特集/リハビリテーションと介護 リハビリテーションと介護の役割

特集/リハビリテーションと介護

リハビリテーションと介護の役割

竹内孝仁

Ⅰ.はじめに

 保健、福祉、医療の各現場で、「リハビリテーション」という言葉が氾濫している。特に高齢化社会となって、「ねたきり」や「痴呆」老人がどの分野でも重大な問題となっている現在では、障害をもつこれらの老人に対してリハビリテーションが欠くことの出来ない活動として受け取られている。

 実際に各地の保健所で行われている、いわゆる「機能訓練」はリハビリテーション医学の手法そのものであるし、「老人医療」ではリハビリテーション訓練なしでは成り立たないとの認識に達している。

 介護の現場でも、目の前の不自由な高齢者に対して、いくらかでもその状況を改善するために、何かよい訓練のしかたはないかと求められる。

 いうならば、保健も福祉も医療もリハビリテーションを取り入れようとし、それと従来の方法との関係や役割のありかたを模索している状況にあるといえよう。

 小論ではこうした状況を踏まえ、リハビリテーションと介護の関係や役割を探ってみる。

 問題を単純化するために、対象を高齢者としたい。介護の実践的な対象は高齢者に限定されているわけではないが、いまわが国の主要な問題が「高齢者の介護」にあるからである。ひとまず高齢者に的をしぼるとはいえ、読んで預ければお分かりのように、小児や青壮年の障害者にも多くの共通点を持っている。

Ⅱ.リハビリテーションの正しい理解

 リハビリテーションと介護の問題をきちんと整理するために、その両者を正しく理解しておく必要がある。まずリハビリテーションとは何かを簡単に説明しておくことにする。

 リハビリテーションの定義は、WHO(世界保健機構)その他によってなされているが、それぞれの定義が歴史的に大きな変遷を経てきているということもあって、いくらか理解しにくいものになっている。

 それぞれの定義の紹介や背景の説明は他に譲ることとして、ここでは私たちが素朴に抱いているリハビリテーションのイメージからはじめたいと思う。

 例えばある人が脳卒中にかかったとき、その人が(麻痺は残ったとしても)もとどおりの生活を回復したとき、私たちはうまくリハビリテーションした、と考えている。このことはリハビリテーションとはおよそ「もとどおりの生活に戻ること」と解釈してよい。もとどおりの生活とは、その人自身の昔の生活であり、もう少し拡大すれば、この社会の人びとが行っている一般的な生活のことでもある。

 ところで、もとどおりの生活を回復するというが、その「生活」にはいろいろな側面があることがわかる。

 「もとの職場(職業)」に戻るのもその1つである。また「もとの家庭」に戻ることも、もとの地域に戻って隣近所の人たちや友人、知人との付き合いを復活することも大切である。

 このときに、職業を例にしてみると、もとの職場に戻るためには、以前にその人が行っていた「仕事」の能力を回復していることが期待される。

 また、主婦が家庭に戻るためには、家事という仕事の能力を回復していることが期待される。

 つまりこれらは、リハビリテーションにとっては、それぞれの立場や役割に応じた「能力」の再獲得が大切であることを示している。

 ところが本人の能力が回復されれば、いつの場合にももとの生活に復帰できるかというと、必ずしもそうではない。

 発病前とほとんど同じくらいに仕事が出来るようになったのに解雇される障害者がいたり、あるいは家族から引き取りを拒否される人も多い。また復学ができなかったり、地域社会の゛のけ者″にされたりすることもある。

 こうした事実は、リハビリテーションにとって、本人の能力がよくなるだけでは不十分で、その人がともに暮らしていた人びとの受け入れが重要な要素であることを示している。

 いいかえると、リハビリテーションには、「本人の能力」と「周囲の受け入れ」の2つの要素が関係し、この両者がうまくかみ合わないと、リハビリテーションつまりもとの生活の回復はできないことになる。

 「周囲の受け入れ」とは、病気によって一時的に離れていた「家庭」や「職場」「学校」「地域」その他の(社会)集団にもう一度復帰することであり、WHOはこのことを「社会的再統合」と表現している。

 つけ加えれば、家庭その他の受け入れは、家族や(職場の人たちなどの)゛障害者に対する理解″や、社会全体の障害者に対する価値観などが複雑にからみあっている。

1.医学的リハビリテーション

 私たちが、「リハビリ」という言葉からただちに連想する「訓練」は医学的リハビリテーションの方法である。これはふつう病院で、発病から回復期にかけて行われる。

 脳卒中を例にとれば、発病後およそ6ヵ月までの期間である。

 病院での医学的リハビリテーションの中心となる機能訓練の目的は、いうまでもなくその人の機能障害を改善し、生活の基本となる日常生活上の(身のまわりのことを行う)能力の獲得をはかることにある。部分的には主婦としての「家事能力」改善のための訓練も行われる。(このほかの能力、例えば職業能力や学校での学習能力などは専門的な職業リハセンターや教育現場である学校を中心に行われる。)

2.社会的リハビリテーション

 医学的リハビリテーションが、「機能・能力」の改善をはかるのに対して、リハビリテーションのもう1つの要素である「社会的再統合」を目指すのが社会的リハビリテーションである。そこでは「家庭」「職場」「学校」その他の一員として復帰していくことが課題となり、その受け入れを妨げている要因を発見してその解決をはかっていくことが求められる。

 社会的リハビリテーションの場面では「機能・能力の改善」はもはや主役ではなくなっていく。

 例えば、最大限の機能・能力レベルに達してもなお身のまわりのこと(ADL)に介助を必要とする人が介護力の乏しい家庭に戻るためには、必要なことは機能・能力の訓練ではなく、介護者の派遣だからである。もし介護者が得られないならその人は家庭で生活していくことは不可能となる。

 先に、もとどおりの生活として「家庭」や「職場」などをあげた。これらの社会集団への再統合をはかる社会的リハビリテーションも、それぞれに応じて図1のように分類される。

図―1 医学的リハと社会的リハ

図―1 医学的リハと社会的リハ

 このような課題や分類を説明する理由は、リハビリと介護を関係づけるにあたって、まず第1に介護がどのリハビリの分野に関係しているかを明らかにするためである。

 いうまでもなく介護は、その人の家庭における、また地域における生活に関与している。ということは介護は図1の「地域リハビリテーション」の中に位置づけられる。

 そして次に大切なことは、地域リハビリテーションを含む社会的リハビリテーションの課題が「再統合」にあるとき、機能・能力障害の改善をはかる機能訓練がその方法ではないことを認識することである。

 ふつう「リハビリ」といえば機能訓練と誤解されており、例えば介護とリハビリといえば゛介護の中にいかにして機能訓練を取り入れるか″の論議に陥りがちである。これは根本的な誤りであることを指摘しなければならない。

 結論的にいえば「介護」そのものが、家庭と地域での円滑な生活をつくり出す地域リハビリテーションの重要な活動の1つだということである。

 しかしそのためには「介護」とはどのようなものなのかを明らかにしなければならない。

Ⅲ.介護とは何か

 介護とは何かという問については、御承知のように、明確な解答は出されていない。これによく似たことばに、看護の場面やリハビリテーションの領域で使われてきた「介助」がある。介助とは、立ったり、座ったり、食事や着替え、入浴などのときに、動作を助けることである。こうした作業は「介護」の場面にもよく行われるので、しばしば介護とは介助することと同じようなものと考えられがちである。しかし介護ということばには、単なる動作の介助以上の意味が含まれていることが実感される。一般的な表現だが、むしろ「お世話」ということばのほうが近い語感を持っている。しかしこうした介護の活動を明らかにし、定義づけることがここでの目的ではない。介護という援助の1つが果たしている、あるいは求められている役割や意義を探ることのほうが大切だと思われる。

 こういう目で眺めてみると、介護という活動は、それを受けている本人にとっては、目的や要求が達成できたり、快適さをもたらしていることが分かる。

 しかしこのことは同時にその活動を行っている「介護者」にとっては負担をも生じてくる。特に家族が介護者の場合にこのことがいえる。

 ここでは私たちは「介護」を考えるにあたって、家族による介護と家族以外の人(例えば介護福祉士など)によるものとを分けておく必要がある。

 家族による介護は、家庭全体の生活にとっては何らかの負担を生じ、そのことによってときには家族を崩壊させる力をもってくる(実際には、家族は当の老人や障害者を病院や施設に移すことで部分的な崩壊にとどめる)。

 一方、家族以外の外部の人による介護は、家族の負担を軽減する作用をもっている。このことは「介護」を考えるときに、つねに二面性をもっていることを示しており、いいかえると「介護とは何か」という抽象的な概念の操作は実際上あまり意味はなく、それを担う人と立場(家族か外部の人か)と結びつけてはじめて現実的な問題の整理ができるようになることを示している。また、このように分けていった場合に、先に述べたような広義の「負担(介護負担)」をめぐる論議となり、その大小や軽減といった「量」の問題をも討議していく必要が求められてくる。このことは次に、外部からの介護者の派遣の時間や回数、その活動の内容の吟味、さらにその根拠となる家族状況の評価といった、介護をめぐる合理的あるいは科学的な検討へと結びついていくはずである。しかしそうした「介護論」の検討も、ここでの主題ではないので先に進めることにする。

 ここではリハビリと介護の関係を探ることであったし、いま私たちが頭の中にあるのは家族以外の人による介護のことであろうから、そのことに限定しておくことにする。

 家族以外の人による介護活動の展開は、渦中にある家族にとっては、負担の軽減をもたらす援助となっている。

 つまり、介護とは極端にいえば「家族救済」の役割を果たしており、このことで家族の生活全体をより健全な方向へと導いていることになる。

 また、私たちにはほとんど意識されることはないが、個々の家族が安定していることが、それを含んでいる地域の安定に目に見えない効果をおよぼしている。

 私たちは個人―家庭―地域の間に一見それほど濃厚な関係がないように受けとめているが、この三者はむしろ一体となって相互に影響をもっている。

 住民同士の交流が豊かで安定した地域にあっては、個人の情緒もまた安定することは社会学、社会福祉学の指摘するところである。また、健康的な個人、その集団である健康的な家族が、健全な地域をつくる重要な要素であることも理解できる。

 結論的にいえば、1人の要介護者に対する介護援助は、直接的にその本人に快適な生活をもたらし、家族全体の生活をより健全なものとし、そのことによって地域全体をも安定した状態にいたらしめる力を持っていることになる。

 介護という具体的な活動をこのような視点からとらえておくことは、概念的にもまた後に述べる実践的な意味からも大切である。

Ⅳ.地域リハビリテーションと介護の役割との共通点

 地域リハとは、直接的に表現するなら、まず一つは「家族」の一員として円満な家族生活を回復することであり、もう一つは地域社会の一員としての生活を取り戻すことであった。

 介護の目指すものも、円満な家庭生活を築くことにあり、そのことが間接的に地域社会の安定に役立っている。

 つまり両者は、家庭と地域を念頭に置いていることになる。

1.円満な家庭を築くための7つのニーズ

 さて、1つの家庭が円満に維持されていくためには、解決しなければならないいくつかのニーズがある。例えば経済的な問題が解決していなくて、家族の生活費が得られないとなれば、家庭としては成り立たない。

 図―2は、要介護老人を例にして、その家庭が円満に維持されていくために解決すべき7つの課題(7つのニーズ)を示したものである。それぞれについては説明する必要までもないことと思われる。

図―2 家庭生活上の7つのニーズ

図―2 家庭生活上の7つのニーズ

 大切なことは、1つの家庭を円満に(あるいはより健全に)維持していくためには、このような基本的な7つのニーズが解決されなければならないことを理解することであり、このようにとらえていけば、いま行っている「介護」がどのニーズに対応しているのかがわかり、さらに不足している問題は何で、どのような職種や機関、あるいは制度が必要かが理解され、チーム・アプローチが組み立てやすくなる。

2.「ストレス」の問題

 上に述べた7つのニーズは、各項目をみればそれぞれ問題の中身が理解できる。

 これに対して、はっきりしたかたちではとらえにくく、しかも円満な家庭生活を脅かして家庭崩壊さえ招きかねない最大の原因に「ストレス」がある。

 私たちは、昼夜にわたる重労働の介護を強いられながら、それをなかば当然のように受けとめて落着いている家族を目にする。これとは逆に、ほんのわずかな介助しか必要としないにもかかわらず、老人ホームや老人病院を捜しまわっている家族も目にする。

 こうした現実の示すものは、在宅介護が維持されていくかどうかは、介護に求められる物理的な労働量の大きさではないことである。

 両者を分かつものは、多くの人が指摘するように「ストレス」の大きさである。たとえ介護が重労働でも、ストレスが小さければ家族は安定し、逆であれば、たとえほんのとるに足らない介護労働でも家族は容易に崩壊する。

 ストレスは図―3のような構造から成り立っていると考えられている。一般的には、高齢者夫婦世帯で一方が要介護者の場合に、介護者のストレスは小さい。また、中年の嫁の場合にはストレスは大きくなりがちである。

図―3 ストレスの構造

図―3 ストレスの構造

老人の「意味」とは主として介護者にとっての老人の「存在価値」といったもの。
家族資源としては人的資源(人手)と物的資源(主として経済力)

 以上の検討から、地域リハビリテーションの主要な課題である「家庭生活への復帰とその円満な維持」には、解決すべきいくつかの課題があり、また同じ目的のもとに展開される「介護」が、そのなかできわめて重要な役割を果たしていることが理解されよう。

 現在のところ介護は、動作能力に自立性を失った対象者に対する身体的な援助ととらえられているが、ストレスや家族関係といった、目に見えない問題に対して直接・間接にどうかかわりあっているのか、あるいはそれらの問題を介護活動にどのように取りこんでいくのかは今後の課題となっている。

参考文献 略

東京医科歯科大学リハビリテーション部助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年9月(第65号)2頁~7頁

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