特集/重度障害者の職業リハビリテーション 障害者を含めたシステムを指向する評価の検討

特集/重度障害者の職業リハビリテーション

研究レポート

障害者を含めたシステムを指向する評価の検討

謝 世業

 1.はじめに

 私たちは障害者の作業動作を要素ごとまで分解しながら、動作研究を中心に障害者の作業能力を評価してきた。さらに作業能率・作業工程の分析等を用いて、障害者の作業適応範囲の検討も行ってきた。確かにこれらの分析方法は複雑で細かい部分が多い作業動作に対しては詳細な評価までには至らないが、現在では作業評価の中心にある。ただ、最近のコンピューター時代に乗るかの様に、これらの評価の結果を数値化・定数化しようという傾向が強いのが残念である。これでは要素主義的な色彩が強い評価と言われても仕方がない。さらに、社会の労働形態を無視した状態で型にはまった分析方法で評価しているのも問題である。特に私たちがよく用いる動作研究については、その研究がさかんだった時の労働力及びその時の労働形態と現在では大きな差がある。やはり評価者が何のために評価をするのかを再認識する必要があると思う。そこで、作業が障害者と材料機械そして環境との相互作用から成りたっている原則に沿った評価の必要性を考え、その評価の可能性を検討してみたい。

 2.意志決定と作業動作

 作業における障害者の作業状態は大体図1の様になっている。従来の評価では図の左側に示す部分だけでの検討がその評価の大半であった。そのため図の右側に示す他の作業(関連する補助作業等も含む)またはその作業者との関係まで触れることができなかったので、評価者は身体機能が職業的にみて悪く、知能も低いと判断した障害者に対してはどんな作業でも実施不可能と判断しがちになっていた。ところで図の右側部分と障害者は作業者間に存在する知覚的感受性・柔軟性そして円滑な反応パターン等でつながっている。これらの存在がその障害者が作業を遂行するのに必要なエネルギーとなって作業での主導権を握り、他の作業やその作業者に対して影響を与えながら自分自身の作業を調整していくのである。この事は、障害者の作業動作が運動を主要な要素としながら、その動作を決める意志決定が作業全体からみて重要な時間を費していることになり、また重要な過程であることを指す。確かに、障害者個々によって作業動作は異なり、その動作時間も一定ではない。しかし、仮にその状態を適切に表現しても、それは障害者自身の活動性だけに限定された表現となってしまう。やはり、どの様な作業をどの様な能力でもって、どの様に遂行するのかというところまで評価しなければならない。

図1

図1(意思決定と作業動作)

3.実験

 本実験では障害者が作業条件あるいは他の作業者から何らかの影響を受けることにより、その障害者の作業状態がどう変化するかにポイントを置いて実施した。

a)作業内容

 薄板鉄片に刻まれたポンチ跡に合わせて穴あけを行い、さらにその加工部分を平やすりで仕上げるまでの作業を次の示す2つの作業に分けて実施した。

(穴あけ作業)薄板鉄片(13×100×t3)に刻まれたポンチ跡10か所にボール盤を使ってφ4の穴をあける作業(以下「作業A」とする)。

写真1参照 略

(仕上げ作業)薄板鉄片の穴あけした部分10か所を中目平やすりで仕上げる作業(以下「作業B」とする)。

写真2参照 略

b)作業手順

 作業手順は図2に示す通りである。

図2

図2(作業手順)

(作業A)

1)箱Aより材料を取り出す。

2)材料を補助具に取り付ける。

3)穴あけする。

4)穴あけした材料を補助具から取り出す。

5)箱Bに材料を入れる。

(作業B)

1)箱Bより材料を取り出す。

2)材料をバイスに取り付ける。

3)中目平やすりで穴あけした部分を仕上げる。

4)バイスから製品を取り出す。

5)箱Cに製品を入れる。

c)被検者

 本実験では18~30歳のIQ60前後の男子4名を次の2つのグループに分けた。

 1)18歳と20歳(グループ1)

 2)19歳と30歳(グループ2)

d)作業条件

 今回実施した作業に対する作業条件を次の3つに設定した。

(条件1)箱Bにある穴あけされた材料のストックが十分ある場合。

(条件2)箱Bにある穴あけされた材料のストックが8~10個の場合。

(条件3)箱Bにある穴あけされた材料のストックがまったくない場合。

4.結果と考察

a)結果

 本実験でのデータは次の様にまとめた。

1)各作業条件下における作業A・作業Bを行う被検者の能力値Vの動き。(図3・4・5)

図3 作業条件1での能力値の変化

図3 作業条件1での能力値の変化

図4 作業条件2での能力値の変化


図4 作業条件2での能力値の変化

図5 作業条件3での能力値の変化


図5 作業条件3での能力値の変化


2)各作業条件下における作業A・作業Bを行う被検者の能力値Vと製品精度Sとの関係(図6・7・8)

図6 作業条件1での能力値と製品精度との関係

図6 作業条件1での能力値と製品精度との関係

図7 作業条件2での能力値と製品精度との関係


図7 作業条件2での能力値と製品精度との関係

図8 作業条件3での能力値と製品精度との関係


図8 作業条件3での能力値と製品精度との関係


3)作業条件の変化に伴う被検者の平均能力値Vmと平均製品精度Smの変化(表1)

表1
   作業条件1 作業条件2 作業条件3
作業A VmA 0.38 0.54 0.45
0.34 0.56 0.28
SmA 0.61 0.39 0.41
0.55 0.47 0.35
作業B VmB 0.50 0.17 0.12
0.48 0.36 0.15
SmB 0.68 0.53 0.55
0.63 0.49 0.57

Vm:平均能力値     上段 グループ1

Sm:平均製品精度    下段 グループ2

4)各作業条件下における作業A・作業Bを行う被検者の作業態度・言動(表2)

表2
   作業条件1 作業条件2 作業条件3
作業A グループ1 箱Bの中を時々見ながら作業を行なう 箱Bの中をのぞく回数がふえる。作業スピードが早くなる。座り直しの回数がふえる 作業B作業者の動きばかりに気がいき、作業空時間がふえる
グループ2 よそ見をしないで黙々と作業を行なう 作業スピードが早くなる。作業B作業者が材料をとりにくるたびに箱Bの中をのぞく 箱Bの中をのぞく回数がふえ、作業参加時間がへる
作業B グループ1 作業経過と共に作業スピードが早くなる ゆっくり作業を行なう。よそ見がふえる 作業A作業者のそばに行ったり、ウロウロする
グループ2 作業中、よそ見をしないで黙々と作業を行なう 作業スピードが遅くなる。よそ見等はない 手を休めたりする。作業をゆっくり行なう

尚、能力値V・製品精度Sは以下の式から算出した。

 能力値V=n/N

 製品精度S=P/N

   n:単位時間あたりの作業量

   N:単位時間あたりの基本作業量

   P:単位時間あたりの合格数

b)考察

○作業A作業者は箱Bにある材料のストック量が減少するに従い能力値を高めたが、材料がなくなった時点で作業B作業者の動きや材料のストック量に気がいきはじめ、作業に集中できなくなった。

○作業B作業者は箱Bにある材料のストック量が減少するに従い能力値を下げた。

○作業A作業者は箱Bにある材料のストック量の減少に従い、製品精度を下げた。

○作業B作業者の製品精度は作業条件の変化に関係なく大体一定である。

○作業B作業者は箱Bにある材料のストック量の減少に従い、作業をゆっくり行ったり、時々手を休めたりした。また作業A作業者のそばに行ったり、ウロウロすることもあった。

以上より、

1)作業A作業者は箱Bにある材料のストック量が多い時点では、作業B作業者に対しては精神的に優位だった。しかしストック量が減少するに従ってその立場は揺らぎ、作業A作業者はあわてながら作業を行った。そのため製品精度を下げてしまった。

2)作業B作業者は作業時間が経過するごとに能力値を徐々に下げた。これは作業に対する見通しがたち、そのため自分自身、作業スピードをコントロールすることができる様になったからである。しかしよそ見等が増したため多少ミスが発生し、製品精度をわずかだが下げてしまった。

補)グループ1と2に作業を実施したが、大体同じ様な作業状態であった。

5.まとめ

 今回の実験で各作業条件が障害者の作業状態に影響を与え、それがその作業状態を良くしたりあるいは悪くすることが能力値からもまた製品精度の変化からもわかった。これは一つの作業が単独で存在しないことを示すと共に、作業間あるいは作業者間にあるつながりが作業者の作業状態をも位置づけてしまうことを表わしている。特に日本という社会風土を考えると、作業者間のつながり等に視点を置いた評価が必要ではないかと思う。何故なら、日本での仕事というものが特に作業者間のつながりがからみ合って形成されているからである。しかし、その様な評価は障害者の職業的技能を表現する場合とは異なり、その表現方法が難しく、また評価者の主観がはいりやすい危険性を持ち合わせている。ただ評価者が作業環境や状況の正確な観測と障害者に対する詳細な観察をすることによって、障害者がもつ能力の多くを見出すチャンスがあると考える。

 ところで今回の実験で、数値等だけでは障害者の作業能力を表現しにくいことがわかったが、さらに評価の方向性についても何らかの指針が示された様に思う。その指針とは障害者の作業の要件だけを検討するのではなく、障害者の活動的要件をも検討しなければならないことである。

 今回は作業者間にあるつながりの存在を確認したが、今後この存在を位置づける作業者の態度及び言動等の適切な表現方法を検討しながら、さらに障害者の作業状態を多角的にみる評価をすすめてみたい。

参考文献 略

兵庫県玉津福祉センター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年3月(第42号)38頁~42頁

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