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特集/高齢期とリハビリテーション

「寝たきり」高齢障害者の家族的・社会的諸問題と地域リハビリテーション活動の対応

成田すみれ

1.はじめに

 世界でも屈指の長寿国(図1)となったわが国では、年々増える老齢人口に伴い「高齢者」の抱える諸問題を社会問題として解決する時期にきている。

図1 平均寿命の国際比較

図1 平均寿命の国際比較

資料:国際連合“Demographice Year Book”と各国政府資料による。
厚生省ガイド「厚生行政はやわかり」1992 財団法人厚生問題研究会より

 老齢人口の増加の中でも特に「後期高齢者」とよばれる75歳または80歳以上の老人の増加は、心身機能の衰えた虚弱老人や様々な障害をもつ老人=高齢障害者の激増につながっている。すでに政府では1990年に「高齢者保健福祉推進10か年戦略(ゴールドプラン)」(図2)を策定し「高齢化社会」への備えを表明した。

図2 高齢者保健福祉推進10か年戦略(ゴールドプラン)(平成11年度までの10か年の目標)
 我が国は、いまや平均寿命80年という世界最長長寿国になり、21世紀には国民の約4人に1人が65歳以上の高齢化社会となるが、このような高齢化社会を国民が健康で生きがいをもち安心して生涯を過ごせるような明るい活力のある長寿・福祉社会としなければならない。このため、消費税導入の趣旨を踏まえ、高齢者の保護福祉の分野における公共サービスの基盤整備を進めることとし、在宅福祉、施設福祉等の事業について、今世紀中に実現を図るべき10か年の目標を掲げ、これらの事業の強力な推進を図ることとする。

1.市町村における在宅福祉対策の緊急整備―在宅福祉推進十か年事業

(1)ホームヘルパー 10万人

(2)ショートステイ 5万床

(3)デイ・サービスセンター 1万か所

(4)在宅介護支援センター 1万か所

(5)ショートステイ、デイ・サービスセンター及び在宅介護支援センターを全市町村に普及させる

(6)在宅福祉事業の実施団体(財団法人たる公社など)を全市町村に普及させる。

(7)「住みよい福祉のまちづくり事業」を推進する。(人口5万人未満の市町村をも対象)。

2.「寝たきり老人ゼロ作戦」の展開

(1)地域において機能訓練を受けやすくするための体制の整備を図り、希望する者誰もが機能訓練を受けられるようにする。

(2)全国民を対象とする脳卒中情報システムを整備する。

(3)介護を支える要因を確保する。

 ホームヘルパーの増員とあわせ、在宅介護支援センターにおける保険婦・看護婦の要員等を計画的に配置する。

・在宅介護指導員(保健婦・看護婦等) 2万人

・在宅介護相談協力員(地域のボランティア) 8万人

(4)脳卒中、骨折等の予防のための健康教育等の充実を図る。

3.在宅福祉充実のための「長寿社会福祉基金」の設置

(1)在宅福祉事業等の振興を図るため、700億円の基金を設置する。

(2)基金は、主として次の事業を行う。

(ア)在宅福祉・在宅医療事業の支援

(イ)高齢者の生きがい・健康対策の推進

4.施設の緊急整備―施設対策十か年事業

(1)特別養護老人ホーム 24万床

(2)老人保健施設    28万床

(3)ケアハウス     10万人

(4)過疎高齢者生活福祉センター 400か所

5.高齢者の生きがい対策の推進

(1)「明るい長寿社会づくり推進機構」を全都道府県に設置する。

(2)「高齢者の生きがいと健康づくり推進モデル事業」を推進する。

6.長寿科学研究推進十か年事業

(1)研究基盤充実のための国立長寿科学研究センターを設置するとともに長寿科学研究を支援する財団を設立する。

(2)基礎分野から予防法・治療法の開発、看護・介護分野、更に社会科学分野までの統合的な長寿科学に関するプロジェクト研究を実施する。

(3)これらにあわせて、将来の高齢化社会を担う児童が健やかに生まれ、育つための施策を推進することとし、とりわけ、生涯の健康の基礎となる母子保健医療対策の一層の充実について中長期的視野に立って検討する。

 この中で、特に国民の老後不安の一つである「寝たきり」に対する対応を、“寝たきりゼロ作戦”の展開として具体的なシステム整備やマンパワーの供給、予防啓発を提言、また、この作戦をより効果的に進めるために別途「寝たきリゼロへの10か条」(図3)を策定し、原因疾患の発生防止、早期リハビリテーションの普及、障害悪化の予防、社会復帰の促進の必要性をわかりやすく説いている。

図3 「寝たきりゼロへの10か条」
第1条 脳卒中と骨折予防寝たきりゼロへの第一歩

【原因や誘因の発生防止】

第2条 寝たきりは 寝かせきりから 作られる 過度の安静 逆効果

【作られた寝たきりの防止】

第3条 リハビリは 早期開始が 効果的 始めよう ベッドの上から訓練を

【早期リハビリテーションの重要性】

第4条 くらしの中での リハビリは 食事と排泄 着替えから

【生活リハビリテーションの重要性】

第5条 朝起きて 先ずは着替えて 身だしなみ 寝・食分けて 生活にメリとハリ

【寝・食分離をはじめ、生活のメリハリの必要性】

第6条 「手は出しすぎず 目は離さず」が介護の基本 自立の気持ちを大切に

【主体性・自立性の尊重】

第7条 ベッドから 移ろう移そう 車椅子 行動広げる 機器の活用

【機器の積極的活用】

第8条 手すりつけ 段差をなくし 住みやすく アイデアを生かした 住まいの改善

【住環境の整備促進】

第9条 家庭でも社会でも よろこび見つけ みんなで防ごう 閉じこもり

【社会参加の重要性】

第10条 進んで利用 機能訓練 デイ・サービス 寝たきりなくす 人の和 地域の和

【地域の保健・福祉サービスの積極的利用】

2.「寝たきり」高齢障害者とは

 一口に「寝たきり」老人と称されるがその実情は多様である。一般に何らかの疾病や骨折が原因となって発生することが多く(図4)、起居動作をはじめ日常生活全般において問題があり、介護や介助を必要としている。リハビリテーションの視点からみると機能レベルや能力レベルにおける障害をもつ人々であり、「寝たきり」老人は「高齢障害者」とも言えよう。

図4 寝たきり患者の寝たきりとなった動機

図4 寝たきり患者の寝たきりとなった動機

横浜市衛生局衛生年報事業編(平成2年度版)より

 「寝たきり」老人が実は「寝かせきり」老人であったことは今や社会的にも周知の事実であるが、「寝たきり老人」=高齢障害者の問題の本質は【障害者問題】であるという認識に立つと、原因疾患の如何に関わらず「寝たきり」という本人の状態と家族や住環境を含めてその生活状況そのものが重要になってくる。ここでは障害者である「老人」自身への働きかけのみならず、「老人」の生活を構成している家族や住宅等、生活環境に対する支援や働きかけが不可欠ということになる。

3.地域における現状と横浜リハでの実践

 次に横浜での地域リハビリテーションの実践から地域における「高齢障害者」がどのように生活しているかについてふれてみたい。

 横浜市総合リハビリテーションセンター(以下「当センター」と略す)では市内在住の重度障害者に対して、専門職の訪問による各種リハビリテーション・サービスの提供を「訪問リハビリテーション・サービス(以下訪問リハ・サービスと略す)」事業として行っている。これは障害者が生活をする上での障害に起因する様々な諸問題を予防・軽減・解決し、在宅生活の維持や充実を図ることを目標としている。

 本事業の基本的システムは図5のとおりである。まず、地域の保健所保健婦や福祉事務所のケースワーカーが日常的な窓口相談や訪問活動などから、障害者自身やその家族が日常生活上困っていることや、不自由や不便な点などを把握し、実態調査を経て、訪問リハ・サービスの利用として依頼をセンターへ提出する。その後市内行政区別に設定された地域訪問日に、保健所保健婦・福祉事務所ケースワーカーと当センター専門職が合同で相談依頼のあった障害者宅へ訪問する。ここでは障害者とその家族に対して、障害の状況や生活の様子などをみながらニーズの確認をし、簡単な相談内容によっては直接その場においての助言や指導等の対応がなされる。通常は地域での何ケースかの訪問後、関係職種にてカンファレンスをもち相談ケースの問題整理と解決方法の検討、具体的な関係職種や機関での役割分担を決定し、後日必要とする職種の個別援助活動をもって対応していくシステムである。援助にあたっては、まず障害者自身とその家族の気持ちや生活への意欲を尊重しながら、ソーシャルワーカーや保健婦が調整役となって、障害者自身、家族、そして家庭生活全体への具体的なサービスを提供する。実際、当センターにおいて提供されたサービスは次のようなものである。

図5 在宅リハサービス・システム ―横浜市―

図5 在宅リハサービス・システム ―横浜市―

 (1)各種機能訓練:ベッド上での起居動作を中心に呼吸・排痰訓練、関節可動域・筋力増強等基本的機能訓練や食事、排泄、入浴などの日常生活動作(ADL)訓練などである。高齢障害者の場合、特に「起居」動作の自立がすべてのADLの基点でもあり、「寝たきり」を予防するうえでも大切であることから、可能性があれば積極的に訓練指導を行っている。ADLについては、特に移動や排泄、入浴など、以下の指導内容と併せて訓練指導や助言をすることが多い。

 (2)福祉機器の利用:障害による機能の欠損や不足を補うための補装具(義足や車いす、杖等)、自立や介助を側面から援助する各種介助機器(移乗介助機器、リフター、簡易昇降機等)や日常生活用具などの機器選択から利用方法の指導、定着までを本人の障害状況や程度、介護状況を考慮しながら援助している。また、機器利用にあたっては法的援助サービスの情報提供や指導も必ず行っている。

 (3)住環境の整備:高齢障害者にとって住み慣れた日本の家屋は、狭い部屋に玄関や入口の段差、トイレや浴室など非常に住みにくい環境である。高齢障害者の多くに、帰宅すると病院では自立していた動作ができなかったり、購入した車いすが利用困難となったりすることが見受けられる。

 家庭においても、その結果介助量が増えたり、介助の工夫が必要であることから積極的な対応が次第にできなくなり、結果として「寝たきり」状態にさせてしまうことになる。

 障害のADLを指導すると共に、ほとんどのケースが何らかの家屋改造を実施しており、トイレや浴室、居室の出入口に手すりを取りつけたり、車いすが使いやすいように段差を解消するなどが一般的である。

 (4)介護方法の指導:障害者自身への各種訓練や機器利用指導と共に、特に主たる介護者へは起居や移乗の介護方法、介助機器の使用方法などを具体的に指導する。すでに病院や訪問看護婦等から指導を受けていても、対象である障害者自身の機能の変化や、家屋環境の制限などから不適切な介護を実施していることも多く見受けられる。より効率がよく、介護者にとってやりやすい方法をみつけての指導が必要である。

 横浜における地域リハの活動は、医師、理学療法士、作業療法士、エンジニア、ソーシャルワーカー、保健婦のほか主治医、地域の保健婦、訪問看護婦、福祉事務所ケースワーカー、ヘルパー、ボランティアなど障害者に必要な医療・保健・福祉の各領域の専門家が、チームを組み個々の視点からサービスを検討し、総合的にサービスを提供する点に特徴がある。ここでは、各専門職による個別援助とチームによる総合的援助が両輪となって働いている。必要なサービスが対象者を中心に検討・収集され、適切に提供されるよう役割分担も行われ、地域社会全体で障害者の生活を支援する体制である。つまり、地域リハビリテーションの実践活動が高齢障害者のもつ様々な問題に対して地域社会での社会的援助体制「地域ケアシステム」の重要な一環として機能しているともいえよう。これらについては、当センターの伊藤が『都市型センターにおける地域ケアの実際』として報告をしているので一読いただきたい。

 事業利用対象者全体としては、同事業の実績(図6)では対象者の60%強が60歳以上の老人である。また、このうち70%弱が脳血管障害による片麻痺や四肢麻痺者であり、「寝たきり」予備軍といわれる要援護老人であった。しかし、実際「高齢障害者」を抱えての生活においては実に様々な問題があり、このような機器や環境改善だけでは整理しきれない問題も多い。そこで、これらを「家族的」な問題と「社会的」な問題に整理して検討することにする。

図6 在宅リハサービス利用者の内訳

1.年齢・性別

2.疾患別

3.障害別

年・性 疾患名 件数 障害名 件数

~19

3 4 7 1.2 脳血管障害 344 58.7 四肢・体幹 218 37.2
20~64 118 96 214 36.5 他の脳障害 43 7.3 片麻痺 264 45.1
65~ 185 180 365 62.3 神経・筋疾患 17 2.9 下肢障害 66 11.3

306 280 586 100 脊椎・脊髄障害 52 8.9 その他 38 6.4
  骨・関節疾患 65 11.1

586 100
その他 65 11.1  

586 100

横浜市総合リハビリテーションセンター地域サービス室作成
1989年度在宅リハサービス実施報告書より

4.家族的問題

 人口の高齢化はまず「高齢障害者」の増加を生みだすとともに、「介護問題」を家庭における深刻な問題とした。さらにまた、家族構造と家族機能の変化がこれに大きな影響を及ぼしている。

 配偶者を失ったり、種々の理由から子供と同居をしない高齢者のみの所帯など、高齢所帯の増加は高齢障害者=要介護老人の「介護」について、誰が、どこで、どのように介護を担うのか、必要時に適切な介護が提供されるのかを切実に問題提起している。かれら高齢障害者は、四肢や平衡機能はもちろん、精神機能の低下と予後の悪さという特性をもち、必要とする介護内容も個別的かつ具体的なものでなくてはならない。さらにまた、介護者自身である妻や夫も高齢のため疾病を有していたり、介護力の低下がみられ、特にベッドから車いすへの移乗や入浴など「力」を必要とする介護が困難であることが多い(図7)。介護や介助についても適切な方法や知識を十分持ち合わせているとは言いがたい。一人暮らしの場合は、より問題は深刻である。子供らと同居していても、女性の就労機会の増大など、種々の事情から家庭における適切な介助の提供という、家庭介護機能は著しく弱体化していることも否めない。慣れ親しんだ家庭環境や地域社会の中で、情緒的にも落ちつき安心して必要とする介護が提供されうる「家庭」や「社会」が、現在では大きく変化し、崩壊しつつあるともいえよう。

図7 寝たきり老人の主たる介護者の有無と内訳

図7 寝たきり老人の主たる介護者の有無と内訳

横浜市衛生局衛生年報事業編(平成2年度版)より

5.社会的問題

 高齢障害者の「介護問題」がもはや個人の自助努力の限界を超え、「社会的問題」となっていることは国の「高齢者保健福祉10か年戦略(ゴールドプラン)」や「寝たきりゼロ作戦」からも理解できよう。所以に問題は、「高齢障害者」自身とその家族への援助内容と提供方法である。

 「寝たきり老人」である「高齢障害者」の問題が実は【障害者問題】であることはすでに述べた。障害原因である疾病をもつ「病者」という視点だけでは、彼らが抱える諸問題を解決することは不十分であり、障害をもちながらも地域社会で生活している者への「生活支援」という視点が求められている。対象は障害者とその家族の生活総体であり、医療サービスも福祉サービスも共に必要なのである。疾病等に対する医療ケアや看護サービス、健康の維持・管理はもちろん、日常生活を援助する各種福祉サービスとしてホームヘルプ、いすや特殊寝台などの福祉機器、特別養護老人ホームなどの施設、住宅の整備などが障害者個々に必要時適切に提供されなくてはならない。しかし現場では医療も福祉も共に様々な問題があり、適切な対応を阻んでいる。

 一つは医療・福祉共にサービスの「質と量」の問題、もう一つはこれらサービスの「供給」体制の問題である。医療と福祉では、まずサービスの資源量として圧倒的に差があり、医療は「保険制度」という制約はあっても必要に応じて自由にサービスを提供できるのに比し、福祉は完全に「公的制度」下で種々の制限を受けながらサービスを提供する。そのうえ、これらサービスの質は医療が利用者サイドの自由な選択によって比較選別されることで切磋琢磨されるが、福祉は限定された利用者がサービスを利用するというより、恩恵的にサービスを受けるという状況であり、比較検討の余地すらなく「質」以前の問題である。

 「供給」体制についても、例えば家族が介護疲労から入院を要した際に、老人を一時的に預かる施設や代わりの介護者、ヘルプサービスを速やかに提供できるシステムが十分可動していない。したがって、高齢障害者の生活において必要な支援サービスが適切に利用できない状況が一般的である。

 老人や家族の生活をみながら、困っていることは何か、どのように援助していくことが望ましいのかを相談・援助できる人材や機関もまた、十分育っていない。さらに必要な保健・医療・福祉の諸サービスを適切に提供するには、これらの供給サイドを含めた「連携」ができていなくてはならない。そのためには、現場の視点に立って高齢障害者と家族、その環境までも含めた総合的援助のできる活動が必要である。

6.終わりに

 以上から、高齢障害者が必要とする諸サービスは、障害に伴う機能喪失や機能低下に対する各種訓練、補装具・福祉機器の利用、住環境改善や整備の相談、介護や介助についての指導助言などリハビリテーション医療から福祉や工学(各種機器や住宅)と幅広く、まさに障害者への総合的援助を担うことを目的とする「リハビリテーション」活動と合致することが理解できよう。

 「障害」を有しての生活は、障害者自身のみならず、その家族や家庭生活全体への大きな負担要因となっている。毎日の生活をどのように過ごすか、介護を誰がどのようにしていくのかという個別的で具体的な課題については、やはり「リハビリテーション」の視点に基づいた全人的アプローチが根底になくてはならない。そのためにも、このような総合的援助を可能とする社会を育てるためには、「地域リハビリテーション」活動の実践がさらに拡大していくことが期待される。

参考文献 略

横浜市総合リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1992年10月(第73号)22頁~27頁