特集/高齢者・障害者と居住環境 イギリスの居住施設と在宅福祉サービス

特集/高齢者・障害者と居住環境

イギリスの居住施設と在宅福祉サービス

柳尚夫*

1.はじめに

 1991年の9月中旬より3ヵ月間、欧州、豪州の「高齢者福祉」を視察する機会を得た。英国ではバーミンガムとベージングストークの二つの地域で高齢者サービスについて2週間研修した。今回は研修中に訪問した高齢者の居住施設と在宅福祉サービスを紹介する。しかし、訪問した都市や施設が限られているため、地域差の大きな英国全体のサービスの状況をこの報告が十分に反映しえていないことをお許し願いたい。また、北欧の福祉国家を先に訪問したため、つい比較してしまい、英国の制度の欠点の方が目についてしまったことも否めず、やや批判的な表現が多いこともご容赦願いたい。

2.イギリスの現状と印象

 第2次世界大戦後、ビバリッジ報告に基づき、世界をリードする福祉国家を創造してきた英国であるが、1979年サッチャー保守党が政権獲得以来、自立自助と民営化が強調され、社会福祉制度の行政改革が行われ、福祉国家の後退が指摘されている。しかし、訪問した入居施設は、北欧の施設と比較して貧しく感じたものの、やはり寝たきりの人はいなかった。一方、訪問の機会は得られなかったが、国の補助基準では入所できないほど高額の費用が必要な民間のナーシングホームの中には、お城や豪邸を改造した居住面積もケアサービスも北欧並のものが、存在するとの話を聞き、イギリスがとっている福祉の民営化政策の歪みの一端を知ることができた。

 行政分担は、医療はNHSで国、福祉・教育は、COUNTY(県)、住宅はDISTRICT(地域)と分かれていることが、総合的な地域の老人ケアを困難にしている。しかし、NHS and Community care Act(1990)ができて地方自治体は地域ケアの年次計画を立てるようになっており、地域の総合性を保とうという努力がなされている。具体的には、保健・福祉・住宅の新しい共同事業が行われており、NHSについてもその改革のあり方が、国を上げて今議論されている。

3.バーミンガム市

 人口が約100万人のロンドンに継ぐイギリス第二の都市で政令市である。古い建物と高層ビルとが混在し、アンバランスな雰囲気のある自動車産業の工業の町である。12区あり、区が福祉保健関連の事務所をもち、区独自の対策を行っている。

1)市のサービス

 Ladywood地区の隣接事務所を訪問した。この地区でも、老人福祉に関しての基本的サービスは揃っている。具体的には、レジデンシャルハウス、ナーシングホーム、デイセンター、訪問看護、配食サービスなどである。しかし、老人住宅やナーシングホームの多くは民間で、市内だけでも民間ナーシングホームが400軒ある。今後は、ナーシングホーム中心からデイセンター中心の対策に変更する方針である。また、この市は中国系移民を始め、インド、ジャマイカ等からの移民で、英語を話さず別の文化背景をもつ老人が多く住んでいる。それらの人を対象としたデイサービスを開設したり、専門のソーシャルワーカーを置くなどの移民老人福祉施策を積極的に行っている。

2)新しいタイプの複合施設 Victor Yates

 古いタイプの大型のナーシングホームを改造して作られた複合施設である。一階は、市の社会福祉部門が運営するナーシングホームとデイケアセンター、二階は、国のNHSが民間の慈善団体に運営を委託している医療的ケアができる新しいタイプのナーシングホームというとりあわせである。一階のナーシングホームは、痴呆用と身体障害老人用の二つの棟に別れており、計24人が住んでいる。居住スペースは10~15m程度の個室で、緊急通報用の紐はあるがキッチンはなく、バス・トイレは共同である。部屋が狭いため、入所前の自宅で使っていた家具はほんの一部しかもち込めないが、部屋には鍵がかかり、職員はノックの返事を待って入室するなど、プライバシーへの配慮がされている。また、自分の生活リズムを守って生活することを奨励しており、自分の好きな時に食ベて、寝ることができる。スタッフは、入所者6人に1人の割合である。また、終末期を迎える時は、望めば家に帰れるし、家族や友人がやって来て付き添うこともできる。

 デイケアセンターはバス送迎付きで、必要なら朝から夜まで利用できる。そのため、食事も朝・昼・晩と用意されている。活動としては、ボールで遊んだり、カードやドミノのゲームをすることが多い。ここでは、週に1回、中国系の高齢者用のデイケアの日を設けている。その日は中国語を話せるスタッフを雇い、中華料理のコックに食事を作ってもらっている。その日は、あまり広くないデイケアルームに20人以上の人がやって来る。

 二階は医療的なケアが可能で、スタッフは全員看護婦の資格をもっており、人員の配置も入居者1人に対して1人である。部屋は個室で、面積は10m程度で、酸素吸入の設備やギャッジベッドを備えている。入居者の90%は、脳卒中後遺症や痴呆の高齢者である。

3)特別ケア(Extra Care Schcme)を提供する複合施設 Hasbury Road Resorce Centre

 Nortfield地区にある住宅部門、社会サービス部門、南バーミンガム保健局、高齢者事業団の共同事業の複合施設を訪問した。住宅部門は、4戸の車いす用の住宅を含む42戸の住居があり、5組の夫婦を含む47人が生活している。住宅には警報装置が付いており、24時間対応する。入居料は、すべてのサービスこみで£39.83~£54.18とやや高い。保健部門では、4のべッドを使って、病院退院後すぐや、看護的ケアが必要な人のリハビリテーションを行っており、看護婦が8名で24時間体制をひいている。社会サービス部門からは、17人のホームヘルパーと1人の管理者が住宅部門から3人の管理人(Warden)と、スタッフも3部門からのもち寄りになっている。デイケアを週5日間行っており、近い将来、毎日開催することを考えている。58人のメンバーがおり1日22人が通所している。活動内容は、やはりドミノ、ビンゴ、カードと室内のゲームが多い。

4)ホームヘルプサービス

 Small Health地区の近隣事務所で、在宅ケアチームのマネージャーに、この地域でのホームヘルプサービスの説明を受けた。この地区は市の中心部にあり、失業率が20%近いあまり豊かでない地域で、人口約8万7,000人、65歳以上人口が、11%という地区である。マネージャーの下に、7人のオーガナイザーと4人の秘書と157人のホームケアアシスタント(以下アシスタントと略する)がいる。以前はホームヘルパーと呼んでいたが、少しでも専門的な仕事のイメージを与えるために名前を変えた。サービスの決定はオーガナイザーがし、秘書を通じてアシスタントに訪問の指示をする。従って、チーム制はなく、アシスタントには決定権はない。アシスタントの訓練は2週程度で守秘義務等の研修を受ける。社会的な地位も賃金(£3.5/時間)も低い。訪問対象は、子どもから老人まで現在1,200人で、訪問時間は週に1時間から40時間までの幅があり、週3~4時間訪問しているケースが最も多い。

 保護住宅に住む、76歳の先天性身体障害の妹と84歳の姉の二人暮らしの家庭を訪問した。1日4回、週39時間のホームヘルプサービスを受けているが、夜間は姉が面倒を見ている。住宅は、半年前に市の住宅部門が建て、社会サービス部門が借りている。入居費用は所得によって違う。これも新規の共同事業で、ここでも住宅・保健・福祉の連携による事業が進められている。

4.ベージングストーク

 この町のあるハンプシャー県(Hampshire County Council)は、人口が160万弱で、ポーツマスやウインチェスターという日本人にも馴染みのある町がある。県は18の地域(district)に別れているが、その中でも、この町は中心的存在であり、特に最近ハイテク産業分野で発展してきた地域であり、ソニーの工場がある。人口も増加傾向で、現在約14万5,000人。駅を出ると、高低差のない歩行者専用道路のあるショッピングセンターが広がっていて、障害者への配慮を感じる街である。

1)家庭的だが居室の狭いレジデンシャルホーム Marlfield Residential Home Alton

 地域担当のソーシャルワーカーの案内で、県立のレジデンシャルホームを訪問した。夫婦で管理している家庭的なホームである。建物は古く、郊外にある緑の環境に包まれた二階建ての施設である。居室はシングルとツインがあり、広さは約10㎡程度で、バス・トイレ・キッチンはなく、日本で見かける特殊浴槽があった。共有スペースの居間では、誰が見ているのか分からないテレビの前に、老人がじっと座っているという介護スタッフの少ない施設でよく見かける風景がここにもあった。しかし、これからショッピングに行くという老婆が着飾って車を待っているという微笑ましい光景にも出会った。入居者の平均年齢は87歳と高齢であるが、痴呆の重症者はこの施設では介護ができないため、他の施設に移らねばならない。

 入居者の多くは半径10マイルに住んでいた人がほとんどで、地域性は保っている。デイケアは小規模で現在3人が通所しており、今後増やす方針である。北欧の施設と比較すると狭く、スタッフの数も不十分に思えたので質問してみると、私立の入居料が週に£400~500の施設では、広い部屋と十分なスタッフをもっているが、すべて自費になるとの返事が返ってきた。

2)在宅ケアの実態

 ホームケアマネージャー(看護婦ともワーカーとも別の職種)と一緒に、老人の家を2件訪問した。コ一夫妻(夫81歳、妻78歳)は、妻は心臓が悪く、夫は両股関節が人工骨頭で重度の難聴がある。そのため、£7を払って週5.5時間のホームヘルプサービスを受けている。週に一回はアシスタントが買い物に連れていってくれるし、来週からランチクラブに、送迎付きで週に一回行くことを喜んでいる。妻が入院中は、夫は配食サービスを利用していた。夫の難聴のため、呼び鈴を鳴らすと電気が点くように住宅の改造をしている。GPは必要なときは来てくれるし、定期的に電話もくれるので、訪問看護や警報システムは今は必要ない。明るい夫婦で、60マイル離れた所に娘が住んでいて、週に1回手伝いに来てくれるが、遠いのでそれが精一杯であり、現状に満足していると笑顔で話してくれた。

 もう一件は、ハートレイ夫人(77歳)宅で、リウマチのために介助なしには歩けない。もともと兄と二人暮らしをしているが、現在兄が入院中のために一人暮らし。週に9~11時間のホームヘルプを受けて£7を支払っている。訪問時にたまたま担当のアシスタントと会うことができた。彼女を担当しているアシスタントは、毎日訪問する人が3人と週2回の人を一人受けもっている。彼女の時間給は£3.75で、他の職業と比較して高くはない。「今後そのステータスを上げる必要はある」というのが、ホームケアマネージャーの意見であった。

 アシスタントの会議は3ヵ月に1回で、早朝から訪問する必要もあるので、デンマークのような頻回の朝の会議は不可能である。利用料金は、週に何回利用するかによって決まるが、一日に3回の訪問が限界で、それ以上必要な場合には、自費で民間のサービスを頼むことになる。そのために週£100を支払っている人もいる。この地区には7人のホームケアマネージャーがおり、一人が約170人の利用者と30人のアシスタントをもっている。

 家屋の状況は、階段に昇降機、手すりと段差を小さくする台等の改造がされている。しかし、昇降機などの高いものは、補助が出ないので自費で買った。また、バスタブはあるがシャワーはなく、身体状況からバスを利用した入浴は無理でシャワーが必要だが、費用が高いので今は改造できず、清式で我慢している。その他に警報サービスを利用しており、週に£2.23払っている。ボタンを押すと電話回線を使ってセンターに通報が行き、個人のデータが表示されたコンピュータ画面を見ながら、オペレーターが通報した人と話すというシステムである。私の訪問のために試してくれ、間違って押したと彼女が答えると、オペレーターは当然のように対応していた。日本に比べると、ホームヘルプや補助器具のサービス量は整っているが、利用制限も設けており、それを補完しているのは民間のサービスであり、自助努力、自己負担である。

3)痴呆老人のためのレジデンシャルホーム

 県の経営で居室は決して広くないが、個室で窓が大きく、部屋の雰囲気は明るい施設である。施設の出入口のドアには鍵をかけない主義で、痴呆老人が徘徊するとスタッフが追いかける。ケアスタッフは、朝昼5、夕方3、夜2で決して多くない。その他掃除やキッチンは別のスタッフがいる。日常の活動は、ボランティアによる歌の指導や、自分の昔の写真を見て思い出の話等が行われている。入居者は44人で、男は6人だけである。その他、短期入所を受けつけている。医療的なケアは、それぞれの入居者が決めているGPによってそれぞれ行われているが、あまり訪問してもらえないのが問題でもある。最近北欧で話題のグループホームについては知っているが、この施設で適応するのは構造上困難であるというのが、施設側の意見であった。

4)痴呆老人のためのデイセンター Winkliebury Day Center

 痴呆性老人専用で県立の施設。9時30分から15時まで開いており、利用料金は1日、£2.15。メンバーは30人だが、平均毎日20人以上参加している。通所には、ボランティアドライバーが協力しており、ドライバーには1マイル当たり28ペンスのガソリン代が支給されるので、引退した人がボランティア活動として参加している。訪問時には大きな活動室に椅子を並べて、一部ではカードをしており、一部では輪投げをしていたが、多くの人は眠っている。人数が多いわりにスタッフは少なく、マネージャー1人、アシスタント2人、PT1人で運営している。介護する家族の負担軽減には貢献しているようだが、残念ながら、参加者のいきいきとした表情は見られなかった。

5.まとめ

 全体としての福祉のサービス量からすれば、日本よりはるかに恵まれているこの国の入居施設や在宅ケアサービスでも、高齢者の生活を十分に支えているとはいえない。しかし、イギリスは保健、医療、福祉の施設を変革しようとして、きびしい財政状況の中、地方の権限を強めながら、総合的な事業実施が行われようとしている。これからも、年々状況が変化するこの国に注目していきたい。

* 大阪府茨木保健所医師


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年1月(第74号)8頁~13頁

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