特集/リハビリテーションにおける技術 市場主導型リハビリテーション・プログラムの時代

特集/リハビリテーションにおける技術

市場主導型リハビリテーション・プログラムの時代

─事例研究─

Becoming a Market-Driven Rehabilitation Program:A Case Study

PAUL S. BOYNTON *
PATRICIA A. FAIR **
末広聡子 ***

 マーケティング

 この用語は人々の中に様々なイメージを喚起する。ある者はそれをPR要員の準備する資料とみなすし、また、ある者は大々的な雑誌のそつない広告、あるいはテレビで最新の製品を華々しく宣伝する様子を思い出すであろう。ビジネス界の者にとって、マーケティングという考え方は、大学や大学院のカリキュラムの中でしょっ中出会うものであり、彼らの専門的役割においてごく当り前の概念となってゆくのであるが、しかし一方、リハビリテーション分野の者にとっては決してそうとはいえない。リハビリテーション専門職者はそれを「ばかげた宣伝」であり、「専門家」のすることではないとみなしているからである。

 一般的には、リハビリテーション・サービスの必要な個人は自分でそれを捜し出すはずだといわれている。この考え方も過去においては正しかったかもしれないが、しかし、この予算不足の時代においては当を得ないのである。徐々に少なくなっていくサービスの受け手をめぐるサービス供給側の競争は日を追うごとに厳しくなり、同時に予算もますます苦しくなってゆく。自らのサービスの受け手、その財源、何が今あってまたさらに何が新たに求められているかについて明確に割り出すことのできた団体こそが、この変動する時代、何が起こっても不思議ではない時代に生き残ることができるともいえよう。

 マーケティングの定義づけ

 リハビリテーション・施設資格認定委員会が定義づけて言うには、マーケティングとは「勝算のある意志決定をし、その上でリハビリテーション・サービスの企画を進めようとする際、サービスの消費側を体系的にその試金石として位置づけてゆく経営理念」である。委員会はさらに続けて「マーケティングでは、消費側のニーズ充足をまずもってめざす。つまり、サービスを企画してから利用するのは誰かと捜すのではなく、逆に、市場をみつめ深くさぐって後にそこでニーズに合致し、真に必要とされるサービスを作り出す」と述べている。

 リハビリテーションの供給側は伝統的に生産者主導型であった。これは、とりもなおさず、その道のベテランを使って市場のニーズや希望はそっちのけにプログラムやサービスを作り出してきたということである。そうしたエキスパート達の手によるサービスは、応々にして真のニーズや要求、好みには対応しないものである。(リハビリテーション施設資格認定委員会1984)現代の競争社会でうまくいっているのは、市場主導型の、つまりサービスやプログラムが消費者のニーズにマッチしているような組織である。このレポートは、事例を通じて1つのリハビリテーション・プログラムが消費者のニーズをとらえ、それに適合するように内容を変更していった過程を紹介する。

 プログラムの概要

 ジョリカー学校は、ニューハンプシャー州、バーモントのイースターシール協会及びグッドウィル・インダストリーが連携した1つのプログラムである。1965年にニューハンプシャー州の特殊教育部門から予算を得て設立されたこの学校は、15人の重複障害児を入れてスタートし、1984年には寄宿舎部門も加えられた。

 この学校は6~12歳までの者で、特殊教育を必要とする小学、中学、高校生、1~12年生までの生徒を対象にしている。州政府から正式に資格認定を受けており、対象者は情緒障害、身体障害、重複障害、学習障害、聴覚障害、精神簿弱、その他の内部障害の生徒達である。特殊教育プログラムに加えてこの学校は入寮者の生活指導、職業サービス、そして様々な援助サービス、例えば心理テストと処遇、OT、PT、聴言療法、小児科および小児神経科の相談を行ってきた。

 公法94-142と州法RSA186-Cが可決され、障害児へのサービスが義務づけられたのにともなって、サービスのあり方が変化し始めた。各学区は、より重度の生徒ならジョリカー学校のような所へ送るという選択肢を残しつつも、自分の学区内の障害児はその中で教育するようになってきたのである。よって最盛期には200人以上の生徒をかかえていたが、上記のように各学区がその学区内に特殊教育プログラムを持ち、より多くの障害児童生徒をかかえるようになったため、この数字は確実に減り始めた。ジョリカー学校は市場の変化がいかにプログラムへの参加人員に影響を与えるかということの好例といえよう。

 連邦および州政府における法制面の変化およびニューハンプシャー内での財政変化にかんがみて、ジョリカーの職員当局は将来の計画をどのようにしていくかについて考え始めた。つまり、彼らがそれまで扱ってきたようなタイプの減少を目のあたりにしたからである。加えて、彼らのプログラムにはそれまでなかった2つのタイプの生徒達が入ってくるようになった。その2つとは、粗暴行為に走るような情緒問題を持った子供、および虚弱でかつ重複の問題をかかえた子供達である。こうしたタイプの生徒達は今までのプログラムにはあまりなじまないし、また、それぞれが必ずしも同じレベルのニーズを持っているとはいえないのである。ジョリカー学校にとってどこに焦点をあててプログラムを組むか、そして対象者は誰かについて検討し、将来の方向性を定める正念場にきたことは明白といえた。

 過程

 学校当局はジョリカー学校にとって市場研究が必須と考え、その方法についてさぐるための顧問を雇い、関係の人々にインタビューすることにした。採用されたのは次の2つの行程である。a)イースターシールのPaul Boyntonの開発した方法による綿密な市場調査、b)顧問Patricia Fairの考案した方法によるリハビリテーションの紹介機関、クライエントをかかえる組織、将来的にそうなるであろう機関へのインタビュー。

 市場調査

 ここで採用された市場調査とは、リハビリテーション・プログラムにとって必要な成果や、サービスを見定める際の情報集めに必要とされる系統的な方法である。これでまた、同時にサービスを供給する際に影響を与える事柄についても知ることができる。この市場調査では次に掲げる分野について個々の情報を集めた。そのプログラムの使命(方針)、消費側のニーズ、費用、そこに紹介されてくる過程、サービスが手に入りやすかったか否か、サービスが供与される環境(地理的特徴、経済的特徴、サービス供与に影響を与える法制面の問題)、サービス対象となる市場、競争相手は誰か、そしてどんなサービスをしているのか。市場調査はプログラムの職員および顧問の協力で行なわれた。

 市場インタビュー

 4週間以上に渡って、地方学区の代表、裁判官、保護観察官そして政策決定者といった、事の鍵を握る人々へのインタビューが行われた。インタビューには顧問の手による同一の質問様式を採用した。このインタビューでは現存のプログラムへの満足度、変更が必要な部分、そして現存のプログラムではジョリカー学校でも地域の学校でもカバーしきれない生徒のタイプについて知ることが目的であった。インタビューには人によって30~60分を費した。

 結果

 調査によって得た第1の結果によると、州内における特殊教育の有効性はそれまでとは異ってとらえられつつあることがわかった。そして、これが地域の学区より委託される生徒が徐々に減っていった理由である。約8年前には、このプログラムに州内各所の学区から、非常に多くの生徒が委託されていた。しかし、それぞれの学区が地区単位でプログラムのレベルアップを図ったため、ジョリカー学校へ送りこむ生徒の数は減る一方となったのである。それでもなおジョリカーヘ送られてくる生徒は、それまでと比べ、より重度の障害児だった。つまり、地域の学区は特別のニーズを持つ生徒向けのプログラムをより向上させ、それまでは学区外の特殊学校に送っても重度なため断わられるか、またはうけ入れても失敗に終っていたような生徒達をも受け入れるよう努力したということである。こうして、現在各々の学区内で受け入れられているそのような生徒達こそが従来ジョリカー学校へきていたはずの子供達なのである。

 インタビューより得た第2の結果は、ほぼ3年前より地域の学区は情緒障害のある生徒または他の障害と重複して情緒障害をもつ生徒をより多くジョリカーに送り始めたということである。これらの生徒の中には、粗暴行為が激しく地域の学校では適切なプログラムがないため受け入れられない者がたくさんいた。こうした生徒達は、情緒障害を持たない他の生徒達と一緒にジョリカーに入れられることになる。その結果、ジョリカーを紹介する機関もプログラムの妥当性に首をかしげ、他のタイプの子供達には有効だったプログラムだが、新しいタイプの増加でそれも危くなっていると思わざるを得なくなったのである。これはそうした職員達の『本音』を確かめるものとしてとても貴重な情報であったといえる。この、生徒達の質の変化という問題はプログラムを考える上で主要な起動力となり、とりわけ適正な職員配置と特殊技能の研修という面に影響を与えた。

 インタビューで得たその他の意見は、主に2つのカテゴリーに分かれる。1つはプログラム運用面の、もう1つは行政面の問題である。プログラム運用面の問題では、次のような事柄にもっと注意を払う必要があるとされた。異った生徒達のタイプそれぞれを反映するよう、プログラム内容の変更を行い、その中で選別の基準を見直す。そして職員研修を行い、新しいタイプの子供達やそのかかえる問題、新たな技法について学ぶ。情緒障害の子供に適した職業訓練、問題行動を扱う指導法、また、適切なレベルの学習内容についてもさぐる。中でもことに、ジョリカーのプログラムには適合しない生徒達を選別する基準の見直しは、最も重要な事項といえる。なぜなら、地域学区のスタッフ達は、そうした生徒達がジョリカーに入って、合わずに失敗するくらいなら、はじめから受け入れないでほしいと思っているからである。

 行政面の課題は次のようになっている。予算づけの問題。各学区や裁判所が求める生徒達の途中経過の報告が速やかに提供されるようにすること。また、その組織内の誰にコンタクトをとって相談してゆけばよいかを常に明確にし、リハビリテーション・サービスの紹介機関が新たなクライエントや諸問題に関して接触を保てるようにすること。総じて職員当局がジョリカー学校外の個人や団体と、もっと協力し合えるようにすることである。

 改善計画の策定

 市場調査およびインタビューで得た情報をもとにジョリカーの職員当局は改善計画を練り、3つの分野にわたる短期、長期の課題を掲げた。3つの分野とは、a)いろいろなタイプにまたがる生徒をカバーするために、リハビリテーション・プログラムの内容について再検討する。b)ジョリカーへの紹介機関や事の鍵を握る個人との関係を改善し、または新たにうちたてる。c)職員研修である。

・短期的課題

 夏一杯かけて、ジョリカーの職員当局はプログラム内容を他とは趣を異にする2つのタイプの生徒達向けに書きかえた。加えて逸脱行動の激しい生徒達のために、異った場面で行う別個のプログラムが設定された。新たなプログラムは行動療法的志向のものである。生徒達の粗暴行為が減れば、それに対し学校の主要な場面での職業、教育プログラムに参加させるという褒賞を与えるのである。

 選別の基準や評価の過程も見直し、改善が加えられた。学校当局はすべての生徒にとって良いプログラムというものはあり得ないと認識し、生徒達がそのプログラムでうまくいっているかどうか確め、そうでないものは、他のより適切なプログラムを紹介するといった、注意深く現場に密着した仕事が必要であるとした。こうすることによって職員は、そのプログラムが1番ねらいとする内容に集中でき、生徒達に質の良いサービスを保障できるのである。

 2番目に焦点をあてたのは、ジョリカーへの紹介機関や他の主要な人々とのより密接な関係を築くことである。過去何年かに渡って、ジョリカーはより内勤主義的に内部にばかり目を向けてきたというようにとらえられていたわけであるが、インタビューをうけた人々は、他のサービス機関との会合でもっとジョリカーの職員と語り合い、より広く問題についてさぐってゆくことを望んでいたのである。こうしたネットワークを作り上げることで、学校の職員は生徒達を送りこんでくる人々ともっと近づけるし、また非公式に問題点を聞いたり、市場が求めるものについて知ることもできるであろう。それはリハビリテーション市場に対して敏感であること、市場主導型であることを希望する機関にとっては重大な情報といえよう。この試みの中には詳細な「橋渡しの計画」が含まれ、それにより接触をはかるべき人々が誰か、誰がそれを行うか、そうした接触の場、そしてその時期について計画する。加えて、このプランはジョリカーの諮問グループの設置を要求した。これにより、主要な人々を広く募ることが早い時期に可能となったのである。

 短期目標最後の分野は職員研修である。過去何年間かに渡って生徒の内容がかわってきたため、情緒問題をもっていたり、粗暴行為のある生徒の扱いに関して彼らのニーズに応えるための職員教育が重要であるといえる。こうしたニーズに応えるため、教師は正式の教育プログラムにより、現在かかえる生徒達の様々なタイプに関連した勉強を継続的に行うようになった。この試みで、いずれそれぞれの障害分野に適正な教師を配置するといった州の資格づけにもつながってゆくであろう。

・長期的目標

 短期目標に加えて、改善政策には数箇条の長期目標が含まれる。中で最も重要なものはジョリカーのニーズを調査する年計画である。このたび州に新しく児童少年サービス局ができたこともあって、サービス方法の変化に注意が払われるようになり、また特殊教育界に他の変化ももたらされた。そんな情勢の中で、この5年計画は重大な仕事といえた。この作業を行うことにより、市場が真に求めるサービスを供与し、不必要に『びっくり』せずにすむようになろう。サービスをうける生徒達の種類はまだまだ変化するかもしれないが、注意深く、かつ時期をえた計画を策定することで、学校もまた新たなタイプの生徒達に対応できるのである。

 長期目標の第2は、学校における生徒の進歩とプログラムの有効性を評価する何らかの手段を整えておくことである。そうして得られる情報は、学校および紹介機関の両方にとって有意義なものであるはずだ。こうした情報は現在ほとんど存在しないため、プログラムのマーケティングにとっても助けとなるのである。

 最後の長期目標とは、学校が手を結んでゆける他の専門職分野の開拓である。インタビューの中に示唆されたものの1つに、州内の各々が自分の学区内で教育を受けることのできる入所プログラムがあった。というのは、地域の学区では応々にして、たまに現れるのみの問題児に対して、特定の種類の専門職者を雇ったり、「職人芸」的実験プログラムを常に用意していることはできないため、専門チームが小さな学区を訪れ、様々な療法を行うような入所プログラムが望まれるのであろう。

 最終結果

 春、夏にかけて行われた市場調査とそれに続く内部での計画策定の結果、プログラムの全面的改変がなされた。学校は過去のプログラムと現在の専門分野について真剣に見直しを図ったのである。この見直しの上で、学校の職員当局は市場の求めるプログラム遂行のために、必ずしもすべての専門性を備えているとはいえないことがわかった。そこで、彼らはさらなる専門性を加えて、情緒問題をもつ生徒と入所ケアの必要な生徒に関してもっと経験をつんだプログラムヘとわくを広げていったのである。こうした改善はいささかの予算増加もなく行われた。総じて市場調査の結果開発された改善計画の遂行は、予算の増額なしに可能であったことを特に記しておきたい。つまり、仕事を増すのではなく、最も影響のある分野に焦点をあて直して事は進められたということである。

 また、職員のモラルや、プログラムおよびサービスをうける生徒への態度が向上したのも重要な事である。学校は、継続してマーケティングを行う職員を配置して「マーケティング委員会」とした。こうして職員はマーケティングの活動、消費者側に焦点を移すという作業に熱心に取り組んでいる。

 マーケティング活動の成功や失敗は、プログラムの利用人員数や収入に影響を与える。1985年の春、おりしも市場研究の始まった時期に、学校には42名の生徒がいて秋学期に向けて新たに入る予定はゼロであった。ところが、9月には58人が学校で教育を受けていた。このうち18人が新たな入学者である。これは、単にこれだけ多くの生徒が入学したというのみでなく、歴史的に(1978年以降)減る一方だった生徒数が増えたということにおいても注目すべき変化である。

 18人新たに入ったことで学校の収入は19万5,876ドル増加した。市場研究に費したのは6,500ドルであったことからみてもこれは十分つり合う投資だったといえる。

 また、ジョリカー学校は生徒を紹介してくる地域学校の人々にも評判が良く、結果、何年もの間ジョリカーには来なかった学区からも生徒達が入学するようになった。さらにジョリカーのプログラムについてゆけず一旦はじき出されてしまった生徒達が戻ってくるという結果ももたらされた。

 定員より多くの生徒が送られるようになったため、ジョリカーがその生徒にとって最良の場所だと確信できる者のみ選ぶことができ、学校は各障害のバランスをとった適切な教育の場を提供できるようにもなった。加えて、新しい分野であり、多様な措置先を望んでいる青少年司法システムとの相互関係も増してきている。

 マーケティングとは何ヵ月かに1度行なえばいいというようなものではない。市場主導型をめざす組織は、むしろ常にそのサービスを求める人々と接触を保ち、満足度を知り、改善の必要な部分と新たに行うべきサービスについてさぐる試みを続けてゆくべきなのである。ジョリカーの職員は、市場との接触が彼らにとって鍵であり、それを計画策定や評価の中に常に組みこんでおく必要があると確信した。

 今まで論じた様々の活動に加えて、当初の市場研究でインタビューした個人個人への追跡インタビューも年に1度予定されている。このインタビューでサービスに満足しているかどうか知り、それに基づいて変更が図られよう。このプログラムは、市場調査を年に1度行うことで、学校やその生徒に影響を与えるかもしれないその他の変化についてさぐり出してゆくであろう。こうした活動すべてを行うことで、ジョリカー学校は市場の変化により責任をもって対応することができ、真に市場主導型となれるのである。

(Rehabilitation Literature, July-Aug., 1986, Vol.47, No.7-8)

*The vice president of rehabilitation and education for the Easter Seal Society Goodwill Industries of NH and VT, Inc.
**Management consultant specializing in the areas of rehabilitation programs, bealth care facilities, and human service providers.
***国立身体障害者リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1987年3月(第54号)25頁~30頁

menu