特集/総合リハビリテーション研究大会'87 精神薄弱者の権利擁護

特集/総合リハビリテーション研究大会'87

《講演Ⅳ》

精神薄弱者の権利擁護

白井俊子 *

 はじめに

 精神薄弱者は、その障害の特性上、自分の権利を自分で守ること、すなわち、人権が侵される事態を察知し、自ら主張し、権利の回復をはかることが困難である。この障害がもたらすハンディキャップの軽減・解消をはかるための援助は、特に社会生活に入る年齢に達した精神薄弱者にとって、何よりも重要なことであり、どのようなサービス・プログラムを導入しようとも必らず人権擁護の視点をその中心に据えなければならないと考える。

 本文においては、①わが国における現状の問題点、②既に人権擁護面での法制度や援助体制が確立している国の一つであるアメリカの施策例について述べることとする。

 Ⅰ.わが国における現状

 日本国憲法13条に、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とあり、また心身障害者対策基本法第3条に、「すべて心身障害者は個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする。」と規定されいる。これらの法はいずれも個人の尊厳を保障したものである。

 また、昭和35年、精神薄弱者福祉法制定にともない厚生事務次官通達が次のように出されている。「精神薄弱者については、本人が正常な判断と意思表示をなし得ないため、人権侵害をひきおこすおそれが多いと考えられるので、その点については細心の注意を払われたいこと」

 このようにわが国においても、個人の尊厳を重んじ人権を保障する主旨をもりこんだ法律等はあるが、通達にあるような「細心の注意」のされ方について、或いは人権侵害をひきおこす事態発生の予防や救済措置について、明確な規定がない点に問題があり、この面で法律や施策が確立している欧米諸国と大きな隔たりがみられる。

 精神薄弱者福祉法制定後27年を経過し、障害者が社会の一員として、地域で充実した生活ができるように福祉的援助の方向が変遷しつつある現在、なお精神薄弱をとりまく環境で彼らの人権を侵害する様々な事態が生じている。以下相談機関、新聞報道から見出した家庭、施設、職場等で生じた具体的事例をあげその問題点と必要な配慮をあげる。

 (1)問題事例の紹介と必要な配慮

 ⅰ 家庭における問題事例

 事例1 女子21歳 重度精神薄弱

 本人幼児期に父死亡、その後精神薄弱児施設に入所していたが、母の再婚にともない家庭に引取られ、しばらくは平穏な生活が続いた。その後母が急死し、養父は飲酒耽溺のため病弱となり、生活保護を受給するに至った。養父は、家事の利便や、本人の障害福祉年金や生活保護費受給による収入増から本人との同居に固執し、性的関係も強要していた。

 事例2 男子43歳 軽度精神薄弱

 本人は弟夫婦と同居、自営業を手伝う。父の長年にわたる指導で家業の手順を習得し、家業を継いだ弟に協力して働いていた。父は生前より本人の将来を保障するため、財産の一部譲渡を考えていたが、本人に財産管理能力がないことから実行できないでいるうちに死亡。その直後から弟は本人を施設に入所させようとし、財産分与もしていない。

 ⅱ 家庭における問題点と必要な配慮

 家庭内においては、親の死亡や老齢化に伴い精神薄弱者に対する保護機能が弱まり、その結果、居住権、財産権、生活権が脅される事態が生じやすく、さらに本人をめぐる家族間の葛藤も生じる。また親が生存中であっても、病気や貧困等で不安定な精神状態にある場合には、親自身が精神薄弱者の人権を侵す例もみられる。必要な配慮として次のようなことが考えられる。

ア 精神薄弱者に対する保護は、本人の意思を十分に尊重し、できない部分についてのみ適切な援助をする方向で行うこと

イ 保護者が適切な保護機能が果せるよう、日常生活のゆとりを保障することも含め援助すること

ウ 保護者は、本人の財産や金銭の管理について、本人の利益を代弁すること、また保護者によって本人の利益が著しく侵された場合、法的救済措置がとれること

エ いわゆる「親なき後」も必要に応じ保護者の機能が確保できる手段を講じること

 ⅲ 施設における問題事例

 事例1

 ある精神薄弱者施設で、失禁した園生に対し体罰を加え死亡させた。警察の調べにより体罰を受けた際に頸椎を脱臼したことが死因と判明した。

 事例2

 ある精神薄弱者援護施設で、園生に対して点呼に集合しない、作業をしないという理由で、殴る、蹴る、ロープで縛りあげる等の制裁を加えた。また手が不自由なため食事が遅い園生に対して、他園生の食事時間に合せるため給食量を減らしていた。

 ⅳ 施設における問題点と必要な配慮

 精神薄弱者援護施設は、18歳以上の精神薄弱者を入所させて、①保護および精神薄弱者の更生に必要な指導・訓練を行うこと(更生施設)、②自活に必要な訓練を行うとともに職業を与えて自活させること(授産施設)、を目的としている。また、施設運営にあたっては、慢然と収容しておくことのないよう、個別に更生計画をたてるべきであること、労働の搾取が行われることのないようにすること等が留意すべき点とされている。入所者を真に理解し、そのニーズに基づいた処遇が行われていれば事例にあるような不祥事は起り得ないことであるが、実際にはごく一部の施設とはいえ、生命に関わる問題が生じている。必要な配慮として次のようなことが考えられる。

ア 本人の評価に基づき、個別処遇プログラムを用意すること

イ 本人又は本人の代弁者が処遇に対して意見や不服を述べる機会を保障すること

ウ 集団管理体制を最小限に止め、家庭生活に近い日常生活を保障すること

エ 施設を終生の生活の場とせず、本人の出身地で生活が可能となる手段を模索すること

 ⅴ 職場その他の生活場面における問題事例

 事例1 女子 20歳 中度精神薄弱

 本人家族とも、就職を希望し求職活動をしていたところ、B工場の組立工として採用された。順調に仕事に馴れ元気に出勤していたが、3か月後上司より休日出勤を命ぜられた。当日、新しい仕事を教えるからと別室に連れていかれ、性的被害を受けた。そのショックにより、食欲不振、不眠の状態で家に閉じこもりがちとなった。

 事例2 男子 32歳 中度精神薄弱

 本人は従来からバスが好きで、支給された無料パスを使い毎日乗っていた。ある日、バスの料金箱より10円盗んだ疑いをかけられ営業所に連行された。そこで深夜まで問いつめられ、その際軽い怪我を負った。

 ⅵ 職場その他の生活場面における問題点と必要な配慮

 今後精神薄弱者の地域生活が促進されるにつれ、職場への進出や公共施設、交通機関の利用の機会が当然増えてくる。したがって、一般市民の温い理解や受入れの姿勢が、精神薄弱者の地域生活を支える重要な基盤となる。また、差別行為の監視および防止体制の確保も欠かせないことである。これらについて必要な配慮として次のようなことが考えられる。

ア 精神薄弱者が生活場面で遭遇するトラブルを解決する相談・援助機関を確保すること

イ 生活場面で不当な処遇を受けていないかどうかを監視する体制を確立すること

ウ 公共、交通機関、銀行等を精神薄弱者が利用しやすいように工夫すること

エ 精神薄弱者について一般市民の正しい理解を得るよう啓発を行うこと

 以上問題事例および必要な配慮について述べたが、こうした問題が生じる背景には現行の法制度、援助体制に不備な面があるのではないかと思われる。この点について次に考察したい。

 (2)法制度上の問題

 ⅰ 精神薄弱者福祉法上の更生・保護

 精神薄弱者福祉法は、精神薄弱者の更生の援助と必要な保護を目的として制定されたものであるが、具体的な法内容は「施設内での保護」が中心となっている。今後この点を見直し ①精神薄弱者が地域社会の一員として一般市民と同様の自由と権利を保障すること ②最大限の能力が発揮できる機会を保障すること ③放置すれば人権を侵害されやすいという精神薄弱者のもつハンディキャップを軽減解消する援助体制を規定すること、が重要である。

 ⅱ 同福祉法上の保護者

 同福祉法において、精神薄弱者の保護者は「配偶者、親権を行う者、後見人、その他の者で精神薄弱者を現に監護するもの」と規定されており、これは「配偶者」を除けば児童福祉法の保護者規定と全く同一のものである。つまり、精神薄弱者は年齢を問わず児童と同様、保護者がつくこととなっている。しかも児童の場合は大部分、「親権を行う者」が保護者となるのに反し、成人に達した精神薄弱者の親は当然親権を喪失する。したがって成人精神薄弱者はほとんどの場合「その他の者で精神薄弱者を現に監護するもの」が保護者となる。勿論、精神薄弱者中には乳幼児と同様の介護や保護を受けないと安全や生命が守れない人もいる。しかし成人精神薄弱者に対し、全介助を要するレベルから、職業目立ができるレベルまでの者までに一律に児童と同様の保護者を規定している点に疑問が残る。これを見直し、同福祉法に、①保護者の権限を精神薄弱のできない部分を援助することに止め、成人としての意思を十分に尊重すべきこと、②保護者の権限およびその行使に問題がある場合の対応策を規定することが必要と考える。

 ⅲ 禁治産、準禁治産制度

 心身喪失の常況にある者、心神耗弱者および浪費者について、その行為や財産を保護するために民法上、禁治産、準禁治産制度があり、精神薄弱者の保護に有効な制度であるという意見もある。しかし、同法については次のような問題点がある。

ア 精神薄弱者は必ずしも心身喪失者、または心身耗弱者ではなく、特に精神薄弱者のうち大部分を占める軽度精神薄弱者は同法の対象にならない場合が多いと思われる。

イ 同法は、家庭裁判所の審判で禁治産または準禁治産の宣告を行うことになっているが、申立権者の申立が前提となるうえ、宣告の手続は厳格で時間と費用を要し、迅速性、機動性を欠く。また、公告、戸籍の記載等により、本人および家族、親族に不利益をあたえるおそれもあり、裁判所も判断に慎重である。これらの点から、同法の宣告は極めて稀にしか行われない現状である。

ウ 同法は、実際に宣告が行われなければ効力を生じないため、例えば申立権者がいない精神薄弱者はまずこの制度は受けられない。(検察官による申立は実例皆無ときく)

エ 同法の目的は、取引能力の不十分な者に対て、財産の減少を防止しようとするものであるため、財産のない者の保護という面では余り役に立たない。

オ 54年12月、同法の条文から「盲、ろう、唖」が削除された。同法によって視覚、聴覚言語障害者が、実生活上法律行為をする際、さまざまな不利益を蒙むることが起り、本来の法目的と逆の効果を生じたため、障害者運動が起り、同法が改正されたという経過がある。

 したがって、同法は、一部の精神薄弱者(財産がある者、浪費癖がある者)を保護するのに有効であるが、社会参加を促す援助を目的として活用することには問題がある。

 Ⅱ.わが国における援助体制上の問題点

 精神薄弱者は、その障害の程度や適応状況により、ライフステージに沿って個々に様々な援助を必要とし、特に個別の援助計画の策定が重要である。

 しかし、現状では、本人の個人生活に深く関わる問題や、財産管理、人権侵害等の法律的な問題に、福祉関係諸機関がどのように対応すべきかが明らかになっていない。その結果、関与する職員ごとに対応が異なったり、また福祉関係諸機関相互の対応が異なって混乱をきたす事態が生じている。

 精神薄弱者は、判断や意思能力の面に問題があるために援助を必要とするが、それは可能な限り一般市民としての自由や権利の保障を追求する方向で行わなければならないと考える。これまでの精神薄弱に対する援助は、身辺処理の面では自立の訓練が強調される一方、社会生活の面での自立への援助の努力が、個人的アプローチおよび環境整備の両面で不足していたといえる。すなわち、本人が自分で意思決定をし行動することができないことを前提とし、他人が本人に代わって意思決定をし、本人は周囲の判断に従う方向で指導、援助が行われてきたことを見直し、援助体制のあり方を再検討すべき時機にあると考える。これらの点での法律や施策が既に確立している諸外国の例は重大な示唆を与えるものであるため、次にこれらの国の一つであるアメリカの例を紹介したい。

 Ⅲ.アメリカにおける法制度と援助体制

 アメリカにおいては1960年代より、ケネディ大統領報告書、市民運動、精神薄弱施設の不当な処遇についての裁判闘争等を経て、1970年以降、精神薄弱者の人権擁護の問題について立法がすすみ、現在人権擁護が制度として実施に移されている。なお、アメリカでは1970年以降、精神薄弱および脳性まひ、てんかん、自閉症等のうち精神薄弱と同様のニーズをもつ人を発達障害者(Developmental Disabilitiesとしている1)。したがってアメリカの法制度と援助体制の紹介にあたっては、「発達障害者」の語を用いる。

 (1)法制度

 発達障害者福祉の見直しは、①巨大な隔絶した施設入所者を家庭や近接地域に居住させること、②できる限りの自由(失敗する自由も含めて)を認めること、③一般市民としての人権が擁護され、生活が保障されること等の観点から行われてきた。

 その結果次の一連の法律、「Developmental Disabilities Service and Facilities Act, 1970年、公法91-517(発達障害者~サービス及び施設建設法)」、「Developmentolly Disabled Assistance and Bill of Right Act, 1975年、公法94-103、(発達障害者~援助及び権利章典法)」、「Developmental Disabilities Act, 1984年、公法98-527、(発達障害者法)」が制定された。

 これらの法律は、発達障害者に対して、人間としての尊厳や権利を重んじ、かつ、一般市民の生活を保障するために、適切なサービスを提供することを目的として制定されたものである。またその内容には、①巨大な施設から地域生活への移行、②権利擁護システムの確立、③人権擁護評議会の設置、④発達障害者の問題に関する大学への研究委託等が含まれている。

 (2)援助体制

 ⅰ アドボカシー、アドボケート

 アメリカでは、障害者の権利を擁護し、生活の質を高める立場で障害者を代弁する一連の活動をアドボカシー(Advocacy)、その活動をする人をアドボケート(Advocate)と定義づけている。元来発達障害者のアドボケートは親、友人、ボランティア等が、発達障害者の日常生活によりそい、本人の権利や利益を擁護・代弁する活動から発足したが、これが援助体制や法制度にまでとり入れられ、現在アドボカシーの形態は、①発達障害者個人に対するアドボカシー、②援助システムとしてのアドボカシー、③法律面から行われるアドボカシー等、発達障害者の生活のあらゆる領域へ浸透している。

ア 発達障害者個人に対するアドボカシー

 上記に述べた一般市民のアドボゲートの他、関係当局や裁判所(州により異なる)により任命される公的アドボゲートがある。公的アドボケートの責務は、施設入所者が適切なサービスを受けているか、不当な処遇を受けていないかを緻密に監視することで、発達障害に関する豊富な知識と経験が要求される。

イ 援助システムとしてのアドボカシー

 連邦および州政府に評議会、州立施設、州が関与している地域施設に人権擁護委員会、がそれぞれ設置されている他、マサチューセッツ州のように州の関係局内に副局長級を監督者とする人権擁護室を設け、評議会の提言を受ける一方、人権擁護委員会を監督するシステムをとっている州もある。このようにシステムアドボカシーは発達障害者のニーズに対応できるよう、機関や体制を改善する働らきかけを行う。

 次図はマサチューセッツ州の例を示したものである。

図 マサチューセッツ州におけるシステムのアドボカシーの例

図 マサチューセッツ州におけるシステムのアドボカシーの例

ウ 法的アドボカシー

 発達障害者法に基づき、州はその施行のために州法を制定した。このように権利擁護を目的とした法律の制定および裁判官等がこの面で関与することを法的アドボカシーという。裁判官の関与の一例をあげれば、施設入所の決定、発達障害者の避妊・人工中絶手術等特別の考慮を要する処遇については裁判官が決定する等である。

 ⅱ 権利擁護機関

 先にあげたシステム・アドボカシーの他、「発達障害者援助及び権利章典法(1975年)」に基づき、州内に権利擁護機関が設置されている。これは、アドボケート、ガ-ディアン2)、親、ボランティア、発達障害者等に対して、守られるべき権利、適切な主張の仕方、問題が生じた場合の対処等の研修活動、発達障害者の被害発生の予防や問題解決のための相談活動および一般市民に対する啓発活動を行っている。

 以上アメリカの施策例を紹介したが、デンマーク、イギリス、フランス、カナダ等でも障害者の人権擁護を目的とした各種施策がとられている。

おわりに

 精神薄弱者福祉のあり方はこれまでの施設中心の保護から、親なき後も安心して地域生活が送れるよう、また、一般市民と同様の自由と権利が保障されるよう、援助システムを確立していかなければならない。欧米においては精神薄弱の人権擁護を基本においた施策が急速にすすんでいるが、わが国においてはそれら施策について、いまだみるべきものがない。「自分の権利を正当に主張し、守ることが困難な人達の人権をどのように擁護するか」という観点から精神薄弱者福祉のあり方を早急に検討すべき時機にあると考える。

(注)

(1)アメリカの発達障害法にいう発達障害者とは、精神薄弱及び精神薄弱と同様の処遇を要する人たちであり、21歳までにその障害が発生し、次の7つの領域-①身辺処理、②言語理解・表出、③学習、④運動、⑤自己指南、⑥自立生活、⑦経済力-のうち、3つ以上において能力が劣り、長期間のサービスを必要とする人をさす。

(2)Guardian 精神薄弱者、精神病者等のうち、自分の事柄が決定できない人に代って決定することを裁判官により命ぜられた人をいう。

*東京都心身障害者福祉センター精神薄弱科長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1987年11月(第55号)30頁~36頁

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