特集/教育とリハビリテーション 脳性まひ児の早期教育について

特集/教育とリハビリテーション

脳性まひ児の早期教育について

―筑波大学心身障害学系運動障害指導訓練室の実践例を中心に―

小畑文也

(1)脳性まひ児の早期教育

 障害児教育における早期教育のニーズは、子どもを中心として考えた場合、健常児のそれよりはるかに大きいと言えよう。特に脳性まひ児に対する早期発見、早期治療の必要性は、今日あらためて声を大にする必要もないほど、一般的常識として流布しており、また、その実践も活発に行なわれている。しかしながら、早期発見、早期治療から就学に至るまでの間の教育的アプローチは、その方法論的な整備、実践ともに未だ十分なものであるとは言えない。現実的にみると、最近広がりつつある統合保育の考えの中で、保育園に入園するケースも増えつつあるが、入園にあたっては独歩やある程度の身辺自立を条件とするところも多く、脳性まひ児の場合、対象は比較的軽度な子どもに限られていると言って良いであろう。また肢体不自由養護学校に付設される幼稚部も地域的に限られたものであり、その絶対数も少ない。

 確かに他の障害と比べると脳性まひ児は障害状況が固定するまでに時間がかかり、また健康面でも虚弱な者が多いため、幼児期の後期まで継続的な医療を必要とすることも多い。さらに、比較的多くの子どもは、就学まで医療施設に入院、あるいは通院しながら、その施設の心理スタッフにより、心理学的アプローチを受ける機会にも恵まれている。しかしながら、大多数の子どもたちは、就学までの教育的に重要な時期を在宅で過ごし、6歳になって初めて学校教育の場にはいってくるのである。この傾向は近くに適切な医療機関や教育機関のない地方で特に著しい。このために、養護学校における最初の1~2年は本来就学前に備えておかねばならない能力の形成に、教師も子どもも、共に追われることになる。昭和54年度の全員就学以来子どもの障害が重度化したと言われる学校教育の場においては、この問題はさらに深刻なものとなっており、早期教育はこの重度化に対応するためにも最良の方法のひとつであるように思われる。

(2)脳性まひ児に対する早期教育の意義

 脳性まひ児に対する早期教育の場が限られていること、また障害が重度化しつつある教育現場の要請に応えること、の他にも早期教育にはいくつかの大きな意義がある。

 まず、子どもの側から考えた場合、種々のレディネス形成に有効な点が挙げられる。レディネスとは、その名の通り準備状態、あるいは準備能力と言いかえられるものである。例えば、就学のためのレディネスとしては、通学の自立、規則的な生活への対応、会話や返事ができること、身辺処理などが挙げられ、さらに教科学習のレディネスとしては、図形や色の弁別、計数、描画、絵柄の認識などが代表的なものとして挙げられよう。大切なのは、これらのレディネスには、その形成のために最も適切な時期が存在することであり、さらに発達の遅れが顕著な子どもを除いては、その時期の大半が幼児期に存在することである。従って、就学後の対応ではなかなか身につかない能力も多く、この意味で早期教育の役割は重要なものとなる。むろん、前に述べたような健常児を基準としたレディネスの形成は、早期教育の充実をもってしても困難なことが多い。しかし、そのような障害の重い子どもにとっても早期教育はレディネス形成の基礎能力を育てるために有効である。

 次に、その子どもをとりまく環境、特に母親への対応も早期教育では重要なテーマとなり、それが円滑に行なわれた時の意義は大きい。自分の子どもが障害児として生まれた時の母親のショックは強い。子どもが幼児期になると、ほとんどの母親はショック期を終えているとは言え、その子どもの障害を認めようとしなかったり、抑うつ状態に陥ることも多く、依然精神的には不安定な状態にある。自責の念にかられ、いわゆるドクター・ハンティングに奔走することも珍しくない。この時期に専門家によるアドバイスや、他の障害児の母親との交流を経験することは母親の情緒的な安定を促す。また、子どものために何かしてやりたいという気持ちに対して適切な努力の方向づけをすることも重要である。脳性まひ児の場合、日常の家庭での過ごし方にも治療的な工夫が必要であり、母親が覚えるべきことも多い。母親は乳・幼児期の子どもにとって非常に重要な存在であり、この母親が子どもの障害を受容し、その障害について正しい理解をしているか否かは、その後の子どもの全人的な発達を占うと言っても過言ではない。

 以上のような早期教育の意義を踏まえて、筑波大学心身障害学系・運動障害指導訓練室では1980年より、脳性まひ児に対して、心身両面からのアプローチを実施している。大学という指導の場の性格上、指導時間も制限され、早期教育の例としては典型的なものであるとは言えないが、そこで用いられる指導方法や直面する問題等は一般性の高いものであると思われるので以下に紹介したい。

(3)筑波大学心身障害学系・運動障害指導訓練室における早期教育の試み

 対象となるのは1~5歳の脳性まひと診断された幼児で、障害の程度は軽度から重度まで様々であり、重複する障害も知恵遅れ、視覚障害、聴覚障害と多岐にわたる。スタッフはスーパーバイザー、リーダー、トレーナーから成るが、スーパーバイザーは医師、心理学者等大学の教官が務め、リーダーとしては大学院生、トレーナーとしては大学院生、学部学生があたる。学生らは卒業後、特殊教育諸学校の教員となる者が多いので、学生の教育の場としても重要な役割を果たすことになる。

 指導の方針は基本的には機能的アプローチと発達的アプローチに分けられる。前者は、現時点では子どもが環境と最大限に有効な交渉をもつために必要な機能、あるいはその交渉を妨げている問題行動等について重点的に指導するものであり、道具の目的的な使用や、母子分離、ステレオタイプ行動の除去等がこれにあたる。後者は子どもの発達段階に沿って行なわれるもので、その子どもが現時点で可能な行動を基礎として、その1レベル上位の段階に属する活動を重点的に指導するものである。これらのふたつのアプローチは別個に行なわれるものではなく、子どもの状況によって重点が片方に置かれたり、また双方並行して行なわれることもある。

評価ステップ

 発達的アプローチに限らず、機能的アプローチにおいても子どもの発達状況の正確な把握が必要となる。このための評価は概略的評価、全体的評価、精密評価の3段階に分けられる。

 概略的評価はインテーク期に行なわれ、生育歴、療育歴等の把握もこれに含まれる。発達状況の把握は主にスーパーバイザーの行動観察によるが、発達検査の項目の一部を使用することも多い。家庭環境についてもこの時期になるべく正確に把握するようにしており、概略的とは言え、子どもの発達を規定する要因を明確にするために重要な評価ステップである。

 全体的評価は指導開始後約1ヶ月の間に行なわれるが、問題行動が顕著で正確な評価が期待できないケースに対しては、それらの問題に対して機能的アプローチを開始し、発達全般のチェックは遅れることもある。使用する検査は遠城寺式、津守式の発達検査である。いずれもスクリーニング検査に属するものであるが、検査項目を通じた行動観察の視点をとることで、その情報量は大きなものとなる。評価の領域は「粗大運動」「手の運動・操作」「言語」「認知」「情緒・社会性」に分けられるが、子どもの発達状況に合わせて、より細分化されることもある。

 全体的評価において特に問題となった領域を中心として精密評価を行なう。検査としてはMCCベビーテスト等を使用するが、脳性まひの子どもの場合テスト適応が難しい検査もあるので、シェイファーらの「乳幼児発達指導法」や「行動特徴漸進的評価(Behavioral Characteristic Progression)」など我が国では標準化されていない検査や独自の尺度を使うことも多い。ここでは子どもの発達を規定する要因や行動説明を行なうことを主目的とするので、検査類もそれに応じた道具として使われる。つまり、評価の結果としては領域によるプロフィールや不可能であった項目の内容及び脳性まひ児に生じやすいスキップ現象と解釈等が重視されることになる。

発達上の問題点の把握

 評価ステップで得られた子どもの発達状況からこの子どもが次の段階に進むことを妨げている要因を見つけ出す。これには発達的な要因の他に、外からの刺激、情報を妨げるようなステレオタイプ行動、あるいは養育態度等の環境的要因も含まれる。

指導目標の設定

 以上の問題点を整理し、指導目標を設定する。原則的にはその子どもの現時点での発達段階の一歩先の段階を目標とするが、場合によっては指導の方向性を明確にするために、長期目標と具体的にそこに至るまでの段階を示した短期目標を設定することもある。短期目標には問題行動の除去や環境的要因の改善等も含まれる。全ての指導目標は子どもの日常生活や将来の学習や就学のためのレディネス形成に寄与するものでなくてはならず、また、同時に母親による家庭での指導の目標ともなり得るよう現実性の高いものでなくてはならない。

指導計画の立案

 指導計画は、現時点での子どもの発達状況を基礎として、発達上の問題点を克服し、指導目標に近づくための具体的なステップを示すものであり、指導目標主導形指導計画が主に用いられる。指導目標主導形指導計画とは、設定された指導目標を具体化するための活動を領域毎に示すものである。表1は要求行動のバリエーションを拡大することを指導目標とした場合の指導計画の一例である。

表1 指導目標主導型指導計画の1例
指導目標:要求行動の拡大
短期目標:欲しいものを発声を伴う指さして教えることができる
ポジショニング 粗大運動 手の運動 言  語 認  知 情緒・社会性
イス座位 イス座位を比較的長い時間とらせる。肘かけの無いイスで両手が机から離れても上体のバランスがくずれないようにする。 片手のみを上げて欲しいものを示すようトレーナーの模倣を通じて促進させる。人さし指のみを伸展させ方向を正確に指さすように介助する。 トレーナーが希望のものを指した時と希望とは異なったものを示した時に、子どもがそれぞれ異なった発声をするようにすぐには子どもの要求通りのものを持ってこないようにする。 子どもが指し示した玩具の名前を子どもに印象づけるようにオーバーにいう。 トレーナーの「何が欲しいの」という質問に応じて指さしをする。発声と指さしを同時にしたり、長時間イス座位をとることができた時にはオーバーにほめる。

 この他に、いくつかの重要活動を設定して各発達領域で期待される発達的変化を示した最重要活動主導形指導計画等がケースの特性に応じて選択されることもある。

指導の実施

 原則として週1回、約1時間の指導を行なう。トレーナーによる直接的な指導もあるが、週1回ということで、母親を介した間接的な指導が重視される。ここで母親には家庭においても指導目標に準じた活動ができるように指導が行なわれるが、これにはポジショニングや家庭における玩具や家具の配置などの指導も含まれる。

 スタッフの多くは医療スタッフではなく、教育、心理学的な教育を受けた者であること、また、子どもの多くも他の機関でリハビリテーションサービスを受けていることから、治療的なアプローチは原則としては行なわない。その代わりに重視されるのが子どもが活動する時の姿勢のとり方、ポジショニングである。このポジショニングそのものが指導目標や最重要活動となることはないが、異常反射や拘縮を抑制し、そのうえで環境に最も働きかけやすく、また環境からの刺激も受け入れやすい姿勢が指導全般を通じて配慮される。

 ひとつの指導目標に関する指導はおよそ3ヶ月で終了し、次のステップに移行するが、3ヶ月が過ぎた時点で大きな変化が見られない時は指導目標の細分化や、活動内容の変更などの措置がとられる。また評価ステップにおける全体的評価も子どもの発達の進度に合わせて3~6ヶ月毎に実施され、指導計画の妥当性を検討するための資料となる。

 以上、脳性まひ児の早期教育の一例について極めて簡単に紹介したわけであるが、現時点でも、これらの指導の方法や全体のシステムには多くの問題がある。これらの問題はいずれも一般的なものであるとも思われるので、以下に述べてみたい。

 まず、脳性まひ児の場合、心理的発達、特に知的能力の発達の過程が極めて複雑なことが挙げられる。これは知恵遅れを随伴障害としてもっている子どもの場合特に顕著である。いわゆる脳損傷型の精神遅滞としての複雑な発達過程に加えて、運動障害や、時として視知覚障害の影響も無視することはできず、健常児を対象として構成された集団準拠型の発達検査はそのままでは役に立たないことが多い。従って心理的発達に関する指導目標を設定するためには、常に数多くの要因を考慮に入れなければならず、こうした上でも試行錯誤がつきまとうことになる。このような指導の難しさが、脳性まひ児の早期教育の難しさの大きな要因となっているように思われる。

 次に、指導の画一化が難しいことが挙げられよう。脳性まひ児の場合、その障害の個人差が著しく、指導は個人別にオーダーメイドされる必要があり、集団指導に導入できるケースも少ない。しかしながら現実に一対一からそれに近い体制をとることは極めて難しく、さらに、オーダーメイドの指導に対応できる指導者を育てることはそれ以上に難しいことである。

 以上の問題はいずれも脳性まひの障害としての特性に基づくものであり、制度的に脳性まひ児の早期教育が整備されたとしてもなお問題として残るものであろう。これらの解決のためにはある程度はレディメイドの指導方法が必要となろうが、これは著者らの課題のひとつでもある。

参考文献 略

筑波大学心身障害学系文部技官


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年3月(第51号)14頁~17頁

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