特集/社会リハビリテーションの世界的動向 中央・東欧(CEE)における障害者の自立生活(抄訳)

特集/社会リハビリテーションの世界的動向

中央・東欧(CEE)における障害者の自立生活(抄訳)

Independent Way of Life of Disabled Citizens in Central and Eastern Europe

Dr. Jan Jesensky, CSc.

1.本稿の目的と特徴

 障害者の自立生活は多面的な現象であり、様々な要素に左右される。障害者の自立生活を考えるとき、コンシューマーとしての価値観よりも、倫理的、政治的な価値観の方が重要であると考える。しかし、このような考え方は一般的に受け入れられていない。

 本稿はCEE(Central and Eastern Europe)諸国における障害者の現状とニーズについて報告する。CEE諸国では最近、重大な政権交代や変革が行われたため、非公式な情報さえ十分に入手できない状況にある。

 本稿では、

a)チェコスロバキアにおける新情報

b)CEE諸国における最近の状況

c)これらの国々における類似性

について述べたい。

 また、本稿は、

a)物事を単純に白黒に分けて見ない

b)社会的な問題を中心に取り上げ、今後取り組むべき調査研究、分析、専門家チーム

について提言したい。

2.主要用語の解説

 本稿では、地政学、社会学およびリハビリテーションの用語を使用する。

 (1)地政学的見地からは、IMF、世界銀行、その他、数多くの国際会議の立場と同じくし、ポスト共産主義のCEE諸国を次の3つの地域に分ける。

a)チェコスロバキア、ポーランド、ハンガリーなどの中央ヨーロッパ(CE)

b)ルーマニア、ブルガリア、ユーゴスラビア、アルバニアなどの南東ヨーロッパ(SEE)

c)旧ソ連邦に属する東ヨーロッパ(EE)

 このように3つの地域に分けるのは、軍事政策、安全保障、経済・社会的理由、歴史的理由に基づく。

 CEEの問題を一把ひとからげにして理解しようとすることは、間違っている。これは鉄のカーテンの時代から、政治、イデオロギー、軍事政策の影響を受けているためである。特に障害者のQOLを考えるときには、3つの地域に分けて考えることが必要である。

 (2)社会学的見地およびリハビリテーションの観点からは、障害者の自立に関する用語をはっきりさせる必要がある。自由(freedom)、自立(independence)、自己充足(self-sufficiency)、自己責任(self-responsibility)などの用語を解説したい。

 「自由」とは、自分の人生を自己決定する力を意味し、人間の尊厳を保つための必要条件である。

 「自立」とは、障害者が自分の本当の能力を正当に評価し、できるだけ自分の足で立つ状態であり、これは自己実現のための障害者の闘いである。

 「自己充足」とは、他人の介護を受けながら、高いレベルの自立を可能にする能力を伸ばすための努力である。これは、自己管理、自動車運転訓練、自己努力によるリハビリテーションなどを意味する。

 「自己責任」とは、前述の用語すべてに関係しており、障害者のアイデンティティやパーソナリティとも関係が深い。自己管理能力や状況判断能力が非常に重要となる。障害者の自由、自立、自己充足が認められ、健康な市民と同じレベルで市民としての権利・義務が法的に保障されている時に初めて、「自己責任」が可能となる。

 これらの状況が改善されれば、障害者の社会的地位が向上し、解放が進められることになる。これは、社会システムがどれだけ民主化されているかによって左右される。また、国家の経済的繁栄度によっても左右される。

3.CEE諸国における変革のプロセス

 CEE諸国における変革のプロセスは、数多くの問題を伴っている。本稿では、経済的、社会的側面に焦点を限定したい。CEE諸国の3地域では、以下のような3つの変革が起こった。

a)全体主義から民主的政治制度への変革

b)専制主義国家から市場経済への変革。時には資本主義制度へ戻るという意見も出されたが、これに対しては、強い反対意見も出された。(例えば、ローマ法王ジョン・ポール2世の回勅)

 すでに到達したレベルを考えても、また、変革のプロセスを早める可能性から考えても、近いうちに、先進西欧諸国のレベルにまで到達できると言われる国が、CE諸国の中にはある。SEEやEEの諸国では、国内の政治的状況がまだ十分に整っていないために、その時機がきていないと言われる。

 後退現象の中で、障害者は真っ先にその影響を受ける。障害者の雇用、低い生活水準、個人の成長、社会的地位にも影響を与える。ハンディキャップがさらに大きくなってしまう。楽観的に考えると、CE諸国では、2―3年後に状況は改善されるであろう。SEEやEE諸国では、後退の期間が長びくであろう。

 各国政府は、社会保障分野での温情主義(paternalism)原則を廃止するつもりである。社会保障を非政府機関に移譲しようとしている。これは、市場経済の諸条件と一致するものである。しかし、社会的、経済的な意味における障害者のほとんどは、国家による保護に慣れているため、新たな政策を拒否しようとしている。障害者を優遇する税制度はかなり遅れている。実施される対策は、人道的、倫理的な宣言であり、人道的な経済手段ではない。安全対策でさえ有効ではない、という情報が出ている。障害者やその他の市民をすべて貧困化する危険性が起こりうる。これらの人々は、効果的な変革を阻止する集団に加勢する可能性もある。

 これらの事実は、医療、社会保障、識字率、教育の分野の国連開発プログラムによって、少しは変化するであろう。国連の今年度の発表によると、世界160力国中、チェコスロバキア27位、ハンガリー30位、旧ソ連31位、ブルガリア33位、ポーランド41位、ルーマニア58位である。これらの指標によると、ヨーロッパ諸国は、ポスト共産諸国より進んでおり、チェコスロバキアの医療や寿命は、ヨーロッパの中で最悪であり、社会的ハンディキャップは最近さらに増大しており、CEE諸国の高い識字率や教育制度があっても、多くの事象がゆがめられている。

4.CEE諸国における障害者のインテグレーション、解放、社会的地位、QOL

 前述の諸要素は、社会が障害者に対してどのようにアプローチしているかにかかわっているとともに、障害者自身の活動にも左右される。彼らは経済的状況の影響も受けるが、社会の倫理的地位によっても影響を受ける。

 CEE諸国は市民の自由を抑圧してきた経過があり、市民の間に猜疑心と不信感を生み、障害者のインテグレーションと解放を妨げてきた。慈善を拒否し、国家による温情主義の役割を強調し、その結果、深い隔絶をもたらし、真のヒューマニティを抑制してきた。

 全体主義制度下では、障害者のもつ能力を信じない。意図的に、障害者の正常性を無視し、欠陥や不適性、特異性のみを強調する。全体主義制度は健康な市民の活動を妨げ、障害者の活動を拒否してきた。障害者のための施策であれば何でも喜ばれるはずである、と考えられてきた。

 経済繁栄を追求する中で、CEE諸国は、インテグレーションよりも隔離政策を採ってきた。施設に収容し、特別の教育制度を作り、一般の市民の生活の場から切り離してきた。

 このような状況の中で、ほとんどの障害者の社会的地位は常に低かった。法律のない制度下では、障害者の解放について真剣に話し合うことは不可能であった。障害者のQOLを高める努力は長く続かなかった。自分たちが権利として要求できることを知らなければ、そのまま放置される。そのため、人間としての尊厳が低く押さえられてきた。このようにして、障害者の隔離と不平等な地位は強化された。障害者の権利を保護するための条約等を政府が批准していたとしてもその国際的情報は、適切に流されなかった。障害者自身の団体は、CEE諸国に存在しており、非政府機関である。現実には、政府は、政府への忠誠を強要するような施策を作ってきた。イデオロギー専制、社会の倫理観の荒廃、障害者の利益を社会の中から排除する、などにより、政府や非政府機関の活動に矛盾をもたらしてきた。従って、非常に進歩的な対策と、非常に退行した対策が混在し、その結果、障害者のQOLは低い状態にある。採られた対策がシステマティックでないために、一国内においてさえ、比較検討することができず、CEE諸国間の比較検討は全く不可能である。

 これらの状況を解決するためには、一貫したヒューマニゼーション(人間化)と民主化が必要である。障害者や障害者団体ばかりでなく、政治の世界に至るまで、全般的な人間化や民主化が必要とされているのである。

 CEE諸国における障害者の自立を適切なレベルに引き上げるためには、現在行われている変革の中に三権分立を確立することが必要である。そのためには、以下の3つの種類の機関の代表者から構成される調整機関を創設する必要がある。

a)自主的、自律的に活動する、障害者の代表と障害者団体の代表

b)議会、政府、立法府

c)障害者の質の高い生活と労働の場を実現化するための地域社会と企業

 1990年に著者が提案したこのプロジェクトは、チェコスロバキアでは一部実現している。障害者の自立生活を実現するための変革については、R.Dehrendorfによる的を得た宣言がある。

 「CEEにおける政治制度は、6ヵ月で変えることができる。経済は6年かければ正常化されるであろう。だが真の市民社会を創るには、60年かかるであろう。

 障害者の自立生活は、障害者が市民としてどの程度認められているかにかかっている。それを実現するには、非常に長い年月を必要とするであろう。このプロセスをスピードアップできる国はどの国かを明らかにするためには、さらに深い分析が必要である。

 国際機関や政治的な意味での先進諸国の援助がなければ、世界は、富める国と貧しい国に二分されてしまう。SEEやEE地域に属する多くの国々は、すぐに第三世界の状況に陥ってしまうであろう。CE地域の諸国でさえ同様である。

 第三世界の国々では障害者の問題は、社会的、政治的、市民的自立や自活の問題ではなく、医療とか生存の問題である。国際的援助も十分ではないが、適切な方法で援助しなければ、すぐに不安定な状況に陥ってしまう。

5.CEEにおける障害者のリハビリテーションとQOLの諸条件

 CEE諸国の障害者のQOLについて、そのアプローチのしかたや結果において矛盾があることを説明してきた。これまでの諸政権は、障害者のための立法制度、医療、教育、リハビリテーション施設、および社会保障制度を作ってきたことは認めなければならない。これらの活動を実施するために、有資格者を沢山養成してきた。

 これらの有資格者は今も活動している。しかし障害者のニーズは一部しか満たされておらず、活動は組織的ではなく、また公平に提供されていない。現在は、障害者の活動、障害者の個性、自己充足を抑圧する傾向にある。これは、国家の経済方針、政治方針、イデオロギーと直接関連している。

 新政府が実施しようとしている変革は、社会的および経済的な面に力を入れており、その結果を予測することは不可能である。この点に関して、W. Pfaffは、「CEE諸国は数多くの西欧経済学者が主張している経済変革を行うことが望ましい。」と述べている。経済の完全な解放を意味する「ビッグ・バン(Big Bang)」がよく主張される。段階的な開発とか、フランス式技術主義者によるコントロール、ドイツ式の社会市場を主張する人など、様々である。「東が解放されれば、東から西に富が流出し、西から東に富が流れることはない。」と言ったW. Pfaffの言葉は注目に値する。我々は、CEEにおける数多くの変動や浮き沈みを目の当たりにしてきた。一方では、急激に変化する状況、イデオロギーの急速な変化、エリート意識、他方では、制度がなかなか変らない不動性、ステレオタイプの人民、これらの間には、大きなギャップがある。これは、障害者自身の非政府機関についても当てはまることである。

 開発プロジェクトを準備し、それを実行するためには、経済的、技術的な条件がまだ整っていない。否定的な要素は、大多数の障害者の無関心であり、コンシューマーとしての価値観にのみ彼らの関心が向いていることである。障害者のエリートの意識はめざめている。しかしそこには、過激論とか、宣言を出しさえすればよい、という風潮がある。先見の明をもって、体系的な活動を実施する能力を示していない。RIやその他の国際機関による広範囲にわたる活動があり、情報サービスの変革や開発プロジェクトが着手され始めた。そのためには、CEEの3つの地域に関する状況ばかりでなく、個々の国々における現状に関して、十分な知識が必要とされる。

6.障害者に関するヨーロッパ政策の意義

 CEE諸国における特定地域の緊急課題のみを見ていては、障害者の問題は解決しない。西欧における現在の産物、統一プロセス、解決方法を参考にすることが重要である。鉄のカーテンが落とされてからは、「ヨーロッパは一つ」という認識をもたなければならない。そう考えなければ、ヨーロッパ全体の不安定化の恐れを甘く見、統一化のプロセスを遅らすことになる。「すべての事象はお互いに関連し合い、危機はグローバルな性格をもっており、グローバルに影響を与えるので、グローバルな方法で対処しなければならない。」(V. Havel、 9)

 ヨーロッパ政策の観点から、欧州議会、欧州共同休やその他の国際機関において、政治上の民主主義と経済繁栄の範囲を広げなければならない。これらの問題を解決するためには、CEE諸国ばかりでなく、ヨーロッパ全体の障害者の自立生活を発展させるための条件作りをしなければならない。

 CEE諸国の障害者の生活は、ヨーロッパの他の地域の障害者の生活と調和しながら発展させなければならない。ヨーロッパにおける社会主義ブロックの崩壊の後の状況を基盤にしなければならない。そのためには、今後1000年の期間にわたって、障害者全体を決定づける戦略が必要であろう。著者は最近、「ヨーロッパにおける視覚障害者のリハビリテーション」をまとめた。この資料は、本稿で取り上げている諸問題の解決にかなり役立つであろう。

 すでに述べた諸問題は、人類のグローバルな問題とかなり関連している。CEE諸国で、障害者のQOLにかかわる分野で働いている理論家たちは、同様に考えている。このステートメントにみんなが同意できるし、先進ヨーロッパ諸国の同朋たちと、これらの問題の解決のために協力し合える、と私は考えている。これは、ヨーロッパ全体の障害者のために非常に重要なことである。

7.結論と勧告

 障害者の自立生活は、CEE諸国の経済的変革の成果にかなり左右される。この地域における健康な市民の多くは、経済的な理由で西欧へ移住したいと考えている。しかし障害者はこのような方法をとることはできない。彼らは自分の国で援助を獲得しなければならない。この援助の内容は、CEE地域における個々の国の諸条件によって異なるであろう。

 我々は以下のとおり勧告する。

1.民主主義の進んだ国におけるQOLの解決方法について、広範囲にわたる情報を提供し、CEE諸国の専門家同士が協力し合い、CEE諸国のプロジェクトを実施する。

2.CEEにおいて障害者が働く機会を設けるために、多大な援助をする。

3.障害者が安い補助具を購入したり、サービスを入手できるようにするために、助成金制度を設け、国家的に境界線を設けずにプロジェクトを実施する。

4.CEE諸国における障害者の生活条件を調査・研究するプロジェクトを後援し、障害者が適切な生活水準を維持できるような社会的ネットワークを作るプロジェクトを実施する。

 社会的施策の開発と同時に、民主主議の発展をサポートし、障害者の地位を高める必要がある。この目的のために、我々は以下のとおり勧告する。

1.今後1000年の期間にわたって変革していくという観点から、障害者の自立生活を創るために、ヨーロッパ全体の戦略を準備する。

2.CEE諸国における変革のプロセスを最大限に促進するよう支援する。障害者の活動を最大限に活用し、彼ら自身がお互いに協力し合えるような三権分立制度を確立する。

3.現在のリハビリテーションの制度を再構築し、市民の意識と障害者自身の主張を高めるような活動を強化する。

4.リハビリテーションは、障害者自身のパーソナリティや活動をかなり高め、社会における彼らの信望を高めることができる。これを再確認する。この意味において、リハビリテーション工学、社会的リハビリテーション、職業的リハビリテーションのプロセスと方法にもっと注目しなければならない。

5.障害者の自己実現を援助するために、一般市民の理解と協力を得る。

 これらの諸問題を解決するためには、基本的な戦略目標が必要である。それは、開発途上国のレベルを、ヨーロッパの先進諸国のレベルにまで高めることである。この意味において、CEE諸国における諸経験や専門家の能力を活用し、これらがまだ欠けている地域に新たな可能性を創出するために援助することを勧告する。経済的先進国とCEE諸国の専門家たちが情報交換ができる場として、ヨーロッパセミナーや地域セミナーを支援することを勧告したい。

(抄訳 奥野英子)

文献 略

チェコスロバキア障害者連盟政府顧問


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年4月(第71号)11頁~16頁

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