第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」 外傷性腕神経叢麻痺患者の社会的役割の変遷

第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」

【社会リハビリテーション】

外傷性腕神経叢麻痺患者の社会的役割の変遷

――社会的側面への対応について――

THE PRESENT STATE OF SOCIAL REHABILITATION IN THE TRAUMATIC INJURY TO THE BRACHIAL PLEXUS

原徹也
高橋雅足 **
崔浩生 ***
椎名喜美子 ****
仲木右京 ****

はじめに

 外傷性腕神経叢麻痺は、青少年のオートバイ事故によるものが多く、一側上肢の重篤な機能障害をきたす。したがって麻痺の発生および遺残、またそのために費やす治療的時間は、その個人の現在から将来にわたる社会的役割に大きな影響を及ぼす。当院では、昭和55年以来、比較的多数の外傷性腕神経叢麻痺患者を診療しており、腕神経叢の損傷範囲、程度を確実に把握することにより、機能再建術を含めた一連の治療プログラムを進めてきた。

 治療は麻痺型に応じて失なわれた機能が異なるため、そのneedに応じて機能再建をすすめる必要がある。肩関節の機能再建を要する場合は関節固定術、あるいは多数筋同時移行(僧帽筋を上腕骨頸部に外転筋とし、大胸筋鎖骨部を鎖骨遠位端および肩峰前面へ移行し前方挙上筋とし、広背筋を[そう]下筋付着部へ移行し外転・外旋筋とする著者らの方法)を選択する。肘屈曲筋再建には肋間神経移行術あるいは陳旧例では遊離筋移植術との併用、筋腱移行術を要すればSteindler法を主として行う。前腕機能としては補助手としての観点から回内再建を(回復した)上腕二頭筋の走行変換術によっている。手・指機能は麻痺型に応じ単なる手関節固定術から腱移行術まで各種の方法がある。上肢の失われた機能を再建するには手術回数も複数回を要し、時間も、費用も少なからざるものがある。欧米においては腕神経叢麻痺の経済学(medical economics)という考えも出されて来ており、むしろ何も治療しない(あるいは早期切断、義手)、早期社会復帰という考えもひとつの方法であると主張するものもいる。しかし、この考えは治療法の限界からもたらされているものと思われ、著者の病院ではこの考えは採用せず、出来るだけ機能再建術を組み合わせて行い、能動手、あるいは補助手としての機能を持たせる努力を行っている。

 作業療法部門(以下OT)においても初診時から患者とのかかわりをもち、全体的な治療プログラムにそって患者の身体機能面のみならず、心理・精神面、そして社会的側面の評価を経時的に行い、常に全体像を基にした対応をしている。そこで今回、受傷後および治療経過における患者の社会的役割の変化を調査し、その結果をもとに、治療過程での具体的な対応について報告する。

調査の対象と方法

 当院において、1980年10月1日から1987年12月31日までの7年余りに診療した外傷性腕神経叢麻痺患者128例を対象とし、面接、あるいは診療時における面談資料、およびアンケート調査の資料に基づいて検討を行った。

結果

 128例中、89例(69.5%)から回答を得た。

 受傷時年齢は、14歳から54歳、平均22.1歳であった。受傷時の社会的役割は、学生40.4%(36名)、就労者(定職者)53.9%(48名)、無職・その他5.7%(5名)であった(図1)。そのうち学生であった者のうち、高校在学中の症例が最も多く61.1%(22名)を占めていた(図2)。就労していた者を職種別に分類すると図3に示すとおり、技能工・製造・建設・労務等の身体労働を要する職についていた者が最も多く41.7%(20名)であった。しかし運転、農業、賑売など身体を何らかのかたちで動かすもの30.3%を加えると身体労働作業従事者は総計72%にも達する。

図1 受傷時の社会的役割

図1 受傷時の社会的役割

図2 学生の内訳

図2 学生の内訳

図3 受傷時の職種

図3 受傷時の職種

 受傷時学生であった症例の受傷後の変化を図4に示す。受傷後も学校生活を継続できた者は、全体の83.3%(30名)であるが、そのうち27.8%(10名)の者が留年を経験し、通常の就学年限を平均1年2ヵ月間越えていた。また、16.7%(6名)の者は中途での退学にまで至っており、いずれも高校生であった。これは、1986年度の全国の高校中退率の平均2.2%を大きく上回っていることになる。

図4 受傷後の社会的役割の変化

図4 受傷後の社会的役割の変化

 図5に就労していた症例の受傷後の変化を示す。受傷後、退職または失業に至った者は、54.2%(26名)であった。また仕事を継続できた者は、35.4%(17名)であったが、そのうち現職を継続できたものは、全体の20.8%(10名)にすぎなかった。

図5 受傷後の社会的役割の変化

図5 受傷後の社会的役割の変化

 現在の社会的役割を図6に示す。何らかの社会的役割を有しかつ継続しているものは、全体の68.5%であった。また受傷時と比較して無職の割合が多くなっているが(受傷前5.6%が23.6%となっている)、休職中であるものも含めて約半数は現在も治療を継続している者である。

図6 現在の社会的役割

図6 現在の社会的役割

 現在の就労者の職種別傾向を図7に示す。

図7 就労者の職種別割合

図7 就労者の職種別割合

 受傷時の傾向(図3)と比較すると、技能工・製造・建設・労務等の職業が減少し、事務的・専門的職業、技術的職業の比率が高くなっている。この中には、受傷後に職業訓練を受け再就労した者も含まれている。

考察

 以上の結果から、外傷性腕神経叢麻痺患者は、若年齢層が多く、受傷時には大部分の者が何らかの社会的役割を有している。しかし、受傷後60.7%の者がそれまでの社会的役割の継続に影響を受け、中でも36%の者は、その変更を余儀なくされている。現在においては、約30%の者が社会的役割を有しえずに至っている。また現在就労している者の職種傾向としては、約半数以上を専門的・技術的職業、事務的職業が占めており、受傷時の職種傾向と比較して身体労働を要する職種の継続、再就労の難しさを示している。

 外傷性腕神経叢損傷の治療は、その損傷範囲および程度により異なるが、数多くの症例経験を積み軌道に乗っている当院での治療期間でさえも、平均2年4ヵ月間を要している。麻痺の発生のみならず、治療に費やす時間的制約により患者のそれまでの社会生活の継続に支障が生じることも少なくないことは事実であろう。したがって、我々が治療計画を立案するにあたり、患者の社会的役割を十分に把握し、可能な限りその社会生活を維持しつつ治療を進めていくことが望ましいと考える。また、患者の多くは、通常であれば自己の社会的役割・生活を選択したり、そのための準備をする時期である青少年期に受傷したものであり、ただ単に身体的治療にのみ終始するのではなく、患者との建設的なかかわりあいを基に、社会復帰に至るreadinessを養いつつ、治療・指導を進めていくことが重要であると考える。

対策―当院における社会的側面への具体的対応

 当院では、通常初診時より整形外科医と共にOTも対応し、患者の身体面、精神・心理面、ならびに社会面の評価を行う。この時から実際的な社会面への対応が開始される。すなわち初診時に患者の社会的役割について、より具体的に把握することで、社会との接点を維持しながら治療を進めるという我々の基本方針のもと、今後の治療過程における問題点および目標設定についての具体的な検討が可能となる。例えば患者が高校生の場合、現在、欠席中か? 休学中か? 欠席や休学の許容期間は? 学校生活を継続する意志はあるか?進学希望か? 将来の希望を持っていたか?等々を聴取する。そして、これらの情報によって、その患者の学生としての役割が可能な限り維持できるよう、治療との時間的調整、また、受傷したことでいとも簡単に学校生活の継続を諦めてしまう患者も少なくないことから、継続への動機づけ等の問題も含めて、今後の治療遂行上の示唆が得られるのである。

 麻痺の確定診断後、それぞれの麻痺のタイプにより治療プログラムがたてられる。とりわけ非回復性麻痺の場合は、機能再建術を含めた治療がプログラムされる。表1に示すように機能の再建は失われた機能それぞれに対して施行されるため、前述したように平均2年4ヵ月間の治療期間を要す。従って、その治療過程においても、患者の社会生活との調整が必要となってくる。当院では、出来る限り入院での治療期間を短期にし、外来通院での治療を主体としている。そこで、手術内容によって、その入院期間、術後の固定期間、術後のリハビリテーション時期等のおおまかな時間的スケジュールが計画でき、これに基づいて患者の社会生活との綿密な調整が事前に可能となるのである。具体的には、学生の場合、夏休み等の長期休暇を利用して手術のための入院または、術後のリハビリテーションにあて、学校生活への支障を最低限に押さえるようにしている。仕事についている社会人の症例の場合も同様に休暇等を利用することが多いが日数の制限があり、合理的な治療計画が必要となる。いかなる場合においても、医師、OT、ならびに患者自身が治療プログラムに関して、十分に認識していることが大切である。

表1 麻痺のタイプと基本的再建プログラム
      機能再建

麻痺型

肩関節機能 肘関節機能 前腕機能 手・指関節機能
全型根引き抜き(RA型) 関節固定術 ICNまたはICN+FMT 回内再建術 手関節固定術またはICN+FMT
5,6,7 関節固定術 Steindler法またはICN   Boyes法Jones-Riordan法
その他T.T
5,6 関節固定術またはMMT Steindler法または(ICN) (回外再建術)  

*MMT:Multiple Muscle Transfer(多数筋移行術)
*ICN:肋間神経移行術
*ICN+FMT:肋間神経移行と遊離筋移植の併用術
*T.T:Tendon Transfer

 患者の多くは、10代後半から20代前半の青少年であり、実際に治療の初期においては後遺症のこと、およびこれからの治療のことで精一杯なことが多い。ゆえに自己の社会生活のことなどをみつめる余裕がなく、治療に依存的になり機能再建術等の手術に過度の期待をもってしまいやすい。OTとしては、治療プログラムに基づいて『今、何が重要なのか』具体的目標を患者とともに確認し、社会生活への示唆も与えていく姿勢が必要となる。

表2 当院における主な機能再建術の入院期間
機能再建術 入院期間 固定・観察期間 リハ入院期間
肩関節固定術 約2週 10-12週(装具固定) 2―3週
M.M.T 約2週 6-7週(装具固定) 2―3週
I.C.N 2―3週 約4―6ヵ月* 約2週**
I.C.N+F.M.T 約4週 約4―6ヵ月* 約2週**
Steindler法 約2週 約5週(装具固定) 約2週**
手・指の腱移行 約2週 約5週(ギプス固定) 約2週**

*:神経再支配までの観察期間
**:場合により外来通院でも可能

 実際の訓練においては、前述したように外来通院を基本とし、home program指導、およびそのcheckを徹底している。また術前・術後に集中的な訓練の必要がある場合には、状況が許す限り通院させている。この場合も社会生活への支障を考慮して、通学しているものであれば午前中は学校へ行き、午後より来院する等の調整をしている。OT室内での訓練では、訓練メニューを作成し、自ら記録するというfeed backを用いて、患者が主体的に訓練できるようにしている。このようにすることで、個々の患者について、設定された訓練に対する取り組みかた、治療に対する意欲、また、来院日・来院時間が守れるか、時間を有効に使えるか等の社会習慣が観察でき、社会復帰へのreadinessとして重要な情報が得られ、適切な指導が可能となる。

 受傷したことで、それまでの社会的役割を失ってしまったものに対しては、経済的状況にもよるが、治療を先行し、出来る限り早期にそのプログラムを進めるようにしている。同時に社会復帰のための準備を治療過程の中で段階的に進めていくことが重要となる。しかし患者の多くは青少年であり、社会復帰のための具体的目標設定に苦慮することも珍しくなく、その準備に時間を要することもある。場合によっては、本人の意欲が確認できれば職業訓練校や身体障害者雇用促進法の紹介も行っている。

結語

 以上、外傷性腕神経叢麻痺患者の治療過程における社会的側面への対応について述べてきたが、治療とその患者の社会生活との両立は事実困難な場合が多い。しかし、少しでも社会生活との接点を継続しつつ治療を進めていくことで、社会復帰への円滑な導入が成されるのも、また事実であろう。そのためには、患者個人個人の全体像の把握のもと、計画的に治療を実施し、治療過程の中で患者との建設的なかかわりあいを通じて、段階的に社会復帰へのreadinessを高めていくということが重要な点と言える。

参考文献 略

都立広尾病院整形外科部長
**同医長
***同医師
****同病院リハビリテーション室作業療法士


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)47頁~51頁

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