特集 第11回職業リハビリテーション研究大会 精神科領域における「職業前訓錬」の明確化

特集 第11回職業リハビリテーション研究大会

精神科領域における「職業前訓錬」の明確化

―作業部門4年間の経験を通じて考える―

斉藤 勤*

1.はじめに

 精神衛生法が昭和40年に改正され第7条の規定によって都道府県が精神衛生センターを設置することになり、北海道は昭和43年にA級規模で開設された。現在は定数内職員22名、特別非常勤5名、パート2名で、事務部、指導部、相談部、研究調査部に分かれて各々の業務を遂行している。

 在宅の精神分裂病者を対象として、社会復帰の試行的実践研究を意図して「社会復帰学級」を開設したのが昭和44年9月からであり、当初はいわゆる「デイ・ケア」であったが、昭和54年4月から「職業前訓練」を目的とした作業部を設置して、試行錯誤のなかで就労にむけての具体的援助を行ってきた。前者は厚生省の補助金を受けて行われる本来のセンター事業であるが、後者は北海道の単独事業として独自で行っているもので、今回はその4年間の経過と経験をふまえて、その考え方を明確にしていきたい。

2.作業部設置の経緯

 当時のデイ・ケアは週2日のカリキュラムで主として仲間づくりを目的とした「集団を通じての健康な体験の積み重ねにより社会復帰の手がかりを自ら体得する。」ことだと考えていた。しかしその経過のなかで就労にむけての個別援助をする必要に迫られてきた。昭和51年から新たに就労部を設けて、就労と継続にむけての援助を開始している。その目的として「働きながら社会参加の継続を図り、余暇を自分なりに楽しめるように、仲間をつくり、よりよい交友関係がもてるようにする。」としてきた。ところが、デイ・ケアからすぐ仕事につくには「ステップ」が余りにも高く、強力な援助を繰り返してもなかなか仕事に定着ができず、殆んど脱落していた。受け入れ企業側からも「働く気がまえがない」「ボーッとしていてやる気がない」と指摘されてきた。そこで「仕事につくための心がまえ訓練」を目的とした作業部を、生活部と就労部の間に設置した。「規則的な軽作業の体験を通じて、就労への意欲、心がまえ、社会参加の姿勢を探る。具体的には本人の能力に合った仕事をみつけることの援助」だと当初は考えていた。

作業部設置の経緯

3.カリキュラム

 就労を目的とした「職業前訓練」としてはまず最初に一般の企業の労働時間に慣れることが課題と考え、午前9時から午後5時までを拘束時間とし、月曜日から金曜日までの週5日間とした。また実働時間も週30時間を確保した。金曜日にグループ・ミーティングの時間をもち精神科受診は原則として土曜日とした。タイム・レコーダーを設置し、仕事も指示通りのことをするなど長時間拘束に慣れることと合せて、一般企業に近い厳しい労働条件下で訓練を行うことにした。

作業部カリキュラム

作業部カリキュラム

4.訓練目標と援助視点の変化

 訓練開始に当たっての目標を「布団から出て、家から出る。」ことに始まり作業部に「遅れず、休まず、サボらず」に通ってくること、また、「時間までに来て、時間までいる。」こと、この間の長時間拘束と長時間労働の厳しさに耐えることを第1の目標とした。次に、援助者の作業指示の内容を正確に理解し、その作業に慣れ、同じことの繰り返しにもあきないでやれる。また、一度覚えた手順は忘れなく、仕事量も安定していくことを期待した。その経過のなかでだんだん働くことに自信をもち、「働くことのイメージづくり」が成熟していくのではないかと考えたのである。実際に訓練を開始するとこれらの目標が余りにも高過ぎることが分かってきた。在宅していて通院・服薬はできていて症状は一応安定しているも、日常生活動作訓練というレベルでの個人差があり、対人関係の持ち方など訓練以前の問題にも援助の視点を置くべきだと気がつくようになった。具体的には「あいさつ」ができない。作業指示に対して応答がない、仕事がはじまってからトイレに行くなど軽作業で訓練させる以前の生活指導上の問題点がはっきりしてきた。「訓練に積極的に取り組むための心がまえ」がまず育成さ れるべきことに気がついたのである。病識が余りないために自分の病気をはっきり受けとめておらず通院して薬はもらってくるも定期的に服薬しておらず、そのために症状が不安定になってくる、病状に左右されている人や、両親・家族の病気に対する受けとめ方の違いがあって本人が混乱したりすることが、訓練過程のなかでみえてきた。さらに、今まで、家でぶらぶら生活していたため週5日間通ってくる生活リズムができなかったり、土・日曜日の過ごし方、友達とのつき合い方などが、作業部に通ってくることに大きく影響されることも分かってきた。

訓練目標
1 遅れず、休まず、長時間作業の厳しさに耐える
2 指示された仕事の内容、その手順が理解できる
3 単純な繰り返し作業に早く慣れ、あきない
4 学習の効果が蓄積され、働くことに自信がつく

 

作業への取り組み姿勢
1 自分から先に「あいさつ」ができる
2 時間前に作業現場にきている
3 指示なくても一定の作業準備ができる
4 トイレなどの私用を事前に済ませている
5 言われた道具類がすぐ判り、だせる
6 指示された仕事が判って、すぐかかれる
7 まわりが気にならず、仕事に集中できる
8 自分の力を上手に配分でき、仕事に安定している
9 重要な仕事上のポイントが理解できる
10 仕事の区切りが自分なりにできる
11 自分なりの目標を立て、仕事ができる
12 相手とペースを合せて仕事ができる
13 仕事をしながら、創意・工夫が試みられる
14 異なった仕事を同時に進行できる
15 自発的に整理・整頓・掃除ができる
16 世話役や、リーダー的役割りができる

 

職業前訓練における援助の視点
1 作業への積極的な取り組みと、心構えの育成
2 1 自分の病気の受け止め方と、療養態度のあり方
2 家族の病気に対する理解と、協力・支援のあり方
3 新しい生活リズムの構築と、自己管理のあり方
4 社会的かかわりと、安定した人間関係のあり方

 当初、「職業前訓練」を考えた時点では、作業場面での訓練のみを重視し、まず作業部に通ってきて、援助者の作業指示を理解し、仕事に償れることで「働く気がまえ」ができて、「根気」がつき、「自信」もでて、就労できてそれに安定してくれることを期待した。しかし、それは無理でそれ以前に大きな課題として、自分の「病気の部分」をどう受けとめ、療養態度をどうするか、家族が病気をどう理解し、サポートするか、規則正しい生活リズムに自分から乗せる努力をするか、友達関係を中心とした余暇をどう過ごすかというような個々人の「人間背景」が「職業前訓練」の場においても「デイ・ケア」同様、重要な援助視点であることを再確認した。

5.社会復帰学級の体制変更

 作業部を導入した当時の学級の体制は図に示すように、生活部と就労部の中間に位置させて生活部から作業部、作業部から就労部に移行して自立していく過程を期待していた。しかし、実際は必ずしもそうは行かず、特に生活部での援助目標が作業部に行って訓練をすることだけを目的としたものでなく、各々のニーズを最大限に受容し、保障する立場を取っているので、一定期間生活部にいて次は作業部ということにはならない。当時は、週3日、午前9時30分から午後3時までの生活部であったため、(現在は午前9時から午時3時までの週4日制)週5日午前9時から午後5時までの作業部に移行するには、そのステップが高すぎるため移れない人がでてきた。そこで56年4月からは生活部に在籍しながら生活部の休みの日、すなわち火・木曜日に作業部にきて作業部を体験する「トライ」という方式をとり、自信がついてから正式に作業部に移行するという中間過程を入れることにした。また、作業部から就労する際にも「試験就労」という2週間程度の試験期間を経たのち、本人・事業主双方の合意のもとに雇用の手続きをとることにした。ほかに、生活部への入級待機者のために月2回の「入級前グループ」も57年4月から実施してきている。

旧社会復帰学級の体制

 ところが、この方式、左から順番に右の方に行くとは限らず、あともどりするケースもあれば、必ずしも生活部からでなく、直接作業部から始められるものもでてきて、58年4月から現在のよう に生活部門(デイ・ケア)と作業部門(プレボケーショナル・トレーニング)を併列させて、入級時点でどちらか自由に選択できるようにした。実際の入級場面では各種テストの結果と診察所見を参考にして、本人・家族の希望も再度聞き、受け入れ会議で協議しながら決定している。基本的には生活部門を経験しないで作業部門に直接入級できるし、また、作業部門を通らなくても生活部門からの就労も認めている。従来からの「トライ」「試験就労」の方式も残している。できるだけ「ステップ」でなく「スライド」という感じを本人に持たせたいという配慮である。また、正式な雇用契約を結び、定着するまでは、それぞれの部門担当者が援助を受け持っているがそれ以降は「アフターケア・グループ」に属して学級を修了したことになる。しかしこのグループのケアも重要で毎週1回、夜の集団話合いや、個別の相談にも応じている。以上のような学級の体制変更があって「職業前訓練」が学級のなかで認置されてきたといえる。

現在の社会復帰学級の体制

6.導入してきた作業種目

 導入しようとした作業種目は、主に手先を使ってする「ソフト」なものと、身体を動かして、器具・機械を使って行う「ハード」なものを考えていた。当初はいずれも「ものを作る仕事」しか考えつかなかったが、いろいろ試みている間に「ものをこわす仕事」もあることが分かってきた。さらに皮革製品・ミンクブローチは独自で開発した「オリジナル製品」であり、解体・組立作業は委託されたものである。「ものをこわす仕事」としての解体作業は失敗がないため初期の訓練種目としては最適であると考えている。精神分裂病者の特徴として失敗を恐れそのために手を出せないでいる傾向が強いといわれている。「ものをこわす仕事」には失敗はない、とくにガス・メーターを解体するには一定の作業手順を覚えて、それを繰り返しておればすぐにバラバラにこわれるのでかなりの充実感を味わうこともできる。しかし、これら委託作業は材料供給が不足気味でありその確保についての努力と、独自作業については製品の販路開拓と拡大が課題となっている。作業部門の定員は15名であるが毎日午前9時から午後5時まで、週5日間、月に20日前後働くのであるから、これに見合った作業種目の多様化と 、作業量に見合った安定供給が最大の課題といえる。

作業種目と実施状況(昭和57年度)

種   目

 男
人・日
 女
人・日
 計
人・日

構成比

皮革 コースター 129 0 129 6.5 18.4
キーホルダー 192 10 202 10.1
小銭入れ 36 1 37 1.8
解体作業 ガスメーター 846 18 864 42.5 67.7
モートル 112 0 112 5.5
自動車 184 0 184 9.0
バルブ 50 4 54 2.7
電線 161 2 163 8.0
組立(机足付け) 97 0 97 4.8 13.9
ミンクブローチ 0 3 3 0.1
クッション作り 37 28 65 3.2
職場実習 34 0 34 1.6
その他 87 3 90 4.2

1965 69 2034 100.0 100.0

7.作業部門における援助目標

 就労して定着し継続することを目的とした「職業前訓練」であるがそれ以前のこととして、対人関係のあり方や、働くことを生活の中心に据えた生活リズムの構築、療養生活における自己管理、病気や仕事に対する家族の理解と協力など基本的諸問題が重要な要件であることを先に述べた。そこで作業部門での具体的な援助目標を要約すると「長時間の仕事をやり通す持続力・忍耐力」を身につけ、そのなかで、「とりあえず、今、やれる仕事は何か」という自分の能力に合った仕事を考えていくことにある。また、この場面では各自の作業能力差がより明瞭にあらわれる場であることと、仕事の厳しさともあいまって、仕事の出来る人、出来ない人、相互の張り合い、牽制、疎外感やおちこぼれ感の出現など個々人およびグループダイナミックスに対する配慮は一層重要な問題となっている。それは個々人が援助者によって理解され、支えられているという実感と援助者への信頼感が不可欠であるということである。

作業部門における援助目標
1 指示された仕事の理解ができそれに慣れること
2 今できる仕事は何かを知り働く気になること
3 根気がでて安定した労働力を発揮すること
4 労働力の評価と賃金の関係を納得できること

 開始当初は作業の場での訓練によるいわば学習効果のみを期待していた面が多かったが、それらの外面的な訓練のみならず、個々人の心情を援助者が受け止め、支えることの重要さを改めて痛感した。その上に立って、規則的な軽作業を通じて仕事への意欲・心構え・根気を養い、自己の能力に合った仕事をみつけることへの援助が「職業前訓練」をする作業部門の援助目標としたい。

8.症 例

 <症例1>No,162 ○ 志○

        37歳 ♂ 精神分裂病

 家族歴・生育歴、4人兄弟の2番目で長男である。2男も精神分裂病で入院した既往歴があるが、現在健康である。父はもと大学教授で感情的、爆発的な傾向があって、ケースは萎縮して育ったという。家族会の出席は良くケースを理解しようとしている。母は、どちらかといえばほがらかで、ケースは母に依存的。

 昭和38年、大学1年のとき発病。(幻覚・妄想状態)

 入院歴 ①S39. 4~S40. 7

     ②S41. 6~S41. 8

     ③S41. 9~S42. 2

     ④S46. 9~S49.12

     ⑤S50.11~S52. 6

 職歴  S44. 6~S44. 8 正式雇用

 ほかにS43年、および45年に4か所臨時の仕事に従事している。

 S50年4月、社会復帰学級(1回目)半年を経過し、近くの職場に試験的なアルバイトをしたが、時期尚早であったためか、間もなく症状増悪、入院となった。(S50年11月)

 S52年11月、生活部入級(2回目)。話合いの時は下をむいていて積極的な発言はなく、思考は単純平板、作文は宗教的、神秘的内容のことが多い。体力的に弱く活気に欠ける。比較的安定して通級できるようになり、多少の自信がでてきたこともあり、54年10月作業部に移行。

 知能検査 S52. 7 IQ 73(田中B式)

      S54. 9 IQ 101(WAIS)

   (言語性 IQ114、動作性 IQ 82)

 作業部では、まじめで休まずに通ってくるが積極性に乏しく、困難な場面に直面するとトイレに通うなど息抜きをしていた。能力的には就労不可能と思われたが、本人は「なんでもできることはやりたい」と要求水準をだんだん下げても就労意欲は高く、56年6月、援助者の紹介で木工場でのあと片づけ、ごみ焼きの仕事に従事、自分のぺ-スで黙々とやっている。そのなかで少しずつ他の仕事も覚えているが、企業側の要求には応じられないでいる。

 <症例2> No,192 稲○和○

        30歳 ♂ 精神分裂病

 家族歴・生育歴 乳幼児期とも体が極端に弱く過保護に育てられた。すぐ上の姉も精神分裂病での入院歴あり。この2人は、これまでどちらか一方がいいと一方が悪くなり交互に入院をくりかえしている。父は日大法学部卒。保険の外交の仕事を退職し、現在町内会の仕事をしている。体面を重んずる方。短気、依存的性格。母は両親が早く死に祖母に育てられ、苦労して来た人である。ケースは中学3年の頃(S41年)精神病的行動があり、札医大の外来で約1年治療を受けていた。高校に進学したが1年の夏休みで中退(S42.8)。43年3月パン工場に就職。工場長をなぐったりしたため44年3月退職。以降46年3月から10月まで3回転職。

 入院歴 ①S44. 9~46. 1異常言動、幻覚妄想

     ②S46.11~47.10幻聴、シンナー乱用

     ③S50. 3~50.11抑うつ、昏迷状態

     ④S52. 2~53. 8不眠、不穏、衝動行為

 47年11月、生活部入級(1回目)、48年退級。48年7月から49年まで4か所就職。その間3回は正式採用。

 51年2月、生活部(2回目)入級。困難な課題にぶつかると心気的となり、他罰的、攻撃的となったりする面はみられるが、忍耐力をつける目的で、54年10月作業部へ移行した。

 知能検査 S54. 7(WAIS)

  総合 IQ 73

   (言語性 IQ 70、動作性 IQ 79)

 作業部ではすぐ調子にのって威張りたがる傾向が強く、一時期作業部のヌシ的存在。仕事面では根気がなく、能力的には反復組立作業が適当と思われた。55年4月、援助者紹介の職場につくもすぐやめて、高給与の仕事を自らみつけて就労するも、2、3日で挫折。同じことのくり返しのなかで、56年10月病状悪化で入院となる。症例1とは逆に要求水準を下げられず、自己吟味ができないケースである。

9.背景因子と学級生の動態

 作業部門開設以来4年間で56名が訓練に参加しているが平均した背景因子は、発病が20歳前後であって病名は精神分裂病。2.6回の入退院をくり返しており学級入級時点で26歳を過ぎた、かなり状態の重い人達である。すべて在宅しているが在宅が可能だということと、症状が軽いということは必ずしもイコールでないことが分かった。入級前に就労経験があるものが2/3を占めていることは、訓練に取り組む姿勢や、就労にむけての意欲にも反映されており、そのことが作業部門での訓練期間が約8か月で、各々の方向性を決めていることに連動していると考える。

作業部門人級者の諸背景
(58.3.31現在)
発病年齢 19歳10か月
入級時年齢 26歳5か月
入院回数 2.6回
就労経験
  有
  無

68%
32%
在級期間(作業部門) 7.9か月

 

 また、56名の動態を58年3月末で調べた結果、作業部門終了時点では80%強が就労していたが、その後何回かの転職・挫折があって52%弱となっていた。しかし、下段の継続10名は現在も訓練中の者であるから、それを差し引けばかなり高い就労継続率だと考えている。紹介就労というのは援助者が開拓した協力職場にお願いしたものである。4年間で40ケース以上もお願いしたが、そのうち現在19名が就労を継続している訳である。これは、作業部門から紹介就労したがその後、自分で探して転職したものが多いのではなく、何回も紹介就労をくり返しているのである。いいかえればなかなか自主就労ができないということである。

作業部門開設以来の訓練生の動態(58.3.31現在)
区分 実人数 構成比
入級者 56 100.0
就 労 自主就労 10 29 17.9 51.9
紹介就労 19 34.0
未就労 自宅閉居 3 17 5.4 30.2
希望の家へ 3 5.4
移  級 3 5.4
入  院 7 12.3
自  殺 1 1.7
継   続 10 17.9

10.評価の試み

 「職業前訓練」とは、作業意欲と身心の調子づけ、職業選択、技能検定が目的とされている。具体的には生産をあげて賃金をうるための訓練の場で、所定の時間に作業をはじめて所定の時間これを継続し、生産の能率(質と速度)の向上も問題にされるなど、身近に社会生活の風が吹き送られてきて、いかにこれに身体と精神面とを適合させ、しかも勤労意欲をふるい立たせる方向にもっていくことだとされている。精神科領域においても基本的な違いはないと考えているが、生活療法のなかで従来から行われている作業療法とは完全に区別して考えていきたい。

 作業意欲と身心の調子づけを計ることについての考え方はすでに述べてきたが職業選択と技能検定については区別されるものではなく、非常に多くの困難な問題を内容している。具体的就労援助場面では、「ありのままの能力」で「とりあえず働く」結果として「病気の部分と上手につき合いながら、働き続けていくこと」そのための「働きはじめるスタートの位置」を決めることの援助と考えている。そこで「ありのままの能力」と「とりあえず働くこと」の関連で「評価(技能検定)」するかを検討してきた。

作業部門評価表

 (1) 理解性=言語的指示での内容理解教示の意味の把握

 (2) 生産性=手先の巧緻性の高低と安定したスピード

 (3) 正確性=作業中の混乱、ミスの頻度、製品の均一化

 (4) 協調性=相手と力やペースを合せる。集団での役割取得

 (5) 進取性=率先して仕事をする。建設的発言や計画をたてる

 (6) 持続性=根気、ねばり強さ、遅れず、休まず、サボらず

 以上6項目は就労を考える場合の最少限度の能力評価項目だと考え、訓練中から5段階で判定している。学級生の平均をⅢとして押え、入級時点から3か月毎にその推移を追っているが、この項目設定は今迄の就労援助経験、および受け入れ側での問題点を集約したものである。

 理解性=就労して一番最初に問題となるのは、作業指示を素早く受けとめ、指示どおりの仕事ができるかどうかである。

 生産性=これは賃金をいくらにするかとの関連で重要と考える。

 正確性=製品の質の問題は利潤追求する側にとって重大な関心事である。

 協調性=多人数で仕事をしている場合、とくに物を移動させる時などボーッと立っていると不評である。

 進取性=いわれて仕事をする状態から、いわれなくても次の仕事が判ってやれる状態。

 持続性=何をいわれても、遅れず、休まず、サボらず、働き続けることが最大で最低の条件である。

 これらの項目が働きはじめる段階でどのレベルに達しているかを判断資料の一つとしている。理解性・生産性・正確性の3項目は相互に関連があり、進取性は他の項目に比べて著しく低い。「職業前訓練」場面で向上は期待できないで持続性は一番好転するようである。しかしこれらの項目の数値が高いから「働き続けられる」とは全く限らないことも分かってきた。症状の安定性と家族の支援などの要件も大きく関与している。「職業前訓練」場面でいろいろな作業に取り組ませ、それを数量的に評価することが望ましいが現時点では困難である。でも、得手、不得手、向き不向き、という抽象的な方向性を求めることは可能と考える。「とりあえず働くための職業選択」に有効な資料を得るために今後更に内容の検討を重ねていきたい。

11.症 例

 <症例3> No,226 ○竹○一

        27歳 ♂ 精神分裂病

 一人息子、父は炭鉱定年退職者で職訓校在学中、母は熱心な創価学会の活動家である。14歳(中3)の時幻聴・関係妄想が出現、入院歴5回で4年3か月の入院期間。就労経験なし、生活部11か月、作業部1年4か月でウレタン加工所に紹介就労、その時点での評価は理解性2、生産性2、正確性2、協調性2、進取性1、持続性2であった。能力的に雇用という形での就労は不可能と考えられたが、1年以上作業部にいたので一応の試しとして協力職場に依頼した。ところが受け入れ職場の理解もよく、本人はいろいろな理由で休むが稼働日数月平均18日で2年以上働き続けている。

 <症例4> No,266 ○塚○夫

        28歳 ♂ 精神分裂病

 長男で弟1人と両親が働いている。父親が家族会の役員で母は来ない。中3の時父の転勤を契機に登校拒否、うつ病、一時繰状態、分裂病の各病名で入院歴6回、8年余の入院期間である。生活部に通いながら何回もアルバイト失敗、根気をつけたいと1年余りの生活部から作業部に移行。その後も落ち込みがあり1~2週間休むことがしばしばあった。作業部8か月でアルミ窓枠組立工場に紹介就労した。その時点で理解性4、生産性5、正確性4、協調性5、進取性4、持続性4と評価したが、その後1か月に1度の割で落ち込みがあり1年以上経ってようやく定着のきざしがみえてきた。

12.「職業前訓練」の意義

 以上のような経験と経過のなかで「職業前訓練」の意義としてまず「働くことのイメージづくり」が成熟することを第1としたい。そのことは軽作業の継続訓練を通じて、働き続けることのできる体力と忍耐力がどれ位自分にあるのか、今自分の「ありのままの能力」がどの程度あるのかが分ればと期待したい。そのことは自己吟味・現実吟味ができる場を提供しているといえる。次の工具等の名称を覚えたり、その使い方が修得できることも結果として就労後かなり有効だったと考える。さらに訓練中の取り組みの変化を評価しながら個々人の作業能力や職業適性を検討する場として援助者側にとって重要なことだと考えている。

作業部門(職業前訓練)の意義
1 働く姿勢の形成
2 工具等の名称、使用法を覚える
3 働き続ける体力と忍耐力の養成
4 現実検討の場の提供
5 作業能力・職業適性の評価の場

13.「職業前訓練」の特色

 この訓練は基本的には勤労意欲を高め働き続けていくための「身心の調子づけ」をはかり「働きぐせ」をつけることだと考えている。対象者は、 できれば雇用という形での就労を希望しているので、作業指示も含めて援助者との関係を雇用主と雇用者に近い状態におき、訓練中の態度、個々人の役割などを中小企業の街工場的雰囲気のなかでできるだけ厳しい労働条件下で行っている。そのことによって指示された作業手順で長時間仕事に集中できるようになり、習慣化されると考える。また、ある種の職業の技術修得をする場とは完全に違うものだとも考えている。

作業部門(職業前訓練)の特色
1 週5日、毎日9amから5pmまで作業訓練等を行う
2 就労を志向した工場的雰囲気
3 工具、機械などを使用するハードな作業の導入
4 一定の職種へむけての職業訓練の場ではない

14.「職業前訓練」の課題

 現在「職業前訓練」の体系化を目ざして試行錯誤している作業部門が直面している課題の第1は、訓練に必要な多様な作業種目と、その量的確保が絶対条件である。スムーズな委託作業の提供とオリジナル製品の販路拡大がはかられる必要がある。いずれも原材料を製品化し、それに付加価値をつけて商品化していく過程を訓練に適した作業種目と考えたい。さらに、訓練を終えた個々人を受け入れてくれる協力職場の開拓、すなわち雇用対策の問題である。昭和57年4月から厚生省が実施している「通院患者リハビリテーション事業」いわゆる職親制度の一層の充実を計ることが不可欠である。援助者としては個々人の指導が基本となるが、グループを力動的にとらえたアプローチが必要であり、さらに、個々人の作業能力や職業適性を知るための評価基準を確立することで、「精神科リハビリ過程での職業前訓練の体系化」にむけて一歩近づくことになると考えている。

作業部門(職業前訓練)の課題
1 作業の導入には企業との連携が必要となる―作業種類、一定の作業量の確保、納期などの制約を伴う―
2 自主製品には十分な販路の確保が必要である
3 個別の指導援助と能力開発の援助課題
4 グループ内力動を配慮した援助課題
5 作業能力・職業適性の評価課題
6 雇用企業の不足―職場開拓と就労援助の必要

15.「職業前訓練」の位置づけ

 最後は、精神科領域では未だ明確に体系化がなされていない「職業前訓練」を他の療法や訓練といわれているものとどう関連づけ、位置づけていくかの問題が残る。そこで、昭和30年国立武蔵療養所から小林八郎らによってはじめて提唱された「生活療法」のなかで考えるには、余りにも大きな違いがあって無理である。また、職業訓練校や企業側で行っている一定の職業を目指しての技術修得の場とも異にするものである。ここでは本人は、はっきり就労を希望しており、しかも、現在の自分の体力・気力では働きつづける自信がないので、それの回復を求めている。すなわち目的を意識しており仕事に必要な技術修得より継続して働きつづけることに慣れることを願っている。結果として自分の「ありのままの能力」が分り、その能力で「とりあえず働く」気になるかどうかが問われているといえる。しかも、「病気の部分と上手につき合いながら働きつづけていく」ことを前提にしたうえである。

職業前訓練の位置づけ

職業前訓練の位置づけ

16.おわりに

 今迄述べてきた対象者は、「在宅精神分裂病者」といわれている人達である。この人達は各々の病院の外来に受診し服薬しながら、一応症状の安定が保たれていて各々の主治医より依頼された形で、就労にむけての援助だけを引き受けているのである。したがって、社会性もそれ程失なわれてはいないが在宅を可能にしている要因は必ずしもプラスの面ばかりではない。過保護・過干渉に代表されるマイナス面も多く持っている。働きつづけていく意欲・体力も今一つ不足している人達を就労に結びつけるための訓練を具体的に行う体制はまだ確立されていない。さらに訓練を受けた人達が全員地域のなかで就労はとてもできず、やむなく沈澱している人達も増えている。これらの受け皿としての保護工場の建設など福祉面での援助体制が緊急を要する課題といえる。いずれにしても就労を具体化させるための「職業前訓練」を精神科領域のなかで明確にしていきながら、精神科リハビリ過程のなかに体系化できるようこれからも研究を続けていきたい。

*北海道立精神衛生センター研究調査部主査


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1984年3月(第45号)18頁~26頁

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