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特集/総合リハビリテーション研究大会'87

《講演Ⅲ》

重度障害者の生活自立を支える地域組織化活動

定藤丈弘 *

 障害者、特に身辺処理に介助の必要な重度障害者の自立生活の形成を検討することは、今日のリハビリテーションの大切な課題の一つである。日常生活動作の自立と経済的自活を重視してきたこれまでの自立観にも影響されて、介助の必要な重度障害者は自立困難な存在として劣等処遇的な扱いを受け、家庭、施設、病院などで本人の意志とはかかわりなく、隔離的、管理的、被保護者な生活を余儀なくされてきた。これに対し、近年、国際的な人権思想の高揚や障害者の福祉運動の台頭などとともに、自立観の見直しや重度障害者の地域での自立生活をいかに保障していくかが、障害者リハビリテーション施策の重要な課題とされるに至っている。そこでここでは、障害者自立の概念をまず整理し、重度障害者の自立生活を支えるコミュニティづくりや福祉施策の課題について考えてみたい。

 Ⅰ.米国のIL運動の自立思想

 障害者の自立概念を検討するには、周知のIL運動と同運動にも影響されて成立した米国の1978年リハビリテーション法第7章「自立生活包括計画」にみられる自立観を看過ごすことはできない。なぜならばそれらは、身辺自立や経済的自立が困難とみなされてきた重度障害者をその対象として含み得るような自立概念の構築を課題として、最も体系的な自立論を展開しているからである。

 ではその自立生活の基本的な内容とは何か。介助の必要な重度者がこれまで管理的な保護のもとで、自由の制限をはじめ人間としての諸権利を著しく制約されてきたという問題状況に着目するIL運動ではまず第一に、他者から拘束されず、自らの生活のあり方を自ら決定していく権利=生活における自己決定権を尊重し、行使すること、すなわち、自由な責任主体として自らの生活を自らの意志で計画し、管理していくことを自立生活と捉えているのである。もちろん、身辺自立の困難な障害者が自己決定に基づく自由な生活を送り得るには、介助者ケアが必要となる。そこで自己決定権は何よりも介助者ケアの場で行使される。「パーソナルケアこそは、個人が自立することを学ぶ人間行動の最初の領域の一つである――自分の身体のケアを他者に依存することは個人の自治権を放棄することがある」が故に、障害者が自らの意志で自己に必要な介助を購入し、意のままに消費し、管理することが、重要な自立要件とされるのである。

 第二は、自己決定権と表裏の関係にある自己選択権の行使を自立とみなしていることである。自らの生活のあり方を自らの責任において決定して生きることは、自己責任で自らが望む生活目標や生活様式を選択して生きることを意味するから、そのような自由な選択の行為も自立生活条件とみなされる。各種のリハビリ関係の場で、その専門家により、被保護者・患者・訓練生として、一定の設定された生活目標などを強制され、自由な選択を厳しく制約された生活を余儀なくされてきたという事実が、この自立観形成の背景にある。それ故、「自立生活とは、どこに住むか、いかに住むか、自分で生活をまかなえるかを選択する自由をいう」とされるのである。

 第三は、やはりそれらの自立理念から派生する「QOL」(人生・生活の質)を高めることを自立生活と捉えていることである。すなわち、IL運動の自立生活は、社会生活上の要求に基づく様々な生活行為は互いに基本的には等価置的なものであるという前提に立って、これまで自立の代名詞とされてきた日常生活動作や職業生活だけでなく、人間的な家庭生活や文化・娯楽活動、その他の社会的協同生活を含んだ、生活の全体の内容や質を高めることを目標とするのである。換言すれば、自立とはADLの自立や経浜的に自立しているか否かにかかわりなく、その障害者に適した生活全体の内容や質を高めること、とされる。「障害者が他の人間の手助けをより多く必要とする事実があっても、その障害者がより依存的であることには必ずしもならない。人の助けを借りて15分かかって衣服を着、仕事にも出かけられる人間は、自分で衣服を着るのに2時間かかるため家にいるほかはない人間よりも自立している」という有名なILの代表的規定は、このQOL理念を正当性の根拠にしているのである。

 その他、ILの自立概念には看過ごしてはならない諸点がある。まず、選択権の行使の一つとして、特にリスクを侵す行為を自立要素の一つに含めていることである。たとえば、「危険に挑む尊さは自立生活運動そのものである。失敗の可能性がなければ障害者の真の自立という人間性の基準を得られない」と規定されているように、障害者が失敗の可能性に挑む行為を自立の要件の一つとして重視している。失敗のリスクを恐れていては、重度の障害者が自らの意志と責任において自らの人生を切り開いていくことはできないからである。

 次にILでは、当然ながら障害者が一般のコミュニティに日常的に参加し、生活することを、自立生活のモメントと捉えている。専門家による管理と集団生活上の規律の遵守を前提とする施設生活が障害者の自己決定権などを一定制約することが不可避であるのに対し、選択する権利の行使、すなわち、生きる場を主体的に選びとる行為は、どこに住み、いかに住むかを選択する自由を可能にするコミュニティの中での生活によってより保障されるからである。

 また、医療、福祉スタッフなどの専門家主導のこれまでのリハビリテーション施策が障害者の反福祉にもつながったというプロフェッショナリズムへの根強い不信感や、消費者運動などの消費者主権の理念の影響のもとに、障害者が自らの生活に影響をもつ諸制度、サービスの計画立案、決定、管理運営の過程に参加する行為を自立概念の一環として位置づけていることである。すなわち、障害者に対する福祉サービスの順位づけや供給の決定を行う権利は障害者のニーズや問題を熟知し、より正しく理解する立場にある障害者自身にもあるとするものである。

 最後に、社会福祉サービスと自立との関連が指摘される。生活保護制度などに代表されるこれまでのわが国の社会福祉法制の自立観では、被救済者が社会福祉サービスの対象から脱却することを自立更生と捉える傾向があったのに対し、ILでは、むしろ「重度障害者の自立は、生活のあらゆる面を包括する多面的なサービスによってはじめて可能となる」とされているように、障害者、とりわけ重度障害者の自立は必要な介護、保護、経済給付、住宅などの福祉および関連サービスが十分に用意されて、障害者がそれらを積極的に利用することによって成り立つ、との考え方に立っているのである。このような福祉と自立との重要な発想の転換は、自立は基本的人権の一つであり、したがってすべての障害者に権利として保障されねばならないとの確信から派生しているといえよう。

 Ⅱ.重度障害者の自立生活を支えるコミュニティ形成

 自立の概念を検討すると、次には自立を支えるコミュニティとはどのようなものかについて、わが国の最近における障害者の社会参加を求める諸活動や運動事例を素材にして考えてみる。最近の障害者を主体とする社会参加促進運動の多くは、障害者の地域での自立生活の達成を目標とし、自立を支えるコミュニティのあり方を追求しているからである。

 (一)福祉の街づくり運動から学ぶ

 1970年代になって急速に組織化された福祉の街づくり運動は、障害者も利用でき、住みよい環境づくり、いわゆる生活圏の拡充を目標とする中で、障害者の自立生活の基盤となる地域社会づくりをその視野に含めて展開された。そこでここでは、同運動の理念に示唆を得て制作された山田太一作のテレビ・ドラマ「車輪の一歩」を素材に検討する。同ドラマは、障害者の地域での自立とは何か、自立を支えるコミュニティ形成について、次のような示唆に富む提言を行っている。

 (1)“他者からの支援を獲得する力を自立”と認めるようなコミュニティの形成

 このドラマは、前向きに社会で生きようとする下肢マヒの6名の車イス常用の青年達が、同じ下肢マヒの女性障害者A子と出会うが、A子は学校時代に事故で下肢マヒとなってから、周囲の冷淡さや偏見のため深く傷つき、母親も“世見の人はこの子に余りに冷淡すぎる”として、A子を世間から隔絶した保護のもとにおく生活状況であったので、青年達は彼らの理解者であるガードマン達と協力してA子を母親から引き離し、A子の自立を援助しようとすることをテーマに展開される。

 そして、その最後の場面で、A子をある駅の階段の前に連れて行き、A子だけを一人残していくのである。去る時、彼らは暗黙のうちにA子に語りかける。“さあ、A子さん。貴女がこれからの長い将来、お母さんからも離れて、一人で社会に生きて行くためには、一人で交通機関を利用しなければならない時もある。そのためには、この階段という障害物を独力で克服する力をどうしても獲得していかねばならないのです。頑張ろう”。

 この場合、数段以上の階段を一人で[這]い上がることは、どんなに努力しても下肢マヒの車イス利用の障害者には不可能である。そこで自力で階段という障害物を克服するには、通りすがりの見ず知らずの人達に援助を求め、車イスのまま運んでもらう以外の方法はないのである。その意味を理解したA子は恥ずかしさと戦いながらも、思い切って勇気を奮い起こし、“誰か私を上げて下さい”と大声で援助を求めた時、その声に応えて数名の人が駆けつけ、同じ自立を求める人間としての当然な行為のように黙ってA子の車イスをかついで階段を進んで行く。その時のA子の笑い顔を写しながら、ドラマは終了するのである。

 こうして車輪の一歩は、自らの力量を越える問題状況に直面した時に、勇気をもって他者に援助や協力を求め得る人こそ、自立的人間であること、すなわち、見ず知らずの他者からの支援を獲得する力を身につけることも自立であることを示唆している。ドラマは自立に対する通念的見解を大きく転換させ、自立とは他に依存しない独力行為の代名詞では決してないこと、および、必要な時に他者からの支援を獲得する行為も自立のモメントの一つとして認識し、その力を自己の生活規範の一つとして内在化させない限り、今日の生活環境の中で重度障害者が正常な社会生活を営むことは実際には困難であることを、指摘したのである。さらに、このような自立観が正当性をもち得るのは、我々の社会は本来相互の連帯の上に成り立つものであり、したがって、連帯や助け合いの中でこそ自立は可能となることが認められるからである。

 (2)「迷惑論」と「自立」とのかかわり

 さらに車輪の一歩は、自立形成のためにいわゆる「迷惑論」の克服に言及している。青年の障害者の一人が“自分達は街に出て他人の援助を受けることが心の重荷になって仕方がない”と、鶴田浩二扮するガードマンの隊長に訴えたのに対して、鶴田氏は次のように答えるのである。“あの時にはまだそれほど考えが熟さなかったが、今の私はむしろ君達に「迷惑をかけることを恐れるな」といいたい気がしている。それは私にも意外な結論だ。「人に迷惑をかけるな」というルールを私は疑ったことがなかった。多くの親は子供に最低の望みとして「人に迷惑だけはかけるな」という。――人に迷惑をかけないというのは今の社会で一番疑われていないルールかもしれない。

しかしそれが君達をしばっている。

 一歩外に出れば電車に乗るのも、少ない階段を上がるのも誰かの世話にならなければならない。迷惑を一切かけまいとすれば、外に出ることさえ出来なくなってしまう。だったら迷惑をかけてもいいじゃないのか。――いやかけなければいけないんじゃないか――君達が街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館に入ったり、そんなことを自由に出来ないルールがおかしいんだ。いちいち後ろめたい気持ちになったりするのがおかしい。私はむしろ堂々と胸を張って迷惑をかける決心をすべきだと思う”

 この鶴田氏の発言は、福祉の街づくり運動の展開の中で明らかにされてきた人権理念に立脚して、障害者そしてすべての人の人権が地域の中で守られていくべきことの大切さに言及したものである。別言すれば、“障害者であろうとなかろうと、すべての市民、住民が街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館に入ったりすることが、安心して自由に出来る地域社会づくりこそ、自立生活を支えるコミュニティづくりである”ことが、明示されたのである。

 (3)障害者を生活主体者として認めるようなコミュニティづくり

 さらにドラマの後日談として、NHK「福祉の時代」の中での山田太一と原作者の若い女性障害者の対談は興味深い。原作者の女性は山田氏に対して、あのドラマには一ヶ所大きな問題点があったとして次のような主旨を述べている。「勇気をもって迷惑をかけよう」という言葉を非障害者の鶴田氏にいわせているが、何故障害者に表明させなかったのか。それは障害者がいったら、多分多くの視聴者は反発をもつと思われたからではないか。――私を支援してくれる私の職場のある仲間が、“私達が健康な体だから障害のある人を手伝うのは当たり前と思う。だが貴方がたが手を借りるのは当たり前といってはいけない”といった。両方の状況は共通している。しかし、一つの主張を障害者の方からいった場合と、障害のない人がいった場合とでは受けとめ方が違うといった現実にこだわらなければならないのではないか”

 山田氏はこれに対し、その現状は仕方がないが、いつまでもそうであってはならないことを認め、また2人は、自分の力量を越えた問題状況に直面した際に障害者の側がごく当たり前に支援を受けることを表明した時に、それを多くの人が自然と受けとめるような、相互支援的な社会づくりの重要性を確認したのである。

 この場合、同じ障害者を支援するといっても、彼女の職場仲間の障害者観と、障害者側からの主張を当然と受けとめる障害者観は、決定的に異なることに留意したい。ともにいかに障害者に好意的でも、一方は障害者を保護すべき対象と捉え、他方は対等平等の社会的な生活主体者として認識しているのである。このように同ドラマは福祉の街づくり運動の理念に導かれつつ、“障害者を一般の市民と同様の人間としての社会的諸要求をもつ、生活主体、権利主体として認める地域社会こそ、障害者の真の自立を支えるコミュニティ”であることを提起しているのである。

 (二)障害者の自立生活運動が提起するもの

 (1)親、親族からの独立力の形成

 最近わが国でも、介護の必要な障害者が介護の担い手である親族や施設から離れて、公私の介助者ケアを必死に確保し、地域で独居生活を享受するケースが増大しつつある。とりわけわが国の社会的、精神的風土の中では、障害の発生を親の個人的責任と捉える意識の問題や、親の生存中は親が扶養・介護の全責任を持つべきであるという家族責任主義的意識の残存などにも影響されて、親側にも過大な責任感や愛情が生じ、管理的保護が行われる結果、障害者の独立した人格形成が疎外されたり、年齢に応じた社会参加機会が厳しく制約されるといった問題状況が生じてきたのである。

 そこで、自立形成を求める運動が、その活動の一環として、障害者が親の保護の絆から脱却して独居生活を求める運動への展開を必然的に発生させたことも、容易に推測し得る。そしてこの種の運動は、“一般的に非障害児が成人すれば親から独立し、親も扶養・介護責任から解放されると同様に、障害児の親も障害児が成人し、障害児本人が望めば、扶養・介護の基本的責任から解放され、社会的な扶養・介護により障害者が地域で自立し得ることを当然と認めるような地域社会づくり”が、自立を支えるコミュニティ形成として重要となることを明示しているのである。

 (2)自らの家庭生活の形成力

 次に、成人になり、親から離れ独居生活を経験するなかで、次第に自らの家庭を築いていくこと、例えば、異性との出会いを通して恋愛から結婚し、子供を設け育てることも、障害者であるかどうかにかかわらず、人としての自立生活のごく自然なプロセスの一つである。しかし、その一人または両者が介護の必要な重度障害者であった場合その当たり前の生活形成に当たって、現実には多くの困難を伴うことが多い。障害に伴う日常生活処理の大変さに加えて、さまざまな社会的偏見や差別の壁があるからである。とりわけ女性障害者の場合その障壁は一層大きい。そこで全面介護の必要な重度障害者、特に女性障害者がそれらの壁をのりこえて家庭生活を築いているケースも増大している。そして、このような生活形成の畜積は、“全面介助の必要な重度者が異性との出会いを通して恋愛し、結婚し、子供を育てることを自然と感じるような地域社会づくり”、が自立を支えるコミュニティ形成の一つの目標となることを示唆している。なぜならば、残存する社会的偏見の壁の厚さや社会的介護サービスの貧困な今日の状況下では、特に女性の重度障害者の場合、その家庭生活を自然に築くには夫の理解に加えて、かなり強固な意志力と社会的連帯のネットワークが必要とされるからである3)

 Ⅲ.重度障害者の自立生活を可能にする諸条件とそのわが国的課題

 指定枚数の制約もあり、このテーマについてはそのエッセンスを若干指摘するにとどめたい。

 (一)自立を可能にする制度的条件の拡充

 (1)自立生活の基盤となる諸制度の改善

 まず、ごく平凡な重度障害者でも自立生活が可能となるには、重度者の法定雇用率の改善といった雇用保障や、年金・福祉手当などの所得保障、住宅や移動保障などの諸施策を総合的に改善していくことが、当然の課題として指摘される。

 (2)福祉サービス、特に介護保障の拡充

 次に、重度障害者の自立生活を直接確保するにはさまざまな介護保障の拡充が急務である。我が国のこの面での遅れは一層顕著であり、この結果、高額所得のある重度障害者を除けば、地域での自立生活は極めて困難であり、生活時間の多くをボランティアの代替的援助に頼らない限り、重度者の地域での自立は一般的には不可能である。そこで、介護手当などの手当方式であれ、ホームヘルプ・サービスなどの現物給付方式であれ、身辺介助と家事援助を含んだ日々の基本的介護を公的、社会的に行うケア・システムの確立が不可欠となる。

 と同時に、社会参加の容易な市街地に配置され、個人の自由とプライバシーを確保し得る生活空間とADL自立の拡大を考慮した機器、設備を付設した住宅構造と介助者ケアを最低包括した「ケア付き住宅」を創設、拡充することも、当面の最重要課題の一つである。これは、重度者の居住選択権を保障するための前提施策であり、ノーマライゼーション達成の不可欠の前提条件となる。別言すれば、障害者が施設生活から脱皮したり、親から離れても地域での自立生活を継続して確保し得るための基本条件となるのである。それはまた、自立生活を望む多くの障害者に継続して地域生活を可能にさせ得るという意味で、自立の普遍化に貢献し得る。

 我が国では、神奈川県や北海道などの一部自治体でのグループホームやケア付き住宅の先駆的試みを除けば、本格的なケア付き住宅の制度化はなされていない。今後、社会的介護サービスやケア付き住宅の本格的な確立を図るには、何よりも親族扶養優先主義の壁を克服し、重度者が親、親族から離れて社会的に自立することを普遍的な人権として認める理念、および、要介護者にとって介助者ケアが権利であるという「介護権思想」が社会的に定着することが大きな課題となる。

 この点でも「介護権」を明示したILの理念は参考になる。「介助は重度障害をもった人にとっては、それなくしては学校、仕事、遊び、政治生活、社会活動などに参加することが出来ないという観点から、個々人の身体的生存に必要な利益、生存の権利であるとみなされている。その特質において介助は公民権と同等の重みをもった、奪うことのできない性格を持っている。」まさに「介護権」の保障は重度障害者の自立生活の本質的要素といってよい。

 (3)諸施策、サービスの地域レベルでのネットワーク化の促進

 自立生活を少しでも実現化させるのは、住宅環境、介護サービス、生活環境と街づくり、移動サービスなどのネットワーク化を図ること、住宅や移動と連携した介護システムをつくり出すこと、および、ボランティア介護も含む公私の諸サービスの連携化を促すことも必要となる。

 また、地域での生活は、医療・看護ニーズを強くもつ難病患者などの障害者にも出来る限り充足されねばならず、訪問医療・看護サービスの開発とそれらと在宅介護の公私の諸資源のネットワーク化を地域の中につくり出していくことも、重要な課題となる。

 (二)障害者主体の地域福祉活動の推進

 地域社会の中で障害者の側の自立に向けての主体的な努力や活動も、自立生活を可能にする大切な条件となることはいうまでもない。

 まず第一に、自立を支える地域拠点づくりが必要となる。共同作業所や福祉共同住宅などがその拠点として活用され得る。例えば、相模原市のくえびこ作業所とそこから発展したケア付き住宅「シャローム」の実践は注目に値する。そこでは、ケア付き住宅運営委員会が結成され、居住地域の自治会なども参加し、介護者派遣要請に際して自治会の連絡網を利用したり、自治会行事への障害者の参加による地域社会関係づくりや、地域支援の体制づくりがなされていること、また介護のシステム作りとして、介助人グループを入居者だけのものにするのではなくて、地域の障害者にも派遣を行っている。さらに今後の課題として、地域の障害者の自立支援のためのサービス供給基地を目指す自立生活センターの設立や、障害者自身が住居を自由に選べるシステムの構築などが、構想化されているのである。

 第2に、自立生活を可能にするための障害者の側の主体的生活条件を高める活動も求められる。具体的にはそれは、自立生活に必要な生活訓練を系統的に行うことである。例えば、ケア・サービスも有限であり、ケアの限界を見極めつつサービスが対応されるよう、ADL自立の範囲を拡げる努力もその一つであるが、さらに、自分の生活のあり方について自分で思考・判断・決定し行動することにより、社会生活を継続的に営みうる能力=「生活の自己管理能力」を習得し、より拡げるための活動も重視される。

 我が国では東京都心身障害者福祉センターが、重度の青年障害者を対象に、作業活動、レクリエーション、家庭生活技術、身辺処理技術の習得などをメニューとした自立生活プログラムを実験的に開始した。また、最近では八王子のヒューマン・ケア協会のように、障害者自身が運営主体となった自立生活技能プログラムが展開されつつある。ここでは、自立とは「被護された環境の中で生活技術を高めていくことから始まり、次に自らの独立した居住の場を持ち、生活し、ついに社会の中の一員として重要な役割を果たすこと」であり、そのために、①自己形成のプログラム②お金の使い方、買物調理法などの家政能力③セックス・カウンセリングによる正常な性生活形成能力④介助者・ボランティアとの接し方、対人関係の作り方などの対人関係能力⑤健康管理能力⑥社会資源の使い方、職能開発による社会参加能力、などの習得プログラムが運営されている。

 第3に、前述のように、障害者側の自立形成のための主体的努力を結集する場として、地域の障害者に対する系統的な自立援助のためのサービス供給基地的機能をもつ自立生活センターを各地に作り出すことが課題となる。周知の米国のCILのように、障害者をその運営主体としつつも、日常生活訓練、住宅相談や幹施、介助者ケアの相談と派遣、移動手段の保障、ピア・カウンセリングなどの諸機能を持つ機関が、公費補助によって安定して運営されるシステムが確立していかない限り、障害者の側の自主的、主体的努力の積み重ねだけでは大きな限界があるからである。

 その他、地域社会の相互支援的な体制づくりもポイントの一つとなる。障害者と非障害者が共に参加し、相互に支えあう関係が地域社会の中に構築されない限り、障害者の継続性ある地域生活の自立は成りたちにくいからである。そのためには、目立をめざす重度障害者に対して、ボデンティアなどの直接的支援集団や福社関連の専門家集団だけでなく、地域の自治会なども巻きこんだ協力、支援体制を小地域レベルで作り出す活動が蓄積されていくことが当面の課題となる。障害者問題を住民の生活問題とも深くかかわる社会問題の一環と捉え、連帯行動をとる住民層の存在が、その実現の主要な条件となるように思われる。

(注)(1)、(2)略

(3)例えば、最重度に属する障害者ながら、2人の子供を持つある女性の家庭は、公的介護体制が貧困な現状では、主にボランティアによる彼女の24時間介護チームと子供の育児チームの結成により生活が維持されていた。結婚から出産までに至る多くの障壁要因を克服しえたのは、夫の愛情や同じ自立を求める仲間の支援に加えて、“どんな重度の障害者でも一人の女性として当たり前の生き方を貫き通したいという彼女の強い願い、決意”であったという。彼女の自立生活をレポートしたある論者は、“親から離れてアパートで独居生活を開始するまで、他人に迷惑をかけるという理由で、自らの要求をことごとく押し込められてきた彼女は、いわば社会に対して徹底的に迷惑をかけることを宣言し、その迷惑に自らの生きざまをぎりぎり対置させることで自立を獲得した”と述べている。

*大阪府立大学助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1987年11月(第55号)23頁~29頁