特集/重度障害者の介護 重度障害者の住居

特集/重度障害者の介護

重度障害者の住居

林 玉子*

1.はじめに

 住居とは、我々の生活を組み立てるための手段であると同時に、住居はそこに住む人々の生活をも規制する力を持っている。特に重度の障害者にとって、住居は正に一生を左右する程の大きな存在であるといえる。

 近年、1981年の国際障害者年を頂点に、世界的な動向として、生活主体者である障害者の生活意識の変化、および一般概念の改革などに伴ない、この住まいとしての容器は重度障害者の一般社会での自立生活をより可能にする機能を要求されて来ている。ここで先進諸国での動向を顧みながら、我が国における障害者住居対策の実態と問題点をまとめ、今後重度障害者が一般社会にて、より主体性を保ちうる住居タイプのあり方について述べる。

2.重度障害者の自立生活を実現した背景

 今日、世界的な動向として、障害者の住居対策は、地域にて重度障害者の自立生活を保障する、新しい段階に踏み入れたといっても過言ではない。この流れを支えて来た背景について整理すると、2つの要因が上げられる。

1)生活主体者である障害者も含めた生活理念の変革であるといえる。今まで、障害者は何らかのケアや、サービスが必要であるとして、一般社会と隔離した施設内での集団生活を余儀なくされてきたが、1963年にスカンジナビア諸国において、このことがいかに不自然であり、正常な人間社会ではないという反省により、コミュニティーの中で健康な人々と共に生活することの重要性とその権利を説く、ノーマライゼーションの思想が台頭し、その後、ヨーロッパからアメリカへと波及している。ヨーロッパでは脱施設化の実証として、地域の中に10名以下で共同生活をするグループ住宅、あるいは、一般の集合住宅内に分散した自立生活に必要な諸サービスが付いている住宅、という新しい生活の場が実現している。一方アメリカでは、消費者運動の一環として、人種的、文化的に切り捨てられたマイノリティと呼ばれる人々をアメリカ社会の主流、つまりメインストリームに入れる運動を進め、1973年に今までの職業リハビリテーション法がリハビリテーション法として改正された。これは重度障害者が一般社会において自立生活を営めるバリアフリー社会の実現を目指したものであり、新しいリハビリテ ーション法には、物的バリアフリーのみならず、職場、学校、病院、住宅など、建物の中で行われている諸サービス内容も障害者にとってバリアフリーであるように規定している。このように、真の生活の場の実現は単に物的バリアフリーのみならず、社会参加を阻む教育制度や、自立生活に必要な経済的保障、ケアサービスの充実など、社会的、心理的バリアの除去も含めたバリアフリー環境の実現を基本に強く打ち出していることである。(図1)

 図1 各国におけるバリアフリー環境に関連する諸項目(法律、建築基準、住宅、教育など)の年表(林)

図1 各国におけるバリアフリー環境に関連する諸項目(法律、建築基準、住宅、教育など)の年表(林)

2)医学・工学の各専門分野の援助(図2):近年工学分野の進歩は目ざましく、エレクトロニクスを始め高度の技術が住生活の中に導入され、障害者の住生活の質は著しく改善されて来ている。工学分野からの援助は、図2に見る如く、障害の各段階に応じて、治療用具の開発から、残存能力を補完するための義肢装具、自助具、さらに残されたわずかな身体機能で日常生活に必要な道具、設備などを操作できる環境制御装置など、損傷した機能の代償を有効に果たしうる精度の高い各種器具の開発が進められている。さらに建築分野においても、1960年から建築障壁の排除運動が進められ、現在では、物的障壁の除去に関する基準を国のレベルで統一して、有効に規制できる努力をしている。(建築法として制定している国はスウェーデン、規格としている国はアメリカ・ドイツ、コードとして推奨している国はイギリスである。)

 図2 障害の3段階レベルに対応する専門分野

図2 障害の3段階レベルに対応する専門分野

 このように建築も含めた諸工学の技術的援助により、従来は介助されていた、あるいは施設での生活を余儀なくされていた重度障害者の自立範囲が拡大され、地域において、より自立した健全な家庭生活を営むことが可能になって来た。

3.先進諸国における障害者の住居タイプ

 先進諸国における近年の障害者の住居対策には共通した動向(図3)が見られる。従来障害者の住居は一般住居と切り離して、障害者用住居として供給され、あるいは就業能力・身辺処理能力がある障害者のみを対象にしていた。しかし近年、住宅は、①障害者も健常者も共に住める。②就業能力・身辺処理能力の有無にかかわらず、どのような障害者でも必要なケアサービスを受け、地域の住宅で生活できる。という人間としての本質的な住要求を満たすべく、多様な住居タイプが打ち出されている。以下に、我が国の福祉行政に多大な影響力を持つに及んだ、イギリス、スウェーデン及びアメリカ合衆国に焦点をしぼり、障害者の住居タイプがどう発展して来ているかについて見ることにする。

 図3 諸外国における身障者・老人の住宅タイプ

図3 諸外国における身障者・老人の住宅タイプ

 これらの国々では、それぞれの社会的、文化的背景があり、規定内容の違いがあるが、参考になる共通した特徴を二、三整理してみる。

1)今まで、身障者住居の性能規定は、車イス住居として包括されていたが、近年障害者の多様な住要求を満たすべく、車イス使用者、車イス常用者、重度障害者の3段階の住居タイプが打ち出されている。イギリスを例に説明すると、面積を広げたり、特別設計を必要とする車イス常用者を対象とする住居を車イス住居として位置づけ、新たに図3に示している3つの基本条件を満たした住居をモビリティ・ハウジングとして、車イス使用者(何かつかまるものがあれば、移乗の際立ったり、2、3歩歩いたりできる者)と歩行困難者などが利用できる住居としている。またこの車イスで、訪問可能とする性能は公共住居としての基本条件であるとする傾向は、スウェーデンのレベルエ、ドイツのDin 18011、18022にも共通して見られる特徴である。

2)重度障害者住居タイプとして、家族がいない重度障害者に対しては、公的ケア・サービスが付設している車イス住宅として、自立生活をより可能にする電動リフターや、環境制御装置を持つ住居性能が新たに規定されている。高度な建築条件を持つケア付き住居タイプの原型は1964年にスウェーデンの民間団体としてのFokus協会が始めたFokus住居で1975年に自治体に移管され、それ以後公的に建設されているサービスハウスであると見なされているが、この住居タイプは先進諸国、及び我が国にも多くの影響を与えている。

3)アメリカについて見ると、リハビリテーション法の成立に伴ない、重度障害者の自立生活を可能にする方向へ、off site serviceに対してon site serviceとしてケア・サービスを付設した住居タイプの必要性が認められ、対策の軌道修正が行われている。特に他の国と異なったユニークな役割を果たして来たのが、障害者が中心に運営している自立生活センターである。ここで行われている住居、交通、介護の諸サービスは、重度障害者の社会での自立生活をより確実なものにしている。

4)ストックの有効な活用である、イギリスのモビリティ住宅は、従来の公営住居に住んでいる多くの身障者・老人が現在の家がもし改造に適していたら、前に述べた基本条件に即して公的に改造することを中心に打ち出された制度でもある。同じく、スウェーデンでも電動リフターや、環境制御装置の設置が認められれば住居改造の補助基準額を超えることもできるなど、住居改造補助制度を強化し、既存の社会資源を有効に活用する傾向について、我々は注目すべきである。

 以上の如く、近年の先進諸国における住居タイプの性能は①健常者と障害者間の連続性、②多様な住要求にもフレキシブルに対応できる選択性を重視していることが大きな特徴であり、共通する目標は、それぞれの住み慣れた住居・地域で一日でも長く生活ができ、さらに他の人々も受け入れ共に交流ができることを可能にする生活の容器づくりである。

4.我が国における障害者の住宅対策の実態と問題点

 我が国における障害者の住宅、及び住宅の代替機能を果たしている福祉施設を各段階別のケアサービスに対応して位置づけると、図4に見るとおり、一応のタイプはそろっているが、質的・量的に問題が多く、見直しの段階に来ているといえる。

 図4 我が国における住居・住施設とケアサービス

図4 我が国における住居・住施設とケアサービス

 項目別に概観すると、

① 在宅の障害者に対しては個人住宅についての増改築に対する資金援助があるが、これらは経済的に困窮している者にとっては援助を受けても改造に伴う自己負担が大きく、有効に利用できないのが実情である。今後必要となるのは、実情に見合った資金の増額と利用対象者範囲の拡大であるといえる。その他に、日常生活用具の給付制度があるが、重度障害者の自立生活を拡大するためにも、先進諸国ではすでに実施している、電動リフターや環境自動制御装置など高額生活用具の給付が必要である。また増改築の際、設計条件などの情報提供と指導ができるモデルルーム付きの住宅改造センターの設置も必要である。

② 住宅政策の中心でもある公営住宅については、通称、車イス住宅のみがバリアフリー設計を行っている。しかし、自力で生活できる障害者を前提にしているため、ケア・サービスを必要とする障害者は家族やボランティアなどに介助されながら生活している。さらに公営住宅の建築設計についても、入居者の身体条件に有機的に対応できていない実情であり、東京都などでは入居者が決定してから、さらに特殊設計を加えるハーフメイド方式を導入しているが、人的介助を補完し、自立生活を可能にする、電動車イス、電動リフター、環境制御装置などが使用できる建築条件は今だに検討されていない。

③ 住宅の代替施設としての福祉施設を見ると、生活ケアに重点を置いている唯一の福祉施設である療護施設が、依然として50名以上の大規模で、4人部屋が中心に設けられており、脱施設化を具現できない状態にある。昭和49年頃から幾つかの障害者グループで展開された新しい住生活像の形成を目指す運動により、ようやく、東京、北海道では、個室の療護施設が実現し、昭和56年には、八王子自立ホーム、通称ケア付き住宅が開設されたが、これらは依然として民生側で実現した住施設である処に問題が多い。この自立ホームは個室で、設備も電動リフター、自動温水温風洗浄器付き便器、環境コントロール装置、電磁式レンジの付いた可変型調理台など、重度障害者の自立生活を助ける高度のバリアフリーデザインがなされているが、所得保障の確立、ケアサービスの供給のあり方(24時間のケアがされない)など、今後克服しなければならない問題が多く残されている。

 以上述べた如く、我が国の障害者の住宅対策は、一応形式的には諸先進国の後を追って努力している姿は見られるが、諸外国と較べて問題として上げられることは、根本には障害者に対する住宅政策の基本理念が欠如している。次には住宅行政と福祉行政が建設省と厚生省に分かれて有機的に連係できない上に、ハンディキャップ者を老人、身障、児童と細分化しているため、地域への統合および連続したケア・サービスシステムの確立をより一層困難にしているといえる。第3として上げられるのは物的環境を支えるソフトサイドの基盤が弱体であること、経済的保障はさて置いて、ここで在宅の障害者のケアサービスについて見ると、図5に見る如く、近年になってからin home supportに加えout home supportてが実施されているが、例えば、住宅と医療施設の橋渡し的役割を果たすハーフウェイハウス、日中通って専門職員よりサービスを受けるデイホスピタルなどの中間施設が欠落している。さらに既に設けられている通園施設、デイセンターなどは、理学療法士などの不足により、サービスの質が確保できていないなど、問題が指摘されている。さらに、重度障害者が一般社会で自立生活を維持するための人的サービスは、公的ホームヘルパー制度しかなく、24時間の介護が必要な重度障害者はボランティアに頼らざるを得ない状態にある。1人の障害者に対して、40名にものぼるボランティア達による交替ケアで成り立っている例も見られるなど、重度障害者がこの地域社会で自立生活できる基盤は弱く、今後抜本的な改善が必要である。

 図5 我が国における在宅老人身障者のサービス実態

図5 我が国における在宅老人身障者のサービス実態

まとめ

 我が国において、生活主体者が地域社会の中で生活したいという考えは、昭和44年頃に始まった“生活圏拡大運動”を経て、今や重度障害者の自立生活を可能にする運動へと第2段階に踏み入れている。近年、昭和56年に開設した重度障害者がケアを受けながら自立生活を過ごせるように物的バリアを除去した八王子自立ホームを始め、健常者と共同生活をしている新潟のアンリの家、千葉の宮崎障害者生活センターあるいは重度身障者同志が2、3人集まって自立生活を試みている札幌のいちご会、など日常の生活にケアを必要とする重度障害者が勇敢に自立生活を実践し、これらの体験記録により、地域社会において自立生活ができる条件と問題も多く提示されている。すでに概説した先進諸国の動向からも、今日、重度障害者の住環境の整備は、もはや避けられない段階にあり、早急に見直すべきである。現段階で、重度障害者住居タイプとして、①療護施設の住居としての質の充実、②公営住居にケアシステムを導入する、③地域生活サービスの核も兼ねる自立生活センターの新設など、色々と考えられうるが、いずれにしても重度障害者が真に生活できる条件は、図6に示している如く、自主的に選択できる多様な住居タイプと、生活拠点と社会生活をつなぐ、トランスポート・システムの確立、および障害者も健常者も平等に利用できる都市施設、公共建物などを含む住環境の確立があって、初めて住居を含む住環境が生活の場として意味を持つのである。

 図6 重度障害者の真の生活と環境(林)

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*東京都老人総合研究所リハビリテーション医学部障害研究室


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1982年11月(第41号)17頁~22頁

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