重度障害者の職業的リハビリテーション

重度障害者の職業的リハビリテーション*

─ILOの新たな国際基準─

丹羽勇**

 1983年6月20日、ILO総会は、障害者の職業リハビリテーションと雇用に関する条約第159号と勧告第168号を採択しました。このことは、1981年の国際障害者年を記念して開かれた国際労働会議において討議されたことがことの始まりです。

 1982年になって、職業リハビリテーションという課題を深く討議するため国際労働会議によって設けられた委員会においてさらに検討されました。委員会は、全ての加盟国並びに障害者に関係のある非政府機関からの意見をまとめて、勧告案として一応の結論を出しました。

 1983年に開かれた委員会で、労働側委員及び障害者団体の代表から、勧告だけでなく条約としても採択するよう新たな提案が出されました。経営者団体はこれに強く反対しました。このようにはっきりと意見が分かれてしまったので、表決することになりました。表決は最初挙手で行われましたが、結果は否決されました。これに対して労働側委員は、投票で行うことを要求しました。この2度目の表決で結果は逆転しました。これはまことに劇的な場面でした。国際労働会議は、委員会の意見を国際労働会議の意見として、ILO総会に提出しました。

 その後開かれたILO総会で、条約第159号は、賛成344、反対0、棄権77、勧告第168号は、賛成417、反対0、棄権3という結果で原案どおり採択されました。

 この新しい基準は、1955年に採択された「障害者の職業リハビリテーションに関するILO勧告」第99号を補足するものです。勧告第99号の基本原則やガイドラインは現在もなお妥当であり適切なものですが、1955年以降、リハビリテーションのニーズに対する理解、職業リハビリテーションの領域や機構及びサービス提供の技術的方法などに新たな発展がありました。ノーマライゼーションという概念が受け入れられるようになったこともその一つです。障害者を特別な施設に入所させて隔離するのではなく、社会の本流に統合するという目的を持って各国政府や非政府機関が主導的にこの概念の定着に努めました。特に世界的経済不況と雇用状況を考えれば、障害者特に重度障害者の職業リハビリテーションと雇用の促進のために、さらに適切な方策が必要になってきたのです。

新しい基準の内容

 ILO条約第159号と勧告第168号の内容について、主な点を解説いたします。

(1)定義と範囲

 ILOの新しい基準では、「障害者」を次のように定義しています。「正当に認定された身体的又は精神的障害の結果、適当な雇用に就き、それを継続し、かつ、向上する見込みが相当に減退している者」。職業リハビリテーションの目的は、「障害者が適当な雇用に就き、それを継続し、かつ、向上することができるようにすること及び障害者の社会への統合又は再統合を促進すること」であると定義されています。

 ILOでは「重度障害者」については定義していません。もし必要ならばそれぞれの国が定めるものでしょう。しかし、ILOの障害者の定義が「雇用に就く見込みが相当に減退している者」と表現している意味は、少なくとも職業的に大きな不利を負っている障害者を考慮に入れているのです。

 委員会の討議では、定義に関連するいろいろな問題が出てきました。たとえば、「心理的障害(impairment)」や「障害者の雇用機会を制限する社会的、環境的要因」に関することも含めるべきだというような議論もありましたが、表決で棄却されました。

 「身体障害(impairment)」という用語には、感覚障害(視覚、聴覚)が含まれるのは明らかです。「精神障害(impairment)」という用語は、精神遅滞と精神病を含みます。いくつかの国では、精神障害を広くとらえてWHOの定義にそった使い方をしています。たとえば、アルコール、薬物による障害も含まれています。

 条約第1条の3及び勧告第3項には、「国内事情に適した、かつ、国内慣行に即した」方法で適用すべきであることが示されています。要するに、この基準の適用にある程度の融通性があってよいということです。国によって異なる特別なニーズや環境に対してとられるサービスの形態や範囲は同じではないからです。このような柔軟性は、異なる文化や経済的、社会的な発展段階にある各国が、実用的なリハビリテーションの可能性について考えるさまざまな違いを認めることになるのです。

(2)機会の均等

 ILOの基準の主要なねらいは、機会と処遇の均等ということであります。各加盟国は、「障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する国の政策を策定し、実施し及び定期的に検討する」(条約第2条)ことを明示している条約は、さらに加えて次のように述べています。「第2条の政策は、障害を有する労働者と労働者一般との間の機会均等の原則に基づく」(条約第4条)、そして、「障害を有する男女の労働者の間の機会及び待遇の均等を尊重する」(条約第4条)と述べています。後者の考え方は勧告においてさらに詳述されて、「障害者は、可能な場合には、自己の選択に対応し、かつ、その適性が考慮された雇用に就き、それを継続し、かつ向上することについて、機会及び待遇の均等を享受すべきである」(勧告第7項)となっています。障害者の機会均等を守り促進する政策や宣言にはそれほどの意味はありません。それを完全に実行する政治的意思があるかどうかが重要です。たとえば、多くの先進工業国で採用されている割当雇用制度、これは雇用主に対して一定の比率の障害者を雇用するように義務づけているのですが、いくつかの国では失業率が高ければ効果がないことを実証しています。事実、経済不況下にある工業国においては、障害者の失業率は障害のない労働者の3~5倍となっています。第3世界の国々の失業は深刻な問題です。そこでは、障害者が一般労働市場で仕事をみつけることは極めてまれか皆無なのです。

(3)職業リハビリテーションと雇用機会の拡大と創出

 1955年の勧告第99号では、障害者の雇用の拡大と創出という目的については、調査、啓蒙及び割当雇用制度や特定職務保留制度など、いくつかの方法を示しているだけですが、勧告第168号では、その第11項で、この目的を達成するための方法と意味をはるかに強く述べています。新しい方法には、次のようなものが含まれています。

a)雇用主に対する財政援助。障害者の雇用機会を創出する意図で職場、器具機械などを改善することを奨励するための補助金や障害者を訓練する費用を補完することなどがあります。

b)いろいろな形態の保護雇用職場を設けるための政府の援助。土地、家屋や設備などに要する資金に相当する財源の支給や訓練及び運営費をカバーする一定の助成金、さらに営業損失をこうむった場合の支出も含まれます。こうした援助を受ける各種の形態の保護雇用というのは次のようなものが含まれます。

・従来からある保護作業所(sheltered workshops)、小規模作業所、協同組合その他の形態の生産作業施設が含まれます。

・共同在宅者就業制度

・企業内準保護雇用制度(enclaves)、特別な指導監督のもと一緒に働く重度障害者のグループであって、その他の点では製造業、サービス業及び農業といった仕事を通常と変わりない環境の中で行うものであると定義されています。

c)組織の形成や運営の問題に関して生産的ワークショップが互いに協力することを奨励すること。ワークショップのグループのためにグループマネージメントの中央管理組織を設けること、近代的経営技術の紹介、生産の標準化、中央販売事業などがあります。

d)民間団体による職業リハビリテーションと雇用サービスに対する政府の援助。民間団体は多くの国で職業リハビリテーションのサービスを最初に手がけ発展させてきました。運営費の上昇は、民間の資金で組織を運営していくことをますます困難にしていますから、運営の最低基準とされているレベルを維持するためには政府の財政的援助が必要となります。

e)障害者が訓練や職場へ行くアクセスの障壁となるような阻害要因を取り除くことも必要です。

f)障害者がリハビリテーションや仕事に通う適切な交通手段が用意されなければなりません。ある国では、交通費に相当する手当を支給しています。これには著しく重度な障害者に対するタクシー代も含まれます。他の国では、動力車いすの購入あるいは障害者が運転できるようにする自動車の改造費に資金を支給しています。そのほか障害者用の自動車による輸送サービスというのもあります。

g)職業リハビリテーションに使われる訓練用具、作業補助設備や器具、あるいは障害者本人が使うこれらの機器に課税される内国税その他の経費は免除されるべきです。

h)障害者に役立つあらゆる種類の訓練を受ける機会が提供されることも必要です。一般市民に提供される各種の訓練も含まれます。特定の障害に関しては、視覚障害者の歩行訓練などがあります。日常生活動作訓練や自立生活技術訓練なども、精神薄弱者や重度の障害者のために必要です。読み書きの訓練も含まれます。

i)障害者が就職し、それを維持し、かつ、それにおいて向上するのを援助するための特別な補助機器や人的サービスの提供があります。たとえば、盲人労働者には点字の表示のあるマイクロメーター、点字タイプライターなど、肢体不自由者には義肢装具など、聴覚障害者には補聴器、手話通訳サービスなどの提供が含まれます。

(4)農村地域における職業的サービスの提供

 新しい基準は、農村地域や辺地に住む障害者の職業リハビリテーション及び就労サービスの促進が必要であることを強調しています。ほとんどの発展途上国では、全障害者の80%が農村や辺地に住んでおり、職業的リハビリテーションサービスはほとんどありません。農村地域における障害者の職業リハビリテーションサービス及び施設の開発は、極めて緊急な課題となっています。ILOの経験によれば、農村地域における職業リハビリテーションのプログラムのための戦略は、基本的ニーズを満足させるものは何かを把握して作らなければならないことを示しています。職業評価、就労準備、職業訓練は簡素化され、家族全体が地域の人々の支援を得て、リハビリテーションの課程に参画できるようにすべきです。特に、職業訓練と社会への統合へ進む段階ではそれが必要です。

(5)地域社会の参加

 条約第5条と勧告第15~19項は、職業リハビリテーションにとって最も重要な問題に触れています。すなわち、その地域に生活する障害者に職業リハビリテーションと雇用の機会を提供するために、地域社会自体が積極的に参加することの必要性を述べているのです。地域社会の参加ということに貢献し得るメンバーとしては、次のものがあります。地域社会の指導者たち、障害者のために活動している民間組織、リハビリテーションの社会・教育・医学・職業といった分野に関連する政府及び地方自治体の職員、経営者団体、労働者団体及び障害者自身などです。これらの地域のメンバーによって構成される委員会は、その地域の障害者がもつニーズを明らかにしたり、障害者に対する偏見、誤解、好ましくない態度を克服するのに役立ちます。また、その地域における障害者の職業リハビリテーションサービスの計画と実施に対して支援することもできます。この力が充分に働けば、政府だけによる限られたものより多くのサービスが提供されることになります。

(6)障害者及び障害者団体の参画

 国際障害者年がもたらした最も確かな成果の一つは、障害者及びその団体が自分たちの将来の社会生活や統合に影響を及ぼすプログラムやサービスの立案と実行について、より多く発言すべきであるということが認められたことだと思います。たとえば、障害者による障害者のための訓練プログラムへの支援、障害者の社会・政府に対する認識の向上または社会・政府に対して意見を表明することについても支援することが必要であります。さらに、雇用機会を持つということが強調されてあります。

(7)使用者及び労働者団体の貢献

 使用者団体と労働者団体が職業リハビリテーションサービスの発展に貢献し得ることについて述べています。これらの団体は、職業リハビリテーションの政策の策定に参画すべきなのです。雇用主と労働組合は、障害者の雇用機会を拡大するのに大きな決定力を持っているからです。自分たちの職場で障害者に適した訓練と雇用の促進を図らなければなりません。

 職業リハビリテーションに従事する全ての専門家は、日々の仕事を通じて使用者団体と労働者団体と密接な協力をすることの必要性を認識しなければなりません。

(8)リハビリテーションに従事する職員の訓練

 職業リハビリテーションのプログラムに従事する訓練を受けた職員の極度の不足を充足する必要性についても強調しています。職業カウンセラー、職業紹介官、リハビリテーションセンターやシェルタード・ワークショップの管理職などの専門職のみを対象とする訓練だけでなく、職業リハビリテーションの課程に随時加わる医師、医療技術者、ソーシャルワーカーなども含めた訓練を行うべきことを示しています。

 障害者の職業リハビリテーションセンター、保護的または生産的ワークショップの経営管理の向上を目的として、近代管理技術、生産とマーケティング技術などを身につけた完全に訓練された専門管理者が必要であることを示唆しています。また、職業リハビリテーションの職員に対する適切な給与と資格制度の必要性が強調されています。これが欠けていると、質の高い職員が職業リハビリテーションサービスに魅力を感じ、働き続ける見込みがなくなります。職業リハビリテーションが大学や専門学校における特別な学位を取得するのに必要な科目となれば、勧告の意義は全うされるでしょう。

 職業リハビリテーションに従事する職員の不足は大変深刻で、正規の課程だけで訓練していたのでは、これから何年間も職員を充足することができないでしょう。そのために当面、特に発展途上国においてはリハビリテーション助手、補助者及びヴォランテアを使うことを奨励しています。

条約の批准

 ILOの条約と勧告の違いは何でしょうか?まず勧告は批准を必要としません。条約は少なくとも2ヵ国の批准が必要です。条約を批准すると、その国の政府はどのような義務を負うのでしょうか?政府はまず条約の各条項が有効になるように国内レベルでのあらゆる必要な措置を取ることを表明します。これは、国の法律とその施行を条約の各条項に完全に従ったものにすることの誓約を意味します。国が条約を批准すると、ILOに対して条約の実行のために行っている施策を定期的に報告する義務も生じます。

 スウェーデンはILO条約第159号を最初に批准した国で、1984年6月12日付けでILO事務局に登録されました。2番目の批准国はハンガリーで1984年6月20日でした。それから1年後の1985年6月20日付けでこの条約は発効したことになります。現在世界の22ヵ国がこの条約を批准しています。ヨーロッパ15ヵ国、ラテンアメリカ5ヵ国、アジアは中国、アフリカはマラウイの各1ヵ国となっています。

むすび

 講演を終わるに当たって、私はILO事務総長、フランシス・ブランシャード氏が1983年の労働会議の閉会に際して述べられた言葉を引用したいと思います。「障害者の職業リハビリテーションと雇用に関する条約と勧告の採択は、1981年の国際障害者年に始まった討議が頂点に達したものであります。ILOは長い間、障害者が訓練や雇用の機会を得られる公正な道を保障されるよう提唱してきました。残念ながらこの目標は多くの国でまだ達成されていません。新しい条約と勧告は、目標達成へのいっそうの努力を訴えており、職業リハビリテーションの計画、組織及びその発展について使用者団体と労働者団体が重要な役割を果たすべきことを強調しています。これら二つの団体が直接この分野に介入するようになれば、労働市場に障害者が参入することを阻み続けている差別的慣習を除去するのに強力な力になるでしょう。」

歴略

 本年3月までILO職業リハビリテーション部長をつとめた。それ以前は、ILO専門官としてタンザニア及びインドシナの職業リハビリテーションを担当。またILOアフリカ地域職業リハビリテーション顧問としてエチオピアにも駐在した。これらの職務を通じて、地域に根ざしたリハビリテーションに関する革新的な事業の発展に貢献した。現在も、ILOの依頼により世界各地で調査指導にあたっている。

*「横浜・国際シンポジウム'88報告書」(平成元年3月発行)より転載
**前ILO事務局職業リハビリテーション部長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1989年10月(第61号)10頁~14頁

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