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特集/最近の障害児教育をめぐって

504項と高等教育

Section 504 and Higher Education

Suzanna Johnson* and Stanford E.Rubin, Ed. D.**

服部兼敏***

 教育はアメリカ市民に与えられる最も基本的な権利の一つである。しかしながら、ごく最近までわが国の公立学校は「障害者に対する均等な教育の機会を否定することにおいて高い成功をおさめている。」この状況は1970年代中期に実施された議会調査において収集されたデータに如実に示されている。議会は全米800万人の障害児のうちほぼ50%は適切な教育を受けていなかった、また約100万人の障害児は全く受けたことがなかったことを知った。1978年のリハビリテーション庁長官の次の声明を読めばこの数字に反映されている不平等というものがさらに明らかにされよう。「全障害者のうち完全に44%は初等教育かそれ以下の教育しか受けていないが、非障害者のうちこのカテゴリーに含まれるのはたった13%にすぎない。」この問題の解決に向けて議会は1975年の全障害児に対する教育法(公法94―142)を制定した。この法律は障害を持つ全ての子供たちに「出来うるかぎり最も行動に制約の少ない環境条件において」無料かつ適正な公の初等および中等教育を受ける権利を保障するものである。これを実効たらしめるため、公法94―142は障害を持つ学齢期の子供たちには障害を持たない生徒たちと教育の場面において、競争する力を最大限引き出すのに必要な「専門の特別なサービス」を提供することを規定した。議会は中等教育後にある学生にはこれらの権利を総括適応しなかったため、1973年のリハビリテーション法(公法93―112)の504項は高等教育機関への入学許可およびプログラムの修了の双方において障碍につきあたる。504項の「精神」そして「条項」とも適格性を持った(qualified)障害者以外の個々人が今までずっと享受したと同じ高等教育を利用する権利を能力障害を持つ適格性を持つ個々人に保障するという連邦政府による公約を反映している。504項についての法規定は1977年に保健教育福祉省長官Joseph Ca1ifanoによって施行された。彼はこの法の高等教育に対する意味を次のように巧みに述べた。

 法は募集活動、入学許可、および教育プログラムにおいて障害学生を他の学生と等しく扱うことを求める。教育機関は障害に対する物理的設備、資材等の欠除を理由として障害学生がプログラムから除外されることがないよう保障することが求められよう。

 後半部は教育の水準を落とせとか、学位修得に必要な単位数や成績基準を変更するとかを求めるのでなく、連邦政府から資金を得ている大学等がある種の障害を持つ学生に対して「学位修得のための最大在籍年数を延長したり」、「学位修得を目的としたプログラムを遂行できるように教授法や試験方法を変更する」、あるいは「他の手段を持ってしては変えがたい場合、点字本や他の補助手段を提供する」、ことが求められることもあるということを意味する。それゆえ、真随を一言で言えば、504項の趣旨の一つは能力障害を持つ個人のために大学の門戸を拡大するような刺激剤を与えることであった。

504項の必要性と初期の効果

 非障害者の場合の30%に対し、大学に通っている障害者は全体の9%にすぎないことが高等教育機関における障害者の機会の拡大のために法的に刺激することの根拠となった。障害者と非障害者のグループ間の大学等における就学率の達いは障害を持つ個人は大学に進学することに興味を示さないことから来るという議論もなされそうになったが、研究結果は就学に対する差別的な障碍がこの連いに対するより妥当な説明であろうことを示している。504号の可決直後(しかし施行前)に行われた調査の結果は全米教育協議会(American Council of Education)の資格審査に合格した4年制大学のほとんどが郵便による調査に障害を持つ学生を障害ゆえに入学不許可としたことはないと報告することにためらいを感じたことを示している。調査の対象となった大学は視覚、聴覚、ないし身体障害を持つ学生を受け入れるかどうか、これらの学生に対する特別なサービスが可能かどうかとの質問を受けた。調査対象校のうち約25%がこれら障害を持つ学生を受け入れないであろうことを示した。また受け入れるとした対象校のうち何らかの特別な施設や自助具等を用意しているのはそのうちのたった25%であった。それゆえ入学を許可された障害を持つ学生のほとんどは自前の自助具にたよらざるを得なかった。

 Mahan(1974)による研究に示された状況から障害を持つ学生に対してどちらかと言うと好意的とは言えない教官の態度に少なくとも部分的な原因があるとしうる。たとえばPittsburgh大学においてNewmanは障害を持っている人に対する教官の態度について全大学を対象として郵便調査票による調査を実施した。質問の中心となった項目は1)あなたの学部に障害学生を入学させることについて問題はありますか、2)どのようなタイプの入学許可基準の作成をのぞみますか、の2つであった。教官群のうち48%は障害を持つ学生をその学部に入学許可することは問題があろうと考えた。教官群の22%はこれらの学生の入学許可について公開の入学基準をもうけることを好まなかった。教官は8種の身体障害のうちから入学不許可の対象となると考えるのはどれかチェックするように求められた。48%は少なくも一つの障害を入学不許可の対象となるとした。チェックした数の平均は3.6であった。

 Radowによる最近の調査は1977年の施行以来の504項の効果に関していくつかの知見を示している。調査は障害者のアクセシビリティー(acces-sibility 利用可能性)の向上に使われた資金についての記録をほんの最近になって教育機関がつけ始めたという事実にみごとに示された。さらに、調査結果は504項の施行以来、高等教育機関への障害を持つ学生の学籍登録数は全般的に増加していることを示した。調査結果の分析は全大学(2年制と4年制、公立と私立)について1976年―1977年より1980年―1981年の方がプログラムのアクセシビリティーと施設設備の改善の双方についてより多くの支出があり、報告された支出の増加の仕方は後者の方が極めて大きいことを示した。さらに、調査結果は公立の高等教育機関の方が私立の教育機関よりもアクセシビリティーの向上のため障害学生一人あたりより多くの額を支出していることを示した。これは公立大学の場合、これら障害学生の数が比較的多いということに帰因するかもしれない。504項の効果についてより明確な答えをうるには、一つの研究だけでは不十分であろうが、Radowの結果は504項が高等教育における障害学生の数およびアクセシビリティー向上のための支出の双方にわたり大きなインパクトを与えたことを示している。このことから、高等教育はその消費者(consumer)のニーズに程良く対応していると仮定できよう。それゆえ、入学審査における障碍を無くすこと、この結果として障害大学生の数を増すことが、プログラムのアクセシビリティーに対する障碍とともに建築上の障碍を崩壊させるという結果をもたらさざるを得ないであろう。高等教育における学生登録数が減少している時期において、このような学生登録数の増加をもたらす対応の仕方は納得のゆくものではないだろうか。

 504項にかかる費用は誰が持つか?

 504項の施行に関わる費用はキャンパスのアクセシビリティーおよび改善、プログラムのアクセシビリティー(試験方法の変更、体育のクラスや科学の実験室の変更、その他)、そしてその他の援助(たとえば移動のための車のサービス、朗読サービス、そして点訳)の3つのカテゴリーに分かれる。高等教育における法の施行のために連邦資金の使用が認められたことは決してないから、障害を持つ人々へどれほどの便宜を図るかは大学がどれほど積極的に金を出そうとするかその裁量にまかされている。どの大学もX個のプログラムに支出する金額には限りがあるから、この便宜を図るために必要な資金は他の要求される支出をきりつめてやりくりされることになる。人数の絶対数が小さいような状況の中では特にそうなのだが、障害を持つ人々は予算の取り合いになれていない。この好例はサウスカロライナ州のConverse大学のケースである。同大は1人の聴覚障害学生のために手話通訳者をおくよう命令をうけた。その学生が登録した2つのコースの授業料は410ドルであった。手話サービスにかかる大学の費用は750ドルと見積られた。判事はもし連邦政府が特定のグループのためにこのような趣旨の支出を求めるならば、連邦政府は資金を提供すべきであると判決した。Converse大学はこのようなサービスを提供することを免れたが、もしも大学に100人の聴覚障害学生が在籍していたらこのようなサービスは提供されることになっただろうか?

 504項は社会の支持を得られるか?

 道義的に504項の施行は明らかに支持されうる。経済効果からもうなずけるものだ。ある石油会社のTVコマーシャルから一言借りて言えば「今払ってくれるか、後で払ってくれるかどちらかだ」ということになる。LonnquistによってMissouri大学Columbia校(UM-C)で実施された調査はこの点からして誠に当を得たものである。Lonnquistは1960年から1977年までの間大学に在籍した連結可能であった全ての障害学生とこれに対応づけられる(matched)同一時期に在籍した非障害学生からなる統制群に対して郵便による追跡調査を行った。非障害群は障害群に対して、次の特性:性、年齢、UM-C大学への入学年度、UM-C大学入学前に存学した教育機関、UM-C大学において修了した学期数、入学以前に修得した教育資格について対応づけがなされた。障害群に属する学部学生の約47%はUM-Cにおいて学士号を修得した。そして残り53%はドロップアウトであった。対比される統制群においては卒業者の率は52%で、ドロップアウトの率は48%であった。結果は調査時点において障害を持つ卒業生のうち21%が失業中であるのに対し、ドロップアウトした者のうち48%が失業中であったことを示した。結果はドロップアウトした者について言えば失業率と障害の重度さとの間に正の相関があることも示した。適当な便宜さえ図られれば大学レベルの勉学が可能となるこれら障害を持つ個人の大学教育に社会が投資することをおこたるならば、社会は同じかそれ以上の額を経済的扶助や医療に支払うことになろうと結論できよう。

 大学による就職活動援助:無視された領域

 504項の施行は重度の障害を持つより多くの学生が自ら選択する高等教育機関に在籍することを可能とした。建築上の障碍の排除については顕著な向上が見られているし、その他の援助も増加している。しかしながら、まだ向上の余地は残されており、これは特に就職活動の援助について言える。Brewは大学の就職課は他の学生に対する就職活動援助以上、いやそれよりはるかに多くの就職活動援助を障害学生に対して行うことが不可欠だと提案した。Southern Illinois大学Carbondale校における就職活動の実践の経験に基づいて、Brewは障害を持つ学生のほとんどが卒業に先だって次のような質問をかかげると結論した。

1.履歴書に自分が障害を持っていることを示すべきか。

2.もし雇用者が自分の障害について話したがり、自分の労働者としての資格要件についての話しからそれて行ったら自分はどうすべきか。

3.面接に行くとき飛行機に自分の電動車イスを乗せられるか。

4.新しい土地でどうやって交通手段を見つけるか。

5.新しい土地に移った場合どうやって介助サービスを捜すか。

 高等教育機関は障害を持つ学生が就職活動をする上で出してくるこのようにもっともな質問に答えを与えてくれる場として就職活動を行うべきである。

 結論

 高等教育におけるアクセシビリティーに対する障碍を無くすることへどれ程社会がかかわるかを決定するのは多くのファクターとのかかわりがあり難しい。アクセシビリティーのために支出される資金の源泉が様々であるということもこのファクターの一つである。障害を持つ人々の高等教育のために用いられる資金の多くは各州の職業リハビリテーション部から直接学生に支払われる。たとえば、在学中の学生が個々に直接州の機関から朗読サービスのための手当を受け取っていることはめずらしいことでは無い。州のリハビリテーション機関の費用負担の対象とならない学生に対して、補[填]の意味で大学が特別に朗読サービスに金を支払うこともあろう。障害学生の援助のために用いられる車輛や機材が別の目的のために用いられることもめずらしくない。たとえば、大学の車輛が業務時間の半分は障害学生の輸送に用いられ、残りの時間は大学の他の業務に使用されることもあろう。また、追跡が難しい表面に出て来ない費用もある。たとえば、障害学生は普通の学生よりも多く大学の医療サービスを受ける傾向がある。それゆえ、建物の改造にかかった費用を算出するのは比較的容易かも知れないが、 特定の会計年度中に支出したプログラムのアクセシビリティーないし障害学生の援助にかかる費用を決定するのははるかに難しい。

 障害を持つ者たちの高等教育の機会を拡大するためにこれまで支出された金額は高等教育においてこの対象群に均等な機会を提供するために依然として支出が必要とされるであろうものに比較して微々たるものであろう。このグループが高等教育における均等な機会から除け者扱いされているといういまわしい報告は数限りない。雇用機会が限られていることによる職業選択の幅の狭さはおそらく職業人として十分力を持った障害のある大学卒業生が直面する最大の問題であろうが、自らには何の咎めも無いのに一度として大学に行きついたことの無い、あるいは大学を修了できなかった潜在的には力のある障害者は職業資格要件が2年間の技術訓練から大学院卒業までとなっている全ての職種から遠ざけられている。

 80年代の終わりまでに504項の精神がどの程度高等教育に行き渡るか予測するのは難しい。多くは景気の動向にかかっている。またアメリカの世論が504項の主たる趣旨を障害者に特別な扱いをする方向に向けるか、均等な機会を作ることと見るかにも多くはかかっている。最近の世論調査のデータはアメリカ人が「差別に対しては徹底して反対である」と同時に「競争は公開かつ公正でなくてはならないという理念を無視することになる場合には特別な扱いをするという考え方に反対する」ことを示している。これらの価値が双方ともアメリカ人の心に行き渡っているとして、504項がこの先10年どれ程やってゆけるか読者に予測をゆだねたい。

参考文献 略

*南イリノイ大学大学院博士過程学生
**南イリノイ大学リハビリテーション研究所教授
***国立身体障害者リハビリテーションセンター職能判定専門職


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1982年7月(第40号)38頁~41頁