失読失書の障害機序について

失読失書の障害機序について

― 主として漢字と仮名文字障害の解離について

NEURAL MECHANISM OF ALEXIA AND AGRAPHIA

CHIEFLY ABOUT DISSOCIATION OF IMPAIRMENT BETWEEN KANJI AND KANA

畑野栄治
長谷川悦子 **

はじめに

 脳損傷の結果生じる高次脳機能障害による言語障害の中で文字言語に著しい障害を来す場合、それを文字障害として扱っている。文字障害には、文字を読むことだけが障害される純粋失読のほか、読字と書字が同時に障害される失読失書、書字のみが障害される純粋失書がある。また、他の高脳機能障害との関連で生じる失書には、失語性失書、失行性失書、構成失書、空間失書、離断性失書がある。これらの文字障害の中で、読字と書字の両方が障害される失読失書は、文字処理のメカニズムを検討する上で、その症候学的特徴が注目されている。

 Dejerine(1891)以来、失読失書の病巣は、角回に想定されてきた。それは、角回が体性感覚野・視覚野・聴覚野の中央部に位置する連合野の連合野であることから、この領域の損傷により視覚野文字形態情報と聴覚経由の音韻情報との統合が障害されるために失読失書が起きるというGeschwind(1964)の説に基づくものであった。ところが、最近本邦において、左角回病巣に加えて、左側頭葉後下部病巣でも失読失書症状が生じることが報告されてきている。その発現機序に関しては、岩田(1988)が神経学の立場から仮名と漢字の二重神経機構を想定しているが、症状との関連性についてはまだ明確にされていない。

 今回は、失読失書の自験例4症例から文字言語情報処理過程と岩田の二重神経機構との対応を試みたので報告する。

症例の概要

〔症例1〕F.I.,61歳、女性、右利き。

家族歴・既往歴:共に特記すべきこと無し。

現病歴:1986年12月24日、右片麻痺と言語障害が出現し、某病院において、脳血管撮影で左中大脳動脈頭頂枝の閉塞が認められた。発症1カ月後に、言語障害を主訴として当院を受診した。

CT所見:左角回から頭頂葉にかけての低吸収域が認められた(図1 それぞれの病例の病変部位 略)。

言語所見:軽度の失語症と失読失書が出現した。失語症は、軽度の復唱障害を主徴とした。当初、失読失書は漢字・仮名とも同程度であったが、次第に漢字障害は改善していった。

〔症例2〕Y.N.,44歳、女性、右利き。

家族歴・既往歴:特記すべきこと無し。

現病歴:1985年6月、脳梗塞と診断され、内服治療を受ける。発症18カ月後、言語障害を主訴として当院を受診した。

CT所見:左角回とその皮質下に低吸収域が認められた(図1 略)。

言語所見:軽微の失語症と失誌失書が出現した。失語症は、軽度の語健忘と軽度の復唱障害を主徴とした。また、欠読失書は漢字・仮名とも同程度であったが、次第に漢字障害は改善した。

〔症例3〕20歳、男性、右利き。

家族歴・既往歴:共に特記すべきこと無し。

現病歴:1985年1月31日、バイク運転中に小型トラックと衝突した。某病院にて急性硬膜下血腫と診断され、開頭術を施行された。術後、失読失書と右上4分の1盲が認められた。発症25カ月後、当院を受診した。

CT所見:左側頭葉後下部を中心に低吸収域が認められた(図1 略)。

言語所見:失読失書は、急性期には仮名・漢字ともに同程度であったが、次第に仮名障害は改善し、漢字に選択的な障害となった。

〔症例4〕64歳、男性、右利き。

家族歴・既往歴:共に特記すべきこと無し。

現病歴:1986年10月25日、某病院にて、くも膜下出血と診断され、開頭術を施行された。術後、右同名半盲、失読失書が認められた。発症2カ月後、言語障害を主訴として当院を受診した。

CT所見:左側頭葉後部から後頭葉にかけての領域に低吸収域を認めた。

言語所見:失読失書は、急性期には仮名・漢字同程度に出現したが、次第に仮名障害は改善し漢字に顕著な障害が残った。

方法

 それぞれの症例について頭部CT像とST開始後4―5カ月後の文字検査の結果、検査時の反応、臨床経過などを検討した。

 文字検査は、漢字と仮名文字のそれぞれについて、「音読」「理解」「書取」「書称」の4モダリティーで行った。標準失語症検査に準じて実施したが、「理解」のみは15者択一の絵カードのポインティングとした。使用した100単語は、線画で示し得て、当用漢字を持ち、しかも高頻度に使用するものの中から選んだ。また、仮名70字については、一文字の音読・理解・書取の仮名補足検査を行ったほか、「模写]の能力についても調べた。

結果

 図2、3に示した文字検査結果と、検査時の反応、および臨床経過から次のような結果を得た。

図2 独自検査結果の誤り率と誤り方

①,②,③,④はそれぞれ症例を示す。

〈仮名検査〉
図2 独自検査結果の誤り率と誤り方 仮名検査

〈漢字検査〉

図2 独自検査結果の誤り率と誤り方 漢字検査

図3 漢字検査結果の誤り率と誤り方

〈仮名検査〉

図3 漢字検査結果の誤り率と誤り方 仮名検査

〈漢字検査〉

図3 漢字検査結果の誤り率と誤り方 漢字検査

 

1.仮名について

①症例1・2は、読字と書字に障害を生じたが、症例3・4は、急速に改善した。

②症例1・2の誤り方は、読字と書字において、音韻的誤りが主体であった。

③全症例とも仮名1文字の音読・理解・書取は可能であった。

2.漢字について

<読字>

④症例1・2においては、改善を認めたが、症例3・4は、重篤であった。

⑤症例1・2の誤りは、意味的誤りが主体であったが、症例3・4の誤りは、形態的誤りが主体であった。

⑥症例1・2は、音読につまると迂言後に呼称する方法で音読していたが、症例3・4は、理解につまると何度も音読を繰り返して理解に結びつけていた。

⑦急性期、症例1・2は音読より理解の方が良好であったが、症例3・4は、理解より音読の方が良好であった。

<書字>

⑧症例1・2に比べ、症例3・4が重篤であった。

⑨症例1・2の誤り方は、意味的誤りが主体であったが、症例3・4の誤り方は、形態的誤りと音韻的誤りが主体であった。

⑩急性期、症例1・2は、書取より書称が良好であったが、症例3・4は、書称より書取が良好であった。

考察

1.二重神経機構(岩田)との対応(図4)

 岩田(1988)は、仮名と漢字の読字処理過程を次のように想定している。すなわち、仮名のルートはいずれも角回を経由し、それには体性感覚野→角回→Wernicke野と視覚野→角回→Wernicke野のルートがある。一方、漢字のルートは視覚野→側頭葉後下部→Wernicke野で側頭葉後下部を経由する。次に、仮名および漢字の書字処理過程は、前者ではWernicke野→角回→運動感覚野であり、後者はWernicke野→側頭葉後下部→視覚野→運動感覚野のルートである。

 これを、本4症例に対応させてみる。角回に病巣を有する症例1は、仮名の読字と、仮名と漢字の書字に障害を生じ、角回とその皮質下に病巣を有する症例2では、仮名の読字と、仮名と漢字の書字に障害を生じた。また、側頭葉後下部に病巣を有する症例3と、側頭葉後下部と後頭葉に病巣を有する症例4は、漢字の読字と書字に障害を生じている。以上より、本症例の症状は、岩田の神経機構の仮説にて解釈が可能であった。

図4 読み書きの神経機構についての仮説を示す模式図(1998,岩田)

図4 読み書きの神経機構についての仮説を示す模式図

S,AG,A,T,Vはそれぞれ体性感覚野、角回、聴覚野、側頭葉後下部、視覚野を表す。

2.本症例の障害水準について

(1) 仮名の失読失書について

 仮名の失読失書は、症例3・4には生じず、症例1・2にのみ生じた。症例1・2の仮名障害レベルは音韻的誤りが観察されたことより、音韻処理段階にある。1文字の音韻処理が可能であることから、障害レベルは1文字を単語音に、また単語を1文字に変換する過程にあると考えられる。

(2) 漢字の読字について

 症例1・2では、類義的誤りを多く生じたことから、障害レベルは、文字から意味への直接変換過程にあると考えられる。それは、音読につまると迂言後呼称に結びつけたこと、音韻的誤りがなかったこと、急性期に音読より理解が良かったことからも支持される。

 一方、症例3・4では、文字検査で形能的誤りが多かったことから、障害レベルは、文字から意味への変換過程にあると考えられる。それは、理解につまると音読を繰り返して理解に結びつけようとしたこと、急性期に理解より音読がよかったことから支持される。

(3) 漢字の書字について

 症例1・2は、文字検査で意味的誤りを多く生じていることから、音から文字への直接変換過程に障害があることを示唆している。それは、急性期において書取より書称が良かったことからも支持される。一方、症例3・4は、文字検査で類形的誤りと類音的誤りを多く生じていることから、意味を解しにくいことを示し、これは、障害水準は意味から文字への変換過程にあるといえる。これは、急性期において、書称より書取が良好だったことからも支持される。

3.二重神経機構と言語情報処理過程との対応

 岩田の二重神経機構と本4症例の障害水準を対応させた。すなわち、読字過程においては、体性感覚野から角回を経てWernicke野に到るルートと、視覚野から角回を経てWernicke野に至るルートの角回を経由する2つのルートは、仮名では1字から単語への音韻処理を行い、漢字では、形態から意味への処理を行う。視覚野から側頭葉後下部を経てWernicke野に至るルートは、主に漢字の形態処理を行う。また、書字過程については、Wernicke野から角回へ向かうルートは、仮名では、1音から単語への変換を行い、漢字では、音から形態への変換処理を行っている。一方、Wernicke野から側頭葉後下部を経て視覚野に向かうルートは、主に漢字の形態処理を行っている。その際、Wernicke野一側頭葉後下部のルートにおいては、文字部分の構成を、側頭葉後下部から視覚野へのルートは、文字から意味形態への変換処理を、視覚野から運動野への間においては、音から文字形態への変換処理を行っている。

 従来の報告より、角回・側頭葉後下部のいずれの損傷でも失読失書が生じることはあきらかである。本4症例の失読失書症によると、急性期には仮名・漢字共に失読失書が生じたことから、失読失書は、角回と側頭葉後下部の周辺領域の損傷で生じる一連の症候群であるといえる。しかし、経過を経るごとに各迂回ルートの機能が活性化され、損傷部位の限局症状が残存して上記仮説にみる一定の傾向が得られたものと思われる。

 症例数が少ないので、今後症例を増やし検討を重ねる必要があると考える。

結語

 4症例の失読失書の障害機序を岩田(1988)の二重神経機構に対応させた。その結果から、文字処理ルートの処理機能についての仮説をたてた。

参考文献 略

*広島大学整形外科
**広島大学整形外科研究生


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年3月(第60号)26頁~30頁

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