特集/アジア・太平洋地域のリハビリテーション マレーシア

特集/アジア・太平洋地域のリハビリテーション

マレーシア

Hatim B. Chik

1 はじめに

 マレーシア国土は13万平方アイル(約336,700km2)である。マレイ半島の12州と、ボルネオ島のサバ州、サラワク州から成っており、経済は主に、ゴム、すず、パーム油、原油、石油製品、木材などの輸出に依存している。人口は1,390万人と推定されており、そのうちの42%は0~14歳の若年層であり、15~64歳は54%、64歳以上は4%である。マレーシアにおける障害者総数を示す包括的データはないが、1958年に社会福祉局が実施した抽出調査によると、盲、ろう、肢体不自由、精神薄弱などの主要な障害者群をすべて入れると、マレイ半島の人口の約1%に当たると推計された。この1%のうち盲人は0.32%、ろう者0.18%、肢体不自由0.42%、精神薄弱0.08%と推計された。この発生率を1980年度の人口1,390万人に当てはめると、これら4つの障害者群の合計が13万9,000人となる。次の表は障害・年齢別の障害者数を示す。年齢区分は、学齢前児童、学齢児童、職業訓練を必要とする年齢層、及びそれ以上との基準で分けた。

マレーシアの障害者推定数(1980年)

年 齢

盲人 ろう者 肢体不自由者 精神薄弱者 合計
0歳~5歳 471 3,905 3,653 1,472 9,501
6歳~7歳 3,555 7,804 14,301 5,128 30,788
18歳~34歳 9,766 5,682 17,508 2,557 35,513
35歳以上 30,688 7,629 22,918 1,663 63,198

合  計

44,480 25,020 58,380 11,120 139,000

2 障害の予防と早期発見

 マレーシア保健省が実施している予防・治療を目的とした保健対策によって、保健水準の向上が図られ、乳児死亡率が低下し寿命が伸びた。また、障害をもたらす主要原因を抑制するための全国的キャンペーンが、保健プログラムの一つとして実施されている。マラリヤ、結核、ライ、フィラリア、熱帯イチゴ腫などの伝染病を抑制し根絶するためのプログラムが成功し、農村地域におけるこれらの伝染病が急速に減少している。農村地域における保健プログラムは、人口4,000人ごとに設置されている農村地区クリニックのネットワークを通じて、マレーシア全国にヘルスケアが徹底するようになっている。事故による障害を減らすための対策の一つとして、自動車に安全装置を取り付けることを義務づけている。労働・人材省の工場・機械局では、工場および機械を定期的および不意打ちに検査することによって、作業安全及び職場での健康を促進している。

 マレーシア道路安全協議会の主催により、道路安全に関するセミナーやキャンペーンを実施したり、事故発生率の高い場所に道路標識を設置するなどして、マレーシア政府は交通事故防止に努めている。また政府は、学齢児童を対象に、交通安全ゲームを紹介している。家庭における事故の予防は、保健省母子保健課の事業となっている。

 視覚障害者、ろう者、肢体不自由者、精神薄弱者の主要4障害群の任意的登録制度が、福祉省の所管で行われている。登録した者は、リハビリテーションを目的として、治療サービス、義肢・装具の交付、教育、社会適応訓練、職業訓練などのサービスへの照会等、適切なプログラムが提供される。

 視覚障害者の早期発見を目的として、病院、保健所、地区クリニックなどに視力検査設備が整えられている。学校保健プログラムの下で、学齢児童の視力検査は保健婦及び医師によって実施されている。視力に異常がある児童は眼科医に照会され、治療の対象となる。

 障害予防を目的として、1967年にマレーシア盲人協会(民間団体)は視覚障害予防部門を設置した。この視覚障害予防部門は、政府の保健施策を補完し、農村地域を対象に盲予防事業を実施している。ここでのサービスとしては、視力検査、眼の軽い異常の治療、重い症状のケースを政府所管の眼科に照会する、盲予防のための教育の促進、などが行われている。

 全国ろう者協会は民間団体であり、クアラルンプールで聴能センターを運営している。このセンターは、聴覚障害があるおそれのある学齢前児童の検査を実施している。聴覚障害があることが明らかになると、治療機関を紹介され、必要な場合には補聴器が処方される。

3 リハビリテーション

 障害者のためのリハビリテーションサービスは、主に福祉省が実施する政府の政策の結果、ここ数年間にわたって発展し続けている。マレーシアでは、学際的アプローチによるトータル・リハビリテーションの概念を取り入れている。医学リハビリテーションの部門は主に総合病院の中に置かれており、例えば、整形外科ユニット、脊髄損傷ユニット、耳鼻咽喉科クリニック、眼科クリニック、理学療法、作業療法部などになっている。また、ハンセン氏病のリハビリテーション、ガンの治療、精神病者のケア・治療など、専門別の病院もある。リハビリテーションの一部門として不可欠の義肢・装具センターは、病院の中に付設されている。文部省は盲・ろう児の教育を管轄している。福祉省では、障害者任意登録制度によって明らかにされる障害者数の把握や、ケア・治療・訓練・教育を提供する居住施設を所轄している。また、保護雇用の場を提供し、一般労働市場への就職斡旋や特別援助事業を実施している。

4 障害者の教育

 文部省は障害児・者の特殊教育に責任をもっている。しかし、精神薄弱児・者の特殊教育はまだ制度化されておらず、この精神薄弱児の社会的・教育的訓練プログラムは民間団体によって実施されているが、政府はこれらの事業を支援するというかたちを取っている。例えば訪問教師を派遣するとか、民間団体で雇っている教師の給与の90%を負担している。

 全寮制の盲学校は2校あり、各校の定員は100児童である。ジョホールバールにあるエリザベス盲学校はマレーシア盲人協会によって1948年に設置されたが、現在は文部省の全面的援助を受けている学校となっている。ペナンのセントニコラス学校はやはり全寮制の小学校であるが、文部省の補助金を受けている。文部省直轄の国立盲中学校がクアラルンプールのセタパックにあり、112名の盲児に教育を実施している。1959年に文部省は盲児のための統合教育プログラムを設置し、前述の2つの全寮制盲学校で提供されるサービスを補完している。

 マレーシアにおける初めてのろう学校は、1952年に開校された連邦ろう学校である。当初、民間の努力によって開校されたが、その後政府に移管され、現在では文部省から全面的援助を受けている。この全寮制ろう学校の定員は400児童である。また、ろう協会でも学齢を超過したろう児80名を対象とした全寮制ろう学校を運営している。これらのろう学校を補完するために、文部省は1961年から統合学級を設置している。現在、統合教育プログラムに登録されているろう児童は1,000名以上になっている。

 マレイ半島における精神薄弱児の特殊教育は、各種の精神薄弱児協会によって実施されており、てんかん児童の初等教育はペラックにあるベサニーてんかん児ホームで行われている。

 サラワク社会福祉協議会も2つの精神薄弱特殊学校を運営しており、6~18歳の精神薄弱児を対象とし、定員は50名である。サバ州社会福祉局ではサンダカンで“Taman Didikan Cacat Akal”を運営しており、これは18歳までの精神薄弱児40名の教育と社会訓練を提供している。、

 盲・ろう児の特殊教員は、クアラルンプールにある特殊教員養成所で養成されている。点字出版所はマレーシア盲人協会が運営しており、マレーシア全国の盲学校で使用する教科書の点訳をしている。

5 職業訓練

肢体不自由者サービス

 福祉省は肢体不自由者を対象に職業訓練センターを運営している。この職業訓練センターは1965年に設置され、現在ではマレーシアにおける唯一のリハビリテーションセンターとなっており、医療、教育、職業訓練およびケースワークサービスを提供する総合的なセンターである。6~25歳の肢体不自由児・者を対象とし、入所定員は150名である。また、30歳までの肢体不自由者を対象とする訓練部門も、数は限られているが付設されている。ここでは各種の職業訓練が行われており、技能の修得や手の巧緻性、自立性、良い就労習慣を身につけることを目的とし、訓練を受けた障害者が一般労働市場に就職することを目ざしている。

 このセンターにおける主要プログラムは次の通りである。

a)医学リハビリテーション―理学療法、水治療法、作業療法、言語治療、看護

b)職業訓練―自動車・ラジオ科、溶接科、木工科、洋裁科

c)教育―機能回復訓練や職業訓練を受けている者を対象に初等教育レベルの教育

d)ケースワーク・カウンセリング―訓練生が障害に適応できるよう援助し、リハビリテーションの可能性を評価する

 リハビリテーションセンターは、次のような条件を満たす身体障害者を対象にサービスを実施することを目的としている。

1)訓練が可能であり、職業訓練の効果がある者

2)リハビリテーションの治療を必要とする者

視覚障害者サービス

 視覚障害者のための職業訓練事業は主に民間機関によって実施されている。マラヤ盲人協会はクアラルンプールで「ガーニイ盲人訓練センター」を運営しており、これは1953年に設置され、16~30歳の盲人を対象として訓練を実施している。活動プログラムとしては、評価、歩行訓練、社会適応訓練、オリエンテーション、生活訓練などがある。点字印刷、電話交換手、速記者、マッサージ師、かご細工、木工なども、技能訓練として行われている。訓練期間は6か月から2年であり、定員は50名である。

 パハンにある「タマン・ハラパン農村訓練センター」は1959年に設立され、25エーカー(約10万㎡)の敷地内で、稲作、野菜づくり、畜産、家事訓練などを行っている。このセンターでは独身者はもちろんのこと、既婚者の場合は夫婦で訓練を受けられる。

 サラワク盲人協会は7歳以上の視覚障害児・者50名を対象とする訓練センターを運営しており、トウ細工、簡単な大工作業、農業などの訓練が行われている。サバ州には「ワレス盲人訓練センター」があり、園芸、畜産、手工芸を16~45歳の視覚障害者25名に指導している。

ろう者サービス

 ろう者専門の職業訓練施設はない。しかし、肢体不自由者リハビリテーションセンターにおける各種職業訓練を、人数に制限はあるが、受けられるようになっている。セランゴー地区・連邦領地の「ろう者協会」は、若いろう者をキーパンチ・オペレーターとして訓練する職場適応訓練を実施することについて、IBMと協議決定した。

精神薄弱者サービス

 脳性マヒ児も含む精神薄弱児・者サービスは、政府及び民間機関の努力によって徐々に伸びつつある。

 福祉省は精神薄弱児・者のための施設を3つ運営しており、これら3施設の入所定員は合計540名となっている。ジョホールバールのジュビリー児童ホームは1969年、セレンバンのテングー・ナジハー児童ホームは1978年にそれぞれ設立され、重複障害児を含む重度の精神薄弱児のケアと訓練を実施している。入所児童は0歳から18歳までであり、これらのセンターの目的は精神薄弱児の身辺自立である。この2つのセンターの入所定員は300名である。

 精神薄弱児・者の職業訓練はジョホールバールの「タマン・シナル・ハラパン(Taman Sinar Harapan)」で行われ、14~24歳を対象としている。これは1975年に設立され、入所定員は240名である。14~30歳の訓練生を対象にデイプログラムも行われており、このセンターでの主要プログラムは次の通りである。

1)特殊教育―個々の能力に応じた教育を行っており、読み・書き・計算の基礎学科と市民としての教養、社会適応訓練などを実施している。

2)職業訓練―洋裁、木工、農業、クリーニング、手工芸、家事作業

3)理学療法―機能回復訓練及び歩行訓練

4)作業療法―評価、および日常生活動作訓練

5)言語治療―言語障害および聴力障害のある児童への訓練

6)カウンセリング・指導―リハビリテーションプログラムの効果を最大限に高めるために、行動変容を図ったり、情緒的問題に対応する。

 医療サービスについては、ジョホールバールの総合病院の医師や、タンポイのペルマイ病院(Hospital Permai)の精神科医の協力を得ることができる。

 6~18歳までの精神薄弱児のデイケアセンターが精神薄弱児協会によって運営されている。マラヤ半島では他の民間団体も同じように運営している。サバ州では、社会福祉局が16歳以上の精神薄弱者を対象に2つのデイケアセンターを運営している。ザバ・チェシャーホームでは、訓練不可能な重度精神薄弱児・者のケアを行っている。

6 雇用

就職斡旋サービス

 福祉省の就職斡旋サービスは、訓練を終えた障害者を就労に結びつける役割を果たしている。企業での就職が可能な者は企業へ、それが不可能な者は保護雇用または在宅雇用へと結びつける。

販路促進機関

 障害者の雇用促進事業を補うものとして、在宅雇用及び保護雇用で就労する者を援助する機関がある。在宅雇用者のために一括して原料を購売・供給したり、製産品の市場を確保するのである。

 この機関は、障害の重さや年齢が高いために、職業技能が低かったり、移動が不可能なために一般企業への就職が難しいが働く能力は十分にある重度障害者のニーズに応えるために、1967年に設立された。これは当初、身体障害者および精神障害者を対象に設立されたが、一般企業への就職に問題がある社会的障害者も現在は対象となっている。対象者の仕事の質と生産性を高めるために、訓練及び再訓練も実施している。マラヤ半島の諸州に、現在、116名がこのサービスを受け就労している。

 この制度はその制度化以来、アブラヤシ実かご、魚かご、クズゴムかご、シャベルかごなどの大物のトウかご作りを行っている。しかし最近では、プラスチック製品を製造している工場との競争が激しくなり、また、輸入のトウ原料が高くなるなどの困難な状況に直面し、同機関の存続が危ぶまれている。現在は事業の分散化が図られ、かご作りのかわりに洋裁の導入が計画されている。またその他のプロジェクトも現在検討中であり、障害者のための価値あるビジネスにすべく努力している。

 マレーシア盲人協会も同様の販路促進機関を持っており、訓練を受けた盲人に就労の機会を提供し、トウ製品の販売を行っている。同協会では就職斡旋サービスや、働く盲人のためのホステルも運営している。

保護雇用

 一般企業への就職が難しいすべての種類の障害者を対象に、職場適応訓練と就労の機会を設けることを目的に、福祉省はシェルタード・ワークショップを設置している。

 マレーシア全土にわたって8つのシェルタード・ワークショップがあり、身体障害者、精神障害者、社会的障害者を対象に、洋裁、木工、レンガ積み、家具作り、手工芸、封筒作り、ゴムの木の樹液を集収するカップ作り、自動車部品製造、かご作りなど、それぞれのワークショップで独自の作業を取り入れている。定員は10名という小規模なものから100名のものまであり、入所制、通所制の両方がある。国立、州立、民間立と多種多様であり、従って、財源も様々である。

7 社会保障法

 労働・人材省は1969年に「被用者社会保障法」を制定し、1971年10月1日に施行した。同法によって、雇用保険損傷制度と恒久障害年金基金が実現された。同法は、5人以上の労働者を雇用する事業主と、1か月500マレーシアドル(約5万円相当)以下の所得の労働者すべてに適用される。この制度に該当しない労働者は、労働災害補償条例(1952年)によって保護されている。この雇用保険損傷制度によって行われる給付の内容は次の通りである。①医療、②仕事上の損傷の結果死亡した者の被扶養者への定期的金銭給付、③切断者となった者への義肢の交付、④重度障害を受けた損傷者への定期的金銭給付、⑤埋葬料。

 同法は障害者への職業リハビリテーション施策も規定している。

8 支持サービス

 リハビリテーションの構成要素の一つとして、福祉省は次のようなフィールドサービスを実施している。

 1)義肢・装具の交付

 義肢、杖、車イスおよびその他の補装具類の購入に際し、福祉省が補助をしている。

 2)眼鏡の交付

 このプログラムは、視力障害のある学齢児童(特に農村地区の児童)を対象に、1977年にスタートした。これは貧困家庭の児童の視力を守ることを目的とし、視力障害があっても眼鏡が買えず学校から落ちこぼれたり、視力を悪化させるのを防ごうとしている。

 3)開業助成金

 障害のため、もしくは、受けた職業訓練の内容のために、在宅雇用(自営業も含む)を選択する障害者に対して、1人につき最高限度額1,000マレーシアドル(約10万円相当)の開業資金が福祉省によって助成される。この制度は、訓練を修了した障害者が自営をする場合に、道具の購入や設備・施設の準備を可能にするために制度化されたものである。

 4)報奨手当

 就労している障害者の所得が自活するに十分でない場合に、その所得を補足するために、毎月、福祉省は報奨手当を支給している。これによって、障害者が就労することを奨励しているのである。

9 民間機関の役割

 マレーシアにおける民間機関の役割は、政府によるリハビリテーションサービスを補完するものとして、新しいサービスの開拓および実施がある。福祉省は、リハビリテーションサービスを実施する民間機関に対して補助金を交付し、民間機関の参加と介入を奨励している。この補助金の目的は、民間機関に財政的援助を行うためだけではなく、障害者のケアとサービスを少なくとも最低水準までマレーシア全土に確保するためである。これらの民間機関の管理運営委員会には、政府の担当者も参加している。

 民間団体は、盲人、ろう者、脳性マヒ者、精神薄弱者のサービスに関して非常に活躍している。これらの民間機関のほとんどのサービスは、デイケアセンターにおいて提供されている。

10 連絡・調整

 政府および民間機関との間でのリハビリテーションサービスの連絡調整は、関連省庁および民間機関によって構成される省庁間委員会において行われている。福祉省のイニシアティブにより、1973年にマレーシアリハビリテーション協議会が設立された。同協議会の主要機能は、リハビリテーション分野で仕事をしている民間機関等の連絡・調整をし、各州にリハビリテーション協会を設置するよう促進することである。同協議会の構成メンバーは、全国規模の民間諸機関、関係省庁の代表者、斯界の学識経験者などである。

11 結論

 マレーシアにおける障害者リハビリテーションは、各種の民間団体、宗教団体によってスタートした。英国軍当局は、戦争の犠牲者を援助する目的で、1945年に社会福祉局を設置した。その後、マレーシア全体の状況が安定化した時、この社会福祉局がより強化され、障害者などを含む社会的不利な状態にある者に対して、公的扶助や他のサービスを提供するようになった。

 マレーシアの独立以来、障害者のリハビリテーションサービスは、国家開発プログラムの一貫として、また、政府の方針・施設として発展してきた。政府は障害者サービスの強化・拡充を図ると同時に、政府の活動を補完するために、民間団体・機関の発展も奨励・支援する方針を取っている。今後の行動計画としては、障害者に対して、より広範囲に渡るサービスを提供するために、各種の施設を増設することである。

(奥野英子訳)

福祉省リハビリテーション部部長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1983年11月(第44号)15頁~20頁

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