特集/雇用 精神薄弱者の能力開発

特集/雇用

精神薄弱者の能力開発

―職場定着をめざして―

桜田敏孝

 はじめに

 長崎能力開発センター(以下「センター」とする)は、第三セクター方式による職業訓練施設であり、1学年20名で2年間の訓練を行う。全寮制で必ず寄宿舎に入り、職業訓練及び生活訓練を行うことを目的に、昭和62年に開校した。

 第三セクター方式は、公的機関と民間の活力、ノウハウを生かすのが目的であり、公的な役割とは、職業安定課、能開課、職業安定所や障害者職業センターを始め、地元の町、障害福祉課、学校教育課、職業訓練校、福祉事務所等の総合的な取り組みによる行政の強力である。また、民間は技術指導、生産物の販売、それに職場実習、雇用等までの連携を結ぶものである。

 特に精神薄弱者も、職業に就き社会での役割を担うことができ、また、職業を持ち社会の一員であることを深めるため、職業訓練をし能力開発をすることが大切であるとの認識に立つことが重要である。

 開校するに当たって特に配慮されたことは、精神薄弱者は職業定着が悪く、それが何に起因するのかを調べることから始まった。調べた結果、次の事がらが明らかになった。

1.職業訓練が技術指導に片寄っていた。

2.本人、親が職業自立を願っていたか。

3.指導者が精神薄弱を認識せず訓練した。

4.基礎的な体力、気力が備わっていない。

5.若年で就労していた。

6.社会生活上での基本的習慣付けが不十分であった。

7.労働習慣が身についていない。

8.事業主が仕方なく雇用していた。

9.就職後のアフターケアが不十分であった。

10.職業訓練の場が少ない。

 等々。以上のことに着眼して、訓練が組み立てられた。

 センターでの訓練(生活訓練、導入訓練、基礎、応用実技、職場実習、進路指導)を通して実践の中で感じたことや課題を述べてみたい。特に人と人との関わりから観た、能力開発とは何かを考察してみた。

 人の環境における能力開発

 人は一生の中で様々な人と関わりを持ちながら成長して行くのであるが、精神薄弱の人は、その関わりが極端に少なかったり、適切でなかったりすることが多く、失望してからの関わりや事務的な関わり、また単発的であるため知的障害より生活環境や体験不足から起こる障害も多い。

 小さい時から児童施設等にあずけられ、家庭の味を知らずに育ってしまう。10歳前後の時、親からの優しい愛情も厳しい愛情もなく、最も必要な時にその関わりがないと、極度の不安や不満、あるいは反抗的であったり、消極的、劣等感等の精神的ひずみになってしまう。

 また、過保護な養育をされれば、依頼心が強くなったり、自己中心的であったりし、青年期に大きく影響してしまう。

 センターは、思春期、青年期の人達を訓練するが、個々人によりかなり差があり、指導者の指導力が重要である。

 訓練をするためには、信頼関係がまず大切であるが、これは短期間では難しく、1ヵ月でできる人もいれば、1年間かかっても難しい人もいる。また、言葉で通じにくい人も多く、快適な状態の方にゆれ動いてしまい簡単ではない。職業訓練を通じて、一緒にソーメンを製造したり、家畜の世話する中で達成感、満足感を味わうことにより結びつく人もいれば、悩みを相談する中でできる人もいる。寮生活で文化的な活動をする時や食事を作る時にもあり、要は、そのチャンスを指導者が見のがさず、心を結びつけようとしているかである。根本には、本人の良さを見い出したり、真剣に考えてくれたり本意にしてるかどうかによって、信頼関係が生まれる。

 特に周りの雰囲気や相手の表情、言動に影響されやすく、目に見えない緊張感や緊迫感等が訓練を効果的にすると認識して指導しなければならない。このことは、就職した後にも、同じことが言える。どのような仕事をするかも大切であるが、どんな人と一緒に働くかが定着にも結びつくのである。

 職場実習や雇用される時に事業主の方にお願いしていることは、次の事がらである。①特別な関わりをもたず、他の社員と同様に仕事の厳しさには配慮せず、一社員としてみてほしい。②担当者を明確にしてほしい。悩んだり、迷ったりすることは毎日あり、誰に相談すればよいかはっきりしていれば、その人の心の動きも分かりやすく、本人も安心感がある。③抽象的ないい方でなく良し悪しをはっきり伝達してほしい。日本では相手を傷つけないようにと配慮したいい方が多く、精薄の人は分かりにくいために戸惑ってしまう。④働く楽しさを感じさせてほしい。自分の存在感があることや認められることは働く意欲に結びつく。これらのことはすべて人との関わりの中でのことであり、本人の能力を開発するため欠かせないことである。

 昨年、就職した事業所の中で、障害者が生き生きと働いているかどうかを見て、他の社員の労働のバロメーターにしている会社もある。そのような企業は社員教育も徹底されており優秀な会社とみる。

 体験学習

 新卒で来る人は、基礎的な体力、気力が備わっていないし働くことの意味も分かっていない。科目の中に畜産科があるが、働く意識より動物の世話をする感覚で行う。直接餌を与え、その食べる姿を見ることや分娩をさせ出産を見守ることは感動的であり、それを繰り返すことにより最終的には働く行為に結びつけて行おうとするものである。労働習慣は短時間でできることでない。楽しさや苦しさを知ることから訓練に入る。また、麺製造科では、機械等の使用も多く、安全性も必要になる。ソーメン製造のち密な仕事をし、いわゆる工場の中での体験を通じて、生産性や確実さを養うような訓練を行う。意欲に結びつけるための奨励金、基礎的体力を作るランニング、時期により移動キャンプ、自衛隊の体験入隊等、本人を意欲付けたり、動機付けに工夫を加える。

 また、寄宿舎では、食事は当番制になっている。時には失敗もあるが、その失敗が糧となるものである。それに、必然的に数や量が出てくるため、体験を通しての学ぶ場となる。

 すべてにわたり、教科学習でなく、生活学習及び体験学習を中心としている。

 進路指導(現実の理解)

 進路指導は、2学年に入り最も時間を当てる。この中には、職場実習や生活実習を含めている。まず、本人の希望する職種及び住みたい場所を聞くことから始める。

 最終的には、自分で決めて行くこととなるが、その過程で仕事を探す大変さや仕事があることのありがたさを知る機会にもなる。

 普段、周囲の人から決められ、自分が望んで決めることがない。自分自身で決めることは、職場の決定をする時に最も大切なことであり、就職後の定着に大きく関わる。特に表現力が弱く、将来の展望が欠けているため、普段の中での表現や行動を把握しておかねばならないが、自ら望んで行くかどうかは、多少の苦難にも耐えることができ、不満も残らない。

 希望を聞くと、職種を知らず、親兄弟の職業をいったり、また、テレビや雑誌等で見たものをいってくる。そのため、できそうでない職種(例えばガードマン、車の整備工、ホテルのフロントマン等)を求める人もいる。職場探しは自ら、どんな仕事の内容か、どんな資格がいるのか、また、求人をしているかどうか等を実際の場を見たり聞いたりするようにしている。

 結果としては、職場実習を受け入れてもらえたり、断られたり、全く探せなかったりする。その状況により、職安から紹介してもらったり、職員に相談に来たり様々であるが、何かできるか、できないかを知る機会となっており、職員は自己決定をするための補助としてアドバイスをすることに専念する。

 以上のように、自分の職業能力を認知させることや現実には希望通りいかないことを身をもって体験することになる。

 さらに職場実習中も途中で断られることもある。その場合、中止された原因を事業所から説明してもらい、本人の課題を明確にし、再度実習を行う。

 自宅から通勤する人は、その周辺を自らの足で探し、現実の理解(自分の実力、援助の必要性についての正しい理解)が十分に分かるようにし、親の大切さや家庭のありがたさを知った上で進路の方向を導びくようにしている。

 この指導を進める上で難しいのは、親が育てる能力がなければできない。また、事業所が協力的でなければできない。

 生活の場に関しても、アパートに住みたいとの希望があるが、現実の理解ができておらず、ひとつひとつ教えなければならない。彼等のもつアパートのイメージは、台所用品、家具、電化製品のすべてが揃っているのである。家庭では、親がすべて買い揃えてあり、センターでの寄宿舎でも事前に購入してあり、その過程を教えることは難しい。

 そのため、住居探しと称して、手続き上のことや家賃、敷金のこと、また、最初はアパートの中には何もないことを見て聞いてくる経験から行い、アパートをかりるには金のかかることや保証人のいることを体験させる。

 さらに単独での生活実習を行い、一人だけの生活の大変さ、友達や仲間がいないことのさみしさ等を体験することにより、自己の実力を知り、また親のありがたさや仲間の支えの大切さを学ぶ機会としている。

 周りの人がすべて準備し用意してやることは、全く苦労を知らず、依頼心や自己中心的な人間として育ち、社会生活は難しい。

 そのため、自分は何ができ、何はできないかを知りながら進路を考えてやらなければ、社会定着は困難である。

 就職後のアフターケア

 就職したからといって、精神薄弱という障害がなくなった訳ではない。センターでの訓練は、社会生活の最低ラインを教えるにすぎない。職業生活や社会生活をするうえではさらに学ぶことばかりである。そのため、フォローすべきことも多分に必要になる。

 様々なケアの方向性がいるが、一つは平成元年度に厚生省が制度化したグループホームの利用である。これは、社会福祉法人との連携が必要だが、生活の場の確保、相談ができる人や障害があるためできないことを補完する人をおくことにより、安定した生活ができるものである。自宅から通勤をする場合は、親が自立をさせるための努力を続けなければならない。この点は、センターでの訓練の間に、将来の展望を明確にさせ、どのような方向を進めて行くか(本人の課題点を含め)を決めていかなければならない。特に、子供扱いでなく、一人の社会人としての関わりを持っていないと職場定着できない。

 最も大切なことは、どこに住み、どこで働き、誰が見守るかの3点であり、その3つの柱が社会での定着のキーポイントである。

 地域を変えるのは障害者本人

 精神薄弱者の職業訓練は、他の障害者の人達とは異なり、職業意識や労働習慣から行わなければならない。職業生活を有効に進めるためには、日常生活あるいは人間性も大きく影響する。そのために、単に職業訓練の技術だけにとらわれず、職業人を育てる認識をもち訓練しなければ継続的な就労は難しいものである。

 また障害者自身が一般社会で必要なことを身につける努力をすることが重要であり、障害者だからとの甘えは受け入れてもらえない。逆にいえば、本人が努力する場を提供しなければならないと思う。

 特に感じることは、我々、精神薄弱者に関わるものが本人抜きで理解して下さいでは真意が伝わらない。最も理解力を増せるのは、本人が何かに真剣に取り組む姿勢にふれあった結果であり、センターでは、訓練中の姿を見てもらうことが事業主に理解される機会となっている。

 結びに

 精神薄弱者のライフステージを考える時に、早期療育、養育が最も大切であり、社会生活をするころで影響してしまう。また、長期教育、訓練の場が必要であるにもかかわらず、今の学校教育では、知的レベルの高い人程、長く教育を受けられるシステムになっており、知的な遅れがある人程、早く就職し社会生活を余儀なくされている現状には疑問を感じる。

 また、社会福祉施設で保護しているといわれ、長期入所になっている人も多くなり、地域福祉を進める上では、社会の受け入れる場をもっと必要としている。企業も、障害者の雇用は社会的な役割としてとらえ、企業がその地域にどれだけ貢献しているかを誇りにするようになってほしい。

 当センターは、精神薄弱者の能力開発をすることに、一人でも多くの人が社会人として胸を張って働き、誇りをもって生きて行き継続してほしいと願っている。それと同時に、障害者本人が地域の中に溶け込んでふれあって行くことにより、精神薄弱者を理解する人が増えていくためのセンターになることを目標にしている。

 今、長崎県では、文部、厚生、労働の各省の専門家が集って、職業自立に関してのネットワークを深めることを始めた。

長崎能力開発センター所長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年3月(第63号)10頁~13頁

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