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特集/世界のリハビリテーション

フィリピン

石田周介*

中島周子**

Ⅰ.序

 アジア地域の中から、発展途上国であるフィリピンの障害者福祉を取り上げることにはそれなりの意義があると考える。

 日本は戦後40年の間に、主に欧米の国々から福祉の思想と方法を学び、日本の福祉を生み育ててきた。アジアの他の多くの国では、様々な理由から現在もまだ産みの苦しみが続いている。そこにかつての日本の姿を見ることができ、これまでの日本の歩みと比較して改めて学ぶことも多い。

1.フィリピンの概要

 フィリピン共和国は約7,000の島からなっている大諸島で、面積は約30万km2である。島々は一般に山がけわしく海岸平野はせまい。全諸島が熱帯にあるため高温多湿であり、北部では台風によってひきおこされる水害にあうことが多い。

 歴史的には、16世紀後半にスペインの植民地となり300年余の統治の後、19世紀末にはアメリカの植民地となった。フィリピン国内の民族意識の高揚にともなって、アメリカの統治はおだやかなものとなり、二院制議会の成立(1916)や連邦政府の誕生(1935)なども実現したが、1942年から3年間は日本に占領され軍政がしかれた。1944年の日本の敗退によって再び連邦政府が樹立され、1946年には完全な独立を果たした。

 フィリピン人はマライ人を主とする原住民とスペイン人、中国人などが混血して生まれ、人口は約5千万人(1982)である。ビサヤ族、タガログ族など8種族がキリスト教徒(おもにローマカトリック)であり人口の90%以上を占めている。またモロ族など約4%はイスラム教徒であり、両者の対立は根深い。種族によって言語は異なっているがタガログ語が国語とされており、英語はどこでも通用する。

 人口増加率は毎年約2.5%に達する。したがって年齢構成においても、全人口の50%が0~14歳の人たちという「若い国」である。平均寿命は男56.9歳、女60.0歳(1975)とされている。

 都市人口は32%であって、経済的には農業国・発展途上国である。

 国民一人当たりのGNPは342ドル/年で、日本の約1/20となっている。全人口の30%は最貧層に、さらに次の50%は貧困層に属するとされ、したがって国民の80%は、「日々の全収入を食べることに充てる生活を送っている」と報告されている。このような状況が原因となって、全人口の70%は栄養失調ないしは栄養不良の状態にあるといわれている。したがって疾病率では胃炎・腸炎・気管支炎・結核・肺炎などが上位を占めている。またたとえば幼児の場合、肺炎・胃腸炎・ビタミン欠乏症と栄養失調・破傷風等が死因の上位を占めている。

 就学率は約40%であるが、文盲率は15%程度で近隣の諸国の中では低い数値となっている。

2.障害者の状況

 多くの場合、リハビリテーションプログラムの対象には障害者だけでなく、社会的ハンディキャップを負う人々も包括されている。むしろ貧困者に対する各種のサービスの中に、障害者も合まれていると考えられる。したがって障害者の定義が明確でなく、障害者に関する統計もさまざまなものが見出されるが、概ね表1のようになる。

表1 フィリピンの障害者
障害の種類 概数(千人)
身体障害 肢体障害 1,700
(リュウマチ/関節炎) (1,500)
(脳性まひ) (60)
視力障害 880~1,050
聴力障害 100~300
精神病 75?
精神薄弱 98?
全障害者 2,000~4,000

Ⅱ.リハビリテーションの体制

1.法と行政

 (1)行 政

 障害者のリハビリテーションにかかわりを持つ省庁のうち主なものは、社会福祉開発省、教育文化省、労働雇用省、保健省である。

 とくに障害者福祉の中心となる機関は社会福祉開発省であり、以上にMSSDと記すこととする。このMSSDは、「経済的社会的に不利益をこうむっている人々が、リハビリテーションによって終局的には国家建設に参加するようになること」を基本理念としている。したがって障害者福祉に関する行政の基本方針も同様であると考えられる。

 また後述するが、MSSDは施設中心のサービス体制と並行して、地域サービスの推進に力を入れている。これは施設によるサービスがとかく都市部にかたより、放置されている農村部の障害者に及ばないこと、また施設の建設と維持に財政的な限界があるためである。全国家予算に対するMSSDの予算はわずか1.9%(1982)にすぎない。

 (2)法 制

 障害者のリハビリテーションに関する法令の中で最も古いものは、1917年に制定された公務員の労働災害・疾病の医療補償に関するものである。また、1923年には障害児の保護に関する法律が制定されている。

 現在は、19の法律と10の大統領布告の中で障害者のリハビリテーションが取り上げられている。その主なものは表2の通りである。

表2 リハビリテーション関係法
1954 民間企業労働者の社会補償制度(疾病、失業、定年、障害、死亡)
1954 視力障害者とその他の障害者の職業リハビリテーション促進法
1968 特殊教育胸囲養成10年計画法
1974 労働衛生と安全に関する大統領布告(労災による障害者の訓練は雇用、医療とリハビリテーション)
1974 児童と青少年の福祉に関する大統領布告(障害児の就労、障害児の特殊教育と職業訓練)

2.医療と保健

(1)背景

 障害者のための医療と保健の体制を議論する以前に、一般の医療と保健の整備を考えなければならないというのが、この国の現状であろう。

 たとえば、視力障害者は人口の2.13%に上ることがわかっているが、その半数は予防可能であったと考えられており、40%は現に治療が有効であるとされている。また医師および医療機関の大半はマニラを中心とする都市部に偏在しており、ミンダナオでは人口38,000余人に医師1人の割合であることが報告されている。

 衛生思想の普及をはかり、栄養状態を改善し、農村部でも医療のサービスを受けられるようにすることが、この国の人々の健康を支えるために必要であり、同時に障害を予防することにもつながっている。全国家予算に対して5.2%(1982)が保健省の予算とされ、これらのために使われている。

(2)障害者の医療

 医療機関には整形外科医やPT・OT等のスタッフがいて、障害者に対する医療と訓練に従事している。保健省では、とくにハンセン氏病患者のリハビリテーションに力を入れており、国内8ヵ所の療養所にPTを配置している。また、マニラには国立の整形病院がある。

3.教育

(1)背景

 教育に関する一般的な概要は次の通りである。学校制度は6年または7年制の初等教育、4年制の中等教育、4年または5年制の大学教育と2年または3年制の大学院からなっている。初等教育においては公立学校が多数を占め、他は私立学校が多い。初等教育の就学率は、先に述べたように40%である。

 教育を担当する行政機関は教育文化省であり、その予算は全国家予算の12.4%である。これは国防費の11.2%を上回っている。

(2)障害児教育

 特殊教育を受けたのは、1982年には45,000人であったが、この中には障害児以外に英才教育・特殊才能教育を受けた者も含まれている。

 特殊学校は国公立・私立を合せて全国に47校あり、特殊教育センターは23ヵ所にある。これらの機関でおもに視力・聴力障害児・精神薄弱児に対する教育が行われている。また特殊学級も普通学校に併設されており、精神簿弱児が対象となっている。統合教育を行うクラスが全国に1,600ヵ所あるとの報告もある。

 これらの機関によって教育訓練の機会を与えられた障害児の割合がどの程度であるかは不明である。たとえば、聴力障害児の場合は約10%であるという。

4.職業

(1)背景

 一般の就労状況は次の通りである。15才以上の労働人口は国民の約60%であるが、その中の35%にあたる956万人が失業者である。また季節的に雇用される農業労働者が5%(140万人)あり、半失業者となっている。一方で自作農は2%、小作農27%、そして産業労働者は10%、サービス業従事者は21%である。

 職業訓練機関としては、農業訓練校92、漁業訓練校42、商業工業訓練校90があり、10万2千人が総定員であると記録されている(1971)が、最近の状況は不明である。またこれらの職業訓練校では原則として障害者のための定員枠はないとされている。

(2)障害者の職業訓練

 MSSDが行っている職業リハビリテーションの訓練等は後述する。労働雇用省の雇用補償委員会は障害者の職能評価と職業斡旋を行っており、年間3千人の利用者がある。また同委員会は労働者リハビリテーションセンターの構想を持っており、労働災害による障害者の社会復帰のための訓練を行うようになるであろう。

Ⅲ.福祉サービスの現状

 フィリピンの福祉サービスは、経済的援助を中心とする貧困対策が主流をなしている。また、政府、民間団体、国際機関/海外援助の三本立てになっており、さらに都市と農村部では自ずとそのサービスの内容に違いがみられる。

 MSSDが提供しているサービスメニューは、特に障害者だけを対象としたプログラムではないが、次のようなものがある。

 自営業扶助(SEA)は、トータルファミリーアプローチのもとに資金援助と技術指導を行っている。1981年には約4万9千世帯が1世帯当たり約240ペソ(7,200円)の援助を受けた。この対象の中には貧困な障害者も含まれている。

 技能訓練/職業斡旋(PSD/JP)は、貧困者と不就学者に対して実際的な技能訓練を行うことを目的としており、手工芸の指導が中心である。1981年には14,500余人がこのサービスを受けた。この中に多数の障害者、とくに聴力障害者が含まれている。

 保育サービス(DCS)は、幼児の保育所を設置して給食サービスを行い、社会生活の指導をすることを目的としている。約4,000の保育所を通して、19万人の幼児がMSSDの援助を受けている。ことに給食サービスは栄養改善に役立っているが、保育サービスを必要とする幼児は全国で56万人いるとされ、十分な数には至っていない。

 特別社会サービス(SSS)は、典型的な福祉サービスともいうべき家庭生活教育、カウンセリング、養子縁組、里親ケア、保護、施設ケア等であり、障害児者もその対象に含まれている。

 さて施設ケアを行うべき国立の施設は、表3のごとくである。

表3 国立のリハビリテーション施設
施設の種類 対象者 施設数 利用者数 修了者数
療育センター 精薄児者 1 271 47
養護学校    1 384 130
難病者施設    1 893 130
ハーフウェイホーム 刑余者
精神障害者
1 68 52
中毒患者リハセンター    1 183 55
職業リハセンター 障害者 4 1,077 204
授産施設    1 343 55
リハ相談所    1 275 42

 この中で職業リハビリテーションセンターが行っているサービスは、次のようなものである。

 職業訓練 1年間コース(マッサージ、木工、手工芸、美容、縫製、ラジオ・テレビ修理、時計修理、マット編み、農業、畜産)

 その他 (職能評価と相談、社会適応訓練、地域啓蒙、職業斡旋)

 この他に、民間団体や諸外国の手によって建設された機関や施設がある。代表的なものとして、エルクス脳性マヒセンター、グッドウィルインダストリー(保護雇用機関)、階段のない家(授産施設)、特別子供センター等があげられよう。またハンセン氏病対策、ポリオ対策等のプロジェクトも、諸外国の援助を受けて展開されている。

 また、フィリピンはコミュニティをベースにしたサービスの実現に力を入れていることは、すでに述べた通りである。これには、施設数や専門職者数が少ないこと、地方により民族、言語、習慣の違いがあること、ネットワーク化が進んでいないこと等、様々な要因があげられる。地域開発プロジェクトにリハビリテーションサービスをのせて普及をはかり、農村部の無に近い状態を打開することに努めている。MSSDでは広汎なプログラムをこの方式で推進しており、多くのパイロット地域で成果が表れている。たとえば、視力障害者リハビリテーションプロジェクトを実施し、1981年の場合、5地区で75名のフィールドワーカー、7名のスーパーバイザー、7名のソーシャルワーカーに研修を行った。その他に、職業リハビリテーションプロジェクトを実施しており、地方の287名のスタッフに国内・国外の研修を行い、地方における人材の養成をはかっている。さらには、それぞれの地方の言語のために手話の開発も進められている。また、国際障害者年に組織されたフィリピンの国内委員会(NCCDP)でも、医師・OT・ST等で組織したチームを9カ村に派遣し、ボランタリーな従事者の養成のための研修会を行った。

Ⅳ.リハビリテーション従事者

 フィリピンにおけるリハビリテーション従事者の養成は、第二次大戦後に国際機関の援助のもとに開始された。

 1945年、マンダルヨングPCAU救急病院でフランス人理学療法士によってリハビリテーション医学が紹介されたのがはじめであった。1962年には、フィリピン大学に理学療法士、作業療法士の4年制の養成コースが誕生している。また、リハビリテーション医学の紹介と時を同じくして、アメリカの系統をひくソーシャルワーカーの養成コースも大学レベルではじめられた。フィリピン女子大学の社会事業学部は世界的にも有名である。

 1964年には、盲児教育のためにアメリカ人の指導者が派遣され、特殊教育普及のきっかけとなった。1968年には、特殊教育に携わる教員養成の10年計画が立てられ、マニラにある2大学に訓練プログラムが依託された。

 さらに、1978年にはフィリピン大学総合病院に3年のリハビリテーション医学研修コースが設置された。

 このような流れの中で、フィリピンのリハビリテーション従事者養成プログラムは整えられてきた。1983年現在、公認の養成学校は、理学療法士6、作業療法士1、言語療法士1である。また4大学で特殊教育コース、11大学でソーシャルワークのコースが設置されている。また、MSSDの主催で、14プログラム及び学生訓練プログラム等の現任研修も実施されている。

 しかしながら、これらの専門教育を受けた有資格者の数はまだ少なく、なおかつマニラなどの都市部に集中している。専門家の多くは自国で教育を受けても、働く場が少ないのと、賃金が安いため海外へ流出してしまう。またソーシャルワーカーは、そのほとんどがコミュニティディベロプメントの方面へ進んでおり、リハビリテーションソーシャルワークの確立にはまだ時間がかかるようである。

 専門職者の人数は次の通りである。

理学療法士 388名(1981)
作業療法士 39名(1983)
言語療法士 3名(1981)
特殊教育講習受講者 1,121名(1983)

このうち、たとえば作業療法士で地方で働いているのはわずかに4名であり、一方、有資格者は全国に138名いるといった具合である。

 そのため、有資格者の不足を補いながらコミュニティベースのサービスを推進するための努力として、ボランティアや地域の有志に対する地方研修が行われている。

 したがって、とくに地方では医療と公衆衛生に従事する人々が、その活動の中で障害者のリハビリテーションにもかかわっているのであり、同時にその多くは素人であるというのが、フィリピンの現状といえるであろう。

 ちなみに1979年現在における医療従事者数は、

医師 6,839名
歯科医 777名
看護婦 8,523名
助産婦 8,698名
保健婦 90名
栄養士 25,237名

であり、彼らを代行するべく、地方保健研修に参加し、無資格ではあるものの、地域の保健医療を支えている者として、

医療研修参加者 8,771名
看護研修参加者 77,013名

があり、その他にも各村々のリーダーが保健研修を受けて活躍している。

Ⅴ.研究

 1970年代までは、国際機関の援助のもとで外国人による研究が主流であった。しかし、1981年の国際障害者年の前後から、ぼつぼつ自国の研究者の手によるものがまとめられている。

 その主だったものをあげてみると、1956年には国連の技術援助プログラムによって、ヘンリー・ケスラー、ハアード・ラスクの2名が「リハビリテーションニーズに関する調査」を実施した。

 1966年には、国連セミナーにおいて、エバンズが「開発途上国における主要リハビリテーションサービスのプログラム及び機構」の中でフィリピンを取り上げ発表している。

 1980年以降は、フィリピン人の研究者によって自国のリハビリテーションシステムの基盤ともなる研究があらわれた。「障害者に対する地域サービスと地元技術による援助の研究」「リハビリテーション医学に関する標準カリキュラムモデル」「雇用システムネットワークについてのフィリピンモデルの開発プロジェクト」等がそれである。これらにより、フィリピンの国情にあったリハビリテーションの内容を模索していることが伺えよう。また、地方研修の教科書ともいえるのが、国連の援助を得て製作された「社会福祉資料シリーズ」で、リハビリテーションのみならず、児童から老人福祉にいたるまでの様々な項目が取り上げられている。

 さらに、1983年にはフィリピンにおける障害者の調査が着手され、第一次の段階が終了している。

Ⅵ.まとめにかえて

 アジア地域の他の国々の中から、フィリピンのリハビリテーションの現状をまとめ、そこから我々が何を学ぶかを検討するのが、この小文の主旨であった。しかし、資料の入手が不十分であるため極めて大ざっぱな捉え方しかできず、今後に多くのテーマを残している。

 作業のプロセスで感じたことを述べるならば、次のようになる。まず第一に当然のことではあるが、その国の経済状態が福祉のサービスに如実に反映されている。それはとくに、サービスの量と質、すなわち行き届き方に表れている。紹介したように、サービスメニューを並べれば一通りそろっているのだが、それがどの位の割合の人に利用されているか、また本当にニードのある人に対応しているかという問題である。実は多くの対象者が何の処遇も受けずに放置されているからといって、フィリピンの福祉従事者たちの真剣な努力が過少に評価されてはならないのである。日本の福祉の充実も、その経済状態の反映であることを改めて確認しなければならない。

 第二には、海外からの経済援助が導入された場合でも、その国自体に、福祉のサービスを一つのシステムとして組織化していくだけの基盤、すなわち担っていく人々の意識と力が必要であると感じられた。今、フィリピンでは従事者の教育訓練の制度はできているが、多くの人が賃金の高い海外へ流出している。また国内では都市部に集中している。そのための対策として、地方に生活の基盤を持つ人を「無資格の専門家」にするための研修が行われている。コミュニティベースサービスの推進は高く評価するが、素人の活動は限界がある。せっかく養成した専門家が国内で活動できるような環境整備が先決であろう。また、政府・民間・国際機関という三者の協力体制を組みあげていくことも、効率のよいリハビリテーションの流れを作る上で大きな課題であろう。

 フィリピンは今、貧富の格差が大きく、多くの人が日々の生活の中で貧しさと闘っている。障害のない人であっても、栄養不良や衛生状態の悪さに直面している。そのような中で、はたして人の目は障害者へ向けられるのだろうか。社会が複雑化していないが故に素朴な人情があり、リハビリテーションの多くはそれに支えられている。無資格であっても地域に根づいて、障害者の重荷を共に負うという人がいる。生活の中に福祉の心が育てられ、実践されている。システムがないことからノーマライゼーションが実現し、社会から隔離されることがないのも、フィリピンなりのよさなのであろう。

参考文献 略

*アガペ第一作業所
**日本女子大学大学院卒


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1985年3月(第48号)25頁~31頁