多田俊作 *
現今、日本には130余の重症心身障害児施設があり、約1万3,200人の重症児(者)が収容されている。この内の27%(約3,600人)が寝たきり重症児(者)と推定されている。これに在宅の寝たきり重症児(者)(以下、N児者と略す。)を加えると、優に数万は数えるものと思われる。これらN児者の介護にあたる職員や家族は一様にN児者が適切な療育により、現在よりも少しでも病態の改善されることを願っているのである。
しかし、これ等N児者の多くは、自発的な動きを欠き、発語もなく、高度の変形を有しており、療育の手がかりさえ得ることが困難である場合が多い。
また寝たきり状態を続ける場合、J.E.Deitrick et al(1948)やH.L.Taylor et al(1949)の研究報告によると、カルシウムや窒素、硫黄、カリウム等の骨格や筋肉の構成に必要な要素が正常者よりも多量に尿中に排出され、骨・筋の萎縮を招くと共に、心肺機能の低下を来すことが証明されている。
一方、寝たままの姿勢で食事をとることは、口腔機能の大きな阻害となるばかりでなく、食後に胃から気道への逆流現象(reflux)がN児者にしばしば起こりうることが証明されている。
またN児者の多くは、反射性未成熟のためにATNR、STNR、TLR等の一連の緊張性姿勢反射が麻痺のために動きを失ったN児者を拘束し、ますます動けない状態に追い込むと共に、N児者特有の全身性変形を形勢していることが考えられている。
このように、動けないから身体が弱る、身体が弱るからますます動けなくなるという悪循環を断ち切る一つの方法として、過去10年間N児者に対する椅子を用いた療育体系が試みられ、その成果が問われる時期を迎えた。
現在久山療育園では、各自が自分の椅子を持ち、療育に取り組んでいる。
1)対象は久山療育園児80人の中から、常時寝たきりの状態で自発的な動きに乏しく、ほとんど発語を欠き四肢体幹に高度の変形を有する40人(男子22人、女子18人)を選定して、調査を行った。
2)調査方法は、1980―1987年の間、久山療育園において毎週土曜日に補装具カンファレンスを行い、医師・看護婦・OT・指導員および製作担当者参加のもとに寝たきり重症児(者)一人ひとりについて最も適したseating systemを討議し、その結論に基づいて筆者が処方を行う手順をふみ、更に同カンファレンスで併せて仮り合わせおよび適合判定を順次行い、その結果により実用に供された。
過去における長期間の臥位生活によるものか、起こして椅子に坐らせると顔面蒼白となり、頻脈と低血圧のためにリクライニング機能を装備した椅子が多いが、なかには高度の骨格変形のために2―3段階にわけて椅子を作り替えつつ最終的に今日の椅子で目的を達した症例(5例)もある。N児者に現在多く使用されているseating systemは写真1(略)に示すタイプである。
写真1 寝たきり重症児(者)に広く使われているseating systemの基本形(きさく工房製) (略)
希望の角度でロック出来る、リクライニングタイプ、車両つき、食事訓練もこの椅子にて行う。
7―8年の間に寝たきり重症児(者)の全員が各自自分の椅子を持つようになり、毎日2回の食事のときには、必ず起こして椅子に坐って食事指導を全職員で行うようにしている。そのほか遊戯や保育指導の時、学習・指導のとき、テレビ鑑賞のとき、また時には屋外訓練や野外散策のとき等に広く利用されている。
1日に2回以上起こして椅子に坐らせ動かしてあげる、ただそれだけでも長年月の間天井か壁のみを眺めて過してきた寝たきり重症児(者)にとっては重大なことであり、視野が広まって今まで目に人らなかった多くの新しい事象を見る機会を得、かつ生活空間が広まってそれだけ学習の機会が広められたと考えられる。
また両手がテーブルの上に乗ることにより、自分の手が自分の視野に入るようになり、目と手、手と手、手と口の協調へと発展して行く機会が生まれる。併せて手をテーブルにのせることは、使える手としてのみでなく、支える手、身を守る手としての役割を目覚めさせる(肘位、手位として)機会を作る。
元来、椅子作りは食事訓練の姿勢作りのためにスタートしており、N児者が最も食事をとり易く、口腔機能の発達に必要な姿勢作りに重点を置き、配慮と工夫がなされており、細部は5の事例報告に譲りたい。
このように毎日積み上げられた食事訓練指導の成果は、17人にて[噛]む・飲む・吸うを主体とする口腔機能の発達に大きな成果をみた。
また姿勢作りに必要な姿勢反射の抑制と正中位保持は、頭部の自由性獲得によい影響がもたらされ、頭部保持具に頼らずに、頭部を離して食事のできる寝たきり重症児(者)が17人に達している。
更にそのなかの4人は自分で食事がとれるようになっている。
また6人が両手を使っての手遊びが可能な状態になった。
以上のような具体的な数字であげ得ないが、丸く輪になって仲間と一緒に保育をし、一緒に音楽を聞きながら食事をすることは、精神衛生の上にもよい影響が期待できる。
また口腔内の衛生保持のため、食後全員必ず歯のブラッシングあるいはウォーターピットによる口腔内洗浄を行っているが、これも椅子座位の成果の一つと言えよう。
seating systemを用いている時、seating systemから降ろした時のN児者の状態像は写真2(略)の通りである。
写真2 椅子から降りて休息時のN児者、全員自分の椅子にて食事中のN児者 (略)
寝たきり状態の重症児も食事中は全員椅子に坐っている。園児は丸く輪になって食前保育を終え、現在全職員による食事訓練をうけている。
40例のN児者の中より6例を選び報告する。
症例の概略を説明すると、緊張性姿勢反射が強くリラクセーションの獲得に工夫を要した2例(症例1、4 略)、変形が強くバケットシートを使用した1例(症例6 略)、起立性低血圧症あり、特別の配慮を必要としたseating systemを使用して起立位に馴れた後、現在の椅子を作製した1例(症例5 略)、頭が大き過ぎて起こすのに特殊な頭部受けを必要とした1例(症例2 略)および椅子の効果が見られた1例(症例3 略)の計6例である。
写真3 <症例1>8歳 女子 脳性麻痺 緊張の強いアテトーゼ型 (略)
上図はビドスコープによる背・側面像、強いATNR像がみられる。下の写真は食事訓練をうけているところ。両上肢は腕組み様肢位にして軽く抑制されている。頭部は特殊枕にて後頭部前方・上方に押し上げるように工夫され、頭部の後方伸展を抑制している。
0歳児、全身状態不良のため、手術の期を失す。頭囲は87㎝、視力なく頸座を欠き、四肢は強い痙性麻痺のために自発運動を欠く。椅子の使用によりチューブはとれ、経口摂取に成功する。
写真5 <症例3> 男子15歳 脳性麻痺 (四肢痙性麻痺) (略)
8歳頃から左図の椅子を使い始め、11歳頃より頸座が始まり12歳には頭部保持具を必要とせず、スプーンを使用し始めた。
間欠的全身性伸展パターンをとるタイプで、緊張性姿勢反射の支配を強く受けている。頭部保持具の改良と、両上・下肢をそれぞれ組んだ姿勢(上肢は両前腕を重ねた体位、下肢はあぐら様肢位)をとることにより、伸展痙性は抑制され、食事訓練の進展を見る。
入院時は寝たままの姿勢にて食事をとっていた。起立性低血圧症であり、大型の股パッドと側弯矯正を兼ねた側面パッドを装備した斜面台様の seating system (1982年)にて上半身を起こし、次いで右図の椅子を作製す。(1985年) その後、右手を使ってパンをにぎり、口に持ってゆけるようになる。
全身性に高度の変形あり。(両股脱、側弯140°、頭部は90°左回旋位固定)強い拘縮のために各間接はほとんど動かない。そこで、右側を下にして側臥位にすると、顔面・両下肢が前方を向く、この位置にて採型し上図の seating system が出来あがる。また、バケットシートはハンドル操作にて左右30°、水平位より前方45°可変可能である。
リハビリテーションの糸口のつかみ難い寝たきり重症児(者)に対して、seating systemを取り入れることは、新しい療育体系への取り組みを意味するものと考えられる。それだけに、椅子使用によるメリットだけでなく、そのデメリットにも十分に目を向けて、効果的な今後の発展を考えたい。
検討課題の一つとして、寝たきり重症児(者)の多くは側弯症を合併しているが、椅子座位をとることによる上半身の重みが、側弯症に与える影響を十分配慮にいれておく必要がある。(この件は新しい課題として現在取り組みつつある。)
他の一つは、椅子座位での下半身は屈筋優位の姿勢をとっているが、この姿勢保持の持続はハムストリングの短縮を強化─定着させる恐れがある。
寝たきり重症児(者)に対して全員にseating systemを処方し、日常生活に広く使用して下記の事項について期待が持ちうる結論を得た。
(1) 諸種パーツの工夫と効果的な使用により、緊張性姿勢反射(ATNR・TLR-Pが主)の抑制。
(2) 同時に頭部の立ち直り反応の誘発に併せて頭部の自由性獲得。
(3) 寝たきりの状態から上半身を起こすことにより、視野が広まり、さらに車輪を装着して移動を可能にすることで、生活空間が広まり、それだけ学習の機会が増える。
(4) 口腔機能の発達・改善と口腔内衛生管理が容易となる。
(5) テーブルに上肢をのせ、自分の視野に手がはいることにより、上肢の分離を早め、両上肢相互や口との協調運動の機会ができる。併せて上肢での支持性が得られる。
(6) 骨および筋の萎縮防止に関与すると共に、心肺機能の維持・改善の一助となる。寝たきり重症児(者)の療育体系の一つとしてseating systemを用いた例を報告したが、未だ緒についたばかりで、その真価が問われるのはこれからであると考える。
今後とも引続き研究開発を怠らずに続けて行きたい意向である。
末筆ながら、本研究に前面的にご協力を頂いた久山療育園の全職員および製作と開発に万難を排して当たって頂いたきさく工房および有薗製作所にこの場を借りて厚くお礼を申し上げる次第である。
参考文献 略
*福岡教育大学障害児教育科
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年2月(第58・59合併号)83頁~88頁