特集/重度障害者の職業リハビリテーション ILO職業リハビリテーション(障害者)勧告の見直しについて

特集/重度障害者の職業リハビリテーション

ILO職業リハビリテーション(障害者)勧告の見直しについて

 ILO(国際労働機関)は、1919年に創設されて以来、職業リハビリテーション関係の仕事を積極的に進めてきた。第1次大戦直後は傷夷軍人関係の仕事が中心であった。先進国では職業リハビリテーションの水準が向上したのに伴い、第2次大戦後は活動の比重が発展途上国に対する技術協力に移った。

 この分野におけるILO活動の指導原則を定めたものは、1955年の第38回ILO総会で採択された「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」(第99号)である。

 この勧告は、(1)定義、(2)職業リハビリテーションの範囲、(3)障害者の職業指導、職業訓練および職業紹介の原則と方法、(4)職業リハビリテーション施設の運営組織、(5)障害者による職業リハビリテーション施設の利用を促進する方法、(6)医療について責任を有する団体との間の協力、(7)身体障害者の雇用機会を増大する方法、(8)保護雇用、(9)障害者である児童および年少者に関する特別規定、(10)職業リハビリテーションの原則の適用の各節を設けて指導原則を詳しく定めている。

 この99号勧告が採択されてから相当な時日が経過した。その間に先進国では職業リハビリテーション・サービスの充実や対象範囲の拡大、障害者のための雇用創出方法の発展、近年の不況の激化に伴う障害者の雇用確保問題の深刻化等々の状況の変化がみられた。また発展途上国における職業リハビリテーションに関しては、障害者の約9割が農村の住民であること、職業リハビリテーション活動が現在はじめて導入されるケースが大半であるための関係職員・施設の極端な不足等々といった事情にある。

 1976年の第31回国連総会で、1981年を障害者の「完全参加と平等」をテーマとする「国際障害者年」とする旨の決議が採択されたことに伴い、99号勧告見直しの気運が強まった。1979年5月のILO理事会に対してILO事務局長はこの見直しに関して提案を行った。翌6月の第53回ILO総会では99号勧告の改正提案を含めた「障害者に関する決議」が採択され、同年11月のILO理事会では1982年の第68回ILO総会で職業リハビリテーションの問題を一般討議の議題とし、1983年の第69回ILO総会で99号勧告を補足する文書を採択することを決定した。

 ILO事務局はこの理事会決定に従い、加盟国の職業リハビリテーション関係の法令・経験および調査研究の成果に関する情報を収集・分析し、その結果およびそれに基づく99号勧告の補足文書の形式・内容に関する質問書を収録した報告書「第68回ILO総会報告書Ⅵ(1)」を作成して加盟国政府に送付し、最も代表的な労使団体と協議のうえで質問書に回答するよう求めた。

 この質問書に対する回答は81か国から寄せられ、ILO事務局はその分析結果とそれに基づく結論案を第68回ILO総会報告書Ⅵ(2)にまとめた。

 1982年のILO総会ではこの二つの議題報告書を基礎にして審議が行われた。その審議の内容とその結果採択された「職業リハビリテーションおよび雇用(障害者)勧告案」は、第69回ILO総会議題報告書Ⅳ(1)に収録されている。以下この議題報告書に基づいて、1982年のILO総会における審議の内容のあらましと、上記勧告案の内容を簡単に紹介する。

1982年第68回ILO総会における審議

 第68回ILO総会では、まずこの議題に関する総会委員会で、前記の報告書、とくに第2次報告書に示された結論案に即して審議が行われた。委員長はマートン氏(政府側、ハンガリー)、副委員長はドーソン氏(使用者側、カナダ)とカールソン氏(女性)(労働者側、スウェーデン)であった。

 この総会委員会における審議内容は、本会議でこの総会委員会の報告者バロイ氏(政府側、ジンバブエ)が行った報告によれば、大要次のようであった。

 同総会委員会は、1955年の職業リハビリテーション(障害者)勧告(第99号)をアプ・トゥ・デートする新基準について審議した。新基準の形態と範囲をめぐり、長い討論が交された。多数意見は99号勧告はそのままとし、それを補足する勧告を採択しようというもので、これはILO事務局が質問書への回答をもとに作成した原案の線に沿うものであった。

 多数意見によれば、99号勧告は時間の試練に耐えてきたものであって、今もって有効である。ただ同勧告書採択後25年を経ており、その間に職業リハビリテーション・サービスの組織やそれを提供するための技術的手段だけでなく、これらサービスが直面する障害の性質と種類についても新たな展開が生じているから、それを反映させた勧告が必要である。

 これに対して労働者側委員は1条約と1勧告を採択する方が拘束力が大きく効果が高まる、と主張した。他方、使用者側委員と一部政府委員は、99号勧告を補足する勧告を採択すべきで、新しい勧告は心身障害者の職業リハビリテーションと雇用のみを扱うことにして、いわゆる社会的不適応者の職業リハビリテーションの問題については、いずれ単独の文書を作ることもできよう、と主張した。

 委員会は得られる限りの情報をもとに入念かつ徹底的な検討を加えた結果、99号勧告を補足する(廃棄することなく)1勧告を採択することを決定した。範囲に関しては身体障害者と精神障害者のほかに心理的障害を持つ者も適用対象に含まれることになった。

 職業リハビリテーションは障害者の社会的なインテグレーション(以下「統合」と訳す)ないしリインテグレーション(以下「再統合」と訳す)の手段として重要であり、この点は総会委員会のよく認識するところであった。

 障害者の雇用機会を推進する問題についてはかなり突っ込んだ議論が行われ、その結果、障害者の訓練と雇用を進めさせるような使用者に対する刺激、保護雇用エングレーブや障害者協同組合の設立、訓練施設や作業施設への障害者のアクセスを妨げるような建築構造面等の欠陥の是正、民間団体が行う職業リハビリテーション・サービスや雇用サービスに対する政府の補助等々の措置を新たな勧告に織り込むことになった。

 都市および農村の職業リハビリテーション・サービスの育成に、コミュニティーとして参加することの重要さ(障害者自身の参加も含めて)も認識された。

 総会委員会の数名の委員は職業リハビリテーション・サービスの育成に対して障害者団体がきわめて重要な寄与をなし得ることを指摘し、ILO事務局が1983年総会における第二次討議までに障害者団体の意見を求めるよう示唆した。

 農村の障害者にも確実に職業リハビリテーション・サービスが行われるようにすること、またこうしたサービスに必要な職員の養成に一層努力が払われるようにすることも、総会委員会の委員が一致して支持し、勧告案の中でそれぞれ独立した節を設けて規定されることになった。

 報告者バロイ氏は結びとして、同総会委員会の報告は障害者のための雇用機会の確保と障害者の社会への再統合の推進という、非常に重大な分野に対する政労使三者の協力による集団的努力を如実に示すものである、と述べた。

 このあと本会議では、同総会委員会の労使各側の副委員長その他による賛成演説をへて、同総会委員会報告書および「職業リハビリテーションおよび雇用(障害者)勧告案」と、1983年の第69回ILO総会でこの問題について第2次討議を行う旨の決議案がそれぞれ採択された。(周知のように、ILOの条約や勧告は2回討議手続きによって採択される。)

職業リハビリテーションおよび雇用(障害者)勧告案

 前文(99号勧告の採択以後、リハビリテーションのニーズの理解、リハビリテーション・サービスの範囲と組織、および同勧告が扱う問題に関する多くの加盟国の法令慣行に顕著な発展がみられなかったこと、その結果、都市と農村を問わずすべての障害者の雇用機会とコミュニティーへの統合へのニーズに配慮した、この問題に関する新たな国際基準の採択が適切になったこと、また、国連総会で1981年が国際障害者年と宣言され、そのテーマが障害者の「完全参加と平等」であることなどを考慮して、99号勧告を補足する勧告──1983年の職業リハビリテーションおよび雇用(障害者)勧告として引用できる──を採択する旨をのべる。)

Ⅰ.定義および適用範囲

 1 99号勧告とこの新勧告の適用に際して、「障害者とは、権限のある機関によって認定された身体的、精神的または心理的障害の結果として、適当な雇用に就き、その雇用を継続し、およびその雇用の中で向上していく見込みが実質的に減退している者をいう。

 2 99号勧告とこの勧告の適用に際して、職業リハビリテーションの目的は、適当な雇用に就き、その雇用を継続し、かつその雇用の中で向上していけるようにすること、およびそうすることによって障害者の社会への統合または再統合を推進することである。

 3 職業リハビリテーション措置はすべての種類の障害者が利用できるべきである。

 4 障害者の職業リハビリテーションと雇用のためのサービスを計画し実施する際は、既存の一般労働者のための職業訓練、職業紹介、雇用および関連のサービスを可能な限り利用すべきである。その際アダプテーションの措置が必要ならば、必ずそれを講じるべきである。

Ⅱ.職業リハビリテーションと雇用機会

 5 障害者は、本人の適性に合いかつ本人の選択にかかる、雇用へのアクセス、その雇用の維持およびその雇用における向上に関して、機会および待遇の平等を享受すべきである。

 7 障害のある労働者とそのほかの労働者との間の雇用と待遇の実効的な平等を達成するための特別措置は、差別的と考えられるべきものではない。

 8 障害者に対して労働者一般に適用される雇用・賃金関係の基準に合致した雇用機会を推進するため、国内事情と国内慣行に従い、可能な限り、措置がとられるべきである。

 9 そのような措置には、99号勧告のⅦ部に掲げられているもののほかに、次のような措置が含められるべきである。

  a 障害者の訓練とそれに続く雇用、および訓練や雇用を容易にする作業場・作業具・機械のアダプテーションを奨励するための使用者に対する刺激(財政的刺激を含む)

  b 開放雇用が実際的でない障害者のための保護雇用エンクレーブを設立するための政府の適当な援助

  c 障害者の雇用状態を改善し、また可能な限り障害者に通常の条件下で雇用されるような準備を援助するために、組織と管理の問題に関する保護生産作業施設の間の協力を奨励すること

  d 非政府機関によって運営される職業訓練、保護雇用および職業紹介に対する適当な政府援助

  e 障害者による障害者のための協同組合の設立および発展の奨励。この協同組合は適当な場合には一般労働者にも開放されること

  f 障害者による障害者のための小規模産業、協同組合およびその他のタイプの生産作業施設の設立と発展のための適当な政府援助。こうした生産作業施設は適当な場合には一般労働者にも開放されるものとする。また所定の最低基準を満たすものであることを条件とする

  g 障害者の訓練および雇用のための建築物への援助とアクセスおよびその建築物の中での自由な活動に影響をおよぼす物理的な、コミュニケーション上の、および建築上の障害を、必要な場合には段階的に、除去すること。新しい公共の建物や施設については、適当な基準に配慮すること

  h 障害者のニーズに応じて、作業場所への往復のための適当な交通手段を整備すること

  i 障害者の雇用に関して特に優れた記録を持つ使用者に対する公的な表彰

  j リハビリテーション・センターや作業施設で必要な特定の訓練用材料・機器および障害者の雇用確保を助けるために必要な用具に対する輸入税と関税の免除

  k 個々の障害者の能力に応じたパートタイム雇用の提供

  l 通常の労働生活への障害者の参加を促すための研究を推進し、その成果を可能な限り種々の障害に即して適用すること

  m 職業訓練と保護雇用における搾取の可能性を除去し、また通常の労働市場への移動を容易にするため適当な政府援助

 10 障害者の職業生活と社会への統合や再統合のためのプログラムを企画する際は、すべての形の訓練を考慮に入れるべきである。それには、必要かつ適当な場合には、職業上の準備と訓練、および読み書きやその他関連領域についての訓練が含まれるべきである。

Ⅲ.地域社会(コミュニティ)の参加

 (職業リハビリテーションは、地域社会、とくに労使団体および障害者の代表の可能最大限の参加を得て組織・運営され、かつ地域社会開発の主流に可能な限り密接に統合されるべきこと、偏見を打破し誤った情報と態度を克服するための情報活動を進めること、等々を規定する。)

Ⅳ.農村地域における職業リハビリテーション

 (農村地域における職業リハビリテーション・サービスの導入、改善のための基礎方針、委員訓練、移動式関係施設の導入、農村開発ないし地域開発関係職員に対する職業リハビリテーション技術の訓練等々について規定する。)

Ⅴ.職員の訓練

 (障害者の職業リハビリテーションに従事する職員に対する訓練や待遇のあり方等々について規定する。)

Ⅵ.職業リハビリテーション・サービスに対する労使団体の貢献

 (職業リハビリテーションを推進するための労使団体の措置、政府その他関係機関との協力等々について規定する。)

Ⅶ.職業リハビリテーション・サービスの発展に対する障害者とその団体の貢献

 (職業リハビリテーション・サービスの発展に対する障害者とその団体の貢献については、この結論案のほかの個所でも触れているが、ここではそれら以外の点での貢献についても規定する。)

Ⅷ.社会保障制度に基づく職業リハビリテーション

 (ILOの1952年の社会保障(最低基準)条約第35条──職業リハビリテーションに関して規定──等の効果、および障害者の訓練・職業紹介・雇用に対する社会保障制度の貢献について規定する。)

Ⅸ.調整

 (職業リハビリテーションに関する政策および計画と、労働行政、一般的雇用政策、職業訓練、社会参加、社会保障、協同組合、小規模企業、労働安全衛生、作業方法・作業組織の改善等々に影響する社会経済政策・計画との間の調整の確保について規定する。)

(解説・訳 S.Y生)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年3月(第42号)21頁~25頁

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