日本におけるノン・ハンディキャップ環境の実態と問題点

日本におけるノン・ハンディキャップ環境の実態と問題点

林玉子


 本報告は、1988年9月10日、建築学会(CIB共催)の国際セミナーCIBW/84“開発途上国におけるノン・ハンディキャップ環境の構築”にて、日本建築学会建築計画委員会ハンディキャップト小委員会主査・林玉子が発表した。

 なお、資料作成、調査研究のワーキンググループのメンバーは、以下のとおりである。

 秋山哲男(東京都立大学)、大原一興(東京大学)、佐藤克志(東京理科大学)、鈴木晃・高橋徹・林玉子(東京都老人総合研究所)

 詳細は当日の配布資料1)にまとめた。

我が国におけるノン・ハンディキャップ環境整備の経緯

 多くの国々でのハンディキャップド環境の構築過程と同じく、我が国においても、ハンディ環境づくりは障害者の生活圏拡人運動より端を発し、それに相応して、研究分野、行政分野において、それぞれの対応が取られた経緯を得てきた。

 1970年に仙台市にて、1人のボランティアと、1人の障害者の出会いから、生活圏拡大を目的につくられたグループ“虹の会”が障害者団体、ボランティア、市民団体の協力を得て、1971年に“福祉の町づくり市民のつどい”として発足し、車いすでも使用できるトイレやスロープなどの設置を市に要請した。これが我が国における初めての公的対応であった。その後東京都では福祉工場で働いている障害者たちが1972年に“新しい町づくりの会”を発足し、次いで福島県郡山市、京都市、西宮市、神戸市などにも生活圏拡大運動が繰り広げられた。1973年に朝日新聞社の厚生文化部の後援で、全国のリーダー的役割を果している、車いす常用者が仙台に集まり、全国車いす集会が結成され、ここに、物的障害をなくすことで始められた生活圏拡大運動が、人間としての生活権を確保する運動に発展し、次々に各地区に支部がつくられるに至った。

 これらの運動に対応して、一番始めに町田市が、1974年に「建築物等に関する福祉環境整備要網」を制定した。次いで京都、東京、横浜市、神戸市……などの都市においてそれぞれの基準がつくられた。一方厚生省は、1973年に“身体障害者福祉モデル都市、1979年に障害者福祉都市、1986年には障害者の住みよい町”などの制度を発足し、1988年現在、全国で194市町村を指定し、道路の段差の切下げから、視覚障害者の誘導システムの設置、地域の実情に合わせて、公共施設や交通機関などを、障害者に使用しやすく改善することを目標にしていると同時に、障害者が社会参加しやすいように組織づくりや各種事業を設けたりしている。

 一方建築分野での対応を見ると、身障者、老人を対象とした設計資料が、今日のシンポジウムの日本側の実行委員会の会長の役をひき受けて下さった吉武泰水教授をチーフとした建築分野より構成された建築省の研究委員会から、1973年に“車いす使用者および老人の身体機能の低下を配慮した公営住宅計画”。1976年に都市、公共建築物、交通機関を対象とした“身体障害者の利用を考慮した計画資料集成”1977年には主に視覚障害者を対象とした“身体障害者の利用を考慮した旅客駅設備設計資料集”。1982年には、日本建築士会連合会発行の“身体障害者の利用を配慮した建築設計標準”などがまとめられ公表された。建設省は今年の2月にはじめて上記標準仕様に基づき身体障害者のための計画上、設備上の配慮がされている建築物に対して、身体障害者の利用を配慮したために増加した費用について、特利で融資する障害者対応建築物整備促進事業融資制度を実施することになった。

図1 公共的施設におけるハンディキャップ者のための建築的配慮施策

建築配慮施設(TOTAL)

図1 公共的施設におけるハンディキャップ者のための建築的配慮施策

1.建築的配慮に関する「要綱・基準等」(施設の新築等の場合に建築的配慮の施行を義務づけるか、強く指導することを内容に含むものを定めている。
2.建築的配慮に関する「指針等」(建築的配慮の普及を目的とした参考資料的性格のもの)を作成している。
3.市(区)有の施設の新改築等の際、必要に応じて建築的配慮をしている。
4.市(区)有の主宰あるいは参加による身体障害者を考慮した町づくりに関連する組織が設けられている。
5.市(区)として、身体障害者を考慮した町づくりに関連する広報、パンフレット等を発行している。
6.都道府県で定めた要綱、指針等があり、それに従い配慮している。
7.特に施策はない。
8.その他。

 このように見ると、健全者、ミスターアベレージを基準に作られた物的環境をすべての人に平等に安心して利用できるようにするためには、利用者とそれを中心にした市民運動、具体的な解決を行う建築家の技術、さらにそれを実現するための法的規制や組織、制度など、さまざまな分野の人々が協力してはじめて実現へと一歩前進することが分かる。

 そこで今般、日本建築学会建築計画委員会、ハンディキャップト小委員会では、全国の人口5万人以上の「障害者の住みよいまち」指定都市と人口10万以上の全自治体、および都道府県に対して、調査を行った。調査対象は301都市、このうちなんらかの回答があった都市は166カ所であった。従って、回収率は55.5%であった。この調査結果に基づいて、ノン・ハンディキャップ環境実現の過程における問題点、今後の検討課題となる事項に関して要約し、報告する。

わが国における実態

 1.基準・指針の制定状況

①大規模の都市ほど制定されていることが多い。要綱・基準または指針のいずれか制定がなされている都市は、人口20万以上では25%以上、10万以上20万未満で17%以上、5万以上10万未満では9%以上となっており、9年前の同様の調査結果(20万以上で8%以上)とくらべると、確実に制定状況は良くなっているといえる。

②特に政令指定都市では、制定状況は良く、またその内容もきめ細かく他の一般の都市の主導的役割を果たしている。

③今年はじめ東京都は1976年に作成した指針を改定し、統一の指針を策定したが、東京都の中でも、区によって、その準用範囲が異なったり、独自の指針を策定している区もあるなど、まちまちである。

④都市化が進んでいる比較的大規模の市に比べ、その上に立つ県自体は回答状況も悪く、要綱・指針等の作成、適用には消極的であるように思われる。

 2.適用の方法と問題点

①建築サイドの行政ではなく、福祉サイドで要綱をつくり、チェックをすることが実際には多い。これは、これまでの障害者のまちづくりの経緯が実際に利用する立場の障害者からおこり福祉行政に反映していったまちづくりであったことからも分かるように、現実的に要求を汲み上げる立場の福祉サイドがもの作りにも関わってその実務を引き受けているのが実態であろう。

②チェックを行う時点は、確認申請の前と後の両者がみられた。前者は、事前協議あるいは事前の相談を行い、確認申請前にある程度のノン・ハンディキャップ環境のチェックを行うものである。この場合、建築担当部局が実際のチェックを行うこともある。

 また、後者は、確認申請前には特に相談を強制しないが、確認申請図面が役所内で建築担当部局から福祉担当部局に送られて、はじめてそこでチェックするシステムである。

③自治体の所有する建物に関しては、設計時点で建築サイドの行政官が関与するため、建築サイドでチェックをするが、一方民間公共建築は、福祉サイドによってチェックされる実状が見られた。

④実際に障害者が利用するときには、建築だけではなく、そこに到達するまでの道路、交通機関の整備が重要となるが、建築だけにとらわれず広く周辺を見渡すことが必要になる。福祉サイドでチェックする場合、担当者が建築から土木、交通まで連絡し指導する可能性がある。反面、専門的知識に裏付けられた建築技術的な指導がしにくいという欠点がある。

 一方、建築サイドでチェックを行うこととすれば技術的指導は可能だが、現実には確認指導行政の中で担当職員を捻出する事がむづかしいのが実情である。

 技術的なチェックは本来建築行政が行うべきだが、建築行政の内部に留まらず、広く環境整備に関わる配慮を推進していくことが望ましい。

⑤従来の事前協議等による法的根拠に基づく制裁措置が無い方法では、竣工検査によって正しく配慮されていないことが分かっても、指導はできるが法的規制力はない。この点、法制化を望む声も高い。

図2 要綱・基準・指針等の施設への適用法

図2 要綱・基準・指針等の施設への適用法

1.民生・福祉課サイドでチェックしている。
2.建築サイドでチェックしている。
3.その他。

 3.実際の要綱の内容と問題点

①実際に要綱が適用されるのは、公有施設に限られることも多い。民間施設や公共住宅、学校、駅舎などが対象外となっている自治体が多い。また、対象建築物の面積規模によって適用建物かどうかの判断をしていることも多いが、むしろ日常生活に必要となる身近な小規模の施設ほど配慮の重要性は高い。

②現在のところ、要綱や指針はいかにつくるか(how)を示したものであって、いかにすべきか(must)を指示した指針ではない。強制力をもっていないことが、実際には配慮の必要性を感じない建築設計者の認識不足をひきおこしている。

③要綱・指針の整備項目は、基本的には、建築を利用する場合の障害者を配慮して設定されているもので、建築内部で働く障害者の立場を考慮したものとしては十分とはいえないのが現状である。

④要綱・指針を作成するときに、専門家や利用者団体等の意見を取り入れているが、具体的な整備に関わる主体の設計者や施工業者の意見を聞いていないため、現実的に指針の理解が不十分となりやすい。

⑤実際の要綱の適用対象は、新規建設または確認申請を必要とする増改築のものに関することが多い。多くの既存の公有施設または民間施設についてバリアフリーにするための改造は適用が行われにくい故に連続して利用する都市の中に配慮のなされる建築とそうでない建築との両者が存在しており、町全体としての配慮が不連続になりやすい。

 4.配慮実施上の問題点

①特に小規模の都市では、「配慮のための工事費の増大」を問題としている。内容はエレベーターの設置に関わる工事費が問題となっている事が多い。

②「配慮の方法としての完成度が不十分」とする問題は、車いす使用者のためのエスカレータの仕様がまだ確立していないことや、専用便所の位置と一般便所の位置との関係などが問題とされている。

③「全国的な統一が望まれる」とする意見は、例えば盲人用誘導システムの中で警告、誘導、表示に関してブロックの形状や誘導チャイムの音と曲目等が問題とされている。

 5.最近10年間の変化として

①早くから要綱・指針作成にとりかかってきた自治体では、改訂などによる配慮の質の向上を積極的に行っている。

②近年の変化として自治体が意識していることは、電動車いす使用者の増加、すなわち重度障害者配慮の需要の増加、また、障害者の社会参加要求の増大、高齢化社会の進展などがあげられている。このうち、高齢社会に対する対応としては、具体的にはいまだ車いす使用者配慮との違いが明確になっていないのが現状であると思われる。

 6.今後の課題

①自治体の今後の進め方に関する意見としては、全国の統一基準制定に関する要望は強く、約半数が国レベルで統一することを望んでいる。統一基準化の機運は高まっているといってよく、基本的な部分に関しての統一基準と、地域の特性に配慮した細則を自治体の条例として規定していくことが課題であるといえよう。

②実際の設計に携わる側の建築家や施主に対する啓蒙が必要となっている。指導あるいは規制という手法だけではなく、一般の市民の理解を通じて自主規制的な配慮のされ方に近づくことが望ましい。普遍化するためには、法律によってある程度の規制により普及させるとともに、建築家の教育などによって環境整備に携わる人達の育成も今後必要であろう。

③車いす使用者配慮を主眼として障害者配慮もいまだ完成はされていないが、それだけではなく、今後は高齢社会に向けて独自の配慮の展開が必要とされる。

④点的整備から面的整備へと連続しかつ均一性のあるノン・ハンディキャップ環境の確保が必要である。実態では、高水準に整備された都市もあるが、全国的には完全にまた良好に整備された都市は少ない。建築から、公園、道路、交通機関まで含めて整備している都市はわずかである。(京都市、神戸市では市営地下鉄における配慮を行っている)

⑤これまでの指針作りは、障害者のアクセシビリティー性や利用可能性について重視して整備指針作りをしているが、日常事故防止と、非常時の避難安全の確保についてはほとんど未検討のままである。今後は、避難性の視点を加えた指針へと展開する必要がある。

図3 今後の建築的配慮の進め方

今後の方針(TOTAL)

図3 今後の建築的配慮の進め方

1.要綱・指針等はある程度整備したので現状のまま進めていく。
2.要綱・指針等技術的なことはある程度確立してきたと思うので今後は配慮を実施するための諸問題(財政上の問題、各方面のコンセンサスを得ること等)を検討して、進めたい。
3.要綱・基準等を整備して、進めたい。
4.指針等を整備して、進めたい。
5.実施効果、財政条件等を勘案して慎重に進めたい。
  財政的に配慮に関する施策の推進は当分困難である。
6.建築的配慮よりむしろ経済的配慮等制度的な施策に重点をおくべきである。
7.身体障害者を考慮した町づくりの方向をみさだめるには、まだ時間がかかる。
8.市民からの要請もなく、とくになにも考えていない。
9.その他。

図4 今後の建築的配慮の指針等のあり方

指針等のあり方(TOTAL)

図4 今後の建築的配慮の指針等のあり方

1.今後は国レベルで統一したものとして確立した法がよい。
2.今後も従来どおり自治体レベルで対応していく方がよい。

 以上挙げてきた日本における今後の検討課題をまとめるが、これらの点に関して本シンポジウムにおいてdiscussionがなされることを期待する。

①統一基準作りについて

 公的な役割のあり方、地域特性をどう促えるか?

 全国統一基準に盛り込む最低限必要な項目の内容は何か?

②普遍化の方法について

 ノン・ハンディキャップ環境の整備としての連続性、均一性をいかにして確保するか?

 施主、設計者の認識を高めるための教育をどうするか?

③新たな課題への挑戦として

 電動車いす使用者など重度障害者への建築的配慮をどうするか?

 高齢社会に対応した指針として高齢者配慮の要点は何か?

 アクセシビリティに対して避難性をいかにして確保するか?

おわりに

 1980年の国際障害者年の制定により、我が国におけるノン・ハンディキャップ環境整備は大きく前進してきたが、以上明らかにしてきたこれらの問題は、おそらく国際障害者年でかかげた「(障害者も高齢者もふくめて)すべての人が完全に平等に社会参加できるための」物的環境作りのための、世界共通の大きな課題であると思う。このシンポジウムが、その布石として役立てられることを切に希望する。

資料

1)日本建築学会、建築計画委員会ハンディキャップト小委員会:日本におけるノン・ハンディキャップ環境の現在、CIB/W84国際セミナー、1988.9.10参考資料

*東京都老人総合研究所


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年3月(第60号)15頁~21頁

menu