シンガポール共和国(以下シンガポールと略称)はマレー半島の南端に位置する島国であり、淡路島とほぼ同じ面積(620.2km2)に人口252.91万人(1984年中央)が居住する都市国家である。
シンガポールは典型的な多民族国家であり、中国系76.5%、マレー系14.8%、インド系6.4%から構成される。これは1824年から140年間に渡るイギリス統治時代の産物である。
政治形態は大統領を元首とする一院制の議会制民主主義であり(ただし共産党は非合法化)、1965年の独立(マレーシアからの分離)以来、リー・クァン・ユー首相の率いる人民行動党(PAP)が一貫して政権を担当している。
シンガポール政府は独立以来、外国民間企業の導入を柱とする徹底した工業化政策を進めてきた。その結果、1983年の1人当りGNPは6,620米ドルと日本の10,120米ドルの65.4%の水準にまで達している。これは日本を除くアジア諸国の中で際立って高いだけでなく、西欧諸国中のスペインやイタリアをも上回る高水準である。また失業率も2.7%(1984年)と完全雇用水準に近い。
但し、1985年は深刻な不況に直面しており、それまでの高賃金政策の転換・賃金凍結がはかられている。
ともあれ、このような高い経済的達成を反映して、シンガポールの保健衛生・医療・リハビリテーションも日本に次ぐ高い水準に達している。
1)先進国と肩を並べる保健衛生水準
シンガポールの1984年の出生率(人口千対、以下同じ)は16.4、死亡率は5.2、自然増加率は10.8と、東南アジア諸国の中では極立って低い。
これは独立以降政府が推進してきた強力な家族計画(夫婦2人までの産児制限)のためである。それは3人目以降の出産に対しては“医療保険”(後述)からの支払いがなされない、など徹底的なものである。但し、高学歴(大学卒)の女性の出産数は少ないという理由で、彼女達には3人までの出産が奨励されている。
1984年の主要死因をみても、第1位心・高血圧疾患(23.9%)、第2位悪性新生物(21.4%)、第3位脳血管疾患(10.7%)と成人病が主流を占めており、感染症及び寄生虫症はわずか2.9%にすぎない。
保健衛生水準の指標として乳児死亡率と平均寿命をみると、1984年の乳児死亡率(出生千対)は8.8、平均寿命は71歳である。特に乳児死亡率の低さは注目され、日本の6.0と比べてもさして遜色がなく、世界の最高水準グループに入る。
1984年の65歳以上人口比率は5.1%と日本を除くアジア諸国の中では非常に高い。しかも、政府の強力な人口増加抑制政策の結果この比率は今後急増し、2030年には18.9%にまで達すると予測されている。
2)青少年中心の「登録障害者」
シンガポールでは日本や欧米諸国流の“障害者実態調査”は行なわれておらず、何らかの援助を希望する障害者自身が任意で各種民間団体(障害者福祉団体)を通じて、地域開発省(旧・社会問題省)障害者課に登録することになっている。
この「障害者中央登録」制度は1969年に発足し、1983年以降その整備・充実がはかられている。
表1に1985年7月5日現在の登録障害者の概況を示す。
年齢階層 |
盲 |
聾 |
筋骨格 |
神経筋 |
精薄 |
精神疾患 |
その他 |
合 計 (%) |
|
0―9 | 25 | 214 | 4 | 68 | 326 | 0 | 1 | 638 | 6.3 |
10―19 | 113 | 528 | 23 | 286 | 1,356 | 2 | 9 | 2,317 | 22.9 |
20―29 | 163 | 870 | 435 | 267 | 1,433 | 43 | 5 | 3,216 | 31.8 |
30―39 | 152 | 466 | 534 | 151 | 357 | 94 | 2 | 1,756 | 17.3 |
40―49 | 129 | 209 | 237 | 25 |
41 |
82 | 2 | 725 | 7.2 |
50―64 | 203 | 274 | 165 | 10 | 10 | 57 | 2 | 721 | 7.1 |
65― | 309 | 384 | 59 |
3 |
1 |
0 |
0 | 756 | 7.5 |
合 計 |
1,094 | 2,945 |
1,457 |
810 |
3,524 |
278 |
21 |
10,129 |
100.0 |
10.8 | 29.1 |
14.4 |
8.0 |
34.8 |
2.7 |
0.2 | 100.0 |
|
登録障害者総数は10,129人であり、これは全人口の0.4%に相当する。
障害種類別の比率をみると、①視覚障害(盲)10.8%、②聴覚障害(聾)29.1%、③筋骨格障害(整形外科的障害)14.4%、④神経筋障害(ほとんど脳性麻痺)8.0%、⑤精神簿弱34.8%、⑥精神疾患2.7%、⑦その他0.2%となっている。「障害者登録」制度では当初①~⑤の5障害が対象とされてきたが、後述する障害者の定義の確立を受けて1985年1月からは⑥精神疾患障害者も新たに登録されるようになっている。
何らかの援助を求める障害者のみが登録されるというこの制度の性格上、障害者の大半は小児・青壮年である。年齢区分別の比率をみると、最も多いのが20代(20―29歳)で31.8%であり、次いで10代の22.9%、30代の17.3%の順になっており、10―39歳で全体の72.0%を占めている。それに対して65歳以上の老人障害者の比率は7.5%にすぎない。
このような登録障害者の年齢構成を反映して、シンガポール政府(地域開発省)のリハビリテーション政策では、障害児教育(特殊教育)と職業的リハビリテーションに優先順位が与えられているとのことである。
なお、地域開発省はシンガポール社会に適合する「障害者の一般的定義」について、シンガポール社会サービス協議会(後述)と共同で検討を重ね、1983年に以下のような定義を確定している。
――社会の平等な構成員として、教育・訓練施設、雇用、レクリエーションの機会を確保・保持・促進する見通しが、身体的又は精神的機能障害のために相当程度減退している者("those whose prospects of securing and retaining places and advancing in educational and training institutions, employment and recreation, as equal members of the community, are substantially reduced as a result of physical or mental impairment")
1)全人口の8割が公共アパートに入居
シンガポールの広義の社会保障政策の中で特記すべきものに住宅政策がある。
シンガポールでは住宅供給部(公社)が1960年以来5回に渡る5ヵ年計画の下で、低・中所得層向けの公共アパートを建設している。その結果1984年には建築戸数(総延数)は506,340戸に達しており、全人口の実に81%が公共アパートに居住するに到っている。しかもシンガポールでは「持ち家計画」が合わせて進められており、これら公共アパートも74%は分譲式となっている。
これらの公共アパートは所得水準に応じて提供され、低所得層は1部屋又は2部屋のフラットを賃借し、中所得層は3~5部屋のフラットをローンで購入する。全体の45.3%を占め最も多い3部屋フラットの床面積は65㎡であり、質量共に日本の3DKマンション並みである。近年は中所得層向けには4部屋フラットのほうが多く供給されるようになっており、これの床面積は85~105㎡である。シンガポールの住宅水準は少なくとも日本の都市部のそれをすでに上回っていると言えよう。
但し、障害者団体の側からは、①障害者の単独入居が認められていない、②障害者のための構造上の配慮がなされていない等の批判も聞かれた。
尚、公共アパートの1階部分はすべて共有部分(多くは空間)に確保されており、居住者の憩いの場になると共に、民間団体による各種社会サービス実施の場としても使われている。
2)加入者自身が口座を持つ「中央倹約基金」
勤労者がこのような公共アパートを購入するための基金として「中央倹約基金(Central Provident Fund,CPF)」がある。
シンガポールでは1955年に全被用者を加入対象とする強制貯蓄制度として「中央倹約基金」が設立され、1984年7月以降は被用者1人につき被用者・使用者がそれぞれ月収の25%相当分(合計50%分)を毎月拠出している。しかもこの拠出金は社会保険方式のように制度内でプールされることはなく、各被用者がそれぞれ保有する「口座」に利子つきで積み立てられる。
現在この口座は3種類あり、上述した50%の拠出金は40%が「普通口座」に、6%は「医療貯蓄口座」に、4%は「特別口座」にそれぞれ積みたてられる。「普通口座」「特別口座」の積立金は退職年齢に達した時に全額引き出し可能であるが、それ以前は住宅購入等特定の目的以外に引き出しできない。そして、現在では大半の勤労者がこの「普通口座」を利用して政府から購入した公共アパート又は「私立アパート」のローンの支払いを行なっている。
尚、シンガポールでは工業化が進んだ結果、全勤労者のうち84.4%が被用者、5.0%が使用者となっており、自営業者は8.6%、無給の家族労働者は2.0%にすぎない(1984年)。
「医療貯蓄(Medisave)」制度は「国民保健計画」の一環として1984年4月に発足したばかりの“入院医療保険”である。但し、この場合も拠出金は制度内でプールされずに、各披保険者(加入者)の「医療貯蓄口座」に積み立てられ、加入者本人・家族が入院医療を受けた場合に標準費用(政府立病院の大部屋利用時の料金)の引き出しを行なう。もし被用者本人・家族が入院しなければその拠出金はそのまま利子つきで積み立てられるが、逆に入院費用が積立額を上回った場合にはその口座は“赤字”となり加入者はその額を後日ローンで(しかも利子つきで)返済しなければならない。
この制度は、政府の財政負担を回避すること及び強力な入院医療抑制を行なうことを目的として設立されたとされている。
1)政府主導の病院・医学的リハビリテーション
シンガポールのプライマリ・ヘルス・ケアの中心は日本と同じく開業医である。それに加えて、政府立の母子保健クリニックが29ヶ所、外来診療所(outpatient dispensaries. 日本の診療所と保健所を合わせたもの)が26ヶ所存在する(1984年)。
それに対して病院は政府立が中心である。病院数自体は政府立・私立とも11で等しいが、病床数は8,085床対1,583床と政府立病院が総病床数の83.6%を占めている。しかも政府立病院の平均病床数は735床と極めて大規模であり、技術水準も高い。尚人口1万対病床数は38.2床である。
但し、最近では病院に関しても“民間活力導入”がはかられている。例えば昨年から今年にかけて段階的にオープンしつつある「国立大学病院」は国立シンガポール大学医学部の教育・研修・研究病院であるが、一私企業に所有・管理されている。更に昨年にはアメリカ第2位の営利制病院チェーンNational Medical Enterprises社が、シンガポール最大の私立病院(485床)を買収している。
政府立病院のうち5病院は総合病院、6病院が専門病院であり、後者にはSt.Andrew's小児リハビリテーション病院(80床、1983年)が含まれている。
総合病院の中では、Tan Tock Seng病院(1,274床、1983年)とシンガポール総合病院(1,593床、同)の2病院にリハビリテーション部が設置されている。特に前者は77床の専門病棟(独立した建物)と専属医師3人、理学療法士3人、作業療法士2人、心理判定士(非常勤)2人、言語治療士(非常勤)1人、ソーシャル・ワーカー2人(非常勤)、看護婦等をもつかなり大規模なものであり、シンガポールのリハビリテーション医療の中心となっている。
表2は同部入院患者数の疾患・障害別年次推移である。同部は1973年に脊損センターとして発足したが、近年は徐々に脳卒中患者が増加し、1984年には全体の60.4%を占めるに到っている。尚、脳卒中患者の60―65%は発症後2週間以内に当部に入院しており、平均在院日数も6―8週とのことである。全患者では、65.8%が4週以内に退院しており、日本の(専門)病院に比べて入院期間ははるかに短かい。
それに対してシンガポール総合病院のリハビリテーション部は専門病棟を有してはいないが、心疾患のリハビリテーションを実施している。
1980 | 1981 | 1982 | 1983 | 1984 | |
1.脊損 | 108 | 115 | 126 | 125 | 123 |
2.脳卒中片麻痺 | 186 | 242 | 300 | 321 | 390 |
3.頭部外傷 | 15 | 21 | 35 | 50 | 67 |
4.その他の神経疾患 |
25 |
31 | 47 | 40 | 31 |
5.複雑骨折 | 11 | 14 | 18 | 14 | 11 |
6.切断 | 14 | 15 | 19 | 14 | 6 |
7.関節疾患・リウマチ | 13 | 3 | 15 | 1 | 2 |
8.神経障害を伴わない脊椎異常 | 21 | 0 | 2 | 0 | 0 |
9.その他 | 7 | 0 | 0 | 3 | 1 |
10.再入院 | 39 | 31 | 32 | 30 | 15 |
429 | 472 | 584 | 598 | 646 |
2)注目すべき訪問看護事業
リハビリテーション関連の医療サービスとして注目すべきものに訪問看護事業がある。
シンガポールでは1976年に保健省によって「訪問看護基金(Home Nursing Foundation)」が設立され、主として低所得層の“寝たきり考人”・障害者に対して無料の訪問看護サービスを実施している。
これは半官半民の事業であり、看護婦・事務職員の給与は政府が支払い、経常費は一般からの寄付で賄われている。
現在常勤看護婦約48人が政府立の外来診療所(12ケ所)と母子保健クリニツク(15ヶ所)を基盤にして活動している。更に、75人の看護婦がボランティアとして参加している。
1983年には2,762人の老人・障害者が訪問看護を受け、1人平均回数は14.8回、同平均実施期間は4.6ヵ月である。患者の主要疾患は脳卒中・高血圧(27.7%)、糖尿病合併症(23.3%)、悪性新生物(11.3%)である。
訪問看護サービスの中心は清潔援助(40.8%)、支持的ケア(31.4%)であるが、リハビリテーション(理学療法等)も5.3%を占めている。尚、上述したTan Tock Seng 病院リハビリテーション部ではこれら訪問看護婦を対象とした講習会を開催しているとのことである。
3)リハビリテーション専門職は不足
シンガポールの1984年の医師数は2,504人(人口10万対99.0人)であり、そのうち1,109人(44.3%)が政府機関勤務医である。
シンガポールでは医師は国立シンガポール大学医学部で養成されており、卒業後5年間の政府立施設での勤務を義務づけられている。
内科、外科等の主要専門科はシンガポール内での専門医養成制度が確立しているが、リハビリテーション科のそれは未確立である。そのためにリハビリテーション科志望医は、イギリス、オーストラリア、アメリカ等で研修を行なわなければならない。このような海外での研修を終了したリハビリテーション医は現在4人のみである。理学療法士、作業療法士、言語治療士も国内に養成施設がなく、海外の学校に依存している。
そのために、リハビリテーション専門職は他の医療職以上に不足している。尚1981年の理学療法士数は32人、作業療法士数は23人である。
1)障害者団体主導の教育的・職業的リハビリテーション
医学的リハビリテーションが政府立病院で主導的に行なわれているのと対照的に、障害者に対する教育的リハビリテーション(特殊教育)、職業的リハビリテーション(職業評価・訓練・就職あっ旋・アフタケア)、社会的リハビリテーション(ソーシャル・ワークを含む)は、ほとんど、障害種類別に組織された民間団体自身が行なっている。しかも主要な民間障害者団体は、これら3領域すべて又は2領域のリハビリテーションを包括的に実施しており、中には外来レベルでの医学的リハビリテーションを実施している団体もみられる。例えばシンガポール脳性麻痺児協会は脳性麻痺児のための特殊学校を経営する一方、医学的リハビリテーションセンターと保護職場も経営し、合わせてソーシャル・ワーク・サービスも提供している。
これらの民間団体のほとんどは非障害者によって運営されている「慈善団体」であるが、「ハンディキャップ者福祉協会(Handicaps Welfare Association)のみは障害者自身によって組織・運営されている団体であり注目に価する。この協会は1969年に設立され、現在会員は約580人であり、その大半は肢体不自由者である。同協会は障害者の自助と相互援助を目的として、移動手段購入のための財政援助、成人障害者に対する基礎教育、職業評価、雇用のあっ旋、スポーツ、レクリエーション、カウンセリング、移送等の幅広い活動を行なっている。特にそれが運営する「職業評価・就職あっせんセンター」は、1984年にシンガポール社会サービス協議会(後述)から移管されたものであり、将来シンガポールの単一職業評価センターになることが期待されている。
また、盲人と健常者で運営されている「シンガポール盲人協会」の会長Ron Chandran-Dudley氏は障害者の国際組織「障害者インタナショナル」(DPI)の会長でもある。
このような障害者団体を含めて主要な民間福祉団体は「シンガポール社会サービス協議会」に加入している。この協議会自体も民間団体であるが「法で定められた」団体でもあり、政府(地域開発省)と協力して各民間団体の活動の調整を行なったり、新しい社会サービスのパイロット・スタディを行なっている。
驚くべきことにこれら民間障害者団体の活動費(経常費)の大半は一般からの寄付によってまかなわれており、政府からの財政援助は特殊学校への教員派遣(後述)を除けば極くわずか(筆者が調査した団体の範囲では1―5%)にすぎない。また、1983年にはシンガポール社会サービス協議会の下に「シンガポール共同募金」が設置され、一部の民間団体の寄付金募集を代行している。
このように徹底した民間団体主導のリハビリテーションは、直接的には政府(地域開発省)の“地域社会・市民自身が障害者の援助に責任を負わなければならない”(同省福祉サービス局局長Veloo氏)という政策の結果である。更に税制面でも、認可された民間団体への寄付は全額非課税扱いされるという優遇処置がとられていることも見落せない(慈善法、1982年)。
更にその背景として、シンガポールは移民社会であり、伝統的に出身国・地域別の団体による相互扶助活動が盛んであることも見逃せない。上記Veloo氏によると、シンガポール国民の6―7割が何らかの民間活動に参加しているという。
但し、シンガポールでは障害者団体に限らず、10人以上の構成員を有するすべての団体は国家登録を義務づけられており(団体法、1970年)、又、民間団体の多くに「政府代表」が参加しているなど、民間団体に対する政府の規制力は日本よりはるかに強いようである。
2)教育的リハビリテーション
シンガポールでは初等教育は無料であり、100%の児童が就学している。しかも、初等学校の大半は政府立である(1984年で。70.2%)。
それに対して、障害児の初等教育は以下の6つの民間福祉団体が実施している。
シンガポール盲人協会(SAB)
シンガポール聾者協会(SAD)
シンガポール脳性麻痺児協会(SCAS)
シンガポール知的障害者運動(MINDS、旧称・シンガポール精神薄弱児協会)
シンガポール小児協会
Canossian聾学校
これらの団体が運営する特殊学校で学ぶ障害児総数は1,717人である。
これらの団体の中ではMINDSが飛び抜けて大きく、3つの精神薄弱児養護学校で合計707人(1984年)の教育を行なっている。この団体は更に2つの保護職場と、1つの収容施設とを経営し140人の職員を抱えるシンガポール最大の障害者団体である。
これらの特殊学校のうち盲・聾児学校のカリキュラムは一般の初等学校のそれに準じて作製されており、「初等学校卒業試験」に合格した児童は普通学校で中等教育を受けることができる。
これらの特殊学校の教員配置基準は障害児12.5人に1人と定められており、その半数(つまり障害児25人に1人)は政府から派遣されている。
3)職業的リハビリテーション
このように障害児教育では政府は実質上かなりの財政援助をしているが、職業的リハビリテーション(職業評価・訓練・就職あっ旋・アフタケア)のほとんどは、民間団体自身が一般からの寄付金と保護職場からの売上げ収入等によって実施している。
表3は民間団体が実施している主要な職業訓練の概要を示したものである。
団 体 名 |
訓練のタイプ |
備 考 |
1.軽症精神薄弱児協会 | 単純組み立て作業 | 保護職場タイプ、無認可 |
2.シンガポール盲人協会 | 木工、とう細工 | 無認可 |
3.シンガポール聾者協会 | 溶接、縫製、家具製造 | VITB認可 |
4.シンガポール知的障害者運動 (旧・シンガポール精神薄弱児協会) |
単純組み立て作業 | 保護職場タイプ、無認可 |
5.運動まひ者援護協会 | 〃 オフセット印刷 | 〃 |
6.シンガポール脳性麻痺児協会 | 単純組み立て作業 | 〃 |
備考にも示したようにこれらの多くは実質上「保護職場」的機能を果たしており、シンガポール聾者協会の職業訓練学校のみが「職業・産業訓練委員会(VITB)」の正式認可を受けたコースとなっている。
尚、この聾者協会以外の5団体はこれらとは別に全くの「保護職場」を併わせて経営している。
障害者の職業評価の面では、上述した「職業評価・就職あっ旋センター」の発展が期待されている。このセンターは現在ハンディキャップ者福祉協会に移管されているが、シンガポール社会サービス協議会と地域開発省の全面的バックアップを受けており、職員(作業療法士、心理判定士、ソーシャルワーカー各1人)の給与も政府から支給されている。
シンガポールでは障害者の雇用に関しては、日本や西欧流の割当て雇用制度は採用されていない(政策として否定されている)。しかし、一般の失業率が極めて低いことを反映して、障害者の雇用率は他のアジア諸国に比べれば、比較的高い。
1984年末の「登録障害者」8,290人(14歳以上、精神障害者は含まれていない)を対象とした調査によると、「中央倹約基金」に登録されている障害者=被用者の比率は48.0%に達している。
但し、上述したように1985年の不況の影響で障害者の雇用は困難になっており、「職業評価・就職あっ旋センター」で最近職業評価を受けた障害者のうち実際に就職できたのは1/3にとどまっているとのことである。
先に2―1)で述べたように、シンガポールの65歳以上人口比率は1984年で5.1%と日本を除くアジア諸国の中では非常に高く、しかもこの比率は21世紀前半にかけて急増すると予測されている。そのために、1982年7月に保健省に老人問題委員会が設置され、1984年2月には正式報告が提出されている。この報告書では企業の慣行退職年齢と「中央倹約基金」引き出し年齢55歳の65歳への段階的引き上げの実施と並んで、医療においてはボランティア看護婦を利用しての訪問看護の充実、社会サービス面では老人福祉施設への収容制限と地域組織・ボランティア団体の活動の強化が提唱されている。
尚、同報告書によると1982年6月末現在老人福祉施設は49ヵ所で3,117人が収容されており、65歳以上老人の収容比率は2.6%で日本の1.4%より高いとのことである。
最近の老人リハビリテーションの新しい試みとして注目すべきものに「老人用デイ・ケア・センター」がある。これは1979年にシンガポール社会サービス協議会がパイロット・スタディとして開始し、1984年に民間団体(Apex Club of Singapore)に移管されたものである。公共アパートの1階共用部分の3戸分のスペースに設置された小規模なものであるが、それだけに地域社会に密着し、送迎車をも有して病院退院後の障害老人(多くは脳卒中患者)約50人に対して理学療法・作業療法等を実施している。しかも特記すべきことは4人の常勤者(事務長、運転手、雑用係2人)以外に、多数の専門職のボランティア(医師、看護婦、理学療法士、作業療法士)が参加していることである。例えば、理学療法士と作業療法士は政府立病院勤務者が昼休みの1時間を使ってボランティアとして患者の訓練を担当しているのである。
以上、シンガポールのリハビリテーションの概略と最近の動向を紹介してきた。
他のアジア諸国が農村主体でありしかも低い経済水準にとどまっているのと対照的に、都市国家であり高い経済水準に達したシンガポールのリハビリテーションは明らかに日本や欧米諸国の“先進国型モデル”を目標としている。それだけに、今後日本とシンガポールとの交流を強めることが期待されているといえよう。
文献 略
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年5月(第52号)24頁~31頁