海外レポート ハンガリーのリハビリテーション・システム

海外レポート

ハンガリーのリハビリテーション・システム(抄訳)

THE SYSTEM OF REHABILITATION IN HUNGARY

Lajos Kulmann**

抄訳 馬橋由美子

Ⅰ.人口、雇用、行政の概要

 ハンガリーの国土面積は93,030km2で、ほとんどが平らで耕作に適した土地である。人口は1,060万人(96.6%がハンガリー人)で、その4分の1が首都ブタペストとその周辺に集中している。開発に関しては地域差が激しく、国の西部の都市化が進んでいる。人口の39.7%が都市に、60.3%が田園地帯に住んでいる。

 産業別の労働人口比率は以下のとおりである。

工業 31.3%
建設 7.2%
農・林業 27.1%
交通・通信 8.1%
商業 10.4%
コミュニティ・社会・個人サービス 15.9%
サービス業 4.4%
その他 1.6%

 490万人の労働者のうち30.3%がホワイトカラーである。また、60歳以上が18.4%を占めておりこの割合は増加傾向にある。

 政治の決定機関である議会は386議席である。政府には13の省、8つの政府事務所がある。

 国は首都と19の州から成っており、州にはある程度の自治が認められている。

Ⅱ.リハビリテーションの歴史

 ハンガリーにおけるリハビリテーションの歴史は、重度障害者に対するサービスの確立から始まり、盲・ろう・肢体不自由・精神薄弱などの人々へ広がった。リハビリテーションの発展は、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけての急速な工業化と家族構造の変化と平行していった。リハビリテーション・サービスは主に首都及びいくつかの都市で行われ、結核患者へのサービスも始まった。

 これらのサービスと平行して、2つの障害者団体、盲人連合とろう連合が設立され、障害者自身の法的な活動の場となった。

 最初の、そしてその時点では唯一の包括的なリハビリテーションに関する法令が、退役軍人に関して1915年に発令された。法令は医学的アフターケア、義肢の装着、実践的教育、ケア施設に関する包括的なものだったが、対象は軍人のみで、一般市民は含まれていなかった。

 障害児が義務教育と文化を享受する権利は、1921年に法律で保障され、その後徐々に特殊教育のための学校と、小学校内の特殊学級ができていった。

 1933年には、戦争による障害者が、無料でヘルスケアと義肢装具の交付を受けられることが法律で定められ、彼らの職業リハビリテーションを援助し、その組織を正式に認めた。

Ⅲ.リハビリテーションに関する法律

 雇用・文化・医療・結社など、市民のもっとも重要な権利は1949年に憲法で宣言された。

 1972年の医療に関する法律では、すべての市民が無料で予防・医療・リハビリテーションを含む保健サービスを受ける権利を宣言している。1973年の特殊教育に関する法律は、特殊教育は生活と雇用を目指したものでなければならないとしている。

 また、1974年には重度の障害をもつ人たちのための熟練職業訓練と、精神薄弱児のための半熟練職業訓練を行う学校を作ることを定めている。そして1982年には職業ガイダンスに関する法令が発令された。これによれば、本人の興味と能力、そして国家の経済計画に合わせて職業が見つけられなければならない。

 職業リハビリテーションに関する基本法は1967年に定められた。この法律では、職業リハビリテーションについては雇用主にその責任があるとしている。雇用主は、障害をもつ人に適したポストのリストを作成し、委員会(役員から1名、労働組合から1名、及び産業医により構成)を設立しなければならない。その職場定着がうまくいかなかった時のみ、それから先の職業リハビリテーションについて市議会に照会することができる。法の有効性は農業労働者にも及ぶ。

 地方議会、州議会もまた職業リハビリテーションにかかわる人員または委員会をおくことを義務づけられている。(゛労働能力の喪失″のかわりに新しい法令では゛変化した労働能力″ということばが使われている。)1983年には保護雇用に関し定めている。この雇用形態を利用するのは、障害者、高齢者及び重度障害者の介護者である。

 障害給付に関する基本法が定められたのは1928年である。障害年金は一般的労働能力の喪失について支払われる。(プロとしての職業能力の喪失に関しては評価されない。)労働災害を受けたり職業病の人、あるいは戦争による障害者に対しては付加的な便宜が図られる。

 社会的ケアのシステムに関しては、1980年に定められた。social instituteは、雇用を含む日常生活に参加するためのリハビリテーションと訓練を行う。また、social homeは、主に社会的ケアを行うことを目的としている。社会的ケアの流れは地域に根ざしたサービスであるがこれには2つあり、1つは高齢者と障害者のためのデイセンターで、もう1つは在宅ケア(home social care)である。

 その他法律で定められているものとして、障害者に対する自動車と燃料の優先的供給、障害者が自動車を輸入する際の関税率がある。

Ⅳ.リハビリテーション・サービス

(1)医学的リハビリテーション

 医学的リハビリテーション関連の施設としては、まず国立医学リハビリテーションセンターが設立された。その組織部(Dept. of Organisation and Methodology)は、各州の病院での医学的リハビリテーション・サービスの確立に関して1975年から援助を行っている。国内19州のうち現在16の州の病院にリハビリテーション部があるが(併せて700ベッド)、そのサービスのレベルはさまざまである。これらのサービスは、国の医療システムの一部である。

 一般診療医もまた、医学的リハビリテーションにかかわっており、その活動は自治体によって調整されている。

 最近、プライマリー・ヘルスケア・システムに、コミュニティに根ざしたリハビリテーション(CBR)サービスを取り入れる試みが始まった。コミュニティ・ナースは、主に実践的な情報に関して2週間のコースを2回受けている。

 福祉機器は、国立保健サービスの専門家(一般に病院または総合病院にいる)によって処方されている。一般診療医はいくつかの簡単なもののみ処方する。もう少し高価なものや外国製のものは、特別の診療所や委員会によって処方される。(補聴器、電動義肢、電動車いすなど)

 いくつかの義肢及び補装具の一部を除いては無料ではない。利用者はふつう費用の10%を支払う必要がある。ただし、労働災害、戦争による障害者等はすべての機器を無料で受けられる。また、低所得者の場合には支払った分に関して払い戻しがある。

 ほとんどの福祉機器の製作は、Factory of Aidsとその州支部で行われている。一部の協同組合(cooperatives)や民間の技術者もまた製作を行う。輸入されるものもある。

 公認のリストに載っている福祉機器は、National Institute for Hospital and Medical Engineeringによって評価・認可される。

 州レベルのいわゆる゛義肢・補装具チーム″は1975年に始まった。これらのチームは義肢・補装具のフィッティングだけではなく、移動障害のためのその他の機器の交付も行う。チームは、チーフである内科医、装具の使用の指導と実践のための理学療法士、技術的操作と適応、簡単な修理のための義肢装具士、そして事務職から成っている。

(2)教育リハビリテーション

 1802年の障害児のための最初の訓練施設ができた。

 特殊教育システムへ子どもを組み入れることについては、Transferring Committeesと教育カウンセリングサービスが責任を負っている。学校教育が不可能な最重度の子ども達は、health care childrens' homeでケアされ、発達を促される。

 現在、初等教育の子どもの3%以上が特殊教育を受けている(約3万5,000人)。サービスにはいくつかのタイプがある。特別寄宿学校(ふつう重複または重度障害児対象)、各種の特殊教育の学校、一般小学校内の特別部門またはクラスである。また、一般の学校に通いながら訓練を受けたり(言語障害児1万人)、障害が重いため個人的に家で学ぶ子ども達もいる。

 特殊教育のシステムは差別的でノーマライゼーションに反しているとの批判をたびたび受ける。これは、特に物理的障壁のためにいまだに一般校で学べない身体障害児にとっては真実である。1985年の新しい法律により、一般校へ障害児が入学する可能性が広がったが、その条件については将来の課題である。

 子ども達が社会に統合できるように、訓練プログラムの中には実践的なものが含まれている。また精神薄弱児のために、実践的・職業的技能を身につける補足的教育が行われている。

 中学、高校、大学といった高等教育機関は、聴覚、移動、視覚障害者に門戸を開いている。

(3)職業リハビリテーション

 職業リハビリテーションに関しては法律があるが、期待されたような効果をもたらさなかった。法律のもととなっている考え方は、労働力の不足と経済の法則は、労働能力に変化のあった人を雇用される方向にもっていき、たとえば慢性疾患のために、その健康状態を脅かされることなく以前ついていた仕事につけない人達のリハビリテーションのイニシアチブをとるだろう、ということだった。しかし全般的に見るとそうはなっていない。労働能力に変化のあった人を雇用したり、職業リハビリテーションのための施設を作ると、さまざまな経済的援助が受けられるにもかかわらず、多くの雇用主は彼らを低い賃金と低い社会的地位で補助的な仕事につかせている。

 50%の労働能力を失った人(または労災、職業病のために36%の能力を失った人)で、そのため新しい仕事に移らなければならなくなった場合、再訓練または新しく行われる職業リハビリテーションの訓練期間中、賃金の補助を受けられる。労災、職業病の場合、もし新しい職場で得る賃金が以前の80%に満たない時には訓練期間後も補償を受けられる。

 以下に職業リハビリテーションに関連する数字を示す。

労働能力に変化のあった人(推計) 50万人
労働人口のうち障害年金を受けている人の平均の数 17万人
社会福祉職業センター、授産施設、特別企業で働く障害者の数 20万人

(4)社会リハビリテーション

 ハンガリーでは社会的ケアには主に3つのタイプがある。もつとも伝統的なものは、social home内でのケアである。social homeの数は安定して増えており、その他の地域でのケア(デイケア・センターや在宅ケア)も急速な伸びを示しているが、待機者の数は減っていない。原因についてはまだ十分に検討されていない。一方、デイケア・センターは十分利用されていない。また、在宅ケアサービスは、一部有料、一部はボランティアによっている。

 いくつかの数字を以下に示す。

1975年 1980年 1985年
Social homeの定員 30,575 33,767 37,706
待機者

4,127

4,132

4,851

デイケア・センターの定員 18,011 23,939 30,183
デイケア・センターの利用者数 16,491 21,057 27,608
在宅ケア(home social care)・サービスの利用者数 22,282 35,146 63,236

 障害者の交通・通信に関しては、組織されたサービスはまだない。ただ、いくつかの施設、団体がそのメンバーの移動の問題を解決しているだけである。

 住宅に関してはもっと問題が多い。法律はまだ準備の段階である。アクセシブルなアパートは一部の都市にあるだけで、なかなか入居できない。

(5)障害者運動

 ハンガリーのもっとも古い障害者団体は、盲人・弱視者連合(1918年設立)と、その後すぐ設立された全国聴覚障害者連盟である。また、1981年に移動障害者協会連合と精神薄弱児をもつ親の会ができた。この4つが主な障害者団体で、最近いくつかの小さな団体ができた。これらの団体は、そのメンバーの代表となり、利益の保護を図っている。そして、訓練コースを企画したり、個人的な企業をおこしたり、サマーキャンプや文化活動などを行っている。また、20のろうのアマチュア劇団が毎年コンクールを行っており、視覚障害者のコーラスやオーケストラとともに、国内ばかりでなく海外でも高い評価を得ている。

 スポーツ活動もさかんに行われている。1986年にはシッティング・バレーボール(Sitting Volley Ball)のホストカントリーを引き受けるほど、国際的にも力をつけてきている。このようなスポーツ活動は、障害をもつ人たちが自信を深め、社会の彼らに対する認識を高めることに役立っている。

(6)連絡体制・国際協力

 リハビリテーションにおける連絡体制は、いまだ改善が必要である。リハビリテーションの主な活動は、保健省と教育省により監督されている。他のいくつかの省庁、政府事務所、労働組合の全国事務所、障害者団体もまた義務を負っている。これらの機関の間の公的な連絡機関はない。また、どの機関もリハビリテーションの分野における他の活動の指導をする権利はない。国際障害者年国内組織委員会は、1981年末に解散した。もともとこの委員会は、常任調整協議会に移行するべきはずのものだった。新しい団体を作る計画はいまだ実現していない。

 ハンガリーはさまざまなレベルでのさまざまな団体との国際レベルの協力を行っている。現在、WHOとCBRプログラムに関して協力しており、また心臓病のリハビリテーションについては他の研究機関と協同研究を行っている。UNESCOとは、障害者のための福祉機器の関税撤廃に関するFlorence条約に調印した。その他、いろいろな方面にわたるヨーロッパ各国との協力により、リハビリテーションに関する情報の交換をしている。

(7)教育・研究

 リハビリテーション医のための体系立った教育は、70年代に始まったばかりである。大学にはリハビリテーション医学のポストはないが、臨床教育の訓練プログラムの中の科目として含まれている。Barczi Gusztav特殊教育トレーニングカレッジでは、高いレベルのリハビリテーション教育が行われている。

 ergotherapist、治療体育士(remedical gymnast)など、訓練を受けた人材が極端に不足している分野、全く養成が行われていない分野もあり、またソーシャルワーカー、職業リハビリテーションカウンセラーなどは、十分とは言えないが訓練が行われている分野がある。一方、多目的療法士のモデルとしてのコンダクターの訓練は国際的関心を呼んでいる。コンダクターはコンダクティブ・エデュケーションの療法士であり、理学、作業、言語療法及び教育学の知識をもっている。

 ここ何年かいくつかの基礎的研究プロジェクトが、ハンガリーの障害者人口とその分布に関して行われた。これらの研究では、慢性疾患患者または障害者によるサービスの利用に関し、一年間のフォローアップを行った。その他、障害の社会的原因を明らかにするための研究、職業リハビリテーションと社会保障の分析、プライマリー・ヘルスケアにCBRサービスを導入する可能性について、家族援助システムについて、などの研究プロジェクトが行われている。

文献 略

本論文は、1988年ハンガリーのHarkanyで開催されたフィンランド、ハンガリー両障害者リハビリテーション協会共催のセミナーで発表されたものである。
**ハンガリー障害者リハビリテーション協会、国立医学リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年9月(第65号)25頁~29頁

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