特集/学校から社会への移行プログラム リハビリテーションセンターにおける移行プログラムの実際

特集/学校から社会への移行プログラム

リハビリテーションセンターにおける移行プログラムの実際

石渡和実

1.はじめに

 横浜市総合リハビリテーションセンターは、業務開始から3年を経過した。本稿では当センターで提供しているサービスのうち、社会的リハビリテーション、職業的リハビリテーションの具体的な実践について紹介する。そしてリハビリテーションセンター、養護学校それぞれが果たす役割について考察し、学校から社会への移行プログラムを検討するための問題提起をしたいと考えている。

2.横浜市総合リハビリテーションセンターの理念と役割

 我が国に総合的なリハビリテーションセンターが誕生してから20年、リハビリテーションをめぐる情勢も大きく変化した。この背景にはノーマライゼイションやコミュニティケア思想の普及、1970年代にアメリカに登場した自立生活運動、障害者の「生活の質」という視点を強調するQOLの理念などが大きく影響している。このような流れの中で我が国のリハビリテーションは、これまでの「更生」という概念から、「自立」へと転換し、身体機能の回復だけでなく障害者の「生活」へとサービスを拡大してきた。そして1981年の国際障害者年も契機となって、障害者の生活の場を重視し、それぞれの生活形態に応じて必要なサービスを提供するという個別ニーズへの対応が強調されるようになった。

 このようにリハビリテーションの理念が大きく変化する中で、横浜市総合リハビリテーションセンターは1987年10月にオープンした。その最大の特徴は、地域リハビリテーションという視点を強調した短期利用の通所・通過型という点である。すなわち障害者の生活の場を重視し、センターでのサービスは必要最小限とし、早目にそれぞれの生活拠点に戻ることをめざす。センター利用中は障害者のニーズに応じ、さまざまな専門スタッフが医学的、心理的、社会的、職業的等の総合的なサービスを提供する。その後はサービス提供の役割を地域にある機関・施設等へとバトンタッチする。センターはこれらの機関の中核としての役割を果たし、それぞれの機能を調整していくことになる。またセンターのスタッフは障害者の自宅へ出向きその後のフォローをしたり、地域の関連機関の職員に助言・指導を行ったり、必要な技術援助を提供するといった役割も担っている。

 ではまずセンターの社会的リハビリテーションを担当する生活訓練係の業務を、その評価方法を中心として紹介する。

3.社会的リハビリテーションサービスの実際

 生活訓練係は、身体障害者更生施設(入所30名、通所6名)の運営を担当しており、生活指導員10名で構成されている。本来更生施設に配置されているはずの医学的・心理的・職業的リハビリテーションスタッフは、センターの他部門に配属されている。これらのスタッフが有機的に連携しながら各部門の業務を遂行し、一方で総合リハビリテーションセンターとしての役割を果たしているわけである。生活指導員はこれらのさまざまなスタッフと協力し、肢体不自由者、視覚障害者の社会参加のためのサービスを提供している。

 これまでの更生施設の利用者は中高年の中途障害者が多く、養護学校の卒業生はごくわずかである。したがって本稿の目的である学校卒業後の移行プログラムそのものを提供しているわけではない。しかしここでは生活指導員が「社会生活技術訓練」という独自の評価・訓練プログラムを体系化し、医療スタッフとは異なる立場からのアプローチを行い成果をあげている。このような方法は学校から社会への移行プログラムとしても効果的と考えられるので、以下にその具体的な内容を紹介する。

 この「社会生活技術訓練」は、「地域社会の中でより豊かな生活を築くため、障害者自身が目標とする生活上の課題を自覚・整理し、問題解決のための技術・方法を獲得する訓練である。」と定義されている。そしてこの評価・訓練にあたっては、それぞれの障害者の「生活拠点(住宅の状況、単身か、同居者がいるか)」と「生活形態(就労しているか、学校に通っているか、主婦としての生活か等)」とに注目する。「社会生活技術訓練」の評価項目と訓練の方法を示したのが図1である。

図1 「社会生活技術訓練」の評価項目と訓練の方法

図1 「社会生活技術訓練」の評価項目と訓練の方法

 評価の項目は大きく3つの領域に分かれる。第1に食事、入浴、排泄などの「日常生活動作(ADL)領域」、第2は移動、交通機関の利用、家事などの「生活関連動作(APDL)領域」である。第3は包括的な「生活の質(QOL)」の向上をめざすもので、「環境調整領域」と名づけられている。この領域の具体的な内容としては、住宅の整備、社会資源の活用などに関する情報提供などがある。これらの訓練は生活指導員が行う場合と、他の専門分野のスタッフが担当する場合とがある。すなわち医療的管理は医師や看護婦が中心となるし、機能的な訓練はPTやOTが担当する。また心理アプローチは心理職が、職業前訓練は職能評価員や作業指導員によって行われる。

 生活指導員が独自に行うプログラムとしては、第1に障害者のニーズに合わせて個別に実施する「個別プログラム」がある。これは基礎的な機能訓練の応用として、一般の交通機関を利用する、調理や買い物などの家事を試みる、宿舎の風呂に入る、トイレを利用するなど、現実の生活場面を通しての訓練である。第2に「グループプログラム」があり、他社との関わりの中で自分の障害について理解を深めるグループ・カウンセリング、コミュニケーション訓練、絵を描いたり手芸をする創作活動などを行う。第3の「全体プログラム」は、入所者全員を対象とする社会見学や行事の実施、また他の専門スタッフの協力を得て行うセミナーなどがある。このセミナーでは社会資源や福祉機器、福祉・職業情報などを提供し、その活用の仕方を学習してもらう。

 このような「社会生活技術訓練」の項目については、「実用度評価スケール」という尺度にもとづいて評価を行う。これは現実の生活場面において実用的なレベルか、それとも介助が必要かによって「0~5」までの段階に分かれている。図2は36歳の脳出血による右片麻痺の男性について、日常生活動作・生活関連動作領域の評価を行った例である。この評価結果により、各項目ごとに訓練目標を設定する。そしてこれらの評価と、医学・心理・職業分野のスタッフの評価とを総合し、「リハビリテーション計画書」を作成する。この計画書を作成した時点で障害をもつ本人に十分説明し、その方針に同意を得られたら署名してもらう。この署名を得るまでの過程で本人のプログラムへの主体的な参加を促し、本人主導型のリハビリテーションサービスを提供するわけである。

図2 「社会生活技術訓練」の実用度評価の例

図2 「社会生活技術訓練」の実用度評価の例

 センターの身体障害者更生施設では、まだ養護学校卒業生の事例は少ない。それでも「社会生活技術訓練」の評価を行うと似たような傾向が認められる。日常生活動作、歩行などは自立しているが、交通機関の利用、買い物や調理などの家事、衣類や小遣いなどの生活管理では評価が低い。中には「未経験」の「0」という評価を受ける者さえある。さらに「環境調整領域」の生活形態決定準備、状況判断などの項目でも問題が顕著である。これらは三ツ木らの指摘する養護学校卒業生の問題とも一致している。今後は養護学校卒業生についての経験を重ねる中で、学校から社会への移行プログラムの確立、効果的なサービスの体系化などについて検討していきたいと考えている。

4.職業的リハビリテーションサービスの実際

 職業的リハビリテーションを担当しているのは職能開発係で、スタッフは職能評価員2名、職業カウンセラー1名、作業指導員4名、生活指導員1名の計8名である。その業務は大きく2つに分かれ、職業相談・職能評価と職業前訓練である。相談・評価には外来者への対応や、更生相談所の業務である職能判定への協力がある。またセンターの施設部門に在籍している障害者への相談・評価も行っている。職業訓練は①身体障害者授産施設(定員20名)と、センターの自主事業である②職能訓練コース(定員20名)とで実施される。職能訓練コースは精神薄弱者を主な対象とし、身体障害者通所授産施設と一体的に運営されている。この訓練を「就労準備訓練」と称し、その目的は働くために必要とされる基本的な労働習慣や作業態度、対人態度などを身につけることである。作業科目には印刷、加工組立、事務機器、園芸、縫製手芸があるが、これらの専門的な知識や技能の習得をめざすものではない。これらの作業を通して、前述した職業人としての基本的な素養を培うことが目的である。したがって職業的な目標も企業等への就労だけでなく、自営、パート就労、職業訓練校等への進学、授産施設や作業所での福祉的就労など、障害者の状況に応じて多様な進路を想定している。そして相談・評価と訓練担当のスタッフが連携し、それぞれの「職業リハビリテーション計画」を作成し、必要とされるサービスを提供する。

 この「職業リハビリテーション計画書」は図3のような様式で、6領域24項目から成る。これらの項目は「就労準備訓練」の目的である労働習慣、作業態度、対人態度などに着目して構成されている。各項目を5段階で評定するが、その目安となる「ガイドライン」を作成し、客観的な評価を行うための基準を設けている。このような方法で通所開始後1カ月目に「初期評価」を行い、ほぼ3カ月ごとに再評価する。相談・評価と訓練のスタッフがそれぞれの立場から意見を交換し、各自の課題を明確にしてリハビリテーションプログラムを作成する。

図3 「職業リハビリテーション計画書」の様式

図3 「職業リハビリテーション計画書」の様式

 センターのオープンから1990年10月までの3年余りで、85名が訓練を修了し、その在籍期間の平均は9カ月である。表1―①②の左側に、身体障害者通所授産施設、職能訓練コースそれぞれの進路が示されている。「その他」とはまだ求職活動中の者、入院などである。就職した者が全体の4割強となり、一般の授産施設と比べて非常に高くなっている。またその障害の状況によって多様な進路をとっているのも特徴である。

 就労準備訓練の修了者には、養護学校の卒業生や一般中学の特殊学級卒業生も多い。そこで次にこれらの卒業生の特徴について考察してみる。表2の左側に示すように、修了者のうち身障授産は約4分の1、職能訓練コースは3分の2がこれらの卒業生で占められている。身障授産修了者のうち、乳幼児期から障害を有していた者は20人(53%)である。職能訓練コースは9割が精神薄弱者で、残りはてんかんや、脳出血後に記憶障害が残ったなど、障害者手帳には該当しない者である。さて、表1―①②の右側に、これら養護学校・特殊学級卒業生の進路を示した。修了者全体と比べると、若干「就職」が少なく、「授産利用」が多くなっている。ここで職能訓練コース修了者で就職した10人について分析してみると、その9人までが中学の特殊学級を卒業しており、障害も軽度である(中度精薄は2人)。すなわち職能訓練コースの場合も、精薄の養護学校に小・中学部から在籍していた者は障害が重く、なかなか就職には結びついていない。このような重度者の社会参加を進めるためには、アメリカで実施されている「援助付雇用(Supported Employment)」のような、新しいサービスの方法を開発することが必要である。

表1―①身体障害者通所授産施設修了者の進路
修了後の進路 修了者全体 養護・特殊
就職 17 45% 3 33%
他の授産施設等 8 21% 4 45%
職業訓練校 8 21% 1 11%
その他 5 13% 1 11%

合 計

38

 

9

 

 

表1―②職能訓練コース修了者の進路

修了後の進路

修了者全体 養護・特殊
就職 19 40% 10 31%
他の授産施設等 21 45% 17 54%
精薄更生施設 4 9% 3 9%
その他 3 6% 2 6%

合 計

47   32  

 

表2 養護学校・特殊学級の卒業生(人数と就労経験者)
身障授産

人数
(38人中の%)

  就労経験者
(21人中の%)

肢体不自由養護学校

4 (11%)

0

精神薄弱養護学校

3 (8%)

1 (5%)

中学特殊学級

2 (5%)

1 (5%)

     

職能訓練コース

人数
(47人中の%)

 

就労経験者
(24人中の%)

精神薄弱養護学校

22 (47%)

8(33%)

中学特殊学級

10 (21%)

6(25%)

 さて次に就労準備訓練を修了した者で、以前企業に就労した経験のある者を確認したところ、身障授産に21人(修了者全体の55%)、職能訓練コースには24人(同じく51%)もいた。もちろんこの中には中途障害者で、以前は何のハンディキャップもなく仕事をしていた者も含まれている。養護学校・特殊学級の卒業生で就労経験のある者の人数と、それぞれの就労経験者全体の中に占める割合とが表2の右側に示されている。精薄の場合は卒業後に就労した者がかなり多いが、身障ではごくわずかである。

 さらにセンターでの就労準備訓練を修了後に就職した者で、以前働いた経験のある者を調べてみると、身障授産に10人(修了後就職した17人の59%)、職能訓練コースには何と17人(同じく19人の89%)もいた。したがって全く働いた経験がなく、修了後に初めて就職したという者は、身障授産が7人、職能訓練コースは2人だけである。このような結果から、就労準備訓練は一旦就職したが辞めてしまった者の再訓練という意味合いも強い、ということがわかる。中途障害者の場合、退職の原因は「受障」ということは明白である。ところが職能訓練コースを利用している精薄者の場合は、当然のことながら、問題の質が全く異なる。筆者らが経験した事例の分析では、対人関係や職業人としての基礎ができていなかったためということが多い。このような場合の指導は、まさに就労準備訓練の目的そのものが中心課題となる。それゆえにこそ訓練の成果があがり、再就職を達成できたとも言えよう。

 職業的リハビリテーションの立場から養護学校教育を見ると、就職後のアフターケアシステムの不備が最大の課題と思われる。職場という学校とは全く異なる環境で、さまざまな立場の人と仕事をしていくということは、障害を持つ者にとっては想像以上のプレッシャーとなる。無理をして仕事を続けノイローゼ状態となり、精神科に通院したり、センターのような相談機関に来所する者も多い。その結果職能訓練コース利用に結びつくこともあるが、中には問題がこじれ、人間不信にまで陥っている者もある。このような場合は再就職はとても困難であり、就職する前の指導、あるいは仕事を始めた直後から適切な援助があれば、と悔まれることが多い。そこで学校で最終的な進路を決定する場合、本人の作業能力だけにとらわれることなく、職業人として求められるさまざまな要因について総合的に判断してほしいと考える。この際、更生相談所や障害者職業センターなどの意見も参考にし、福祉事務所の担当者などとも十分な意見交換をすべきである。

 教育、福祉、労働という立場の違いから意見が異なることも多いが、このような討議を重ねることにより、最もふさわしい進路を決定できると考えられる。

5.終わりに

 横浜市総合リハビリテーションセンターで行っている社会的リハビリテーション、職業的リハビリテーションの実際を紹介した。これらのサービスのうち、本来は学校教育の中で早い段階から実施した方が効果的と考えられるものもある。またリハビリテーションセンターのような、総合的機能をもつ機関で実施すべきサービスもあろう。就職後のアフターケアなどの問題は、移行プログラムとは関係がないと思われるかもしれない。しかし就職後にどのような援助が必要とされるかをあらかじめ予測し、学校に在籍中から事前の指導・準備をしておけば、職場への適応・定着はずっとスムーズにいくと考えられる。またこのアフターケアのような課題は、学校とかリハビリテーションセンターという単一の機関だけで十分なサービスを提供できるものではない。さらに更生相談所や福祉事務所、職業センター、職業安定所、それに企業など、関連する機関がそれぞれの立場から協力しあい、システムを確立することが必要となろう。

参考文献 略

横浜市総合リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年12月(第66号)8頁~13頁

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