第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」 体外式陰圧人工呼吸器による筋ジストロフィー患者の在宅治療

第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」

【医学リハビリテーション】

体外式陰圧人工呼吸器による筋ジストロフィー患者の在宅治療

HOME CARE OF DUCHENNE MUSCULAR DYSTROPHY PATIENTS WITH RESPIRATORY FAILURE

石原傳幸
川村潤
横田名慈
五味慎太郎
宮川雅仁
儀武三郎
青柳昭雄
里宇明元**

はじめに

 Duchenne型筋ジストロフィー(以下DMDと略す。)は、最近ジストロフィンの筋細胞膜における欠損が原因であることが解明され大きな話題を呼んでいる。しかし、原因が分かっても治療方法は依然としてなく、毎年多数の患者が若年で死亡していく現状にある。我々は、その死因の80%が肺胞低換気による右心不全であることを既に発表してきた。DMDの呼吸不全治療は何らかの人工呼吸器によらねばならず、気管切開による陽圧式人工呼吸器を使用した場合、患者管理に医学的知識が必要となり家庭では対応が困難であった。

 我々は1984年よりEmerson社製の体外式陰圧人工呼吸器Chest Respirator(以下CRと略す)を入院DMD呼吸不全患者の治療に導入した。その結果良い治療成績を示す症例も経験したため、在宅DMD呼吸不全患者のCR治療も可能ではないかと考え、本研究を行った。DMD呼吸不全患者の在宅人工呼吸器治療はすでにアメリカなどで報告されてはいるが、治療開始時期、CR使用法など実際に治療していく上で重要な点については全く記載がなかった。そこで今回の研究は、1.CR導入時期における問題点とその対策、2.在宅CR治療時期における問題点とその対策につき明らかにすることを目的とした。

対象と方法

 研究期間は昭和61年5月より昭和63年10月15日までとした。対象は本院通院中の9人の在宅DMD患者である(表1)。表にはCR開始決定時の動脈血ガス分析所見もあわせて示す。CR開始時の平均年齢は19.1±1.6歳、全例男子であった。治療開始決定時の動脈血ガス分析結果はPaCOは最低値が59.9Torr、最高値が73.7Torr、平均値は65.6±4.3(Mean±1SD)、PaOは最高値は75.4Torr、最低値45.6Torrで平均値は63.5±12.4Torrであった。

表1 対象患者
番 号 年齢 PaCO2 PaO2
1 22  63.6Torr 47.2Torr
2 19  73.7 49.7
3 18  59.9 74.4
4 17  63.2 74.4
5 18  67.1 67.6
6 21  69.1 66.1
7 19  64.2 70.8
8 18  68.0 75.4
9 20  61.6 45.6
平  均

19.1

65.6 63.5
標準偏差

1.6

4.3

12.4

(注) 対象は9人のDMD患者、CR治療決定時の動脈血ガス分析値を右に示す。

 このようにCR治療開始時期は安静時のPaCOが60Torrを超えた時点とし、多くの症例では通院中に外来でコルセットを作成し、コルセット完成1日前に母親と共に入院させ治療法の指導を行った。最初30分程度のCR治療を昼間のスタッフの多い時間に開始し慣れさせた。その後、CR装着は深夜または早朝に行い日中はなるべく使用しないように指導した。このようにして夜間の装着時間の延長を徐々に図った。

 退院時期は夜間もしくは早朝3時間連続してCR治療に耐えられるようになることと、母親および父親がコルセットおよび呼吸器の操作に熟練することを目安とした。退院後も1ヵ月に1回の割合で来院させ状態のチェックおよび問題点の解決につとめた。

結果

――症例紹介――

 症例1.小学生時より当院の外来に受診中、兄が同様にDMDで15歳で緑膿菌肺炎にて既に死亡。13歳で脊柱側弯が出現、外来にてfollow-upしていたが、19歳時にPaCOが54.2Torr、PaOが68.7Torrと呼吸不全が出現した。外来で観察していたが、21歳時の昭和61年4月30日肺炎にて入院した。その際、PaCOが63.6Torr、PaOが47.2Torrと呼吸障害の増悪をみとめたので両親と相談の上、CR治療開始を決定した。ただちに体幹コルセットを作成し、同年5月12日にCR治療を開始した。約1週間程度で夜間3時間装着可能となり、5月23―26日には自宅外泊を無事に行った。その後順調に夜間8―9時間装着可能となったため、CR開始後22日の6月2日に退院となった。

 退院後も順調に夜間8―9時間の在宅治療を行っていた。同年秋に北海道旅行をしたいとの希望があり、CR持参を条件に許可したところ6泊7日の旅行を両親とともに無事終了し帰宅した。その後も順調に自宅で生活していたが心不全を併発し昭和62年4月1日当院で死亡した。CR治療は326日であった。

 症例2.中学卒業時まで当院の筋ジストロフィー病棟に入院していた。入院時はPaCOが50Torr台であったが、退院後の初めての外来受診時にPaCOが77.4Torr、PaOが65.7Torrと悪化しており外来でコルセットを作成し、完成の1日前に入院となる。昭和62年6月5日よりCR治療を開始し、27日目に退院となる。昭和63年5月15日より8月29日まで父親のヘルニア手術のために介助が自宅では不能との申し出により入院となったが無事退院し元気に生活している。この患者もCR持参で旅行を行っている。

 症例9.20歳で東京昭島市に在住しているDMD患者。某院に通院していたが、夜間の呼吸困難が増悪し受診したところ、PaCO61.6Torr、PaO 45.6Torrを指摘され本院にCR治療のため紹介された。昭和63年6月16日に本院初診、同日コルセットを採型し完成日の6月23日に母親と共に入院した。ただちにCR治療開始、順調に装着時間も延長できたため6月29日に退院し自宅で8―10時間のCR治療を続けている。

――自宅と病院の所在――

 当病院と自宅の所在を図1に示す。埼玉県在住患者が5人、東京都が2人、群馬県および茨城県がそれぞれ1人ずつであった。群馬県在住患者は通院に2時間30分を要した。すべての家庭が自家用車を持っており、通院はその自家用車で行っていた。

図1 東埼玉病院と患者の所在地(症例1―8)
症例9は昭島市在住、●は本院、☆は生存患者、★は死亡患者を示す。

図1 東埼玉病院と患者の所在地

――CR治療が動脈血におよぼす効果――

 入院中にCR装着直前と治療開始1時間後に人工呼吸を続行しながら動脈血ガス分析を行った。

その結果を表2に示す。PaCOは治療前平均値が66.3±8.2Torrから60.9±6.2Torrへと、PaOは65.8±10.8Torrから72.6Torrへとそれぞれ改善した。PaCOに関しては1%の危険率で有意差を認め、PaOに関しては0.1%の危険率で有意差を見た。

表2 CRによる動脈血ガス分析所見の変化

症例

年齢 CR前PaCO2PaO2 CR中PaCO22PaO2
1 22 60.8

Torr

44.0 53.0

Torr

51.4
2 19 65.9   67.3 64.8   71.9
3 18 58.7   72.5 56.7   77.6
4 17 59.0   73.7 52.4   77.1
5 18 67.1   67.6 64.9   75.1
6 21 62.4   71.6 61.1   75.8
7 19 77.9   71.5 69.1   78.4
8 18 63.3   73.2 57.9   83.7
9 20 81.6   50.8 68.0   62.1

平均

19.1

66.3   65.8 60.9   72.6
標準偏差

1.6

8.2   10.8 6.2   9.9

(注)CR治療前と1時間後の治療中における動脈血ガス分析所見である、期待した程には改善が見られなかった。

 

――CR治療導入のために要した入院日数――

 表3には各症例の入院日数を示す。第1例は初めての試みであったため35日の入院を要した。その後は徐々に日数が減ってきており第9例ではたった7日間の入院で目的を達成できた。平均では19.2±8.6日であった。

表3 CR導入のための入院回数
症例 入院 症例 入院
35日 13日
27 20
18 12
25 7
16    

(注)入院日数の平均は19.2±8.6日である。最近の5例では13.6±4.8日と約2週間程度で退院可能となっている。

――CR治療中の入院――

 表4にはCR在宅治療中の入院状態を示す。9例中の4例が気管支炎、心不全、介護者不在などで入院を経験した。

表4 CR治療中の一時入院
症例番号

転帰

治療日数

一時入院日数と理由

死亡 325日 38日(気管支炎、心不全)
生存中 493 107日(父の手術)
403 0日
343 17日(気管支炎)

死亡 28 0日
生存中 322 31日(睾丸炎)
死亡 156 83日(骨折)
生存中 188 0日
114 0日

 

――CRによる治療成績――

 現在までに9人の症例を治療し3人が死亡し6人が生存中である。表5に成績を示す。昭和63年10月15日現在で平均253.1±133.6日が治療日数であった。最短が28日、最長は493日である。死亡3人の治療日数は平均180.3±148.6日であった。生存者6例の平均治療日数は305.2±145.2日であった。      

表5 CR治療成績
症 例 年齢 転 帰 治療日数
22

死亡

325
19

生存中

493
18 403
17 343
18 死亡 28
21 生存中 322
19 156
18 死亡 188
20 生存中 114
平均

19.1

 

253.1

標準偏差

1.6

 

133.9

(注)DMD患者でPaCO2が60Torrを越えると平均余命は6カ月である。外来患者ではいつ60Torrを越えたかを知ることは不可能であり治療日数と平均余命を比較することしかできないが、平均では約70日上回った。

考察

 CRは陰圧人工呼吸器の一種であり、1938年頃のポリオの大流行期にポリオに併発した呼吸不全の治療のために考案された。原型は“鉄の肺”であるが、“鉄の肺”は器械が大きく患者の頭部を除く全身を器械にいれるためケアが困難である、静脈還流が減少するなどの問題点があり“鉄の肺”の小型版として“鉄の肺”より10年遅れて作成された。人工呼吸器としての効果は著明なものではなく、今回の結果でもPaCOで平均5.4Torr、PaOで平均6.8Torr改善が見られたに過ぎない。ポリオにおける“鉄の肺”による治療では1回換気量は約700ml程度に上昇するとされているので陰圧人工呼吸器自体の欠点ではなく、CRの欠点であろう。この効果のなさは胸腹部に装着するコルセットに起因するものと考えられる。CR治療では一般に鎖骨下から腸骨部までをコルセットで覆うが、胸郭は鎖骨下で固定されており、それより下部を陰圧で拡張させようというのが原理であり、この治療法には限界があることは明らかである。しかし、逆に考えると効果が無い代わりに誰が使っても陽圧式人工呼吸器のように血液ガスが過剰に是正されることはないので安全な器械であることになる。この点でCRは在宅患者の呼吸不全治療には適したタイプの人工呼吸器であるといえよう。

 このCRは1970年代後半になってから神経筋疾患呼吸不全の治療に応用されるようになった。1979年にカナダのO'Learyら、1981年にはアメリカのCurranにより筋ジストロフィーの呼吸不全治療への応用が発表され注目された。我が国では、1980年より徳島の原田、松家らによりCRが試作されたが市賑されるには至らなかった。ちょうどこの頃からDMDの呼吸不全が末期ケアの上で重大であると日本でも認識されるようになっていた。DMD患者の80%が呼吸不全で死亡することから、当院では日本製品の発売を待つことが出来ず、1983年にアメリカのEmerson社に連絡をとりCRを輸入した。その後紆余曲折があったが、1988年秋までに我が国にEmerson社のCRは130台程輸入され、入院患者には保険診療もできるようになり、CR治療は一応軌道に乗った感がある。

 DMD呼吸不全の治療には人工呼吸器使用が不可欠である。従量式や従圧式のような陽圧式人工呼吸器を採用する場合は気管切開がどうしても必要である。この場合は気管からの出血や感染しやすいなどの危険性を伴い、コミュニケーションをどう確保するかが問題となる(最近はスピーキングカニューレによりこの点は解決されつつあるが)。また気管カニューレの交換や気管内洗浄などには医療知識が必要であり、人工呼吸器の価格が高いなどの欠点があげられる。しかし、この方法では前述の通り血液ガスは正常化が可能であり、是正過剰の危険性を伴うものの人工呼吸器としての効率は良い。これに対しCRは約50万円で入手可能であり、安価である。気管切開を必要とせず、治療時間以外はコルセットをはずせば常人と何の変化もない。会話や食事も自由にでき、EmersonのCRが小型で軽量であることから外出や旅行にも携帯可能である。器械の操作方法やコルセットの付け方はやや熟練を要するが、今回の経験からは教育には最短1週間あれば可能であることが判明した。コルセットの作成がやや困難であることや呼吸器としての効率が陽圧式にくらべ格段に劣ることが第1の欠点である。他の欠点としては、器械作動中の騒音や皮膚温の低下などがあげられる。騒音については消音器も発売されており、対処可能である。皮膚温低下の原因はコルセットと皮膚の間からの空気のリークによるものであり、布・サランラップ・スポンジなどを補填し対処しているが、足りなければ電気毛布や厚着させる場合もある。

 当院のCR治療入院患者には開始以来すでに4年5ヵ月を超えた症例もみられるが、アメリカでの治療成績は平均でも58ヵ月と格段によい。ただし、平均PaCOが58Torrと我々よりも早期に治療を開始し、またCRだけではなく“鉄の肺”を含む他の陰圧呼吸器を併用しているらしい。PaCOが60Torrを超えた患者の平均生存期間は6ヵ月であり、今回の平均治療期間は253日と約2ヵ月延長しているに過ぎない。側弯症の重篤な患者にも無理やりコルセットを作成していることが成績が劣っていることの原因ではないだろうかと考えている。単純にCRと陽圧式呼吸器の選択を決定することはできないが、少なくとも陽圧式呼吸器使用の前に試みてみる価値がある治療法といえよう。

表6 CR装着スケジュール
1日目   外来にてコルセット採型

6日目   母親と共に入院。

7日目   コルセット完成 CR治療開始

 :     CR操作習熟

 :     コルセット扱い習熟

21日目頃 退院し在宅治療へ

(注)1.原則としてPaCO60Torr以上で開始を決定する。

2.夜間もしくは早朝3時間以上治療可能であり、かつ両親がCRとコルセットの扱いに慣れていることを退院を基準とする。

 表6に我々のCR装着スケジュールを示す。外来でコルセットの採型を行うのが1日目、6日目に母親とともに入院、7日目にコルセットが完成するので、CR治療を開始(この場合は日中に30分程度)。治療時間はなるべく昼間を避け明け方より深夜にむけ延長を図る。退院基準は1.夜間もしくは早朝連続3時間以上CR装着が可能であること。2.両親がコルセットの装着と器械操作に習熟すること、の2点である。最短7日、最長35日を要したが最近の5例での平均所要日数は13.6±4.8日であり約2週間で在宅治療まで可能な状態に持ち込めると考えている。

 在宅人工呼吸器治療を円滑に行うためには、器械故障時の対応法を整えることが必要不可欠である。当院では日本筋ジストロフィー協会埼玉県支部と協議し、県支部に余分のCRを用意してもらうことでこの点を解決した。幸い県支部は当院敷地内にあり患者にとっても便利である。呼吸器の故障は時々みられ、日常の手入れによる予防が大切であり、この点も入院中によく指導することが重要である。また今回の結果からも約半数が退院後に入院をしており、退院後も緊急入院の可能性を考慮し体制を整える必要がある。緊急時にはいつでも入院出来るという安心感を家族および患者にあたえることが大切である。

結 論

 国立療養所東埼玉病院デイケア外来に通院中のDuchenne型筋ジストロフィー患者で肺胞低換気による呼吸不全状態を呈した9人にEmerson社製Chest Respiratorにより在宅人工呼吸器治療を試みた。全例で当初入院が必要であるが、治療導入スケジュールとしては、外来でコルセットを作成すれば2週間程度の入院で指導可能であることが判明した。在宅治療中も半数の例で入院しており緊急時の体制を整えることが大切であると思われた。呼吸器の故障に対しては日本筋ジストロフィー協会埼玉県支部に呼吸器を用意してもらうことで解決した。9人のうち3人が既に死亡した。昭和63年10月15日までの治療期間は平均253日であり、PaCO60Torr以上の自然歴における平均経過日数180日よりもやや延長がみられた。CR治療は安全な治療法であり在宅でも十分に実行可能な治療法といえよう。

 現在、入院患者では保険診療も可能となっているが、在宅保険診療はまだ認められておらず、また在宅患者についてはCRも自己負担である。Duchenne型筋ジストロフィー患者の80%は呼吸不全で死亡し、最近在宅患者が増加していることから今後在宅での人工呼吸器による治療が増加するものと考えられるので、対策を早急に考慮する必要があると考えている。

参考文献 略

国立療養所東埼玉病院内科
**同病院理学診療科


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)3頁~8頁

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