三ツ木任一 *
養護学校教育の義務制が実施されてから、10年余が経過した。養護学校では、在籍児童生徒の障害の重度・重複化、多様化に伴い、かつて経験したことのない多くの課題に直面し、その解決に苦慮しているように見受けられる。養護学校卒業後の進路と生活をめぐる課題は、その最たるものの一つである。
学校での生活と社会での生活には抜き差しならぬ隔たりがあり、その間の橋渡しをするための特別な手当てが必要であることは、衆目の一致するところである。
アメリカの特殊教育界では、障害をもつ個人が、学校という保護的な環境から、社会という成人としての選択と責任を期待される環境への橋渡しを「移行」(Transition)と呼び、さまざまな意欲的なプログラムが報告されている。(本誌pp.20~25のバートン論文を参照のこと。)
わが国では、在籍児童生徒の障害の「重さ」に押され気味で、卒業時の「進路」の振り分けに終始している感がある。また、関連機関・施設との連携もあまり進展していないように思われる。
本稿は、肢体不自由養護学校高等部卒業生の進路と生活の状況、わが国における移行プログラムの動向、東京都心身障害者福祉センターの「自立生活プログラム」の実践、などを検討することにより、「移行プログラム」の意義を明らかにしながら、養護学校とリハビリテーション施設との効果的な連携のあり方を模索しようとするものである。
肢体不自由養護学校は、平成元年5月1日現在、全国に188校設置されており、その約66%に当たる125校に高等部が設置されている。
平成元年3月に高等部を卒業した1,844人の進路の状況は、表1のとおりである。
区分 | 人数 | % |
進学者 |
16人 |
0.9% |
教育訓練機関等入学者 |
221 |
12.0 |
就職者 | 316 | 17.1 |
施設、病院入所者 | 431 | 23.3 |
その他 |
860 |
46.6 |
計 |
1,844 |
100.0 |
「進路」の区分では、「その他」と「施設、病院入所者」とで約70%を占めているのが特徴的である。「教育訓練機関等入学者」が12.0%いることは分かるが、「施設入所者」の実状については把握できない。
そこで、東京都立肢体不自由養護学校高等部を昭和63年3月に卒業した179名の「進路」の状況を例にとって、考察することにする。
「進路」の区分は、「障害者職業訓練校入学者」10名(6%)、「就業者」6名(3%)、「社会福祉施設入所者」148名(83%)、「在家庭者」13名(7%)、「その他」2名(1%)で、「社会福祉施設入所者」が大多数を占めていることが特徴的である。
「社会福祉施設入所者」148名の利用している施設の内訳をみると、身体障害者福祉法に基づく施設に、「肢体不自由者更生施設」9名、「重度身体障害者更生援護施設」4名、「身体障害者授産施設」2名、「身体障害者通所授産施設」6名、「身体障害者療護施設」2名の23名、精神薄弱者福祉法に基づく「精神薄弱者更生施設」9名、児童福祉法に基づく「精神薄弱児施設」2名、東京都が独自に設置している「心身障害者生活実習所」24名、東京都の補助事業である「心身障害者通所授産事業」45名、同じく「心身障害児(者)通所訓練事業」33名、「その他」12名である。
利用形態を見ると、「通所によるもの」121名、「入所によるもの」28名で、通所利用によるものが圧倒的に多い。
東京都は、国の養護学校教育義務制実施に先駆けて、昭和49年に「希望する障害児の全員就学」を実施しており、既に卒業の時期を迎えていることから、在籍児童生徒の障害の重度・重複化、多様化の影響を端的に反映しているといえる。
これらの調査結果は、いわば「卒業時」の「進路」の方向づけの区分であり、その選択が生徒一人ひとりの本来のニーズにマッチしたものであったかどうかを判断することは不可能である。より重要なことは、「卒業後」の「生活」の状況そのものであるが、そのことについての確たる調査結果はほとんど公表されていない。
卒業後3年経過した時点での彼らの「昼間の活動の場」を推測してみると、「職場」10%、「通所施設」70%、「入所施設」5%、「その他」5%、といったところではないかと思われる。
職場を除けば、いずれもいわゆる「施設」であり、養護学校と同様に、特別に配慮された障害者向きの生活空間である。そこでの生活ぶりをみると、「学校から社会への移行」というよりは、「学校(生活)の延長」といった感が強いことは否めない。
アメリカで実施されている「移行プログラム」は、学校から社会への円滑な移行をめざす、学校がイ二シャティブをとる、地域での職業経験を重視した教育活動であり、わが国の養護学校における作業実習・職場実習などとはかなり趣を異にするものである。移行プログラムにおいては、学校とリハビリテーション関係機関・施設とのパートナーシップが重要な役割を担っているが、わが国では残念ながら、うまくいっているとはいえない。「進路」として方向づけられてきた卒業生たちをあるがままに受け入れて、そこからおもむろにスタートしているのが、現実の姿である。
わが国における、学校から社会(成人生活)への移行プログラムの実践例として、①各種リハビリテーション施設における職業・社会リハビリテーションサービス、②地域の通所施設などにおけるデイ・サービス、③自立生活センターにおける自立生活プログラム、などが挙げられる。
提供されているサービスの中核をなすものは、若年者を対象とした「社会生活技術訓練」(ソーシャルスキル・トレーニング)であるといえる。
以下、項目ごとに最近の動向を概観してみる。
(1)各種リハビリテーション施設における職業・社会リハビリテーションサービス
①障害者職業訓練校
わが国における職業リハビリテーション施設の中心は、「障害者職業訓練校」である。技能習得による職業的自立が目的とされているが、養護学校の卒業生に対しては、特にきめ細かな職業指導、生活指導が不可欠である。国立職業リハビリテーションセンターなど若干の施設を除けば、移行プログラム的な指導、配慮は希薄であると思われる。訓練対象の質的変化に伴って、専門職員の配置、指導時間の確保など、職業リハビリテーションプログラムの根本的な改革が要請されているのではなかろうか。(本誌pp.14~19の池田論文を参照のこと。)
②肢体不自由者更生施設
わが国における総合的なリハビリテーション施設の中心は、「肢体不自由者更生施設」である。更生施設が創設された昭和25年には、障害者を対象とした医療施設、職業訓練施設がきわめて少なかったことから、「医療」と「職業訓練」によって職業的自立をめざすリハビリテーション施設として位置づけられた。その後、身体障害者福祉施設はめざましい進展を遂げたが、更生施設の「設備及び運営基準」の根拠となる昭和60年の社会局長通知は、昭和29年の厚生次官通知をほぼ踏襲したものであり、施設利用者のニーズにマッチしたものとはいい難い。「学校から社会へ」「施設から社会へ」といった社会リハビリテーションサービスが欠落していることが、最大の問題点であるといえよう。施設利用者の質的変化、社会資源の充実、地域生活志向の増大など、状況の変化に対応すべく、更生施設のサービスのあり方そのものを改革していくことが急務であろう。
地域生活をゴールとする人たちに対する社会リハビリテーションサービスの先駆的な実践例として、神奈川県総合リハビリテーションセンターの「社会適応訓練」、横浜市総合リハビリテーションセンターの「社会生活技術訓練」(本誌pp.8~13の石渡論文を参照のこと。)、そして後述する東京都心身障害者福祉センターの「自立生活プログラム」などが特筆される。従来の「生活指導」の枠組みを超えた、地域生活援助の中核的なサービスを確立する上で参考になるはずである。
(2)地域の通所施設などにおけるデイ・サービス
肢体不自由者などを対象としてデイ・サービスを提供している通所施設、利用施設には、身体障害者福祉センターB型、在宅障害者デイ・サービス施設、各種の小規模作業所などがある。前述した東京都の「心身障害者生活実習所」も、このジャンルに数えられる。
養護学校卒業生の大多数が利用している施設であり、今後一層重要性が増すと思われることから、それぞれの施設の運営の理念、提供しているサービス、そして利用者一人ひとりの、施設を中心とした昼間の生活の質が、厳しく問われるものである。それぞれの施設が、「学校から社会への移行」という際の「社会」に相当しているかどうかは、議論の分かれるところであるが、学校から社会への橋渡し役を期待されていることは、言を待たない。
デイ・サービスプログラムの多くは、創作活動、軽作業、日常生活訓練など、経常的な活動で手一杯で、より充実した社会参加を実現するための、意図的、体系的な指導、援助を展開しているところは、まだ少ないように思われる。
身体障害者福祉センターB型における先駆的な実践例には、東京都足立区心身障害福祉センターの成人部通所事業「かしの木グループ」がある。
(3)自立生活センターにおける自立生活プログラム
近年、全国各地で、自立生活の実現をめざす、障害者の主体的なソーシャルアクションが展開されている。当初、アメリカの自立生活運動から強いインパクトを受けたことは事実であるが、今後は、日本の社会的状況を踏まえた当事者運動として、ますます進展することが期待されている。
地域の拠点である「自立生活センター」も次第に増え、自立生活を志向する重度障害者にさまざまな援助を提供している。
いくつかのセンターでは、自立生活への移行プログラムとしての「自立生活プログラム」(アメリカでいう「自立生活プログラム」の中の「自立生活技術訓練」に相当する)が試みられている。代表的なものには、東京都八王子市のヒューマンケア協会の「自立生活プログラム」がある。また、わが国初のケア付き住宅である東京都八王子自立ホームでの実践も特筆に値する。
(1)「自立生活プログラム」の概要
東京都心身障害者福祉センター職能科では、昭和55年度から昭和63年度までの9年間、「重度障害者の在宅生活を充実させる教育プログラム(通称、自立生活プログラム)」を開発し、施行した。
主たる対象は、肢体不自由養護学校高等部を卒業した重度脳性まひ者で、自分の意志と責任に基づいて、自己の行動、生活の様式を決定し、生活の質の向上をめざす「自立(自律)生活」を志向することにより、家庭、地域における充実した在宅生活の実現を図ることを目的とした。
期間は、毎年度、4月から翌年3月までとし、1年間を3期に分け、各期の間に、学習した内容を家庭で実際に試してみる、1カ月間の在宅生活試行期間をおいた。
参加形態は、主として参加者の希望により、通所、センター宿泊室利用、更生施設入所の中から適宜選択した。センターで宿泊する者も、週末は帰宅して、家庭で生活することを原則とした。
学習内容は、「自立生活セミナー」「作業活動」「レクリエーション活動(社会生活技術)」「身辺生活技術」「家庭生活技術」の5領域の学習と、「個人プログラム」で構成した。表2は、「昭和63年度基本週間時程」である。
なお、プログラムの詳細については、誌面の都合で割愛せざるを得ないので、発表論文を参照していただきたい。
9:30 10:00 12:00 | 1:00 4:00 | ||
月 |
話し合い |
自立生活セミナー | |
火 | 〃 |
作業活動 |
|
水 | 〃 |
作業活動 |
|
木 | 〃 | 作業活動 家庭生活技術 |
|
金 | 〃 | レクリエーション活動 |
(第Ⅱ期後半から個人プログラムを導入)
(2)終了後の生活にみるプログラムの効果
「自立生活プログラム」に参加した青年たちは、自分で計画し、実施し、検討するといった問題解決の体験を重ねるにつれて、本来もっている力を徐々に発揮していった。
プログラムを終了した61名のほとんどは、①自分の頭で考え、自分で生活を管理することを身につける、②すすんで外出し、生活空間を拡大する、③ありのままの自分を見詰め、受容する、④家庭の中での自分の役割を自覚し、親子関係を改善する、⑤プログラム終了後の、社会資源をフルに活用した地域生活の設計をする、といった1年間の主体的な学習を通して、それまでの依存的な親がかりの生活から脱却し、自分の意志と責任に基づいた自律的な生活に移行していく契機をつかむことができたと思われる。
終了後の一人ひとりの生活、生き方は、年々、留まることなく変化し、充実の度を高めている。それは、われわれ担当者の予測を遥かに上回るものであった。同時にそれは、彼らの自己評価でもあることが、彼らの手記からも確かめられる。
一人ひとりの事例が学校から社会への効果的な移行のモデルであり、「移行プログラム」としての意義を実証するものであるといえよう。
わが国においては、本稿のテーマである「学校から社会への移行プログラム」は、はなはだ残念なことに、養護学校、各種リハビリテーション施設のいずれにも、未だルーチンなプログラムとして確立されていないことを述べてきた。
養護学校が、地域から孤立(自閉)することなく、児童生徒の家庭、学校、地域をひっくるめた、今日の生活全体を充実させる教育をめざすこと、そして、リハビリテーション施設が、旧来のやり口から脱却して、充実した地域生活を援助するための効果的なプログラムを開発、提供することは、解決を迫られている共通の課題であるといえる。
「移行プログラム」「社会生活技術訓練」「自立生活プログラム」と呼び名はさまざまであるが、その本質が「自立」の基礎を培う教育的なプログラムであることはいうまでもない。
東京都心身障害者福祉センターの「自立生活プログラム」の実践を通して確かめられた、主要な学習内容、学習方法上の配慮事項を列挙して、参考に供したい。
①主体的な問題解決の仕方を身につけさせる。
学習(解決)すべき課題を自分で選択し、仮説を立て、情報を収集し、実地に確かめ、結果を評価するといったプロセスをとおして、よく考えて目的的に行動する習慣を形成させる。行動様式の自己決定、生活の自己管理の基本的な要件としてきわめて重要である。
②よく考えるための、人と関わりをもつための道具として、言語能力を向上させる。
言語障害、上肢障害があるから、話せない、書けない、人と関われないといった、これまでのやり方を脱するために、自分の考えをまとめて話す、文章にする、レポートを作成するといった活動を重視する。必要に応じて、電動タイプライタ、ワードプロセッサ、トーキングエイド等の機器を活用する。また、人の話をよく聞く、文章、資料を正しく読み取るといった活動を重視する。
生活の内容が充実するにつれ、話す、書く内容が質量ともに充実し、自己認知が深まっていく。
③行動の自由を拡大するために、移動、外出能力を向上させる。
単独での外出や公共交通機関の利用の経験が少ないので、時間を特設して外出能力の向上を図る。電動車いすの活用、公共交通機関等の利用の工夫、運転免許の取得などにより、生活空間が飛躍的に拡大する。
④日常生活をより快適なものにするため、身辺処理技術、家庭生活技術を向上させる。
家族や専門家に指示されてするのではなく、自分から申し出て、必要な援助を受ける。いわゆる「訓練」ではなしに、住宅の改造、補装具、自助具、介助用具の活用、動作、手順の工夫などを、組み合わせて実施する。自分の居住空間を管理する、応分の家事を担当するなど、家族の一員としての役割を持つことは、きわめて大切である。ここでいう「技術」には、独力でやれるようになることだけでなく、介助を依頼してやってもらうことも含まれている。
⑤「職業」に代わる「仕事」としての「作業活動」を選択し、技能を身につけさせる。
重度障害者の多くは、作業適性、作業能率に支障があり、就業するのはかなり困難である。「職業」に代わる「仕事」を「作業活動」ととらえ、種目、指導法などを開発する。ここでは、障害からくる否定的な面は問題とせず、各自の能力、興味、関心に基づいた可能性の発見を重視する。可能性を見出し、工夫しながら技能に習熟していく過程は、学習の欲求を満足させるものである。作業活動は、単なる趣味の活動に留まるものではなく、就労活動、ボランティア活動、サークル活動、スポーツ・文化活動、学習活動など、広義の生産的な活動による社会参加の手段などである。
⑥大人同士の親子関係への移行を促進する。
子供が成人に達したら、独立した大人同士の新しい親子関係に移行することが必要である。障害児をもつ親に長年関わってきた専門家の、情報提供、養育指導のあり方が問われるところである。
リハビリテーション施設を中心として、わが国における「移行プログラム」の動向と実践を概観してみた。障害をもつ人たちの「自立」と「社会参加」を援助する、新たなプログラムを創造するための導火線になれば幸いである。特殊教育関係者からの率直なご批判、ご助言を、特に期待している。
参考文献 略
*放送大学教授
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年12月(第66号)2頁~7頁