第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」 リハビリテーション医学における筋萎縮と筋力低下に関する研究

第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」

【医学リハビリテーション】

リハビリテーション医学における筋萎縮と筋力低下に関する研究

MUSCULAR ATROPHY AND STRENGTH IN MEDICAL REHABILITATION

蟹江良一

はじめに

 運動器の障害を大きな対象とするリハビリテーション医学において、筋肉の萎縮と筋力の低下は重要な問題である。そこでこれらの生物学的、生理学的意義につき研究し、体内における状態を理解することは、これらの改善のための手段、すなわち臨床的に適切な治療法を決めることが出来るし、さらにはそのために有効なリハビリテーションを企図し、施行して行くことに役立つ。

 最近、著者らはこの問題を股関節疾患、なかでも変形性股関節症における股関節周囲筋とくに外転筋について、種々の方法、すなわち外転筋筋力測定、骨盤部CT像および臀部以下の両下肢サーモグラフィなどにより検索、検討している。その結果、筋萎縮と筋力低下との間には極めて大きい関連性があることを認めているので、ここに括めて報告する。

対象並びに方法

 当院にて加療中の変形性股関節症(以下変股症)患者を対象とし、外来通院時、手術のための入院時および入院期間中、さらには術前・後のリハビリテーション施行時など種々の時点において経時的に行った検査結果を用いて比較、検討した。

 検査方法としては、本研究では次の3種類の方法が行われた。

 1.外転筋筋力測定

 股関節外転筋の等尺性筋力を、客観的にかつ数量化出来るように独自に開発、作製した、strain gaugeを用いた装置を使用して測定した。装置および測定方法を図1に示すが、被検者をベッド上に背臥位とし、足関節直上部で装置と固定して、合図により両側同時に10秒間ずつ10回、外転動作を行わせ、その際のハガネ板の歪みをそこに取り付けたstrain gaugeで検知し、増幅器を経て記録し、描かれたカーブより最大筋力値を標準バネ秤りによる基準値を用いて測定し、さらにテコの原理よりこれを大転子部での値に換算し、等尺性外転筋筋力値とする。さらに各人の体格差を考慮し、これを体重で除して筋力の体重比を求め、K値とした。

図1 等尺性股関節外転筋筋力測定法

図1 等尺性股関節外転筋筋力測定法

 各測定時における変股症の臨床像の程度としては、日本整形外科学会および日本リハビリテーション医学会基準による合計100点満点の股関節機能評価点数(以下股評価)を求め、これを使用した。次の2および3における検査でも同様に、同時点での股評価点数を用いた。

 2.骨盤部CT像

 著者は骨盤部でのCT検査により各臀筋の断面像が明瞭に得られることに着目し、種々のレベルでの多数の断面像を検討した。中臀筋のほぼ中央部の画像が最も適切に大、中、小臀筋を1枚の画面上で読影し得るので、画像処理法にて、目的とする筋肉の断面の外周を取り囲み(関心領域トレース法)、左右の断面積を測定し、患側/健側の比を求め、面積比とした。また同時にその範囲の各筋肉の平均濃度をCT値として測定し、同様に患側/健側の比を求めてCT値比とした。さらに同時点での外転筋筋力値を前記1の方法により測定しK値を求め、やはり同様に患側/健側の比を筋力K値比とした。

 3.臀部サーモグラフィ

 臀部以下、両下肢の皮膚温をサーモグラフィ装置を用いて測定し、左右を比較した。被検者は下半身脱衣後、温度順応させ、脚長差があれば補正し、立位で後面のサーモグラムを得る。画像処理の段階で一定領域内での平均皮膚温を算定し、左右の温度差を求めた。なお目的とする範囲を体の輪郭に沿って自由に取り囲むことが出来る、独自に開発したプログラムを使用することによって(多角形領域法、任意領域法)、測定精度を高め得た。

結果並びに考察

 3種類の検査方法によって得られた結果を記し、これに対して考察を加える。

 1.外転筋筋力測定

 股関節の外転動作に際して発揮される健常人の外転筋筋力値は、本装置開発時に測定した値では男性で40例の平均が160.8±25.2kg、女性で40例の平均が108.2±17.4kg、体重比K値は男性2.70±0.41、女性2.20±0.31であった。

 その後、変股症手術群での測定で、入院時の筋力値は32例の平均が、48.2±24.8kg、K値は0.93±0.45で、さらに股評価点数は40.2±14.8点(正常100点)という結果を得た。また多くの症例の臨床的な経時的推移をみていると、症状の増悪すなわち股評価点数が低下するにつれて、外転筋の筋力値およびK値は徐々に減少していくことを認めている。

 いまこのような患者に対して、手術として人工股関節置換術を施行した場合の術前、術後の外転筋筋力の経時的推移を、別の群の片側症例30例につき詳細に検討してみた結果を示す。まず臨床症状は股評価点数として術直前33.9±8.9点であったものが、術後2週では55.3±3.7点、4週では67.1±5.3点、6週73.4±5.9点、8週88.6±6.1点と順調に点数が増加する、つまり症状が改善していることがよくわかる。この際に測定した外転筋筋力値および体重比K値の推移を図2および図3に示すが、ここでまず気付くこととして、入院後直ちに術前リハビリテーションを開始すると、訓練1週間後にはK値は手術側で1.00±0.32から1.19±0.28へと筋力の増大を認める。これは当然同時に行われた反対側でも訓練効果が現われ1.36±0.46から1.53±0.44へと増大をみる。ここに筋力増大に果たす術前リハビリテーションの有用性が理解できる。

 さらに術後の推移としては、2週後には一時的に低下し0.78±0.34となるが、これは手術による影響で、その後は4週では1.25±0.38と術前を超し、引続き6週1.62±0.42、8週1.79±0.42と術後の積極的リハビリテーションの進行につれて外転筋筋力が増大する状況がよくわかる。同時に訓練効果により非手術側の筋力の増大も認められる。

図2 THR前・後の股関節外転筋筋力値の推移

図2 THR前・後の股関節外転筋筋力値の推移

 

図3 THR前・後の股関節外転筋筋力値/体重(=K)の推移

図3 THR前・後の股関節外転筋筋力値/体重(=K)の推移

 2.骨盤部CT像

 まず健常者8例の骨盤部CT像を検討した結果、その一画面を図4(略)に示すが、そこには大臀筋(符号A、D)中臀筋(B、E)、小臀筋(C、F)を明瞭に区別し得ることがわかった。多数のレベルでの断面像のうち大、中、小臀部が揃う位置での画面を選び、トレース法で各筋を囲み、左右を比較し、その面積比およびCT値比を求めた。いま外転筋群の代表としての中臀筋の値を測定し、左側に対する右側の割合を求めたところ、面積比は平均1.00±0.04、CT値比は平均0.98±0.04とほぼ1.0付近に集まり、左右ほぼ同値で、同じような状態であることがわかった。

図4(写真) 健常者の骨盤部CT像 (略)

A.D:大臀筋(M.glutaeus maximus)

B.E:中臀筋(M.glutaeus medius)

C.F:小臀筋(M.glutaeus minimus)

 

 一方、変股症患者でのCT像では、中臀筋は明瞭に患側像が縮小し、断面積が減少していることを認めた。同時にその像は粗造化し、濃度も低下していることがわかった。これは大変興味深い重要な所見であり、このことは筋肉が萎縮して、かつ粗な状態であることを意味する。そこでデータ処理して左右の面積およびCT値を計測した。いま図5に58歳女性、左変股症の症例を示す。図5の写真(略)の線で囲まれた中臀筋を比較すると患側の筋萎縮の状態が明瞭である。患側(左側、ROⅠ―1)と健側(右側、ROⅠ―2)の各々の計測値およびその比は下の表のように、面積比、CT値比、同時に測定した筋力K値比はいずれも1.0以下で、患側が低値を示していることがわかる。他の症例でも同様のことがいえ、多くの症例の臀部で外観的にも筋の萎縮が認められる。

図5の写真(略)

図5 症例:O.Ri.(58歳、女性)
左変形性股関節症
  面積(mm2 CT値 K 値
ROⅠ―1(左) 1239.3 29.69 0.25
ROⅠ―2(右) 1930.8 47.51 0.54
比(患側/健側) 0.64 0.63 0.46

 そこで片側例20例の各々の値の患側/健側の比の関係をグラフに表わしたものが図6および図7で、面積比とCT値比の間および面積比とK値比との間には明らかに相関性を認めた。

図6 中臀筋の面積比(患側/健側)とCT値比(患側/健側)の関係

図6 中臀筋の面積比(患側/健側)とCT値比(患側/健側)の関係

 

図7 中臀筋の面積比(患側/健側)と外転筋筋力のK値比(患側/健側)の関係

図7 中臀筋の面積比(患側/健側)と外転筋筋力のK値比(患側/健側)の関係

 これらのことは中臀筋のみならず、小臀筋、大臀筋にも同様に認められ、面積比、CT値比が減少することがわかり、股関節外転動作への小、大臀筋の影響も大きいと考えられる。その1例を図8に示す。さらに手術症例で、術後これらの改善傾向が認められるものが多い。

図8の写真(略)

図8 症例:Ma.Ki.(65歳、女性)
右変形性股関節症
  面積比 CT値比 K値比
中臀筋 0.67 0.31 0.60
小臀筋 0.67 0.01  
大臀筋 0.63 0.26  

 これらより筋肉の断面積の減少は筋肉の量的減少を示し、CT値のそれは質的な変化を示すもので、いずれも筋萎縮の病態を意味し、両者の減少は筋力の低下を惹起するものと考えられ、これらは大変興味深い結果である。

 3.臀部サーモグラフィ

 身体表面の温度変化は、体内の病的状態を敏感に反映し、種々の重要な情報を提供してくれる。立位、後面での臀部のサーモグラムは直下に存する股関節外転筋としての大、中、小臀筋の状況が大きく影響するものと考えられる。

 いま片側変股症例の1例(54歳、女性、左側)のサーモグラムを図9(略)に示す。患側の左臀部を中心として低温部位が存在するのがよくわかる。多数の症例の検査結果より、片側例では全例に患側股関節から大腿近位後面に皮膚温低下が認められることを見いだした。また症状の進展につれてその程度が増加する傾向も認めた。

図9(写真) 左側変股症例の臀部サーモグラフ (略)

 そこで左右同じ部位の平均温度を測定し、左右の温度差を求めてみた。多くの症例で患側の臀筋が肉眼的にも萎縮していることに注目し、この部位を中心に、方法の項に前記したごとく独自に改良した手法により臀筋領域を取り囲んで測定処理した(図10 略)。無作為抽出による20症例での左右の平均温度差と、同時点での股評価点数との関連性をグラフに表したものが図11であり、明らかに高い相関性が認められた。

図10(写真) 図9の左右臀筋領域の平均温度差測定 (略) 

図11 左右の平均温度差と股関節機能評価点数との関係(片側変形性股関節症の臀筋領域)

図11 左右の平均温度差と股関節機能評価点数との関係(片側変形性股関節症の臀筋領域)

 さらに手術(人工股関節置換術)施行症例で、術後低温程度が改善し、左右差の減少傾向を認めたり、また股関節固定術後の不動症例での下肢全体の筋萎縮と皮膚温低下や、同様症例の固定をはずし人工股関節に置換した授動症例での術後の温度差の減少例など興味ある所見を得ている。

 これらの結果を考慮するとき、さらには上記の骨盤部CT像における臀筋の筋萎縮や、外転筋筋力低下などを考え合わせるとき、この部位に皮膚温低下を認めたことになり、これの発現機序にとって、筋萎縮や短縮の関与は大で、これによる局所の循環不全がその主因をなしていると考えられる。

むすび

 リハビリテーション医学における筋萎縮と筋力低下の問題を、変形性股関節症の自験例における3種類の新しい検査方法による結果から検討した。これにより外転筋筋力測定による筋力低下、骨盤部CT像での筋萎縮、臀部サーモグラフィでの皮膚温低下の程度と、臨床症状の程度の相互間には相関性が高く認められた。さらに症状の増悪に伴うこれら所見の進展や、逆に治療とくに手術および積極的術後リハビリテーション施行によるこれらの改善傾向が認められた点は、運動器のリハビリテーション医学を考える上で大きな意義を有するものと思われる。

 さらに日常臨床上、侵襲の少ないこれら諸検査は、リハビリテーション医学における評価や、治療方針の決定、治療効果の判定などに大いに有用であり、本質的には病態解明の一助にもなり得るであろうと考えられる。

参考文献 略

名古屋市立大学医学部整形外科・リハビリテーション部


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)9頁~14頁

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