インドの国土面積は328万7,782平方kmで日本の約9倍、人口は6億8,400万人(1981年国勢調査)6億8,500万人(1983年)で、中国に次いで世界第2位である。
インドの国語(連邦公用語)はヒンディ一語であるが、そのほか憲法で公認されている州の言語が14あり、更に方言は800を越す。また、1981年国勢調査によるとインドの識字率は、全国平均で36.17%(男46.74%、女24.88%)にとどまっている。
インドは連邦共和国であり、それぞれ立法・行政機構を備える22州と9直轄地から構成されている。中央政府と州政府の各権限事項および中央・州政府共管事項についてはインド憲法に規定されている。例えば、公衆衛生・医療は州政府の権限、人口抑制・家族計画、医薬品、医療専門職、人口統計、社会保障に関しては中央・州政府の共管事項となっている。
インドは基本的には農業国であり、人口の76%は農村部に居住している(1983年)。しかし、近年、カルカッタ、ボンベイ、デリー、マドラスなどの大都市へ農村人口が雇用機会を求めて流入する傾向が強まっており、これらの大都市には大規模なスラムが形成されている。
インドは南アジアの地域大国であり、1947年の独立以来非同盟政策を採り、第三世界で指導的地位を確立している。後述するようにリハビリテーションの分野でも、インドは第三世界・発展途上国のスポークスマン的役割を果たしている。
しかし、経済的にはインドはまだ「低所得国」であり、1人当りのGNPは260米ドル(1983年)にすぎない。政府の“控え目な”推計によっても、全人口の50%が「貧困線」以下の生活をしている(1979~80年)。そのために、開発のための資金・機材の多くを外国からの援助に依存している。後述するように、リハビリテーションの分野でも、この傾向は同じであり、公的・私的組織のほとんどが「国際協力」という名の援助を受けている。
1)人口動態
インドの1983年の出生率(人口千対)は34、死亡率は13であり、自然増加率は21と極めて高水準である。インドでは、中央政府が強力な「家族計画」=産児制限政策を実施しており、他国の“保健省”に相当する省が「保健・家族福祉省」と命名されているほどである。その結果、出生率は徐々に減少しているが、死亡率も減少しているため、人口増加率はほとんど低下していない(1971~81年の年平均増加率は22.5)。そのため、人口増加が社会経済開発の成果をほとんど帳消しにしてしまっているという指摘もなされている。保健衛生水準はまだ低く、1983年の乳児死亡率(出生千対)は93、平均寿命は男56歳、女54歳にとどまっている。
2)1981年身体障害者実態調査
インドでは1981年の国際障害者年に障害者実態調査が実施された。これは、インド全州と5直轄地の5,409農村と3,652都市区画を対象とした大規模なものである。これは発展途上国の障害構造の特徴を明らかにする貴重な資料であり、以下、やや詳しく紹介する。
表1は今回の調査で用いられた障害の種類と定義を示したものである。
1) 視覚障害
両眼視でも光覚なし、または光覚があっても3メートル離れた指数を日光のもとで弁別できない(眼鏡は使用して可)。 2) 聴覚障害 片方の耳の聴覚を喪失していてももう一方の耳の聴覚が正常なら聴覚障害ありとは見なさない。聴覚は補聴器を使用しないで判定する。 a)聴覚喪失(雷などの大きな音も聞こえず、身振りだけしか理解しない) b)重篤な聴覚障害(雷などの大きな音のみ聞こえ、身振りしか理解できない) c)重度の聴覚障害(叫び声のみ聞こえる。または話し手が正面にいるときのみ聞こえる) d)中等度の聴覚障害(いつも話を繰り返してもらう、話し手の顔をみる、電話で話をするのが難しい、ささやき声が聞こえない) 3) 言語障害 完全な発語不能に加えて、 a)わけの分からない話をする b)吃る c)異常な声で話す d)その他の発語障害(鼻声・構語障害) 4) 運動障害(移動障害) 自分自身または物体をある場所から他の場所ヘ移動させるのに必要な特定の行動を遂行出来ない。 a)四肢・体幹の麻痺 b)四肢の変形 c)切断 d)関節の機能障害 e)四肢以外の変形(脊椎・頚部の変形) 脊柱後わん症・小人症も含む |
この調査では、大別して、4種類の障害(視覚障害、聴覚障害、言語障害、運動障害)が対象とされ、表に示したように、第一線のデータ収集者にも分かりやすいような各障害の定義と区分が工夫されている。しかし、精神障害は今回の調査対象からは除外されている。
表2は障害の種類・都市農村・男女別身体障害者総数である。
障害種類 | 合 計 | 農村部 | 都市部 | 男 | 女 |
運動障害 |
5,427 |
4,342 (80.00) |
1,085 (19.99) |
3,493 (64.36) |
1,934 (35.64) |
視覚障害 |
3,474 |
2,908 (83.71) |
566 (16.29) |
1,442 (41.51) |
2,032 (58.49) |
聴覚障害 |
3,019 |
2,477 (92.05) |
542 (17.95) |
1,654 (54.79) |
1,365 (45.21) |
言語障害 |
1,754 |
1,366 (77.88) |
388 (22.12) |
1,125 (64.14) |
629 (35.86) |
合 計 |
11,939 |
9,672 (81.01) |
2,267 (18.99) |
6,796 (56.92) |
5,143 (43.08) |
*重複障害者が約10%存在するため、4種類の障害者数の単純加算は下段の「合計」とは一致しない。
インド全体での身体障害者総数は1,193万9,000人、総人口6億8,000万人の約1.8%である。なお、障害者の約10%は重複障害である。
障害の種類別にみると、運動障害(移動障害、locomotor disability)がもっとも多く、542万7,000人(45.5%)であり、以下、視覚障害29.1%、聴覚障害25.3%、言語障害14.7%の順となっている。
居住地別にみると、障害者の大半(81%)が農村部に居住しており、性別にみると、57%が男性である。
表3は都市農村・年齢階層別の障害者出現率(人口10万当たり)である。
年齢階層 | 0―4 | 5―14 | 15―39 | 40―59 | 60― | 全年齢 | |
視覚障害 | 農村部 | 39 | 66 | 117 | 585 | 5,863 | 553 |
都市部 | 26 | 87 | 117 | 385 | 4,156 | 356 | |
聴覚障害 | 農村部 | 314 | 518 | 614 | 2,628 | 553 | |
都市部 | 244 | 208 | 434 | 2,366 | 390 | ||
言語障害 | 農村部 |
411 |
274 | 220 | 285 |
304 |
|
都市部 | 429 | 236 | 166 | 282 | 279 | ||
運動障害 | 農村部 | 435 | 676 | 641 | 1,110 | 2,617 | 828 |
都市部 | 540 |
718 |
482 | 730 | 2,246 |
679 |
*0―4歳の聴覚・言語障害児についての情報は不完全で信頼できないため調査されていない。
これにより、障害者総数だけでなく障害者の出現率も農村部のほうが高いことが分かる。4種類の障害とも農村部での出現率が高く、特に視覚障害では農村部の出現率は553と都市部の356の1.553倍に達している。
また、年齢階層別にみると、インドでも60歳以上の老人層で障害の出現率が著しく高いことが分かる。
表4は障害の種類別運動障害出現率である。
麻 痺 | 四肢変形 | 切 断 | 関節機能障害 | |
農村部 | 195 | 350 | 65 | 169 |
都市部 | 183 | 276 | 53 | 126 |
都市・農村部とも、4種類の運動障害(四肢・体幹の麻痺、四肢の変形、切断、関節の機能障害)のうちでは、四肢の変形がもっとも多く、ついで、四肢・体幹の麻痺が多い。また、やはりいずれの障害も農村部で出現率が高い。
尚、運動障害の原因をみると、農村部では四肢・体幹麻痺の55%が脳性麻痺、ポリオ、脳卒中によるものであり、都市部では同じく66%である。更に、農村部では、四肢・体幹麻痺と四肢変形の30%弱がポリオによるものであり、都市部では、この比率は実に40%弱に達している。しかも、ポリオの発生率は最近も減少しておらず、運動障害の最大原因がポリオである状況が続いている。
表には示さなかったが、インドの障害者の多くは適切な治療を全く受けておらず、しかもその原因の中心は貧困(治療費を払えない)である。治療経験のない障害者の比率がもっとも高い障害は言語障害であり、農村部では65%、都市部でも49%に達している。運動障害ではこの比率は低いが、それでも農村部の運動障害者の30%、都市部の運動障害者の15%が全く治療を受けたことがない。
しかもこれらの障害者のうち、農村部の40―50%、都市部でも30%は費用を払えないために、治療を受けられないでいるのである。
1)医療制度全般
インドでは医療保障制度は未発達であり、中央政府医療制度や被用者州保険制度などが国民のごく一部をカバーしているにすぎない。
中央政府医療制度(CCHC)は1954年に発足し、当初は首都デリー市の中央政府職員のみをカバーしていたにすぎなかったが、その後徐々に適用を拡大し、現在ではボンベイなどの大都市の中央政府職員や退職者、遺族、防衛産業従事者も加入している。ただし、1983―84年の適用者は69.6万にとどまっている。
被用者州保険制度(ESI)は1952年に開始され、産業労働者を対象とし、労使双方からの保険料を財源とし、州政府が管掌している。現在の加入者は約720万人である。
両制度とも、医療給付のなかに義肢装具、リハビリテーションを合んでいる。また、西洋医学だけでなくインドの伝統医学も給付の対象とされている。
インドでは病院はほとんど都市部にのみ存在する。1981年には総合病院は6,805病院、47万6,226床、地方病院は1,821病院、6万4,542床存在する。病院総数は8,626、病床総数は54万0,768床であり、人口10万人当りの病床数は79.1床にすぎない。
それに対して、農村部には1980年初頭に5,524ヶ所のプライマリ・ヘルス・センターと50,000ヶ所のサブ・センターが設置されている(目標値は人口5万人に1ヶ所のプライマリ・ヘルス・センター、同5千人に1ヶ所のサブ・センター)。この農村部ヘルス・センターで働くインド独自の職種として多目的ヘルス・ワーカーがある。この職種は1974年から養成が開始され、すでに14万2,323人に達している(1984年3月末)。また、これらのセンターは80年代に入ってすすめられている農村型のリハビリテーション(後述)の拠点ともなっている。
インドでは西洋医学だけでなく伝統医学の医師養成も独立した大学で行われている。伝統医学のうち代表的なものは4000年の歴史を持ち世界最古の医学と言われるアユールベーダ(Ayur veda)である。また国民の80%は伝統医学により治療されているともいわれている。
西洋医学の医科大学は106校あり、医師養成期間は4年半の医学教育+1年間のインターンである。1977年以来医学教育は農村部居住者のニードに答えられるように改革されている。インドの専門医の養成制度はイギリス流であり、複雑な階層的構造となっている。
1981年の医師総数は26万8,712人であり、人口10万人当たり39.3人にとどまっている。
2)リハビリテーション施設とリハビリテーション専門職
リハビリテーション施設も従来はほとんど都市部にのみ設置されてきた。
表5はインドのリハビリテーション関連のナショナル・センター8ヶ所(何れも国立)を示したものである。
1 国立整形外科的障害者リハビリテーション研究所(Bon-Hooghly、カルカッタ州) 2 全インド物理医学・リハビリテーション研究所(ボンベイ市) 3 国立義肢装具訓練研究所(Bhubneshwar、Orissa州) 4 国立言語・聴覚研究所(Bangalore) 5 義肢製作公社(Kanpur) 6 国立盲人リハビリテーション・センター(Dehra Dun) 7 国立聾唖研究所(Hyderabad) 8 精神発達遅滞リハビリテーション・センター(デリー市) |
これらのうちでは、特にボンベイ市の全インド物理医学・リハビリテーション研究所が有名である。この研究所は1955年に国連の援助を受けて、南西アジアで最初のリハビリテーション分野の研究所として開設されたものである。現在45床の病棟と以下の10部門を有している:医局、理学療法、作業療法、義肢装具、医療ソーシャル・ワーク、職業指導・訓練、言語療法、リハビリテーション看護、研究、管理。この研究所は診療サービス・教育・研究の三つを目的としている。診療サービス面では一般病院では治療困難な難治・例外的な障害の治療・リハビリテーションを行っている。患者の40―45%はポリオであり、しかもその大半が児童である。教育面ではリハビリテーション関連のあらゆる職種の卒前卒後教育・研修コース(1―2年の長期コースと4―6週間の短期コース)を実施している。
表5に示したナショナル・センター以外にもニューデリー市に4ヶ所の高機能のリハビリテーション・センターがある。
それらのうちもっとも大きいものは国立デリー大学の教育病院であるSafdarjang病院リハビリテーション科である。このセンターは医師15人(うち8人は研修医)、理学療法士19人、作業療法士17人、心理療法士1人、メディカル・ソーシャル・ワーカー1人、職業カウンセラー1人、義肢装具士等を擁するインド北部で最大のリハビリテーション・センターである。現在は入院ベットは15床だが、2―3年以内に150床に増床予定とのことである。また患者の4割は整形外科的障害、6割は内科・神経内科的障害である。
このほかインド全体で、整形外科的障害者のためのリハビリテーション・センターが小規模のものを含めて、約200ケ所ある。
又、義肢装具製作センターは29ヶ所存在し、Puneの義肢センターと全インド物理医学・リハビリテーション研究所の二つが指導的役割を果たしている。
物理医学・リハビリテーション科はインド医学協会によって認定された専門科目の一つであり、3大学(デリー大学、Trivandrum大学、マドラス大学)と1研究所(全インド物理医学・リハビリテーション研究所)で専門医の養成が行われている。インドの専門医制はdiploma-degree-MNAMSの3段階の階層制となっている。リハビリテーション専門医の団体として、インド物理医学リハビリテーション協会があり、毎年学術集会を開催し報告書を刊行しているが、学会誌は持っていない。
なお、インドでは1981年にリハビリテーション医が中心になって「障害評価・普及全国セミナー」が開催され、労働災害法、被用者州保険法等における障害評価を統一するための「医師用永続身体障害者評価マニュアル」が作製されている。
理学療法士の教育年限は3年半であり、養成校は9校である。そのほか、作業療法士の養成校は5校、言語治療士の養成校は2校、義肢装具作製士の養成校は3校である。理学療法士・作業療法士の養成コースはそれぞれ世界理学療法士(作業療法士)連盟の認定を受けており、学位(degree)取得のためのコースもある。また、ソーシャル・ワーカーの教育は大学でおこなわれている。しかもその後2年間の卒後研修・訓練を受け、各大学が実施する筆記試験に合格すれば、ソーシャル・ワーク修士号を受けられる。この点に関するかぎり、日本より進んでいるといえなくもない。実際に各種のリハビリテーション施設・組織を訪問しても、このような高いレベルの教育を受けたソーシャル・ワーカーが多数活躍していた。
1)発展途上国型=農村型リハビリテーション・モデルの探究
インドのリハビリテーションの最近の動きとして注目すべきものに、先進工業国型=都市型リハビリテーションの直輸入・コピーを脱した発展途上国型=農村型リハビリテーション・モデルの探究があげられる。
この面での理論的指導者はインド・リハビリテーション協会会長のゴカール氏(S.D.Gokhale)である。彼はインドのみならず発展途上国全体のリハビリテーションのスポークスマン的人物でもある。以下、彼の新著「リハビリテーション政策と計画」により、発展途上国型リハビリテーションの背景と概要を示す。
まず、発展途上国の障害構造自体が先進工業国のそれとは全く異なっている。国民の50%が貧困線以下の生活をしているインドなどの発展途上国では障害と貧困とが密接に結び付いている。しかも、障害の多くは医療そのものよりも適切な食物・水の供給により予防可能なのである。身体障害の大半もポリオ、ライ後遺症などの予防可能な整形外科的障害である。更に、場所的には障害者の大半が農村部や都市部のスラムに居住している。
従来、インドを含めた発展途上国では西欧工業諸国の援助を受けて、都市部に大規模リハビリテーション施設が建設されてきたが、このような方法では発展途上国の障害問題の解決はできない。
そうではなく発展途上国のリハビリテーションはなによりも農村部に焦点を当てなければならない。
又、社会資源が極めて限られている状況のもとではリハビリテーションは老人ではなく青少年に集中すべきであり、医学的リハビリテーションよりも職業的リハビリテーションを重視しなければならない。
更に、障害が発生した後のリハビリテーションよりは障害そのものの予防に力が注がれねばならない。そのためには、リハビリテーションと障害予防サービスとが地域でのプライマリ・ヘルス・ケアのなかに統合されねばならない。この場合、リハビリテーションは個々人に対する援助から地域サービスへと変容されねばならない。
リハビリテーションの技術も西欧流の洗練された高価なものではなく、単純だが即席の効果があり、しかも安価な「適正技術」が探究されねばならない。
また、リハビリテーションの実施に当たっては、専門職に全てを委ねるのではなく、草の根の人材と家族の活用をはかる必要がある。
なお、このような農村型リハビリテーションはアジア地域でのライ予防・リハビリテーション活動の成功にもとづいて提起されている。
2)マルチ・リハビリテーション・ワーカーの養成
このような発展途上国型=農村型リハビリテーションの担い手として、新たに登場したのがマルチ・リハビリテーション・ワーカーである。
インドでは1981年11月に、「インドでの農村リハビリテーション人材養成全国セミナー」が開催され、表6に示したようなマルチ・リハビリテーション・ワーカーの養成が勧告された。
1 定 義
リハビリテーション・ワーカーとは障害の予防・早期発見、地域教育、及び障害者のための地域基盤の基本的リハビリテーション治療と紹介サービスの提供、のために必要な専門的知識・技術・心構えを持っている者である。 2 養成校への入学資格:なるべくは大学入学資格を有する者。特別の条件のもとでは柔軟に対処してもよい。 3 年齢:18―30歳。 4 義務と責任 1)障害者を把握する 2)訓練を必要とする障害者を見いだす 3)障害を評価し、個々の障害者に必要な適切な援助方法を選択する 4)障害者によってなされた改善と地域の障害予防・リハビリテーションサービスの効果を評価し、適切な記録を作成する 5)地域社会の障害者に対する健全な態度と行動を醸成する 6)教師が学校で障害児を一般児童の中に統合するよう指導し、動機づける 7)障害者のリハビリテーション:ADL訓練、移動訓練、社会・心理・行動的カウンセリング、及びそれぞれの地域で就業可能な職業のカウンセリングと訓練 8)建築上の障害を除去する方法を示唆する(各種の器具装置の使用) 9)レクリエーション活動・スポーツ 10)単純なリハビリテーション補助具の使用 11)障害・事故・伝染性疾患の予防処置の改善のために地域住民を教育・訓練する 12)リハビリテーション・センターから紹介された障害者を地域レベルでフォローアップする 13)重大な問題を抱えている障害者を近くのリハビリテーション・センターに紹介する 5 教育期間:12ケ月(半年間は講義、半年間はフィールド実習) 6 統合:地域リハビリテーション計画は既存の保健医療計画の一部に統合される。既存の地域保健医療ボランティア/プライマリ・ヘルス・ワーカーは以下のような再教育を受ける 1)障害原因の評価 2)早期発見の方法 3)疾病・障害の影響を食い止める方法 4)リハビリテーション・サービスの役割 5)既存の施設についての情報 以上の項目に加えて、リハビリテーション・ワーカーとなる者は以下の項目についても訓練を受ける 1)運動障害 2)聴覚障害 3)言語障害 4)視覚障害 5)てんかん・重複障害 6)らい 7)精神発達遅滞 7 昇進の道 勤続5―7年後にはリハビリテーション・ワーカーはリハビリテーション・スーパーバイザーに昇進する 5―7年後にはリハビリテーション・セラピストに昇進する。この場合には、試験と特別教育が必要 8 給与:既存のヘルス・ワーカーと同額 現行の第6次五ヵ年計画(1980年4月~1985年3月)のもとで、人口2万人に1人のリハビリテーション・ワーカーを配置する。 第7次計画のもとで、人口1千人に1人のリハビリテーション・ワーカーを配置する。 西暦2000年までに、各サブ・センターに1人のリハビリテーション・ワーカーを配置する。 |
このマルチ・リハビリテーション・ワーカーは、農村部で障害の予防・早期発見・治療・リハビリテーション、更にはそのための地域住民に対する教育を実施するために必要な幅広い知識と技術を持った全く新しい、いわば“横割の”専門職である。また、このマルチ・リハビリテーション・ワーカーの活動は、既存の農村部保健医療供給システムの中に統合することが強調されている。
この勧告をうけて、現在、上述したSafdarjang病院リハビリテーション・センター、全インド物理医学・リハビリテーション研究所、国立義肢装具訓練研究所の3ヵ所でマルチ・リハビリテーション・ワーカーの養成が開始されている。また、これらの施設は一定地域を設定して、農村部リハビリテーションのパイロット・スタディも実施している。
例えば、Safdarjang病院リハビリテーション・センターの農村部リハビリテーション・プログラムは以下の7点を目的としている。
(1) プロジェクト地域のすべての種類の障害者の発見
(2) 病院の包括的リハビリテーション・サービスをそのような障害者にまで拡張して提供
(3) 農村部の障害者に特有な問題の理解の促進
(4) 農村部で障害の発生予防をするための有効な手段の決定
(5) 農村部の住民に障害の予防とリハビリテーションを教育
(6) 農村部リハビリテーション・プログラムに地域社会を動員
(7) マルチ・リハビリテーション・ワーカーの養成
最後に、著者が直接訪問したボンベイ市及びその近郊のリハビリテーション関連の主要民間団体の概要を紹介する。
インドでは民間団体・ボランティア団体によるリハビリテーション・障害者援助活動が盛んであり、これが公的サービスの立ち遅れを少なからず補っている。
なお、ボンベイ市は人口900万人のインド第二の大都市であるが、人口の実に半分が世界最大といわれるスラム街に居住している。
1)身体障害者友愛会(FPH)
この団体はボンベイ市に整形外科的障害者のための職業訓練センター・ワークショップを経営している。このセンターは約30年前に南西アジアで最初に設立された職業リハビリテーション・センターである。現在18―45歳の青壮年障害者200人が通所制で以下の9種類の職業訓練を受けている:機械工場、手織織機、洋裁、大工、印刷・製本、一般組み立て、義肢装具製作、スクリーン印刷、手芸。
ただし、日本的基準でみるとこれらの職業訓練の水準は極めて低く、前世紀的とさえ思われた。このセンターに限らず、一般にインドのリハビリテーションは(医学的リハビリテーションも職業的リハビリテーションも)技術面に関するかぎり“初歩的”とさえ言える。しかし、それと対照的に、それら施設の指導者・職員の誇りは著しく高い。この原因はいろいろ考えられるが、その一つとして、インドが他の発展途上国と異なり、義肢装具・車椅子などをすべて自国で生産できていることがあげられる。
2)地域援助・後援プログラム(CASP)
この団体は1975年に設立され、ボンベイ市を中心にして活動している全国的民間団体であり、3―16歳のスラム居住の貧困家庭の障害児に対して、教育や医療・リハビリテーション(義肢装具)の援助を行っている(現物支給)。
援助の対象は、身体障害児・ライ罹患児・精神発達遅滞児が中心だが、「社会的障害児」(貧困家庭の児童、法の保護を受けない仕事についている児童―小ホテルで働く児童・靴磨き・新聞売りなど)をも含んでいる。1985年3月末現在の被援助児童3,415人のうち、身体障害児22.8%、ライ罹患児11.2%、精神発達遅滞児1.3%に対して、このような「社会的障害児」は62.8%に達している。
この団体は1人の障害児への年間平均援助額600ルピー(1ルピーは約20円)を一口とした基金を募ることにより資金を調達している。しかもその基金提供者をみると、スウェーデン、ノルウェイ、ベルギー、フランス、スイス、デンマーク、オランダなどの西欧諸国の民間団体が大きな比重を占めている。たとえば、1982―83年度の被援助児童3,073人のスポンサーの47.7%はこれら外国の民間団体・個人であり、中央・州政府の援助は37.7%、インド国内の民間団体・個人からの援助は14.5%にすぎない。
この団体だけでなく、インドの民間団体の多くは資金面で国際的援助に依存している。
3)全国障害者のための機会平等協会(NASEOH)
この協会は全国に5支部を持ち、ボンベイ市郊外に大規模なワークショップを経営している。このワークショップは農村部の障害者に職業訓練の機会を提供することを目的として1983年に設立され、現在210人がエンジニア、木工、組み立て、車椅子・三輪自転車製作など8種類の職業訓練を受けている。
このワークショップの特徴は視覚障害者、聴覚障害者、整形外科的障害者、ライ回復者、精神薄弱者が障害の区別なしに「統合」されて訓練を受けていることである。しかもこのような「統合」は費用の節減にもつながっているとのことであった。
このワークショップも国際的援助を受けて建設されており、8種類の訓練部門のそれぞれの入口には寄贈団体名と国名を記したプレートが張られていた。
また、ここでの職業訓練も全て通所でおこなわれている。一般にインドのワークショップは通所制であり、これは主として、資金難のためと思われる。
この協会はインドの職業リハビリテーションで指導的団体のようで、1985年2月には「第2回全インド障害者事業会議(テーマ:農村部及び都市部の障害者リハビリテーションの動向)」を主催し、しかもインドの団体には珍しく、わずか半年後に立派な報告書を刊行している。
4)障害者友愛会(Apang Maitree)
この団体は1977年に障害者自身によって設立され、DPI(障害者インターナショナル)にも加盟している。現在の加入者は約1,200人であり、その大半が整形外科的障害者である。この団体も国内外の援助を受けて、障害者に対する職業斡旋、三輪自転車・車椅子・杖などの寄贈、自営業開始のための銀行ローンの斡旋、職業的リハビリテーションのガイダンス、スポーツ・レクリエーション活動などを活発に行っている。
インドではこのような障害者自身の団体の全国組織として、「全国整形外科的障害者連合」(本部ニューデリー市)がある。
なお、この障害者友愛会の会長Bhave氏(全インド物理医学・リハビリテーション研究所勤務のソーシャル・ワーカーでもある)によると、インドでは歩行不能の障害者の移動手段としては車椅子よりも片手駆動が可能な「三輪自転車(tri-cycle)のほうが普通に使われているとのことであった。価格面でも、車椅子が12,000ルピー(約24,000円)に対して、三輪自転車は9,000ルピー(約18,000円)と多少安価である。
インドは経済的には極めて貧しく、そのためにリハビリテーションの技術・普及水準も日本や欧米諸国の基準でみると、まだ極めて遅れている。しかし、インドのような発展途上国に先進工業国のリハビリテーション・モデルをそのままの形で導入する事はできない。それだけに、1980年代に入って始められている農村部リハビリテーションの新しい試みは注目に値しよう。
文献 略
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1986年5月(第52号)40頁~48頁