特集/第9回アジア・太平洋地域会議とアジアのリハビリテーション 日本のリハビリテーション・サービス向上への努力

特集/第9回アジア・太平洋地域会議とアジアのリハビリテーション

日本のリハビリテーション・サービス向上への努力

大谷藤郎

 日本におけるリハビリテーションは、第二次大戦後に多くの進歩を遂げてきた。これらリハビリテーションの諸分野のうち、特に身体障害者、精神薄弱者のリハビリテーションだけはシステムとしてかなりの発展を遂げてきた。とはいえ、発展してきたといわれる身体障害者、精神薄弱者のリハビリテーション分野についてもなお、かなり解決を要すべき問題点がある。

 1980年6月カナダのウイニペッグで開催された第14回RI世界会議において、障害者の「完全参加と平等」を世界規模で推進するために、「1980年からの10年間の国際的優先行動に関する総意の表明」として決議されたRI「80年代憲章」は、4つの目的と実行に関する40項目の行動勧告からなっている。その4つの目的とは、①障害の予防、②リハビリテーション・サービスの向上と普及、③障害者の地域社会生活のあらゆる局面での統合、④障害者の能力と、障害の予防・治療等に関する一般市民の理解を深めるための情報提供である、とされている。

 日本において、発展してきたとされる身体障害者、精神薄弱者のリハビリテーション分野においてさえ、①、②、④については一応の対策が揃っているが、③の「障害者の地域社会生活のあらゆる局面での統合」についてはまったく不十分である。この点についての改善が要望されている。

 1981年の国際障害者年の実施に際し、日本の民間の障害者に関する100余の団体は、国際障害者年日本推進協議会(IYDP.JC)を結成した。

 1988年には東京で第16回リハビリテーション世界会議が開催されたが、その時、国際障害者年日本推進協議会は「日本の障害者を取り巻く10の課題」を発表した。この提言に従って、国際障害者年日本推進協議会は、現在政府に対して次のような要望を行っている。

日本の障害者対策の当面の課題に関する要望

 1.障害者の範囲・等級の抜本的見直しを行い、すべての障害者に対する福祉制度を確立すること。また、障害種別間における施策の格差を、早急に是正すること。

 2.中央、地方において、中・長期的な行動計画を策定すること。なお、その政策形成過程に、障害者(代弁者を含む)の参加を実施すること。

 3.自らの権利を主張することが困難な障害児・者に対し、権利擁護(Advocacy)の制度化を進めること。

 4.すべての障害者を対象とした、雇用対策の内容の充実を図ること。

 5.小規模作業所を授産施設の延長線上でとらえ、公費助成の改善を行うとともに、現行授産施設制度の総括的見直しを行うこと。

 6.障害者の生活の質の向上をめざすため、在宅障害者のデイ・サービス事業、通所援護事業、相談事業、通所施設など、地域福祉対策の充実を図ること。

 7.障害者の自立に必要な所得保障制度の確立と、障害の程度に対応する介助費および介助システム(福祉機器の開発・活用を含む)の実現を図ること。

 8.障害者の自立の視点から、施設体系、機能・配置ならびに専門従事者の資格制度を充実するとともに、施設にかかわる費用徴収制度の抜本的見直しを行うこと。

 9.障害者に対する住宅供給制度を推進するとともに、グループホーム、ケア付き公営住宅等の整備を進めること。また、移動交通環境の改善整備を図ること。

 10.障害の予防、早期発見・早期療育体制の一層の充実を図るとともに、幼稚園と保育園における障害児保育の拡充等を推進すること。

 11.障害児教育の充実を図り、総合教育(交流教育を含む)の促進、後期中等教育と高等教育の保障をめざす施策を展開すること。

 12.地域医療と専門医療体制の整備、保健・医療・福祉の総合化による地域のリハビリテーション体制の確立を図ること。特に必要な医療機関の整備、専門医・専門職の養成や資格制度の確立に努めること。

 13.難病等の長期慢性疾患患者に対して、公費負担制度の充実に努めること。

 14.精神障害者の人権を守り、社会復帰の促進と福祉の確立を図ること。

 15.障害児・者をめぐる情報、コミュニケーション、文化活動等に関する具体的施策の展開と、国民に対する啓発広報活動の推進を図ること。

リハビリテーションの最大の課題

 今述べた国際障害者年日本推進協議会の15項目にわたる政府への要望をみればわかるように、これには基本的には日本の障害者全体にわたる要望ではあるが、一方で難病の長期慢性患者、精神障害者等のリハビリテーション施策の遅れを指摘している点に注目すべきである。

 実際、日本のリハビリテーション・システム全体をよく見れば、身体障害者・精神薄弱者のリハビリテーション・システムはかなり進んでいるが、慢性病や障害をもつ老人、精神障害者、ハンセン病はじめ難病の長期慢性患者に関しての地域リハビリテーション・システムについては遅れているか、全く手が付けられていない。

 日本におけるリハビリテーションの最大の課題は、慢性病や障害を持つ老人、精神障害者、ハンセン病はじめ難病の長期慢性患者のリハビリテーションを、身体障害者、精神薄弱者のリハビリテーションのレベルに引き上げることである。そして同時に、地域において、これら各種の障害者を分野別の差別なく、総合的にアプローチできるシステムを構築することである。

 その一つのネックとなっているのは、身体障害者については身体障害者福祉法、精神薄弱者については精神薄弱者福祉法、精神障害者については精神保健法という具合に、国の法律制度がタテ割りで、それぞれの行政が独立して行われていて、障害について全体としての調整が難しいことにある。

(1)慢性病や障害を持つ老人に対しての施策は遅れていたが、21世紀の超高齢者社会をにらんで、今年から総額61兆円にのぼる「高齢者保健福祉推進10ヶ年戦略」を始めた。

その内容は以下の7項目である。

①市町村における在宅福祉政策の緊急整備

10年後にホームヘルパー10万人、ショートスティ5万床、デイ・サービス・センター1万ヶ所、在宅看護支援センター1万ヶ所を整備し、全市町村に普及させる。

②ねたきり老人ゼロ作戦の展開

③在宅福祉等充実のための『長寿社会福祉基金700億円』の設置

④施設の緊急整備・既存の病院病床150万床の他に10年後に特別養護老人ホーム24万床、老人保健施設28万床、ケアハウス10万人、過疎高齢者生活福祉センター400ヶ所を整備する。

⑤高齢者の生きがい対策の推進

⑥長寿科学研究推進10ヶ年事業

⑦高齢者のための公私一体の総合的な福祉施設の整備

(2)日本における精神障害者のリハビリテーションは、ながらく精神病院(病床数35万床1988年)内のみで行われてきた。1988年には従来の精神衛生法が改正され、新精神保健法が誕生したが、この法律は初めて精神障害者の地域ケアのために、精神障害者援護寮、精神薄弱者福祉ホーム、精神障害者通所授産施設を新設し、また老人性痴呆疾患センター、精神障害者小規模作業所、職親に対して予算補助を行うことになった。

 この法律によって、従来からの「入院治療主義から地域ケアへ」と転換が行われた。

 しかしながら、この法律改正によってもなお、精神障害者のリハビリテーションについては身体障害者、精神薄弱者のリハビリテーション・サービスに比べて大きい格差が存在している。これについては別表でお話する。

障害種別に見る主な就労・社会福祉制度一欄(全国精神障害者家族連合会作成)

〈就労〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
障害者雇用の促進に関する法律 × 1988年の改正で精神薄弱者については、ほぼ身体障害者と同等の扱いになったが、精神障害者については実質的に除外されている。 ILO159号条約(1983年採択、障害者の雇用・職業リハビリテーションに関する条約)の早期批准がポイント
欠格条項 1986年度現在
身体障害者雇用納付金による助成 × 精神障害者については除外(作業施設設置等助成金、能力開発助成金等があるが対象は身体障害者中心) 身体障害者のみ対象で単身者57100円以内で貸付20ヶ月で返済
就職資金の貸付制度 × ×
職親制度(通院患者リハビリテーション事業) × 精神障害者については、事業主に、1日2000円支給。最大3年間まで 1989年度の精神障害者通院患者リハビリテーション事業の厚生省予算は309,260,000円
公共施設内での売店の優先設置 × × 身体障害者のみが優先的に扱われる 最近駅や公共施設内で障害者団体が運営する「障害者の店」が増えている
専売品販売の優先許可(煙草小売人) × × 身体障害者のみが優先的に扱われる
障害者職業訓練校 × 対象者を「障害者で義務教育終了者又はこれと同等程度の学力のある者」とあるが、一方で「症状の固定していない者」を除くとし、精神障害者は対象となっていない 国立13校県立6校(主体対象者は、身体障害者)
身体障害者等職能開発助成金による能力開発訓練施設 × 身体障害者対象10施設
精神薄弱者対象4施設
福祉工場 × 保護雇用制度の一種でかなりの就労能力を有しながら設備、構造、交通事情、人間関係、健康管理等の面で一般就業が困難な者が対象。精神障害者対象のものはない 身体障害者福祉工場23ヶ所
精神薄弱者福祉工場3ヶ所
授産施設 精神保健法(1988年7月)で精神障害者通所授産施設が第2種社会福祉事業として制度化 1989年度厚生省予算では精神障害者通所授産施設は17ヶ所計上

〈住宅〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
公営住宅への優先入居 戦傷病者、身体障害者が主対象で精神障害者は実質的には対象とされにくい 優先入居とはいえ、絶対数が不足し入居しにくい。収入面でも制限がある
日本住宅公団への優先入居 × × 身体障害者のみが対象
住宅金融公庫の優遇融資制度 精神科の医師から重度かこれに準ずる程度の精神障害者と判定された者が対象 一部の自治体で利子補給がなされている
住宅資金の貸付
(増改築資金)
× ×

〈施設〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
更生施設(援護寮) 精神保健法の改正(1988年7月)で精神障害者援護寮が第2種社会福祉事業として制度化 1989年度厚生省予算では精神障害者援護寮は11ヶ所が計上
通勤寮 × ×
福祉ホーム 精神保健法の改正(1988年7月)で精神障害者福祉ホームが第2種社会福祉事業として制度化 1989年度厚生省予算では精神障害者福祉ホームは37ヶ所が計上
グループホーム × × 都道府県レベルでは精神障害者を対象としてグループホーム的な事業を実施している所もある

〈所得〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
障害基礎年金 請求手続きに際して提出する診断書により国の障害認定審査委員が認定。精神障害者の場合、身体障害、精神薄弱に比べ不明瞭な部分が多い
障害厚生年金 精神障害者も対象となっているが、障害基礎年金同様不明瞭な部分が多い
特別障害者手当 いずれの障害であっても障害等級表に規定する障害が2つ以上ある者に限られている。精神障害者の場合対象とされにくい
児童扶養手当 精神障害者も一応対象となっているが、活用しにくい
心身障害者扶養共済制度 精神障害者も一応対象となっているが、活用しにくい

〈生活保護〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
障害者加算
長期入院患者の世帯分離 精神障害者については夫婦であっても、入院期間が1年を超えれば世帯分離は可(通常は3年間)
日用品の累積分 ×

〈税金〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
所得税の控除 障害年金1~3級程度の障害を持つ者であることの「証明書」の提示
住民税の非課税及び控除 同 上
相続税の控除 同 上
贈与税の非課税
(特定贈与信託)
同 上
自動車税・軽自動車税・自動車取得税の減免 在宅で通院中の障害年金1級程度の障害を持つ者及び生計を一にする者が対象

〈日常生活援護〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
家庭奉仕員(ホームヘルパーの派遣) × 家事・介護・相談・助言が中心で障害者の地域生活に重要な制度 所得階層区分により有料化
在宅重度障害者日常生活用具の給付 ×
障害者社会参加促進事業(メニュー事業) × × 障害種別(身体障害者のみ)に多数あるメニュー
都道府県・政令指定都市が選んで実施
心身障害者緊急保護・短期入所(ショートステイ) × 家庭の介護・援助能力低下時(疾病・私的理由も可)の制度 原則7日以内。自己負担額は自治体によって異なる

〈交通〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考
交通運賃の割引 × × 精神薄弱・障害者、難病者は対象外 航空機、民間鉄道、バス等も同内容
通勤用自動車購入資金の貸付 × × 身体障害者のみが対象で就職を援助する上で重要な意味を持っている 91万円以内、利率3%、償還期間9年以内
有料道路通行料金の割引 × × 身体障害者の中でも免許所持者に限定。様々な理由で家族の運転に頼らざるをえない障害者は除かれる

〈その他〉

法制度・事業 身障 精薄 精障 説 明 備 考

テレビ・ラジオの放送受信料の減免

× 身体障害者であっても市町村長が貧困と認めた者のみ全額援助

全額免除と半額免除がある 

心身障害者医療費助成 × 自治体で多少異なるが身体障害者手帳1・2級、療育手帳の重度障害者で社会保険・国民年金加入者
休養ホーム等
(自治体施設)
× 東京都は21ヶ所(関東地域)

合計 身体障害(×3、△2、○37)福祉法あり
   精神薄弱(×9、△4、○27)福祉法あり
   精神障害(×23、△5、○13)福祉法なし

 この別表は全国精神障害者家族会連合会が作成したものであるが、これをご覧いただけば、政府施策において、就労、住宅、福祉施設、所得保障、日常生活援助、交通その他において身体障害者、精神薄弱者リハビリテーションとの間に大きい格差が横たわっていることを理解していただけよう。

 これらの格差を政府および地方自治体において是正し、真のノーマライゼーションを地域において実現する努力が必要である。

(3)日本においてはハンセン病をはじめとする諸々の難病においては、従来から病院内で、リハビリテーションを行うのが原則とされてきた。しかし、人権尊重、ノーマライゼーションを考えるならば、生活優先の中間施設なり、主な在宅ケアを可能にするマンパワー、機器等の整備が必要である。

 難病という概念は、日本において医学的よりもむしろ社会的立場から命名されたものでこの難病に対して現在では公費治療、国の研究の優先のみ実施されている。日本における難病概念に値する病気の種類は、何百とも何千とも言われ、とりあえず対策を要する人数は20万人と言われているが、そのうち国の公費治療を受けている疾患はベーチェット病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症など32種類、16万9,906人である。おそらくその数はもっと多いであろう。

 リハビリテーションは、各分野をコミュニティ・ベースドで総合的に推進する必要がある。

リハビリテーションは社会的な谷間に置かれている人々への福祉サービス、生活サービスと密接に結合して実施しなければならない。

 つまりは地域社会全体がノーマライゼーションの理念のもとに老人、障害者、自立困難な人々と「共に生きる社会」を目指すことが必要である。マネーだけでなく、地域社会の一人ひとりがすべての人々の尊厳、誇りを尊重して「よき社会」を作ることを目指す姿勢がもっとも大切である。

(本稿は、「第9回アジア・太平洋地域リハビリテーション会議」での発表論文である。)

日本障害者リハビリテーション協会副会長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年6月(第68号)6頁~11頁

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