高齢者とスポーツ

高齢者とスポーツ

SPORTS AS REHABILITATION FOR ELDERLY PEOPLE

Finn Christensen

はじめに

 まず、3つのことを申し上げたいのですが、第一に私は、レジャー・スポーツ・アンド・リハビリテーション委員会のメンバーでございまして、この委員会は、日本で中村先生が最初に始められたわけです。中村先生は、この委員会の最初の委員長でございましたが、今後4年間、私が委員長としてお務めさせていただくことになりました。

 もう1つの点といたしまして、私はデンマークからまいりましたけれども、デンマークは、フィンランドと同様に500万人ほどの小さな国であり、スカンジナビア諸国と同じ制度を持っている国でございます。

 第3の点としましては、我々はECのメンバーでございますけれども、ドイツやその他のヨーロッパの国とスカンジナビア諸国よりも密接な関係を持っているということでございます。西ヨーロッパ地域におきましてレクリエーションとレジャーとスポーツというのは非常に重要な活動であるということであります。西欧におきましては、生活の質というものが非常に重要視されています。もちろん、豊かな国ではあるわけですけれども、まだまだ不十分なところもございます。私自身、心理学者であると共に教育学者でもございます。したがいまして、日本の皆様方とのいろいろな交流もかつてからございます。

 デンマークは小さな国でございますので、他の国の方々から学ぶ点が非常にたくさんあるわけで、日本人の方々からもたくさん学んでまいりました。いろいろなアイデア、考え方を交換する。また、経験をわかち合うことが非常に重要でございます。そういったいろいろな点を外から学ぶことによって、自分の国の制度の質を高めていくことが非常に重要だというふうに考えております。

 それでは、老人とスポーツに関してのお話を進めていきたいと思うわけですけれども、「高齢者」と「スポーツ」という2つの言葉はデンマークにおきましても、あるいはその他の西欧諸国におきましても、密接な関連のある言葉ではないわけでございます。スポーツと言いますと「力強さ」「スピード」「敏活さ」「競技」というイメージがございます。こうしたイメージづくりをする中でテレビメディアが大きな役割を果たしていると思います。テレビの中ではスポーツといいますと、記録的な好成績のスポーツというものをハイライトしています。世界のスポーツというのは若者、あるいは強い身体を持った人たちのためのものであるというふうなイメージがございます。

 しかしながら、スポーツはそういった人たちだけのものではないと思います。我々のデンマークにおけるスポーツのあり方ということをここでちょっとご紹介させていただきたいと思います。

 デンマークのスポーツ業界の人々に高齢者でスポーツに従事している人はどれだけいるか調べてもらっているわけですけれども、高齢者のスポーツ従事者は増えてきているということであります。18歳未満のスポーツ人口は安定していますけれども、高齢者のスポーツ人口は増えていっているということであります。18歳から25歳の間のスポーツ人口を見てみますと、余り増えておりません。そして、25歳以上になりますと、スポーツ人口が増えてきているわけです。25歳以上になりますと、スポーツという世界ではやや高齢者といいますか、若くはないスポーツ人口というふうに、ひとまとめに見ることができるというふうに考えます。

 ハンディキャップスポーツの面でも、やはり競技というものが注目を浴びております。したがって、本当にレクリエーションのためのスポーツというものが余りよく知られていないわけであります。

 「スポーツ」という言葉自身、今世紀に入るまで余り使われていた言葉ではなかったわけであります。昔、スポーツと言えば、一般の人々のものではなかったわけであります。昔のスポーツといいますと、非常に少数の上流社会の人々のためのものというふうにみなされておりました。競馬ですとか、セーリングですとか、世界的に昔からトーナメントとして存在していたスポーツが、昔は「スポーツ」としてみなされていたわけです。

 しかしながら、今日に至りましては、地域社会におけるスポーツの役割というのは非常に重要になってまいりました。これは工業化社会の結果、生まれた現象であるというふうに考えるわけでありますけれども、仕事におけるスペアタイム、余暇というものが個人の時間になってきたからであります。

 さらに、老齢社会におけるスポーツということですが、これも工業化社会によって生まれた現象だと思います。2つの高齢者のためのスポーツの特徴づけがあると思います。老人のグループや人口が増えてきております。身体的にも健康であって、長寿になってきたわけであります。

 そして、定年後の人口が増えてきました。デンマークでは現在、定年は一般的に60歳ですが、それは個人が選ぶ定年ではなくて、社会の仕組み、会社の制度というものが決めるものであります。そして、その定年を迎えた高齢者たちは家族とも余り密接な関係を持っておりません。日本では子供たちと一緒に暮らすというのがまだ残っているようですけれども、それも少なくなってきているというふうに聞いております。

 さらに、女性が働くようになったことから、女性が老人の面倒を見ることが少なくなってきております。デンマークでは80―85%の女性が働いています。

 さらにもう1つ言えることは、高齢化社会、あるいは老人の社会的な結び付き、ネットワークが非常に弱いということです。ひとり暮らしが増えていまして、老人同士のコミュニケーションが余りありません。非常に寂しい生活をしております。

 そういった状況の中で、スポーツやゲームに老人が参加するということが新しい現象としてデンマークで見られています。ハンディキャップスポーツと同じように新しい現象であるわけです。まだまだ数は少ないのですが、今後、増えていく傾向のあるものであります。この場合、私が申し上げているのは、60歳以上の高齢スポーツ人口でございます。これはテレビメディアを通じて余り反映されていない種類のスポーツですが、実際、スポーツの意義を最もよく反映している種類のスポーツではないかと思います。つまり、楽しみを味わうためのスポーツ、そして、自己を克服していき、努力をして、また、健康のためのスポーツということでありまして、決して競技を目的とするスポーツではないわけであります。

 高齢者は他の年齢の人口と同じようなニーズを持っています。つまり、社会的な結びつきを欲しているわけです。グループの一員であるということ。そして、人間として重要な存在であるということ。これは高齢者に関しても共通であることを認識しなければなりません。さらに、自己開発ですとか、自己を確立すること。自己顕示欲があって、さらに、自己啓発を必要としているということ。また、身体的にも活動しなければいけない。これは高齢者にとっても、高齢者でない人にとっても共通のことであります。スポーツはそうしたものを満たしてくれます。

 人間開発を行うために、スポーツ、運動というものは非常に重要であります。社会活動の枠組みをスポーツは形成してくれます。そして、さらに自分の限界に挑戦する自分の目標を設定することにおいても、スポーツは非常に重要であります。

 定年後、“第三の人生”というものはただただ衰えていくだけである、という考え方があるのですが、スポーツによってそれを克服することができます。そして、スポーツを通じまして、スポーツの活動そのものというよりも、社会的なネットワークづくりということがさらに重要になってきます。つまり、スポーツの社会的要因を見逃すことはできません。成績ですとか、活動そのものよりも、社会的な結びつきが重要であります。デンマークではスポーツをする前後に一緒にコーヒーを飲むことによって社会的なコンタクトをとる機会を設けることでスポーツは意義深いというふうに考えられています。

 さらに、スポーツをすることによって身体的に活動するということで、いろいろな健康のための恩恵もあるわけであります。筋力を高めたり、いろいろな障害を克服するということ。その個人の気持ちといいますか、身体的にも非常に快適でありますし、実際、健康を保つ意味でもスポーツ、運動というのは非常に大きく貢献することができるわけであります。

 1つの例といたしまして、デンマークでは温水プールにおける高齢者の水泳というのが盛んになってきております。この温水プールは無料で提供しているわけであります。温水プールを利用しましてまだ1年しか経っていませんけれども、既にスイミングクラブというものが生まれてきております。こういった水泳、スイミングクラブを通じて友人をつくることができて、毎週毎週それを繰り返すわけであります。それは単なる水泳をするという目的のためのものではなくて、クラブとしての役割、つまり、いろいろな人々と知り合う。そして、毎週毎週、定期的にいろいろな人たちとの交流を図ることができるということでも非常に意義深いわけです。

 このようにスポーツというのは身体的にもさらにいいわけでありまして、体を休めるという意味におきましても非常にいいことであるわけです。

 このように個人に対してスポーツは意義深いものであるのみならず、地域社会に対しましても意義深いものであります。経済的に言いまして、こうしたスポーツを促進することによって治療を受けなければいけない病弱な高齢人口が減っているということであります。スカンジナビア諸国におきましても、いろいろな新しいスポーツに関するアイデアが開発されているようであります。

スポーツといいましても、3つの種類のスポーツがあるかと思います。テレビで放映されるような競技を目的とするスポーツですね。これは成績を重視したスポーツです。

 第2として、健康を目的とするスポーツがございます。これは生活の質を高めるためのスポーツでありまして、デンマークにはこういった健康のためのスポーツをしている人口がたくさんございます。ジョギングもその1つであります。

 さらに、高齢者にとって非常に意義深い種類のスポーツがあろうかと思います。これを表現的スポーツ(expressive sport)と呼んでいますが、この種のスポーツを通じましてコミュニケーションを図って人々との交流を図ることができるということです。スポーツというよりも、お遊びというふうに呼んだほうがいいかもしれませんが…。デンマークの高齢者人口は高いのですが、こういった表現的スポーツに従事する高齢者はまるで子供たちのように非常に無邪気にそういったスポーツに従事しております。

 明日の分科会では、ビデオを用意しています。みなさんに無邪気に子供のように遊ぶ、あるいはスポーツをする高齢者の姿を見ていただきたいと思っております。明日、お見せしたいと思っていますビデオの中で表現的スポーツの創造性、また、個人個人がいかに楽しんでいるかという姿を見ていただきたいと思います。また、その動機づけ、生きがいをどのように見出しているかを見ていただきたいと思います。よく「“年を取ってしまうと遊びを忘れてしまう”と言われますが、実のところは、“遊びを忘れてしまうと年を取ってしまう”のだ」と言われています。また、我々の経験から言いまして、こういった高齢者のためのスポーツというのは男女共に、いろいろな年齢層の人を交えて行うのがいちばんいいというふうに考えております。

 さて、スポーツに参加することの意義をまとめてみますと、第1に身体的な恩恵がある。非常に活発な活動的な生きがいのある人生を送ることができるということ。

 第2に、新しい社会的なネットワークづくりができるということ。

 第3に、身体的な健康を維持することができるということであります。

 高齢者のスポーツ人口はどんどんと増えています。そして、スポーツを続けたい。再度、スポーツを始めたいという人々が増えております。そして、こういったスポーツのためにクラブや社会に参加したいという動機づけが出てきているわけであります。環境が整えば、このようにスポーツに従事したいという高齢者人口はたくさんいるわけであります。そして、人々が集まることによって、高齢者の問題が自然と解決されていきます。新しく生きがいを見出して、そして、活動的な老後を送ることができるようにというふうに考えております。

 高齢者というのは障害者の人々と同じように、スポーツをどんどんしてもらうべき人たちであるというふうに考えております。スポーツは、生活の質を高めるために非常に重要なものでございます。そして、参加することによって、身体的にも精神的にも健やかな人生を送ることができるというふうに考えます。

*特別教育部長、心理学者


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年3月(第60号)49頁~52頁

menu