓練計画(P.W.I)、その他の新しい政策を具体化させて成立したのである。

 自立生活総合援助には自立実現に向けての力量づくりに協力する訓練と、その状態を維持、継続させるための長期的支持サービスとが含まれる。

 対象となりうる人については、①身体障害者のみならず次に述べる評価規準に見合う精神薄弱者や精神障害者をも含む、②家庭や地域で自立して機能することに目下、制限を示していること、③ただし、その制限が自立生活への訓練によって、セルフ・ケア、日常生活動作、移動(自動車運転など)、コミュニケーションなどを含む自立生活の実現様式が改善される余地のあるものであること、と考えられている。

 障害者の生活の場のあり方やライフ・スタイルは、障害状況そのものと共にきわめて個別性が高いため、いかなる適応訓練、レクリエーション療法、自助具や改造を提供していくべきかを見極めるためには、適格なる評価を必要とする。

 評価は生活技術(living skill)と課題遂行能力の両面から普通行われ、その間で、本人の自立生活への動機づけ、意欲、人間関係のパタンや精神衛生の状況についても専門のカウンセラーによって見極められて指導の中に生かされていくのである。

 身体的自立能力評価は具体的な生活課題にわたって行われる。すなわち、摂食、衣服着脱、整容(歯みがき、櫛使い、ひげそり、爪きりなど)、ベッド動作(就床、起立、バランスを保つことなど)、車いすへの移動、トイレ動作、浴槽に入るための自動リフトの操作、入浴動作、移動、階段の昇降、台所動作(食料購入計画づくり、買物、台所機具の操作、ナイフ使い、皿洗いなど)、モータースキルの応用(ドアのとっ手の回転、カギ使い、電灯やTV・ラジオのスイッチの操作、電話かけ、自己の小切手の署名など)がそれである。

 評価に本人自身と専門カウンセラーと同志カウンセラー(障害者自身で自らも自立生活を獲得して後進者を教え導く先輩の協力者)とがかかわるなかで、本人の自立度は目下どこにあり、その状態を訓練することによって、どこの水準にまで引き上げることが出来るかを判定する。

 自立生活リハビリテーション訓練の効果が病状悪化よりも急速であると考えられた時、訓練受入れに動機があり、機能改善が自他共に予測される場合、日常生活に必要とされる身体的、情緒的、知的能力と潜在力とが認められる人々に対して自立生活訓練が開始される。ただし評価は相対評価であるよりも絶対評価であるため、改善の余地ある限りいかなる重度者でも対象とされる点が特長である。

 自立生活リハビリテーションの目標は自己の現状の水準を引きあげていくことであり、移行水準は大別して次の何れかの中に存在する。

 1 家の外でも完全自立

 2 家の外ではある程度の介助を要する

 3 家の内での完全自立

 4 家の内でも介助を要する

 5 ハーフウェーハウス又は、障害者用住宅、又は一部ケア要員をもつ障害者用住宅を必要とする

 6 施設における全面ケアを必要とする

 自立生活専門カウンセラーは自立を求める障害者1人ひとりについて、個別的リハビリテーション計画書(IWRP=individual written rehabilitation program)を公的援助の台帳として作成するが、その中に必要とされる訓練と自立生活維持のための援助が次の援助類型の中より選択的に提示されることになる。

 それらは①専門カウンセラーによるカウンセリング、②同志カウンセリング、③介助者のケア、④法的、経済的権利の擁護、⑤自立技能の伝授、⑥住宅及び交通についての援助、⑦集団生活組織づくりの援助、⑧レクリエーション、⑨健康管理、⑩その他必要とされる援助を含むものである。

 これらのサービスの基地とも言える「自立生活(相談)センター」が法的に成立したのは、1978年の法改正以来であるが、その先がけは、1960年代にさかのぼることが出来る。

 起源と見られるのは、イリノイ大学シャンペーン校であり、大学を卒業した身体障害者たちが、キャンパス近辺の町の中で改造住宅に家族と共に住んで社会生活を始めたことである。大学自立生活運動の流れが、今日、カリフォルニア大学、ウィスコンシン大学など全米の大学都市に波及して自立生活センターづくりを展開している。

 一方、障害者自身のコンシューマー運動の中から生起した自立生活センターづくりの流れは、1972年、カリフォルニア、バークレー自立生活センターに始り、1974年、ボストン自立生活センター、更にはヒューストン等々、今日では約90数か所の成立を見るに至った。

 自立生活センターの提供する援助活動のメニューは、母胎となる地域の障害者のニーズによって違うが、基本的類型としては、バークレーやランシングのように相談、紹介、地域組織活動を中心とする類型と、ボストンやアディソンのように地域組織機能に加えて、自立生活訓練の実施のための短期宿泊が可能な通過的生活訓練施設(transitional I.L.training center)を持つタイプとがある。

 かような自立生活総合援助計画を従来の職業モデルのリハビリテーションに対して比較するとその特性が明確化される。それを要約すると、

 (1)援助活動の場が専門機関に限定されることなく、自立生活(相談)センター、経過的生活訓練施設、障害者アパート、自宅など多岐にわたる。(2)対象者は労働年齢内人口に限らず学生、主婦、停年退職後の老人男女など、すべての身分と年齢にわたる。(3)援助の実施者が専門職の有資格者にとどまらず、障害者自身やボランティアに及ぶ。(4)援助方法は職員による直接的援助から他機関援助への移送に至るまで広範に及ぶ、(5)対象者のリハビリテーション訓練の目標は就職に限定せず、多様な水準の自己機能の拡大におく、(6)訓練期間は依存より自立生活に移行する期間が弾力的に設定される、などのことである。

 自立生活援助は何れも障害者の「生活の質」を高める努力である。専門職中心の援助関係を地域在住の障害者の手づくりの自立生活総合援助を以て乗り越えるところに障害者の主体性を前面に押し出した新しい政策としての意味があると言えよう。

*日本女子大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1981年3月(第36号)2頁~4頁

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