特集/聴覚障害者のコミュニケーション 米国における聴覚障害者の法的権利

特集/聴覚障害者のコミュニケーション

米国における聴覚障害者の法的権利

丸山一郎

1.概 要

 米国の連邦法において、特に障害者に係わる主な法律は約60のものがあるといわれている。1980年における教育者障害者局(Department of Education, Office of Handicapped Individuals)の分類は次のようになっている。

 1. 教育に関して

 1) Elementary and Secondary Education Act

 2) Education of the Handicapped Act

 3) Library Services and Construction Act

 4) Higher Education Act

 5) Vocational Education Act

 6) Model Elementary and Secondary Schools for the deaf Acts

 7) Department of Education,Organization Act of 1979

 8) Career Education Incentive Act

 9) National Lidrary Service for the Blind and Physically Handicapped に関するもの

 10) Impact Aid to Federally Affected Areas に関するもの

 2. 雇用に関して

 1) Comprehensive Employment and Training Act

 2) Fair Lador Standards Act

 3) Small Business Act

 4) Wagner-Peyser Act

 5) Public Works Economic Development Act

 3. 保健に関して

 1) Socia1 Security Act

 2) Community Mental Health Centers Act

 3) Public Health Service Act

 4) Military Medical Benefits Act

 4. 住宅、地域開発、環境改善に関して

 1) United States Honsing Act of 1937

 2) Housing Act of 1949

 3) Housing Act of 1959

 4) Housing and Community Development Act of 1974

 5. 所得に関して

 Sosial Security Act

 6. 栄養に関して

 1) National School Lunch Act

 2) Child Nutrition Act

 3) Food Spamp Act

 7. 権利、差別、アクセスに関して

 1) Nondiscrimination に関するもの

 2) Education に関するもの

 3) Bill of Rights, Developmentally Disabled に関するもの

 4) Architectural Access に関するもの

 8. 社会サービスに関して

 1) Social Security Act

 2) Development Disabilities Assistance and Bill of Rights Act

 3) Domestic Volunteer Service Act of 1973

 4) Community Services Act of 1974

 5) Child Abuse Prevention and Treatment and Adoption Reform に関するもの

 9. 交通 移動に関して

 1) Urban Mass Transportation Act

 2) Federal-Aid Highway Act

 3) Rail Passenger Service Act

 10. リハビリテーションに関して

 1) Rehabilitation Act of 1973

 2) Wagner O'Day Act

 3) Randolph-Sheppard Act

 11. その他

 1) Energy Conservation and Production Act

 2) National Energy Conservation Policy Act

 3) Home Heating Assistance Act of 1979

 これ等の中で、障害者の日常生活に大きな係わりのある法と主な施策は次のものに絞られよう。

 1. 初等中等教育法による教育施策(Elementary and Secondary Education Act)

 2. リハビリテーション法による職業リハビリテーションサービスが自立生活サービス、差別の禁止などの施策(Rihabilitation Act)

 3. 社会保障法による医療・所得・介助などの施策(Social Security Act)

 4. 住宅および地域開発法による生活環境の改善と整備の施策(Housing and Community Development Act)

 5. 発達障害援助および権利法による、重度重複障害者の権利擁護などの施策(Development Disabilities Assistance and Bill of Rights Act)

 聴覚障害者に関しては、そのコミュニケーション保障の面から、法廷通訳法(Hearing and Speech-Impaired Court Interpreter Act)などの法律もある。上記リハビリテーション法は、1973年改正法が、「障害者の権利章典」とも「障害者の公民権法」とも呼ばれており、更に1978年改昭法は、聴覚障害関係者からは「コミュニケーション法」とも呼ばれているものである。

2.リハビリテーション法

 1920年、傷夷軍人以外の障害者の職業訓練を初めて法制化した、スミス-フェス法(PL236)が「職業リハビリテーション法」のはじまりであり、1973年大改正されて“職業”のタイトルがとれ、「リハビリテーション法」となった。

 連邦・州の共同事業として、リハビリテーション施策が拡大され1973年の大改正に至る迄も、4回にわたる大きな改正がなされている。また1973年以降も74年、78年と改正されている。

 半世紀をこえて、職業リハビリテーションを推進してきた本法により、米国民は、リハビリテーション施策が、障害本人や家族のみならず、社会全体にとって経済的にもプラスとなることの認識を深めた。

 1970年代に入り、黒人区少数民族の公民権運動の影響もあり、同法の抜本改正を望む運動が全米に高まってきた。殊に障害の種別を超えて大同団結した全米障害市民連合(American Coalition of Citizens with Disabilities)の責した役割は大きいが、このリーダーをつとめたのが、フランク・ボウ博士(心理学、Dr.Frank Bow)であり、彼は全ろうである。(ボウはその後、国連の国際障害者年――IYDPの諮問委員会においても活躍をするが、IYDP行動計画や、テーマ設定について大きな貢献をしている。)

 ろう者の運動も大きな要因となり、1973年の大改正に至るが、連邦政府側にも、障害をもつ行政官の活躍が目立った。その代表的な一人が、保健教育福祉省(HEW)の聴覚障害担当のボイス・ウィリアム博士(Dr.Boyce Williams)であり、氏自身も完全失聴者である。

 大改正によって、職業リハビリテーション施策から、重度障害者の社会自立を基本にすえた施策へと拡大するとともに、サービスをうける消費者としての障害者の参加が明確にされ、方針の決定や施策の実施に当っての消費者の意向を反映する体制が整えられた。

 また、「障害者の権利章典」といわれる如く、憲法や公民権法によって明らかにされている障害者の権利が改めて明らかにされている。

 特に、法504条において、障害をもつことによる差別を禁じたことにより、後述する如く大きな変化がもたらされているのである。

 リハビリテーション法の対象となる“障害者(handicapped individual)”とは

 1) 雇用上実質的な障害となる心身の能力低下(disability)をもつすべての人

 2) 職業リハビリテーションサービスを受けることによって雇用・可能性が期待できる人

というものに加えて、74年追加された対象者は

 1) 主たる生活活動(major life activities)の一つ以上を著しく制限する身体的・精神的機能障害(impairment)を有する。

 2) 1)に該当する機能障害の経歴がある。

 3) 1)に準ずるとみなされる。

のいずれかに該当する者をいう、とされた。

 ここで“主たる生活活動”とは、身の廻りの世話をする、肢体の動き、歩行、見る、聞く、話す、呼吸、学ぶ、働く、等の機能をいう。また、“重度障害”を「多様なサービスを長期間にわたって必要とするもの」と定義し、“ろう”も重度障害としている。

3.リハビリテーション法第5章

 第5章の各条、特に504条が障害者の「権利章典」と呼ばれているものであるが、その4つの条項は次のとおりである。

・501条は、連邦政府内の雇用に関するものであり、“適格障害者”の雇用・配置・昇進などに関して、肯定的行動(affirmative action)を計画立案して推進することを求めている。

・502条は、建築物および交通機関の障壁に関する事項であり、物理的障害の除去を目指すものである。この条項において78年改正において初めて法律上、“コミュニケーション障壁(Communication barriers)”について言及されることになった。

・503条は、連邦政府と契約する企業に対して適格障害者の雇用の配置・昇進等に関して肯定的行動をとるよう義務づけ、或いは要請している。

・504条では、連邦政府の補助金をうけるすべての事業における適格障害者の差別を禁じている。

 各省は、これらの条文に添った省令を公布することが義務づけられており、このことにより、具体的な措置がとられることになった。例えば、保健教育福祉省は、1977年4月に504条に関する政令を発布して7章61条にわたる規則を示した。これにより、同省の補助・助成・委託等をうけている学校・病院・研究所など多くの機関や場所において障害者の参加の促進と差別の撤廃が取りくまれることとなったのである。

4.504条

504条(連邦補助金および施策における差別の禁止)

 1) 適格な障害者は、何人たりとも障害をもつという理由のみをもって、連邦政府の補助金をうけるいかなる事業においても、参加を阻まれたり、受けるべき利益を損なわれたり、差別をうけることがあってはならない。

 2) 各省は、本条に関して必要な法的改正を行い、規則を発布するものとする。

 各省とも、この条項に基づいて規則を制定することになり、差別の禁止の具体的な措置がとられるわけである。コミュニケーション障害をもつ聴覚障害者にとっても、平等の機会を得るための“適切な手段”がとられることになった。聴覚障害者にとっての“適切な手段”とは具体的には、手話通訳者(有資格)、テレタイプライター付きの電話、電話増幅装置等の機器であり、教育場面では、ノートテーカー(筆記者)更には字幕つきテレビ放送や、光の点滅による信号装置などである。

 504条に違反していると考えられる場合は、各省庁へのクレームが保障されており、クレームに基づく行政調査や改善命令、満足な解決がもたらされない場合には、補助金の打ち切り等も定められている。

 504条にいう“適格障害者”とは、「適切な手段を構じた上で、当該職種の主要な職務を遂行できる者」と定義している。

5. 聴覚障害者のコミュニケーション法としてのリハビリテーション法

 1978年改正法が、“聴覚障害者のコミュニケーション法”と呼ばれるのは、既存の条項と併せて、次のような条項が規定されたことによる。

1)通訳訓練に関する補助金(304条)

2)通訳派遣サービスと情報提供のためのセンター(305条)

3)通訳の最低基準の設立(315条)

4)通訳事業に関する州への補助(315条)

5)コミュニケーション障壁についての言及(502条)

6)有資格通訳者、適切な補助手段など(503条など)

 殊に502条において、連邦機関として設立された建築物および交通機関障壁対策委員会(The Architectual and Trausportation Barriers Compliance Boad)においては、コミュニケーション障壁について調査し、アクセス(利用可能)基準に違反している建物や交通機関に改善策の実施を試す権限が与えられている。

6. 基本的人権に関して

 米国においても、「基本的人権」或いは「憲法上の権利」といった言葉や表現を理解できないろう者が存在することを無視できない。

 このような言語力であるろう者が、法律制度の中で、健聴者にとっては至極当然である権利の行使が妨げられたり、その基本的権利が犯される可能性は高い。事実多くの誤って不利益をうけた事例が存在している。また法律制度の実施上においても、様々な困難にも出会っているのである。

 誤診されたり、不当にも精神病院に入院させられたろう者もいる。このようなケースで、弁護士を雇えないことが多い。たとえば雇えても、ろう者の要求を理解できる弁護士を見つけることは極めて困難である。

 日常生活の中でも、警察官に尋問される場合等、誤って嫌疑をかけられたり、逮捕される例も多い。逮捕され、通訳者が呼ばれず、弁護士と相談する権利があることも知らず、また保釈金を払えば済むことも知らずに異常な日数拘置所に置かれてしまう例もある。時には、本人は自分にかけられた嫌疑すら解からない場合もある。

 法廷に出ても、裁判の進め具合がわからなかったり、問題点について自分の立場を十分説明することが出来ず、全くの孤立無援で立たされる事もある。

 更にこれらの過程において、通訳が準備された場合であっても、必ずしも権利が守られないこともある。即ち、通訳者の通訳能力や法律用語の理解力などによって左右されるからである。ろう者の手話の読み取りが未熟で、かつあいまいな通訳の場合、ろう者の証言が説訳されたり、全く不利益な印象を裁判官に与えてしまったりするためである。

 また服役をする場合も、刑務所の職員とのコミュニケーションがとれないという理由から、正当である法的手続きや、更生の機会を拒まれてしまう。

 1979年、合衆国議会は、「二ヶ国語併用者および聴覚言語障害者法廷通訳法(Bilingal, Hearing and Speech-Impaired Court Interpreter Act)」を制定した。

 本法は、連邦政府による刑事・民事訴訟のすべてにおいて、法廷は有資格通訳者を任命しなければならないと規定している。法廷が任命する通訳者の資格は、法廷管理局長官が定めることとされている。各行政区の裁判所は、通訳者の名簿をろう者に提供しなくてはならないのである。

 指名された通訳者が、被告や参考人と適格なコミュニケーションがとれない時には、裁判長は、他の通訳者を任命しなくてはならない事や、通訳費用の支払いに関するものなど、細かい規定も定められている。

 本法は、連邦政府に対して異議を申し立てる場合等、ろう者の側が訴訟を起こす場合は適用されない。連邦政府の起こす刑事訴訟および民事訴訟に限られている。

 州レベルにおいては、被告となるろう者に通訳をつける州は多いが、逮捕時に通訳を保障する州は2~3のみという。

○リハビリテーション法504条による措置

 504条は、連邦政府の補助金を受けている州の警察、裁判所、刑務所等の司法関連機関を強く指導する。即ち、連邦政府より財政援助を受けている機関で15人以上の職員のいる所は、援助を受けている事業を実施する上で、障害者への“補助手段”を準備することが求められるが、補助手段として通訳者(有資格のもの)が含まれる。

 504条の解説は、より詳細に次のように説明されている。

 連邦政府から財政的援助を受けている機関で15人以上の職員がいる所は、連邦政府から財政的援助を受けている事業を施行する上で、適切な補助手段を準備しないと、感覚障害や上肢障害や言語障害を持った有能な障害者が参加する上で差別になるほど不便であったり、障害者を排除するような場合には、それらの補助手段を準備しておかなければならない。この補助手段の中には、有資格通訳者をも含める。連邦政府から財政的援助を受けている機関で、職員が15名以下の所に対しては、上に述べたような補助手段を備えることがその機関の業務を著るしく損なわない限りにおいて、法務局係官は同様のことを命令することができる。

 504条の解説はこの命令をもっと詳細に説明している。

 法律施行機関が聴覚障害者と対応する時には、可能な限り、しかるべき機関から認可を受けた有資格通訳者を用意しなければならない。聴覚障害者がアメリカ手話をコミュニケーション手段として用いている時に、この「有資格通訳者」とは、アメリカ手話によるコミュニケーションに熟達している通訳者という意味である。聴覚障害者が、アメリカ手話を用いているのか、又は、手話英語を用いているのかを判断するのは法律執行機関の責任である。聴覚障害者が逮捕され、有資格通訳者がすぐに見つからず、または文字以外によるコミュニケーションが不十分である場合には、逮捕する警官は、逮捕される者に対して、法律執行機関がそのような目的に用いるものとして承認した印刷物による警告を伝えねばならない。その印刷物の中には、法律執行機関は連邦法により、逮捕者に対しては無料で通訳者を用意しなければならないし、また、警察官は通訳者が到着するまで逮捕に関する尋問を延期しなければならないということも書かれていなければならない。

 ろう者の服役者に対しても504条の解説は次のように述べている。

 矯正機関が計画した社会更生プログラム(例えば、教育プログラム)に、聴覚障害を持った囚人も、障害を持っていない囚人と同じ基盤に立って参加できるように、(可能である場合には、公認された)認定機関から認定された有資格通訳者を準備しなければならない。

 504条はまた、一般市民が電話サービスを受けている場合は、ろう者用通信機器(テレフォン・タイプライターはこれに準ずるもの)の設置を命じているが、法務局は、警察部門に対して特に設置することを命じている。

 以上のように、法施行機関における、ろう者の権利を守るための努力が求められており、法の下でのろう者の法律的な平等の達成のためには、すべての州における立法が必要とされている。

7.通信、情報について

 この分野においての法の規定は特に存在しないが、従来から連邦通信委員会(Fedral Communication Commission)は、テレビ局に対して、緊急通報を視覚のみでも伝達できるよう指導してきている。

 ここでもリハビリテーション法504条により、公益放送における字幕をつける事が行なわれる。

 委員会は、各州間の通信や電話事業を統制しているが、テレフォン・タイプライターを使用する聴覚障害者の通話料金や新しい機器の使用等も検討している。

8.各州における法の制定

 1977年にメリーランド州がろうの人のための外来診療精神衛生プログラムに関する法を制した。これは、専門職が聴覚障害とろう者の心理について充分な知識をもつことと、手話を十分に理解できることを求めたものであった。

 この例にみられる如く、各州での聴覚障害者に対する特別なサービスやその権利を保障するためコミュニケーション補助に関する立法が行なわれている。

 この中では、リハビリテーション法5章と同様の規定を州でも実施することも含まれている。

9.おわりに

 聴覚障害者の法的権利というものを社会は学びはじめているといえよう。永い間、コミュニケーションを阻まれていたことを顧みることがなかったり、無視してきたことに気づいている。近年の立法はその証拠である。しかしながら、その権利を保障するためにどこ迄対応しなくてはならないかを確立するには米国においても更に聴覚障害者自身と関係者の努力が必要とされている。

厚生省社会局更生課・身体障害者福祉専門官


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1985年11月(第50号)41頁~47頁

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