特集/アジア・太平洋地域のリハビリテーション タイ

特集/アジア・太平洋地域のリハビリテーション

タイ

Khunying Samanjai Damrong Baedagun*

序文

 タイにも、他の諸国同様、ある程度数の障害者がいる。現在その数は他の諸国と同じくらい、即ち人口の約10%と推定されている。1980年末現在、タイの人口は4,717万3,000人であるから、障害者の数は約470万人を下らない事になる。

 実のところ、障害者の数の政府統計はまだ出ていない。従って、昨年来初めての調査作業が進められており、1983年終わりには、タイの障害者の数とタイプの統計がまとまるはずである。

歴史的再考

 過去には、障害者は数も少なく、地域社会から拒絶されていた。これらの人々は、役立たずで労働市場ではほとんど問題にならない、と考えられてきた。その当時は、我が国でも科学的なリハビリテーションは知られておらず、障害者が医学面、教育面、職業面、社会面の4つの重要な分野のリハビリテーションを受ける機会も与えられていなかった。

 1889年、バンコクのシリラヤ(Siriraj)病院に最初の近代医学校が設立されたあと、病院や医学校が次々に建設され始めた。これによって死亡率は低下したが、障害者の人口比率は逆に増えていった。各地の病院では、これまでに相当数の先天性不具者や整形外科的障害者、工業事故による障害者などが、整形外科的リハビリテーションクリニックによって治療を受けてきた。

 タイのリハビリテーションの設備やサービスが、1970年から80年までの「障害者リハビリテーションの10年」や1981年の「国際障害者年」を契機として、特に飛躍的に進歩してきたことは注目すべきである。殊に、前述した4つの分野のリハビリテーションサービスは、著しく改善され、広まってきた。タイでは、障害者に役立ち助けとなる新たなサービスが、数多く発達してきている。しかしこれらのサービスは、科学的進歩と障害者の増加に伴なって、さらに改善され、さらに拡大されることが望まれる。

障害の原因

 我が国の障害者の原因も、他の国々と同様、多岐にわたっている。即ち、遺伝や先天性の不具、病気、けが、事故によるもの、等である。加うるに、農村部ではテロリストの攻撃によって、軍人や民間人が傷つけられ、その結果として障害者の数も増加している。

 ここ数十年の間に、タイでは、水路による交通を主とする農業国から、混雑の激しい道路交通を主とする工業国家へと変遷をとげつつある。その結果、他の先進国や開発途上国と同様、タイも、工業化による労働災害、交通事故等の比率が高くなり、人口に対する障害者の割合も増加の一途をたどっている。

 障害を持つ労働者の職業的リハビリテーションに関連して、次に示す一連の表を見ると、よりわかりやすいだろう。これらの表は、工業の急速な発達と拡大によって、労働災害がしだいに増えていることを示している。幸いにして、内務省労働局労働者賠償基金が、労働災害の記録を毎年とっており、ここにこれを載せることを許可して頂いた。

労働災害の統計

 ここ2、30年の間に、タイは農工業国(an agroindustrial country)となり、就業人口中の農業従事者と非農業従事者の割合は接近してきている。表1は、就業人口と非就業人口の数を示したものだが、中でも1977年から1979年にかけて、就業人口のうち、非農業従事者が増加していることがわかる。

表1 農業及び非農業の労働人口
就業人口 非就業人口 合計
農業従事者 非農業従事者 小計
1977 14,922,000 5,386,200 20,308,200 168,600 20,476,800
1978 16,018,100 5,720,000 21,738,100 156,800 21,894,900
1979 15,018,800 6,210,800 21,229,600 190,200 21,419,800

 労働法によって、いくつかの県では、正規に登録された事務所は事故保険をかけている。事業所は、労働省の労働者賠償基金に毎年いくばくかの金額を支払って、従業員に保険をかけているのである。

 表2は、1974年から1981年にかけて、保険に入っている従業員の事故に遭遇した比率と、そのうち重い障害を受けた人の比率を表わしたものである。

表2 事故と重度障害の比率

保険加入企業

被保険従業員

事故

死亡者

永続的障害

事故数 部分障害 全体障害 合計
1974 2,492 1(BK) 272,848 3,200 1.17 95 401 401 12.53
1975 2,794 1(BK) 349,814 4,605 1.32 132 535 1 536 11.64
1976 3,605 6 496,700 10,136 2.04 138 854 3 857 8.46
1977 4,382 13 570,000 15,335 2.69 176 1,080 6 1,086 7.08
1978 5,403 17 590,640 19,134 3.24 209 1,119 9 1,128 5.90
1979 6,101 22 659,041 24,370 3.70 296 1,104 8 1,112 4.56
1980 7,337 25 745,513 25,334 3.40 294 1,191 13 1,204 4.89
1981 8,465 30 759,305 27,723 3.65 314 1,275 10 1,285 4.64

 BKはバンコクを表す。

 表3は従業員の事故率を示したものだが、製造業が最も高く、1976年以降80%を越えていたが、1981年には少し低下している。

表3 産業別事故率の割合

             年
産業の型

1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981
鉱 業 3 93 139 168 316 422
製造業 1,995 3,265 8,411 12,650 15,497 19,919 20,301 21,610

率(%)

62.34 70.90 82.98 82.49 80.99 81.74 80.13 77.95
公共事業 2 2 28 122 7 7 4 26
建設業 336 354 537 1,031 1,551 2,018 2,389 2,759
運送業 307 343 367 467 587 706 720 801
貿易・ホテル・レストラン 426 498 616 727 1,032 1,109 1,028 1,236
サービス業 131 143 177 245 321 443 576 669

3,200 4,605 10,136 15,335 19,134 24,370 25,334 27,723

 製造業に従事する者の事故率が著しく高いので、次の表4では製造業だけ取り出して、1977年から1981年までの業種別の事故件数と障害者数を示してみた。

 この数字から、製造業の中でも機械産業が特に事故件数でも障害者数でも高いことが読みとれる。 

表4  製造業の種別による事故と障害者の割合

種 別

事故件数 死亡者 永続的障害
部分障害 全体障害
1 食品、飲料、タバコ 1979
1980
1981
3,692
3,794
4,490
40
28
39
94
88
115

1
2
2

2 繊維、衣料、皮革製品 1979
1980
1981
2,009
2,341
2,545
21
10
9
96
117
116

2
1
1

3 木材及びコルク 1979
1980
1981
1,996
1,859
1,878
13
19
19
112
95
130



4 製紙業及び印刷業 1979
1980
1981
537
588
645
4
2
10
30
32
46

1

5 化学製品、石油、石炭ゴム、プラスチック製造 1979
1980
1981
1,221
1,340
1,658
14
14
11
72
88
72

1
1

6 非金属鉱物 1979
1980
1981
1,902
1,661
1,960
41
9
10
46
44
58


1

7 金属産業 1979
1980
1981
2,352
2,017
1,755
5
6
4
50
55
27



8 機械産業 1979
1980
1981
4,269
4,335
4,285
6
7
17
365
378
410



9 輸送設備 1979
1980
1981
1,859
2,306
2,541

8
3
5

100
109
113



10 その他 1979
1980
1981
82
60
53



2
2
8



合計

1979
1980
1981
19,919
20,301
21,610

152
98
119

603
967
1,095

4
5
4

 さらに、けがの原因と事故の件数の関係を次の表5で見てみると、興味深いことがわかる。

 下記の数字から、圧迫が事故原因のトップになっていることがわかる。

表5 けがの原因と事故件数の関係

原 因

1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981
車両 392 582 877 1,033 1,365 1,485 1,529 1,733
機械 601 997 2,240 2,553 2,760 3,643 3,685 3,986
手動工具 177 355 551 1,062 981 1,536 1,380 1,185
墜落 121 125 253 457 601 743 849 849
落下物 528 725 1,055 1,822 2,298 2,830 2,954 3,283
転倒 92 146 244 340 358 628 708

765

熱、電気、化学 197 334 836 1,486 1,231 1,471 1,401 1,528
毒物 726 830 721 798
重量物 71 126 209 343 469 593 822
衝突 23 68 114 86 111 126 134 142
工場騒音 - 14 9 41 6 53 5 5
圧迫 340 390 2,140 3,085 4,370 5,377 5,467 6,038

10.62 8.47 21.11 20.12 22.84 22.06 21.58 21.78
飛来物 630 712 1,239 2,123 2,892 3,992 4,039 4,000
職業病 3 8 19 88 107 132 96 246
その他 50 78 434 950 885 1,051 1,773 2,343

合 計

3,200 4,605 10,136 15,335 19,134 24,370 25,334 27,723

 

表6 けがの部位と事故件数 

けがの部位

1977 1978

1979

1980 1981

2,057

2,738

3,486 3,786 4,304
頭、首、類 1,188 1,485 1,775 1,866 2,064
手と指 5,562 6,451 8,390 8,549 9,142
比率(%) 36.27 33.71 34.43 33.75 32.98

810 984 1,349 1,317 1,336
背中と肩 481 636 773 888 1,196
胴体 536 675 917 920 873
足先 2,439 3,383 4,111 4,414 4,730

995 1,233 1,600 1,558 1,677

16 59 89 70 118
複合 872 1,168 1,331 1,372 1,536
その他 379 322 549 684 748

合計

15,335 19,134 24,370 25,334

27,723

 この数字からは、けがの部位は手と指が最も多く、ついで足先であることがわかる。

リハビリテーションのための資源

 前述した通り、この10年間でタイのリハビリテーションの組織は目にみえて成長し、リハビリテーションの分野も急速に広がった。このような組織では、障害者が依存的な状態から抜け出して、自立した生活を送れるように、様々な施設やサービスを提供しようとしているが、公的私的いずれの施設も財源は乏しく限られている。

 最低限必要な資源さえ、あらゆる面で不足している。財政的、物質的資源はもちろんのこと、訓練したリハビリテーションを行うための人材も不足している。

人的資源:人的資源について言えば、タイでは、リハビリテーション施設の訓練職員が大変不足している。そのため未だオープンできないリハビリテーション分野が様々ある。特に、リハビリテーションカウンセラー、職業ガイダンス、職業紹介の職員、視覚障害者や知恵遅れの指導員などが不足している。さらに、リハビリテーションの各分野で専門職員として働く大学卒業者もまだ不足している。

 上述の問題の中の幾つかは、確かに他の開発途上国にも共通の問題である。この問題を解決するには、他の開発途上国や先進国で働くリハビリテーターと知識や経験を交換して、懸命の努力をしなければならない。しかしながら、現状では意見の交換や共同研究を行うことは不可能である。というのは、共同討論会の場や情報の相互伝達手段が今のところ与えられていないのである。加えて、先進国のジャーナリストや出版界の多くは、これらを身近な問題としてとらえないため、適切な解決策は得られていない。

財政的資源:政府も多くのボランティアのリハビリテーション団体に、毎年、何がしかの財政援助を行っており、その他にも、地方や海外からの資金、設備の援助もある。しかし、プログラムを遂行し、障害者に給付金を支給するにはまだまだ不足している。

 障害者に対する資金面、設備面での援助は、労働者災害補償基金(the Office of Workmen's Compensation Fund)、福祉局(Public Welfare Department)、退役軍人団体(War Veteran Organization)をはじめ、タイ社会福祉評議会(the Council on Social Welfare of Thailand)、ろうあ者協会(the Foundation for the Deaf)、盲人協会(the Foundation for the Blind)、肢体不自由者協会(the Foundation for the Welfare of the Crippled)などのボランティア団体からのものでまかなわれている。

公共施設:現在我が国には、公的あるいはボランティアによるリハビリテーション団体が数多くある。ボランティア団体のほとんどは、ろうあ者、盲人、知恵遅れ、肢体不自由者などといった特定の障害者を対象にして活動を行っている。

 公的施設の中には、国内のあちこちの総合病院で医学的リハビリテーションサービスを受けられるようになっているものもある。現在、ろうあ者向けに8か所、盲人向けに1か所、知恵遅れのために2か所の施設がある。障害者の施設ケアや職業リハビリテーションサービスに関しては、内務省の公共施設局の管轄であるが、現在次にあげる8か所の障害者福祉施設がある。

1 ファラ・プラダエン障害者ホーム(Phra Pradaeng Home for the Disabled)は、バンコクに程近い、サムプラカーン県のファラ・プラダエン地区にある。この施設は貧しい犯罪者に寄宿ケアを行う事を第一の目的として、1941年に設立された。その後、伝染病を持たない17歳以上の収入のない貧困者へのサービスを手がけるようになった。その上、保護して医療や食事のケアをするだけでなく、刺しゅう、木彫り、じゅうたん織り、手工芸、園芸など、趣味にも実益にもなる教育を行っている。このホームの収容人員は650人である。

2 1の施設のすぐ近くにあるファラ・プラダエン障害者職業リハビリセンター(Phra Pradaeng Vocational Rehabilitation Center for the Disabled)は、国際労働団体の技術協力を得て、1968年に設立された。ここで行われている訓練は、婦人服仕立て、紳士服仕立て、機械組立て、ラジオテレビの修理、皮革加工、障害者向け補助具の簡単な組み立てなどで、期間は1年未満である。このセンターの隣りにはシェルタードワークショップがあり、職業訓練コースを終了しても一般の労働市場ではまだ一人立ちできない人に、仕事を提供している。このワークショップでは、機械組みたてと紳士服仕立てを行っている。

3 コンカエン障害者職業訓練センター(Khon Kaen Vocational Training Center for the Disabled)は、北東部のコンカエン県のウボルラト自立セツルメントの中にある。1973年以来、同センターは、北東部の農村地帯に居住する障害者に職業訓練を広めるための実験プロジェクト的な役割を果たしてきた。ここの訓練コースでは、洋裁、紳士服仕立て、ラジオ修理、初歩的農業、整髪などを行う。期間は6か月以内である。

 2と3の2つのセンターは、寄宿でも通園でも良いが、年齢は15歳から45歳までである。どのコースも、訓練生は最低4年の初等教育を受けていることが前提条件であるが、テレビ修理だけは、最低6年の初等教育が必要である。

4 バンパコン療養快復ホーム(Bang Pa Kong Reception and Convalescent Home for the Disabled)は、東部のチャコーエンサオ県にある。ここは1981年の国際障害者年を記念して設立されたもので、障害者の施設ケアを目的としている。収容人員は100名である。

5 解放精神病患者のためのハーフウェイホーム(Half-Way Home for Discharged Mental Patients)は、バンコクの近くのプラタムサニ県に1968年に設立された。この施設は、精神病院を退院してもその後のケアが必要な精神病患者に寄宿ケアを行っている。同時に、農業、大工職、溶接などの職業訓練も行っている。この施設の目的は、患者が社会の中で、あるいは家族と共にノーマルな生活を再び営めるようにすることである。収容人員は250名である。

6 パクレット肢体不自由児ホーム(Pak Kret Home for Crippled Children)は、5歳から18歳の孤児、家のない子供、事情で家族と暮せない子供で、身体に障害を持った子供を対象にしてサービスを行なっている。このホームの構内には、義務教育、職業訓練、リハビリテーション等のサービスを行なう施設もある。収容人員は250名である。

7 精神薄弱乳児ホーム(Home for Mentally Handicapped Babies)は、0歳から5歳までの貧しい精神薄弱幼児のケアを行う施設で、収容人員は150名である。

8 精神薄弱児ホーム(Home for Mentally Handicapped Children)は、5歳から18歳までの貧しい精神薄弱児の寄宿ケアを行う施設で、収容人員は300名である。

 最後の3つの施設は、いずれもバンコク近くのノンタブリ県にある。

結論

 結論として言えることは、タイの障害者の予防とリハビリテーションについての認識は、この10年間に、政府の役人やボランティア団体のスタッフにも相当浸透してきた、ということである。

 1982年から1991年までの、10年ナショナルプランが提案され、1982年3月30日、内閣で承認された。これは、障害者に医学、教育、職業、社会性の各分野のリハビリテーションを受けさせる事を基本に盛り込んで立案されたものである。さらに1981年、国際障害者年を記念して560万バーツのタイ・リハビリテーション基金が発足して、そのうち、400万バーツが、ノンタブリ県パクレットに新たに建設するシェルタードワークショップの設立に使われる事になった。現在我が国には、ファラ・プラダエン県の他に、4か所のシェルタードワークショップがある。盲人用が1か所、切断者用が1か所、知恵遅れ用が2か所である。これらの施設に従事できる割合は、全体の20~50%である。

 しかしながら、1979年から立案されてきているリハビリテーション法令は、できるだけ早く改案されることが望まれる。そうすれば、タイでも、障害者は真の権利と保証を受け、国の内外の団体の援助を背景に、近い将来、リハビリテーションのための資源不足を解消できるようになるであろう。

(武田直子訳)

*国際リハビリテーションタイ国内事務局長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年11月(第44号)5頁~10頁

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