80年代憲章について(抄)

80年代憲章について(抄)

Alfred Morris,M.P.

斉藤加余子 訳

 

 この論文は、80年代憲章を作成した世界計画グループの委員長Alfred Morris 氏が、国際障害者リハビリテーション協会総会で行った演説の抜粋である。

 まず第一に憲章作成にあたり御協力いただいたすべての方々に感謝したい。そしてこの憲章が国際障害者年に大きく寄与するものであることを、国連諮問委員会にも御理解いただくことができた。

 憲章の主旨については宣言部分にも明らかであるが、国内計画の作成・実施における調整の重要性について若干述べてみたい。

 障害者によりよい生活を提供しようとする際に、調整がいかに重要な役割を果たすかについては理由が2つある。第1の理由は、障害者が適した時期に、適した場所で、適した援助を受けるべきであるとすれば、政府は今、自らが何を行っているかをしっかり見極めなければならないし、少なくとも他組織が何をしようとしているのかを知っていなければならない。でなければ間違った援助を受けた障害者は、挫折感を味わい、意欲を失ってしまうし、適した援助も時期を失すれば、援助を全く受けなかったに等しいことになるのである。第2の理由は資源には、つねに限りがあるのであれば、その資源は最大限に活用する必要があるからである。したがって、中央政府内及び中央政府と政府外のすべての法人機関や民間機関との間に、有効な調整が行われてはじめて、資源の重複と無駄を最小限におさえることができる。

 5年間の私の障害者担当大臣在職中、英国では障害者対策に数々の進歩がみられた。その1つとして、新しく障害者とその家族に現金給付が行われるようになった。さらには聴覚及び聴力障害者を援助する英国聴力研究協会(British Institute of Hearing Research)の設立、約100万人いる聴力障害者のための英国保健サービスが行う補聴器の無料提供、労災による聴覚障害者のための給付制度、障害者住宅の改善、移動補助費の増額、障害者の国内特別駐車許可制度の適用を視覚障害運転者にまで拡大、新しい電子補助具の支給、民間団体に対する資金援助の増額、障害者の家族に休息してもらい、過労を避けてもらうための「介助者対策」(Care attendants' Scheme)の資金提供、雇用者の障害者雇用に際しての施設・作業機械改善費の助成、障害児の教育の機会改善があげられる。

 私が大臣に任命された1974年は、深刻な経済的難局に直面した時期であり、すべての分野の公共支出が減額を余儀なくされたにもかかわらず、障害者のための新しい援助の費用については、急激な増額が行われたことは喜ばしいことである。実際の数字で示すと私の大臣在任中の5年間に政府が英国内の慢性病者と障害者のための現金給付に当てた歳出は、4億7400万ポンドから15億7400万ポンドにふえている。これは大変な増額で、年々、その額がふえている。

 1973年―74年 4億7400万ポンド

 1974年―75年 6億2600万ポンド

 1975年―76年 8億7100万ポンド

 1976年―77年 10億9700万ポンド

 1977年―78年 13億3000万ポンド

 1978年―79年 15億7400万ポンド

 英国政府によるこの目ざましい歳出増は、私を障害者担当大臣に任命して、資源の配分により高い優先を求める障害者の正当な要求に大きくこたえた結果であると、私は信ずる。そして憲章が示すように、障害者がより高い優先を得ることが今、世界のほとんどの国々で、早急に必要とされている。また障害者担当大臣が設置されたという事実が、英国国民の障害問題に対する認識を急激に高める結果となったのである。

 議長、憲章では、一般の人々の障害者に対する姿勢を改めていくことが、きわめて重要な課題であると述べている。今日の健常者が明日には障害者ということもしばしばあり、我々はすべての国の人々に障害者の問題と要求について、もっと深く考えるよう喚起していかなければならない。障害者は長い間人々の無知と無理解による恐怖心のために、ひどい扱いを受けてきた。したがって、広く大衆の認識を高めるキャンペーンでは、障害者を不利な状態に追いやる最大の原因は人々の拒絶的態度にあることを障害をもたない人々に気づかせることを目的とすべきである。さらにまた障害者には地域社会の経済的・社会的生活に貢献できる可能性のあることも強調すべきである。障害者は障害をもってはいるが、能力ももっており、リハビリテーションは人に何ができないかではなく、人に何ができるかをより重視する考え方に基づいて行われることを人々に知ってもらわなければならない。

 今や国際レベル、地域レベルそして国内レベルでの大規模な広報プログラムを新たに計画し、障害問題の実状、障害の原因、人々に及ぼす影響とそれに伴う人的能力の損失、障害の予防、実際のリハビリテーションサービス、障害者に対する職能訓練のコスト効果について広報する必要がある。これらの情報は、障害をもつ人々だけでなく、その家族も保健サービス、教育サービス、社会サービスそして職業サービスにたずさわる人々も法律家もその他の公的代表者も計画作成者もそして広く一般の人々も必要としているし、知らなければならない。

 憲章の内容は、世界中の地域社会で直かに障害と取り組む人々に知らせることが必要だが、こうした人々は必ずしも高い教育を受けているとは限らないし、必要度の高いと思われる第3世界では、母国語でない言語を用いている人々も多い。そこで、英国障害研究所はロンドン大学教育協会と共同で憲章を平易な英文にして出版する計画を立てている。

 世界に5億人いるといわれる障害者達は、他の人々と同様に、成長し、学び、働き、創造し、愛し、愛される権利を有している。これらの権利なくしては、当然与えられるべき機会と責任を失うこととなり、障害者はいわれのない不利益を、さらにこうむることになる。しかし現実には今も世界中で、こういう状態が起っている。3億5千万人を超える障害者は、充実した生活を営むに必要な援助を今も受けられずにいる。こういう障害者は世界各地にみられるが、中でも経済的・社会的開発の初期段階にある国々に、その数が集中している。こういう国々では貧因が障害に追い打ちをかけ、希望は虫ばまれ、障害者とその家族の生活は破壊されていく。

 ユネスコが最近発表した現況予測によれば、第3世界で今年生まれる乳児は、100人に対し15人が1歳未満で死亡するとのことであり、これは恐るべき事実である。しかも残りの4分の1は栄養失調に苦しみ、4分の3は近代医療を受けることもできない。さらには数百万人の人々が処置すれば防ぎうる視覚障害に苦しみ、もっと嘆かわしいことには、ヘレンケラーの誕生から100年も経つというのに、数多くの人々が聴覚障害と視覚障害の二重苦に苦しむことになるという。現在、インドにいる障害者の数は、カナダの人口の2倍を超えるという。この数は、今、我々が取り組む国際的課題の重要性を示しており、80年代憲章が障害者の利益となる資源をそれぞれの国内だけでなく国家間でも再分配するよう主張する根拠でもある。我々は富と読み書き能力と健康と機会と生きる望みと夢とに関して、かなり不均衡のみられる世界に暮らしている。今日のように世界を分裂させ、ゆがめている大きな不平等が続く限り、真に安全で安定した世界は望めない。憲章では目標達成のために、開発途上国に益をもたらす世界資源のより公平な分配を求めるとともに、国家間の破壊や対決や闘争の準備ではなく、協調拡大を基盤とした国家関係を呼びかけている。

 憲章の目標達成に必要な資源がないなどという口実は言わせまい。戦争軍需品に巨額の費用が投ぜられ、今や軍事費総支出は世界で年間約4500億ドルに達し、しかもその半分以上は、世界2大富裕国による支出である。この軍事費のわずか1パーセントでも障害の予防とリハビリテーションに向けられれば、第3世界に住む数多くの障害者は、すぐにでも立ち直ることができる。だからこそ問題は資源にあるのではなく、政治上の意志と優先にあると我々は強く主張していくべきである。

 憲章では障害者を施設に収容することに反対し、地域社会ケアを強く擁護している。そしてすべての国々に対し、障害者が可能な限り、地域社会の完全参加メンバーとして、自宅で生活するための援助を受けられることを保障するよう呼びかけている。しかし我々人間というものは、家に居るだけでは満足できない。もっと別のことをしたいと考える。文化行事に参加したいし、レクリエーション施設や教育施設で楽しみたい。できれば仕事にもつきたいと考える。障害者も同じである。しかし障害者がごく普通の生活活動に参加しようとする時の建築物の受け入れ態勢がまず問題となる。実際面からいっても、この受け入れ態勢は障害者がケア組織から受ける援助や実質的介助とともに、充実した生活をエンジョイできるか否かの、大きなカギとなる。

 「アクセス」とは、公共社会的建物の出入りを意味するだけにとどまらず、もっと広い意味で、障害者がどこへでも出かけられ、どこででも受け入れられることを指す。障害者は他の人が行きたいと思う場所に行きたいし、他の人がしたいと思うことがしたいのである。したがって、障害者のことをまず第1に考えるべきであり、すでにある建物や施設を障害者も使えるよう改善するにはコスト上、無理があるのであれば、せめて、これから建つ一般公共建物や施設は障害者も出入りできるように各国とも手段を講ずるべきである。そして障害者が利用できることを示す国際シンボルマークを普及させて、建築構造上、障害者の障壁となるものが除去されている建物と施設に取りつけるべきである。

 憲章では4大目的とその原則とはべつに、地域社会レベル、国内レベルそして国際レベルでの行動目標を40項目以上にわたってかかげている。これらの目標はどれをとっても重要なものばかりであるが、その中でも障害の予防に関する目標は特に重要なものといえる。その中でもとりわけ、すべての地域社会に初歩的保健ケアを行き渡らせ、新しく免疫拡充プログラムを作って、子供の6大疫病の撲滅をさらに推進することが緊急課題となっている。これに関連して、数ある重要行動目標の中でも、特に80年代末までに、ポリオの完全撲滅の目標が達成できるよう求める。そのためにも国際協力は絶対に欠かせない。

 憲章は世界各国の国家首脳に手渡される予定である。さらには計画実施の推進に力を発揮できる国際的組織のリーダーの注意も換起し、憲章の目標達成のために、できる範囲内で我々に助力してくれるよう懇請する予定である。議長、我々が求める世界とは障害者が真の意味で尊重され、障害者問題が地道に誠実に理解され、障害者が能力に応じて産業社会に参加する基本的権利を有し、社会で防ぎうる苦難はとり除き、障害者であるがゆえに不安を感ずる必要がない、こういう世界を指している。

 議長、この歴史的意義のある憲章をこの会議に提出できることを非常な喜びと感ずる次第である。


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1981年7月(第37号)2頁~4頁

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