特集/総合リハビリテーション研究大会'87研究発表論文 聴覚障害者への情報伝達のための速記タイプライタシステムの開発

特集/総合リハビリテーション研究大会'87研究発表論文

<工学>

聴覚障害者への情報伝達のための速記タイプライタシステムの開発

手嶋教之 *
山内繁 *
笹田三郎 *
滝修 *
富田宏 *
寺島彰 *
初山泰弘 *
津山直一 *

1.はじめに

 現在は情報社会であると言われている。マスメディアによる情報の他にも、各地で多くの講演会などが行われている。しかし聴覚障害者はその恩恵を十分に受けているとはいえない。その主たる原因は、現在の社会が障害者のためのシステムを確立していないためである。ほとんどの講演会などでは、聴覚障害者のための措置はとっていない。何らかの方法を講じていたとしても、障害を補う十分な方法ではない。

 例えば、多くの聴覚障害者が会議や講演に参加する場合、OHPによる要約筆記や手話通訳を用いることが多い。しかしOHPを用いた要約筆記の場合、話の内容を要約しながら、正確に、迅速に、読みやすい文字で筆記することは容易ではなく、実際には内容の半分も伝達することができない。手話も、話者に非常にゆっくり話してもらうか、手話通訳者が内容を要約しなければ速度が追いつかないこと、地域性があること等の多くの問題点がある。その他の方法も欠点が多く聴覚障害者に十分な情報を与えることはできない。そこで筆者らは、日本語会話をリアルタイムで要約せずに文字に変換し、表示することによって、障害者の社会参加を促進することができると考え、その目的のための速記タイプライタシステムを試作したので報告する。

2.文字入力方式の検討

 音声情報を文字に変換する最も望ましい方法は、オペレータを必要とせず、機械が自動的に音声認識を行って文字に変換するシステムである。しかし、不特定話者の音声認識は実現できておらず、将来的にもこのようなシステムが完成するまでには多くの時間が必要であると考えられている。そこで本システムでは、人間が認識した音声を機械に入力して文字を表示する方法を採用した。

 英語においては、その音声をタイプライタで記録することは容易である。これに対して日本語では、話者の話す速度に追従してカナタイプを打つことは、話す速度が非常にゆっくりである場合を除いて不可能である。また点字タイプについても、ゆっくりした話ならば記録できるにすぎない(表1)。そのため話し言葉を忠実に記録する方法として実用的には、テープレコーダを用いた記録や各種の速記などが使用されている。テープ録音は現在広く使用されているが、リアルタイムで文字を表示することには使用できない。また速記は、記録速度の遅さを補うために速記者が音声を速記記号に変換し、情報圧縮することによって記録量を減少させ、その結果速度を向上させる方法である(図1)。しかし、いずれの方法も出力が特殊な速記記号であるために、それを速記者が約10倍の時間をかけて文字として記録し直す必要があり、テープ録音と同様に出力のリアルタイム性に欠ける。講演の内容をただちに製本するシステムを作製した企業もあるが、これは細切れのテープ録音を複数の人が並行してワードプロセッサに入力する方法であり、本用途のようにリアルタイムで文字を表示することはできない。現在行われているこれらの方法では本目的を実現することはできない。

表1 聴覚障害者用音声文字変換装置の方式の比較
方式 正確性 記録速度 文字出力速度 備考
音声認識装置 × 技術的にはまだ無理
カナタイプ ゆっくり話せば可
点字タイプ ゆっくり話せば可
テープ録音 × 文字化に時間が必要
各種の速記 × 文字化に時間が必要
速記タイプライタ 現状では最適

  図1 速記における情報の流れ

図1 速記における情報の流れ

 速記タイプライタとよばれる装置を使用した速記法が一部で用いられており、その記録速度の速さは実証されている。我々はこの速記タイプライタに着目し、これにマイクロコンピュータを組み込むことによって、本目的を実現することを試みた。すなわち速記者が音声を速記タイプライタに入力し、打ち込まれた速記記号をコンピュータが文字に変換することにより、リアルタイムで文字を表示することが可能になると考え(図2)、システムを試作した。但し、本方式にもいくつかの問題点があるため、より有効な方法が他にないかどうかの検討は今後も続ける必要があると考えている。

  図2 速記タイプライタを用いた情報の流れ

図2 速記タイプライタを用いた情報の流れ

3.試作システム

 速記タイプライタを用いた聴覚障害者への情報伝達システムのブロック図を図3に示す。文字の表示を行う部分まで製作すると製品化した際にコストが高くなるため、表示部は市販のパーソナルコンピュータを利用することとし、文字を入力する速記タイプライタの部分のみ試作を行った。そのため、付属の各種周辺機器や市販ソウトウェアも利用することができる。

  図3 速記タイプライタを用いて構成した聴覚障害者用システムのブロック図

図3 速記タイプライタを用いて構成した聴覚障害者用システムのブロック図

 速記タイプライタのキーボード配列を図4に示す。キーは栂指を除く片手の4指で押す8個のキーが左右に2グループと、両栂指で押す中央の5個のキーの計3つのグループ、21個のキーより構成されている。速度の向上と疲労の抑制のために、キーは手指の形状に合わせて配置している。但し、図4の英字は実際のキーの上には書かれていない。これらの21個のキーのうちのいくつかを同時に押し、その組合せで文字を入力する。通常のタイプライタに比較してキー数が少なく、指を少し動かすだけで入力することができる。そのため多くの情報量を短時間に入力することが可能である。各グループはそれぞれ1つの文字を表現することができる。すなわち1ストロークで最大3つの文字を表わすことができる。ここで1つの文字とは、「が」、「ぱ」等の濁音・半濁音、「ぎょう」、「しゃ」等の拗音、「こう」、「ない」等の長母音や二重母音を含む118種の音を示す。そのため例えば「職業」という言葉は、カナタイプでは7ストローク必要であるが、本方式ならば1ストロークで入力できる。又、その他に「積極的に」、「働く」、「しなければならない」等の600種類以上の語句が、決まり文句として登録されている。これらを組み合わせることにより、1ストロークで最大1文節以上を入力でき、その結果どのように速く話されても、その速度に追従して入力することができる。但し、本方式による文字入力速度を測定した詳しい報告例はない。

  図4 速記タイプライタのキーボード配列

図4 速記タイプライタのボード配列

 以上のように、現在使用されている速記タイプライタは入力速度は優れているが、出力は一部の人しか解すことのできない速記記号である。例えば左のグループのYとKとAのキーを同時に押すと、記録紙上の左方にYとKとAという英字が印刷されるだけである。後で速記タイピストがその記録紙を見てそれが「きゃ」であると翻訳し、他の紙に文字で書き直す。この作業には非常に多大の時間を要する。そこでこの速記タイプライタの特長を生かしつつ、Y・K・Aを打てば速記記号文字変換辞書を参照して「きゃ」と出力するシステムを作製した。

 今回試作した速記タイプライタ単体のブロック図を図5に示す。マイクロプロセッサとしてはCMOSタイプのZ80を使用し、ROM32kB、RAM8kBを内蔵している。消費電力が少ないので、バッテリーによって駆動させることもできる。汎用I/FであるRS-232Cを使用してデータ転送を行う方式を採用したため、ほとんどの市販のパーソナルコンピュータと接続が可能である。その結果汎用性に富んだシステムを安価で構成することができる。速記記号は辞書を参照して文字に変換される。この辞書は速記タイプライタROM内に用意したものと、パーソナルコンピュータ内のものとを選択して使用できる。このため使用するタイピストが状況に応じて特別な速記記号を登録して使用することもできる。速記タイプライタからパーソナルコンピュータに送られた文字データは、ビデオプロジェクタ、大画面TV等に表示され、聴覚障害者に呈示される。また、この文字データを外部記憶装置に保存したり、プリンタ等の装置により印刷することも可能である。

  図5 速記タイプライタのブロック図

図5 速記タイプライタのブロック図

 今回試作した速記タイプライタの外観を図6〔写真略〕に示す。

4.考察

 本システムの基本原理は、実際に使用されている機械式の速記タイプライタと同じであり、そのデータ入力速度の有効性は実証されている。本方式に慣れている人に、実際に本装置を使用してもらった結果、本装置も同様に速く入力できることが確認できた。但し、プログラムを高級言語で記述した場合には、8bitのパーソナルコンピュータでは表示が遅れる場合があり、16bit機を使用する方が望ましいことがわかった。将来的に機械語化した場合は安価な8bit機でも問題はない。

 試作した装置のキー配列は、現在使用されている機械式のタイプライタを模している。このキーの形状や位置、高さ、キーを押すために必要な力は、速記速度や速記者の疲労度に大きく影響する。現在のキーはこの点でまだ問題があり、個人差も考慮にいれて、今後も改良を続ける必要があることがわかった。

 本速記タイプライタシステムのように、音声をリアルタイムで記録し、文字として出力する装置は今まで存在しなかった。そのため本装置は多くの新たな可能性を生み出す。本装置を使用すれば、会議や講演等の詳細な記録の作成がテープ起こしの作業なしに、容易にかつただちに行うことができる。講演の記録を、その最後に出席者に製本して配布することも可能になる。また日本語ワードプロセッサの高速入力装置として使用することも考えられる。そのため本速記タイプライタは、単に聴覚障害者用にとどまらず、一般の企業や出版社等にも広く普及することが期待できる。その結果、システムの価格を安くできる可能性が高いと考える。

 試作したシステムの今後の問題点として、かな文字だけで漢字が表示できないこと、速記文法があいまいであること、誤入力に対する修正が困難であること、速記タイピストの養成に時間がかかることがある。

 かな文字だけの文章は読み難いため漢字変換の問題は重要である。入力の際に漢字も含めて入力することは速度的に不可能である。また、本タイプライタで入力されたかな文字を漢字変換する方法も、漢字の確認に時間がかかるためリアルタイム性は実現できない。現在一部で使用されている日本語ワードプロセッサの自動かな漢字変換ソフトウェアの正答率が向上すれば、この点は解決されると考える。しかし、現在はまだ誤変換が多く、かえって読み難くなる。この点については、特に難しい内容でなければ、分かち書きされたかな文字だけの文章を読むことは、速度的にも問題なくできると考えている。今後実際に聴覚障害者に協力してもらい、確認する予定である。

 現在使用されている速記文法は、入力速度のみに重点を置いて作られてきた体系であるために、1つの速記記号で複数の解釈が可能であり、前後の内容から判断しなければならない。これは現在の大型コンピュータを用いたときはある程度可能となるが、安価なシステムとするためにパーソナルコンピュータレベルを使用した場合は対応することはできない。このため現在使用されている速記タイプライタとのコンパチビリティや入力速度を若干犠牲にしても速記文法の改良・簡素化を行う予定である。現在の速記文法は、どのように速く話されても追従できるように限界を追求して作られており、通常の使用には冗長になっている。そのため多少速度が遅くなっても、通常の使用には問題がなく、本システムの利点を損なわないと考える。

 次々と話されている状況では、速記タイピストが入力ミスに気づいても、修正することは時間的に難しい。そのため速記タイプライタには修正機能は付けていない。しかし、誤りの発生頻度が少なくかつ大きな誤りでないならば、読者が前後の内容から正しく意味を理解することが期待できる。またもし必要なら、もう一人のオペレータが日本語ワードプロセッサを用いて、速記タイプライタシステムから送られた文字データの、誤りの訂正およびかな漢字変換を行うシステムにすることも可能である。またこのようなシステムにした場合、前記の文法のあいまいさの問題も解決することができる。しかし、人件費の増加や装置の複雑化の問題も生じるため、そのシステム構成については使用状況も考慮して検討する必要があると考える。

 本システムで早く入力するためには、多くの決まり文句を覚えなければならないとともに慣れが重要である。そのため速記タイピストの養成には時間がかかる。但し、通常の会話の速度では、1日1、2時間の訓練を数ヵ月程度行えば十分である。このシステムに対する需要が十分あれば、タイピストにとっても多くの収入が保証されるため、この程度の訓練であるなら大きな問題ではないと考える。但し、この訓練のプログラムについては、効率のよい方法を確立する必要がある。パーソナルコンピュータと組み合わせて構成した訓練システムの例を図7〔訓練用システムの構成例 写真略〕に示す。

5.まとめ

 日本語音声を要約せずに、リアルタイムで入力するための新しい速記タイプライタを試作し、それを用いて構成した聴覚障害者用音声情報伝達システムの可能性につき検討を行った。その結果、まだいくつかの問題点はあるが、本システムの有効性を確認することができた。また障害者用にとどまらず、一般用に広く使用される可能性があることもわかった。今後は本システムを使用してもらい、それをもとにシステムの改良及び辞書データの検討を行うとともに、実際に聴覚障害者に適用して、本システムの効果を確認してゆく予定である。

参考文献 略

*国立身体障害者リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1988年3月(第57号)32頁~36頁

menu