特集/職業リハビリテーション 職業リハビリテーションの立場から見た生活面での問題点について

特集/職業リハビリテーション

職業リハビリテーションの立場から見た生活面での問題点について

[蓬]田知枝子*

はじめに

 国立職業リハビリテーションセンター(以下職リハセンターと略す)開設以来、400余名の障害者が就職している。しかし障害者の雇用に関しては、厳しい現況が続いていることは周知の事実である。本人および職リハセンターや職業安定機関の努力と、企業の理解でやっと手にした職場を、職業生活全体を支える生活面がきちんとできなかったために、やむなく退職してしまった例を残念ながらいくつか経験している。もちろん離職せずに職業生活を継続している者の数は多い。しかしこの中にも、退職に至らないまでも不安に満ちた生活をしている者もかなり多いように思われる。

 そこで、健康破壊の危険をはらんだ職業生活を続けている肢体不自由者の事例を紹介し、また、職リハセンターを終了した肢体不自由者に対して実施した「就職者の単身生活実態調査」の結果をもとに、職業リハビリテーションに関わるケースワーカーの立場から見た生活面の問題点について考察してみたい。

1.事例(29歳、男性、脊損、車椅子使用者)

 職リハセンターでは適応コースで装身具加工の基礎訓練を受け、貴金属加工の企業に就職。受傷後6年目の就職であった。出身地は豪雪地帯であり、労働市場の状況からも地元就職は当初より考えていなかった。受傷前後を通じ、家事や炊事などの生活経験に乏しく、特に炊事はまったくの苦手である。家族は遠隔地におり、商売をしているため本人に対する援助体制をとりにくい。本人も、家族にこれ以上迷惑をかけたくないと頼りたくない気持ちが強く、家族の援助は実質的に得られない生活である。就職時には、アパート捜しや最初のアパート生活の準備等については、職リハセンター職員が援助した。以後の生活では、自炊はせず、全部外食している。経済面からも栄養面からも自炊もしたいと考えてはいるが、手順がまったくわからないため、外食できない時や、おっくうな時は酒を飲んで寝てしまったり、病気などの時でさえ、食べずに済ましている。

 就職後現在までに、栄養の偏りなどから体調不良を訴え、発熱、褥創による長期入院(1ヵ月程度)が4回ある。夜間に発熱や血尿をみた時には、障害者仲間からの情報だけを頼りに、深夜に1時間以上もかかる都心の病院に急患としてかかるなど、急病時の適切な処置、対応に欠ける面がある。

 自動車購入時の助成と家賃の助成の制度は活用したが、地域の福祉事務所や医療機関などの社会資源や制度、サービスへの関心も少ない。

 受傷前はスポーツに自信を持ち、入所中も体力のあるところを示していたが、この体力のみに依存してやっとのことで職業生活を維持している状態である。

 この事例では、生活面の問題点として、主に健康の自主管理や家事をやりくりしてゆく能力、経験の不足(栄養の偏りによる体調不良や深酒による欠勤など)、社会資源の有効な活用・利用を知らないことなどがあげられる。

2.就職者の単身生活実態調査

(1)回答者の概況

 職リハセンター修了後、単身でアパート生活をしながら働いている肢体不自由者30名のうち、郵送によるアンケートの回答があった者20名。

 性別に見ると男性13名(うち、車椅子使用者9名)、女性7名(うち、車椅子使用者4名)である。

 アパートの所在地は、東京都内10名、埼玉県内7名、神奈川県内2名、宮崎県内1名となっている。

 受傷後からアパート生活までの経緯をみると図1のとおり、受傷後に一般社会での生活経験のない者が大半を占める。

図1 アパート生活までの経過

図1 アパート生活までの経過

(2) 調査の結果

 主に、アパート確保時、アパート生活(特に食生活、健康管理、病気の時、その他)についての問題点としては以下のことがあげられる。

 ア.アパート確保時

 ほとんどの者が、アパート確保が想像以上に大変だったことを指摘している。図2のとおり、車椅子使用者の場合は、アパートを確保するまでに、1~2か月かかった者が大半を占める。また、苦労したことについては、家主・不動産業者の無理解による門前払いや物理的制限による選択の少なさなどがあげられている(図3参照)。

 図2 アパート確保まで要した時間  ( )と■は車イス

図2 アパート確保まで要した時間

 

図3 アパート確保時に苦労した内容(複数回答)
項目 入数 内容
不動産業者・家主について 理解がない、偏見、門前払い、など
物理的制限について 段差、階段、トイレ、間取り、風呂付きのため予算以上の高額、一軒家形式の古い住宅でがまんした、など
その他 捜すのに時間がかかる、一人だと断わられたが親が同行したらすぐ見つかった、不動産屋やアパートの下見に車を止めるところがない、不便な場所しかない、など

 交渉能力が充分にあり、地理にあかるく何でもできる障害者については必要ないかもしれないが、実態調査からみた限りでは援助者は不可欠である(図4参照)。車椅子では入れない不動産屋が多いし、駅前などでは車を止めるだけでも一苦労である。

図4 アパート確保時の援助者
家族・知人と捜した (人)
家族・知人だけでは捜すことができず、リハセンターのスタッフも協力して捜した
家族・知人の援助がなく、リハセンターのスタッフが捜した
会社で捜してくれた
自分だけで捜した
無回答

 援助者は、家族、親戚など保証人となるべき者の協力が望ましい。不動産業者や家主も安心し、また偏見をのぞくのに有効である。本人も家族も、何もかも職リハセンターまかせにして、のん気にかまえていないで、アパート確保の必要がある時までに援助者(口先だけでなく親身になってくれる者)も準備し、場合によっては依頼・相談しておく必要がある。不動産業者との交渉の方法、自分の障害についてや生活プランについてきちんと説明ができることなども含めて、アパート確保の手順、方法についての指導も必要であろう。一時支払い金、改造費のための貯金も必要である。

 イ.アパート生活について

 (ア)食事について

 規則正しく、バランスのとれた食事をきちんと摂ることは、健康管理の第一歩である。図5のとおり、きちんと食べている者は4名しかいない。特に、朝食を抜く者が多い。昼食は職場で食べるため特に問題ないが、夕食をほとんど食べない者も2名いた。

図5 食事内容
毎日きちんと食べている   
きちんと食べていない  13 朝食について 毎日抜いている
週に5日抜いている
1日毎位抜いている
夕食について ほとんど食べない
自炊・外食で毎日食べる
毎日外食
無回答  

 栄養指導面からの健康の自主管理についての指導が必要に応じて望まれる。また、生活体験のまったくない者で、アパート生活を希望している者については、職リハセンター入所中の1年間だけで家事能力を付加することは不可能なので、家庭内でのしつけ、家事の体験をさせる過程も必要である。単なるADLチェックでない家事能力の評価、必要に応じての付加も必要である。模疑的なアパート生活を一定期間体験することも有効であろう。入寮あるいは病院生活(給食制)から、いきなりアパート生活では、環境に差がありすぎるため、ハーフウェイハウス形式で、家事能力を付加できるようなプログラムが必要であろう。

 食事にしても、何もすべて自炊の必要はないので、外食を活用してバランスよいメニューを考える指導や、簡単にできてバランスを補うような料理、病気の時手間いらずでできる料理の指導などもあれば役立つ者も多いと思われる。今は、市販品でかなり完成されたレトルト食品や、インスタント物が出回っており、それらの種類や利用法などの紹介も役立つであろう。同様に、既刊の図書でも単身生活に役立つものが多数あるのでそれらも活用して家事について学ぶことも必要であろう。

 (イ)病気の時について

 単身生活者の場合、病気になった時が一番大変である。図6のとおり、かなり悲惨な状況がわかる。食事ができなくなった者が8名と多いが、病気の時こそ栄養をとり、早く回復する必要がある。病気の時、どうやってのりこえたかを見ると、親、知人、親戚の人に来てもらった者5名、何の手だてもなく一人でしのいでいた者5名、会社の同僚に来てもらった者5名、その他となっている(図7)。

 図6 病気の時困ったこと

図6 病気の時困ったこと

 図7 病気の時どうやってのりこえたか

図7 病気の時どうやってのりこえたか

 同僚の善意は非常にありがたいが、これを期待して善意に甘えることは非常に危険である。やはり生活面の問題は個人の責任において管理すべきである。公的なサービス・資源(医療機関以外でヘルパーなど)を利用している者は一人もいなかった。「知らなかった」「かえって面倒くさい」などの声も聞くが、やはり地域のサービスをきちんと知り、適時利用することの指導も必要であろう。

 病気が長びいて家事ができない事態になった場合は、援助者は不可欠である。

 しかしながら、一番大切なのは病気にならないことである。日頃から健康についての自主管理をし、体調を整えることが、職業生活を続けることの基本になる。単身者のアパート生活では、おざなりになりがちなので、各自の障害の状況や体調に基づいた、健康の自主管理についての指導が必要である。この点について、我々スタッフが驚かされることは、体調の自己管理についての自己判断が、本人自身、概して甘いことである。職リハセンターで、アパート生活予定者に対して実施している「生活能カチェックリスト」ではほとんどの者が健康の自主管理についての項に「問題なし」と答えている。入寮で訓練を受けているにもかかわらず、病欠が目立つ者でさえ「やればできる」と考えている。今までやれなかった事柄が、アパート生活が開始されればすべてできるようになるとは思えない。同時に、発病時の応急処置や、病気についての知識(特に脊損者にありがちな褥創、尿路感染、発熱など)も今までは医療機関が身近にあったためか意識していない者も多いが、アパート生活で病気になった時の適切な処置の方法についても具体的に本人が知っておく必要がある。

 (ウ)アパート生活を体験したうえでの意見

 アパート生活を体験したうえでの意見および後輩へのアドバイスという設問に対しては、アパート生活をしてみて現時点で感じている意見を自由記述してもらった。アパート生活者の「生の声」として意味のある指摘が多い。これら、アパート生活の実態について、今後アパート生活予定者はよく知っておいて、他人ごとではなく自分のこととして実感してもらう機会もつくる必要もあろう。具体的な指摘が多いので以下に回答内容を整理して列挙する。

① 精神的な心構えに関すること 6件

(車椅子だから…という気持ちを捨てる、気力、どんどん出歩いて車椅子で入れるところを自分で捜す、ひっこみ思案はダメ、都内の地理に慣れておく、同僚とうちとけて相談できるようにしておく、ひとまかせにせず自分で意を尽して理解を求める、など)

② 社会資源の活用に関するもの 5件

(制度をよく知っておけばよかった、一時入院や一時介護のサービスがあればよい、病院を見つけておくこと、食事サービスはないかなど)

③ 援助者に関すること 3件

(地方出身者は地理に詳しい者が同行して環境確認が必要、近くに友人・知人を見つけておく、同居人がいないと困る、など)

④ 食事に関すること 2件

(簡単にできる料理を知りたい、メニューのサンプルがほしい、など)

⑤ その他

(同じ体験を持つ者同士気楽に情報交換・相談ができる場がほしい、有効な余暇活動をしたい、会話もなくつまらない、テレビが友だち、一番めんどうなのは買い物、貯金をしておく、こずかい帳ぐらいはつけておく、電話は必需品、など)

 環境が変わると体調がくずれやすくなる。まして、職業生活も初めてで単身生活も初めてとなるとその負担はかなり大きなものとなる。職場では緊張の連続であろう。アパート生活開始時、慣れるまでの期間、親や家族が同居し、その後単身生活へと移行して成功している例もあることを付記しておく。

まとめ

 アパート生活の実態に関して、いくつかのデータを示した。これらをみても、就職に先立ってあらかじめ準備しておくべきことが、かなりあるように思われる。特に、地域の労働市場の状況や気候(豪雪など)等の事情で、単身でアパート生活をしながらの就労を余儀なくされた障害者にとって、就職後の定着問題からみても単なるADLではない、いわゆる「生活技術」を援助するプログラムが必要である。更に言えば、現在のところ家庭での援助により職業生活を続けている者でも、家庭関係の変化等により将来において、生活技術を必要とする場合もあろう。従来、視力障害者や精簿者に対しての生活訓練は多く実施されているが、受傷後、病院生活しか経験がない者、あるいは幼少時より養護学校の入寮生活の経験しかない者のように、一般社会での生活体験の乏しい者については、それなりの指導プログラムが必要である。今まで述べた問題点を、職リハセンター入所中の1年間ですべて改善することは不可能である。日頃の業務から感じることだが、職リハセンター入所者や入所希望者の中には「修了後はアパート生活を希望」とする者も多いが、本人も家庭も、教育機関、援護の実施機関のスタッフも、単身でのアパート生活者の実態を知ってほしいと切に願うものである。本人・家族はもちろん、それぞれの機関で役割を分担し、改善の努力が必要である。しかし、基本的な問題点が改善できない者は自宅からの就労を第一に考えるべきであろう。

 同時に、職リハセンターとしても、隣接する国立身体障害者リハビリテーションセンターと協力し、生活技術援助プログラムを充実してゆく姿勢が必要である。

 生活技術援助プログラムは三段階に大きく分けることができる。

 ①家庭でのしつけや生活体験を付加すること。

 ②専門スタッフによる生活技術援助指導。

 ③実際にアパート生活に適応してゆくプロセスにおいて、援助体制のネットワーク作り、社会資源の活用。

 そのうち、②についての生活技術援助プログラムの試案を提してまとめとしたい。

生活技術援助プログラム(試案)
  必ず実施するもの 必要に応じて実施するもの
アパート確保以前 ①援助者の確保
②健康の自主管理についての指導
③病気になった時の適切な処置についての指導
(②、③については医療部門との協力)
①栄養管理についての指導
②家事能力の付加
 料理・家計の維持、模擬的なアパート生活体験など
③病気の時の公的援助サービスの利用方法
④公的制度や社会資源の紹介と活用方法
⑤アパート生活体験者の実態を知る
(訪問や交流会など)
アパート確保時 ①援助者の協力 ①アパート確保手順の指導
②環境確認とオリエンテーション
③地域の医療機関紹介
④地域の社会資源の紹介
⑤転出入に伴う諸手続きについての指導
アパート生活開始時   ①援助者の一時的同居
開始後   ①情報交換・悩み等相談など「場」の設立

 最後に、生活技術とは異なるが、住宅の問題として公営住宅の充実も提案しておきたい。現在単身者でも入居資格のある公営住宅は、極くわずかしかない。経済的にも、設備的にも障害者にとって快適な生活環境である公営住宅を単身者も望んでいるのである。

注) 略

*国立職業リハビリテーションセンター 職業指導課 ケースワーカー


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1985年7月(第49号)2頁~7頁

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