第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」 老人の骨・関節機能維持向上に対する日常の低強度運動負荷の重要

第16回リハビリテーション世界会議「ポスターセッション」

【老人のリハビリテーション】

老人の骨・関節機能維持向上に対する日常の低強度運動負荷の重要性

USEFULNESS OF DAILY LOW INTENSITY EXERCISES TO MAINTAIN BONE AND JOINT FUNCTIONS FOR THE ACTIVE LIFE IN THE ELDERLY

林 [泰]史 *

はじめに

 子育てを終え、職場での軋轢から脱け出した老人は精神的には極めて平静で、心穏かであるといわれている(Plato、紀元前4世紀)。この波静かな心を乱すものがあるとすれば、老人を待ち受けている7つの不安、喪失に対する処理のまずさであろう。Pitt,B.(1977)のいう老人の7つの不安

・喪失とは、

 (1)職場、社会、家庭内で築き上げてきた地位がなくなること。

 (2)地位の喪失と共に収入が減るなどの財産がなくなること。

 (3)収入の喪失に伴い、人によっては住居を失い、また居住できる空間が狭くなること。

 (4)配偶者や友人に先立たれることによる仲間の喪失。

 (5)体内の諸臓器の衰えに伴い、健康を失ってゆくこと。

 (6)歩行したり、移動する能力が徐々に低下することによる自立の喪失。

 (7)最後に生命を喪失すること、

の7項目である。このうち生命の喪失については避け得ないもので、誰も逃げられないことは知っている。しかし、本邦では老人医学、老人医療の進歩と国民生活の質の向上により、世界に類をみない長寿国となり、男女とも平均寿命は世界のトップに近い。このことから生命の喪失に関する不安解消に一歩近づいたとも言える。

 残る6つの喪失のうち、地位・財産・住居の喪失は広義のリハビリテーションと無関係ではないが、どちらかというと福祉政策的な面でのカバーにより不安解消に向けらるべきであろう。仲間の喪失も新たなグループ作りや交流により部分的に解決する道はある。残りの2つの健康と自立の喪失は老人医療に携わる、特に老人リハビリテーションに関係する者の責務として不安解消につとめねばならない(図1)。この責務の1つとして老人の骨・関節の機能維持向上があり、それを計るためには毎日の低強度の運動ないし日常活動性を高めることが重要であることが分かったので報告する。

図1 老人の7つの喪失と医学的リハビリテーション

図1 老人の7つの喪失と医学的リハビリテーション

老人の骨・関節の機能

 老人の転倒の原因を調査した東京都老人研究所の研究報告によると、滑った、ふらついた、つまずいたという原因で転倒している者が上位の3つを占め最も多く、いずれも15―35%を占めていた。一方、青壮年の転倒原因にみられる階段からの転落や障害物との衝突は老人には少なく、わずか数%以内であった。そして一般に転倒の約5%は骨折に結びつくと言われており、下肢機能と知覚・反射神経をも含めた神経精神機能の低下による転倒がいかに危険であるかがわかろう。

 ここで老人の骨・関節の機能について、骨は転倒などで容易に構築構造が破綻する骨萎縮という面から、関節はスムーズな動きが消失する関節の拘縮、軟骨の変性という面から、また筋力の低下・ふらつきという面から考察する。まず、関節の機能・筋力・ふらつきについては日本体育協会の調べた腹筋を使って仰臥位から30秒間で上体を起こす運動ではその回数が20歳男性で標準回数が22回であるのに、60歳男性では11回、70歳男性で10回と老人は青壮年の約2分の1に低下する。瞬発力をみる立幅とびでも20歳男性の標準は227cmであるが、60歳男性で157cm、70歳男性は136cmと老人は青年の70―60%に低下している。平衝性をみる閉眼片足立ちでは20歳男性の標準値が69秒であるが、60歳男性ではそれが18秒と約4分の1に低下している。なお、高齢女性の閉眼片足立ち時間は男性と差はないが、腹筋や瞬発力を要求される上体起こし、立幅とびではそれぞれ同年代男性の約3分の1、3分の2と更に低くなっている(表1)。

表1 老年者の体力
標 準 値
  20~21歳
男性/女性
60~64歳
男性/女性
70歳~
男性
上体起こし(回)
(腹筋テスト)
22/13 11/4 10
立幅とび(㎝)
(瞬発力テスト)
227/170 157/100 136
閉眼片足立ち(秒)
(平衡性テスト)
69/62 18/18

 (石河による)

 このような総合的能力以外に個々の筋力の低下も著しく、20―30歳代の青壮年の膝伸展力は約20数kgであったものが60─70歳代の高齢者では約15―16kgに低下している。握力の加齢に伴う低下は下肢筋力の低下に比べ少ないといわれているが、伊東によると20―30歳代の青壮年に比べ60―70歳代の高齢者では5―6割に低下し、上肢も下肢もその筋力の加齢に伴い低下する割合いに大きな差がないと報告している。

 一方、老人は関節の動かせる範囲(可動域)が徐々に減少することも知られているが、その程度は肩・肘・足・手関節の順に悪化し、さらに体幹の回旋が悪化する。20歳代の青壮年の平均値に比べて70歳代の高齢者では足関節、手関節の可動域は約20%低化し、60歳代の高齢者の体幹の回旋は約30%低化することが分かっている。体幹の回旋制限は胸腰椎に生じ、一般に成人では真後ろを越えて反対側の後方も見ることができるが、老人では後方に見えない部分が生じる。

 老人では閉眼片脚起立時間が短かいことを表1に示したが、それは片脚起立をさせた時に閉眼でも開眼でも重心の動揺が大きく、20秒間の動揺総距離は20歳代の青壮年に比べ80歳代の老人では2倍近くに増大する。しかも、重心が動移(偏り)しても倒れないで立っていられる範囲が狭く、若年者では足底の前後60%位が倒れない偏りの範囲であるが、80歳の老人ではその範囲が足底の約20%以内でそれを越えると倒れてしまう。以上のことから老人は筋力が弱く、瞬発力が弱く、また関節の可動域が一般に狭い上、立位をとった際に重心が常に動揺し、動揺に耐えて立っていられる範囲が狭いことになる。これらが、老人が小さな機転で転倒する原因ともなっている。

 転倒しても骨が強ければ、老人にとっては転倒が大きなリスクにならないが、骨の萎縮の方はどうであろうか。日本の老人について、骨萎縮の程度を調べた研究は最近のものではないが、伊丹らが約25年前に都会、老人ホーム、農村、漁村などの住民1,217人を調べた結果を図2に示す。この図から女性では50歳頃から骨萎縮を示す人が増加し、65歳以上では約2分の1の老人が骨粗鬆症に罹患していることが分かる。一方、男性では60歳頃から骨萎縮を示す人が増え、80歳以上になると約2分の1の老人が骨粗鬆症に罹患していることになる。結局、65歳以上の全老人の約3分の1が骨粗鬆症に罹患していると推定されている。65歳以上の老人は総人口の11.1%を占め、1,370万人に達するので、骨粗鬆症の患者は450万人以上いることになる。1つの疾患では患者数が最も多い疾患のグループに属する。

図2 男女年齢別骨粗鬆症発生率

図2 男女年齢別骨粗鬆症発生率

老人の骨・関節の機能低下と健康・自立

 骨・関節の機能が低下した場合、転倒、骨折に結びつくことは前述したが、それが、どの程度老人の健康、自立を妨げ、生活の質を低下させるかを考えてみる。

 本邦には寝たきり老人が約70万人にも達し、それが老人人口の約5%に相当すると推定されている。これら寝たきり老人の原因疾患として、脳卒中が約46%と原因の判明しているものの中では最も多いが、次に高血圧、痴呆、心臓病など内科的疾患が続いている。一方、海外の研究では移動能力を欠如させる疾患として、脳卒中、骨・関節疾患、痴呆、視力障害などが挙げられ、心臓病や高血圧は前記4疾患の各々の約10分の1ぐらい移動能力欠如に寄与しているにすぎないことが分かっている。

 本邦と海外の研究の差を確認するため、著者も東京都内の3ヵ所で老人のねたきりの原因について調査・検索したところ、骨・関節疾患に由来する寝たきり老人は14.8―20.8%を占め、その多くは骨粗鬆症による大腿骨頸部骨折に由来していた(表2)。

表2 ねたきり老人の病因に整形外科疾患の占める割合
  板橋区 大田区 板橋NH  
調査年度 昭和60年度 昭和59年度   合計
ねたきり老人(人) 243 408* 182

833

整形外科疾患由来のねたきり老人(人) 36 70 38

144

その割合(%) 14.8 17.2 20.8

17.2

備   考 公衆衛生課調査 *95%以上が65歳以上  

 海外で移動の阻害因子として挙げられている変形性関節症は本邦では治療の対象とはなっているが、寝たきり状態の原因疾患としては重要視されていない。しかし、50―60歳代の実年層で既に80%の人が変形性膝関節症に罹患していると報告されており、それらの患者の約80%は肥満を示し、約50%は標準体重の20%以上の肥満を示す。老人の骨・関節疾患で頭の痛い問題は肥満は骨に対するストレスを増加させるという点で骨粗鬆症の予防に有効である。一方、膝関節には過剰負荷となって軟骨を磨耗させるという点で肥満は有害である。老人の健康・自立を左右する骨粗鬆症と変形性関節症という骨・関節の老化をどのように予防し、治療するかが、整形外科医と共にリハビリテーションを扱う者の責務と考える。

老人の骨・関節機能向上の方法

 骨の力学的強度の低下、すなわち骨粗鬆症の予防・治療には日常生活上守るべき3原則と2種類の薬物療法がある。

 日常守るべき3原則とは日光をよく浴びること、カルシウムの多い食事を摂ることと日常の活動性を高く保つかあるいは運動をすることである。日光をよく浴びることの必要性は日光中の紫外線が皮下脂肪に含まれるビタミンDの前駆体である7-dehydrocholesterolをビタミンDであるcholecalciferolに転換するのに必須であるからである(図3)。ビタミンDは肝臓でさらに有効な形の25-(OH)-ビタミンD、腎臓で最も有効な形である1,25-(OH)-ビタミンDに変化し、消化管のカルシウム吸収を増加させたり、骨形成を促進する。北欧諸国に比べ本邦は日光のエネルギーが多く、晴れの日が多いため、ヨーロッパを中心に報告されているような冬に大腿骨頸部骨折が多いとか、夏に比べ冬は8%くらい骨萎縮が進み、骨萎縮症が季節変動をするということはみられていない。しかし、糖尿病患者の骨萎縮症をみると、北海道の患者は九州の患者の約2倍も骨萎縮症が存在する。同じ北海道でも日本海側は太平洋側の住民に比べ骨萎縮を有する患者が多いことが分かっている。日本でも九州と北海道では日照のエ ネルギーが約20%違っており、日本海側と太平洋側では日照時間が年間30%位違っている。日光の恩恵を普段から十分浴することのできる本邦でも日光を極端に浴びないような生活を送ることは骨の強度維持のために望ましくないので、とじ込もりがちな老人障害者はとくに留意すべきであろう。従って日光を浴びて戸外で生活を楽しむ習慣は骨の機能維持のために必須と言える。

図3 日光(紫外線)によるプロビタミンDの活性化

図3 日光(紫外線)によるプロビタミンDの活性化

 カルシウム摂取量増大は、日本人とくに高齢女性が心がける必要のある重要課題である。厚生省で発表されている国民1人当りのカルシウム所用量は1日平均600mgであるが、国民の平均カルシウム摂取量は約550mgとその約90%にしか達していない。著者らが東京都老人医療センターに骨粗鬆症や骨萎縮症を呈する疾患以外の原因で来院された平均73歳の95例の女性についてカルシウム摂取量を調査したところ、1日平均440mgであった。老人がカルシウム出納を0またはプラスにするためにはカルシウム摂取量を1日平均800―1,000mgは必要とされているが、東京の老人女性の平均はその約半分しか摂っていないことになる。この95人の女性の中でも牛乳が好きでほぼ毎日摂取していると申告した57人は、牛乳嫌いで飲む習慣のない38人に比べ有意に腰椎の骨萎縮症(伊丹指数)が少なかった。これらのことから、骨の機能の維持向上には牛乳、乳製品をはじめ海産物や緑色野菜などカルシウム含有量の多い食品の摂取が望まれる。

 日常生活指導の3原則の3番目が、運動ないし日常活動性の維持であるが、これは後の項で詳述する。

 骨粗鬆症を根治するための薬物症法としてカルシウム剤と活性型ビタミンD剤および女性ホルモン剤がある。前述したように、本邦ではカルシウムの経口摂取量が不十分となりがちのため、薬剤として乳酸カルシウムを5.0g/日(カルシウム元素として0.92g)を与薬している。さらに併用剤としてエストリオール2mg/日またはアルファカルシドール1.0μg/日が最も有効性の高い根治療法剤と考えている。前者では15ヵ月間で撓骨骨塩量が平均10%増加し、後者では平均6%増加させることを著者は経験している。骨粗鬆症を予防し、治療するためには日常生活上の3原則を守らせ、かつ根治療法として薬剤による治療を行うが、なかでも運動、日常活動性の維持は重要な柱の1つである。

 関節機能の維持・向上は特に体重のかかる下肢関節、なかでも膝関節について考慮しなければならない。変形性膝関節症の治療・予防の柱は肥満防止、下肢筋力強化、下肢の荷重線を外側へ移動という生活上の注意に加えて、薬物療法、観血療法がある。

 肥満が荷重関節の変性を増加させることは医療関係者の多くは知っているが、肥満を防止するような指導をしている医療機関は少なく、ある調査ではわずか13%がそれを受けているのみである。肥満防止のためには食事療法と運動療法の2つが考えられるが、膝関節に疼痛を有する患者の運動療法は難しく、低強度の運動を持続的に行わせるか、プールの中で低荷重の状態で運動を負荷をさせる以外に方法はない。当センターで平均73歳の女性95人の栄養調査を行った際、それらの女性のうち15例は変形性膝関節症による膝関節痛を訴えていた。この15例は1日エネルギー摂取量が平均1,571kcalと全症例の平均に比べ約200kcal多かった。200kcalを運動により消費しようと思えば痛む下肢を使って40分間縄飛びをするのと同等の運動をしなければならない。これほどの強度の強い運動は老人にとって実施不可能と考えられるので、結局は食事療法か低強度の運動しか選択できない。

 変形性膝関節症に対する他の治療・予防法として、下肢筋力の強化と下肢の荷重線の外側への移動がある。下肢筋力、とくに大腿四頭筋筋力強化は関節痛を減じる。また、足底板を靴の中に挿入することにより膝関節の変性進行は予防できる。

 変形性膝関節症に対する他の治療法として消炎鎮痛剤による対症療法および高位脛骨骨切り術、人工膝関節全置換術などの観血療法がある。

老人の骨・関節疾患に対する低強度運動負荷の重要性

 骨萎縮予防・治療の3原則の中で運動ないし日常活動性を高く維持することは柱の1つとしてその重要性を指適したが、その運動は低強度の方が望ましい。激しい運動は老人にとって関節障害、捻挫、骨折などのスポーツ外傷ないし障害を生じ易く、また心臓・肺臓にとって有害なこともある。

 一方、散歩やゲートボール程度の低強度の運動負荷でも骨萎縮を防止し、関節機能を維持するのに十分有効である。著者らのグループでは東京都養育院内の健康な老人ホーム入居者141人(平均76.8歳)について日常活動性と骨萎縮度、下肢の機能について調べたことがある。その結果、散歩の習慣のある人は有意に円背の程度が少なく、これらの人達は大腿四頭筋筋力が強く、膝関節の可動域が大きく、歩行スピードも早く、かつ骨粗鬆症の程度を示す鎖骨骨皮質幅が厚かった。

 また、著者らの病院の近くでゲートボールをしている15人の男性のほとんどは70歳代であるが、彼等の撓骨骨塩量は同年代の男性に比べ20―30%も多く、20―30歳代の男性のそれに近い値を示していた(図4)。これらゲートボールのチームメンバーのうち8人については4年間にわたって骨塩量の増減を経過観察できた。6人は活発に練習を行っていたが、ほぼ70歳代という高齢にもかかわらず、4年間でほとんどの症例の骨塩量が増加していた。一方、練習を休みがちな2人の骨塩量は4年間で約20%減少していた。

図4

図4 東京都板橋区にあるゲート・ボールチームの高齢

東京都板橋区にあるゲート・ボールチームの高齢男性の選手(×)と20歳から80歳の運動歴のない男性(●)の骨塩量の比数。対照者41人の年齢と撓擁骨骨塩量はγ=-0.5515(P<0.05)と高い負の相関性を有する。選手の骨塩量は同年代の対照者に比べ20―30%も骨塩量が多く、20―30歳代のそれに等しい。

 このように低強度の運動負荷によっても骨格内のカルシウム含有量が増加することは米国のAloia, J.F.らも認めており、平均53歳の女性18人を2群に分け、1群に1日平均約25分間の低強度の運動負荷をさせたところ、運動をしない女性群に比べ全身の骨格カルシウム含有量が約40gも増加していたと述べている。

 スポーツの実施とその効果についての研究ではほとんど毎日スポーツ・運動をする人と週に1―2回する人では体力に大きな差がないことが分かっている。一方、10歳代、20歳代の青年ではスポーツをする目的として楽しいからと考えている人が約35%とトップを占めているのに対し、60歳代、70歳代の高齢者では健康によいからと考えている人達が約50%と他の目的に比べ最も多い。しかも、老後の不安理由として経済的問題を考えている人が65%であるのに対して、健康問題を考えている人達が約80%と最も多い。これは、いかに多くの人達が高齢に伴う健康の障害を運動に求めているかが分かる。

 著者らの栄養調査でも変形性膝関節症により膝部痛を訴えている15人は調査を受けた平均73歳の95人の全女性に比べ約200kcalも多くのエネルギーを摂取していたことはすでに述べた。そして、平均3kgも体重が増加していたが、この状態を改善するためには毎日40分間縄飛びをしなければならない。このようなことは実現性が簿いので結局、栄養指導と共に立っている時間を5時間、歩く時間を1時間となるような生活活動強度を0.5度に上げることや低強度の運動を続けることが望まれる。

 老人の骨・関節機能を維持し、向上するためには種々の治療法があり、それらを紹介したが、最も大切な日常生活上の注意として、低強度の運動・日常活動性を高く維持することが重要であると強調したい。

参考文献 略

*東京都老人医療センターリハビリテーション診療科


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)73頁~78頁

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