特集/アフリカの社会リハビリテーション ケニアの障害者リハビリテーションにおける文化的習慣の影響(抄訳)

特集/アフリカの社会リハビリテーション

ケニアの障害者リハビリテーションにおける文化的習慣の影響(抄訳)

The Cultural Practices Affecting Rehabilitation of the Disabled Persons in Kenya

Enos H.N. Njeru

1.伝統的な医療文化と習慣

 アフリカの未だ近代化されていない地域においては、文化的な信仰、価値観、習慣が疾病や障害の捕らえ方にある種の方向性を与え、それがリハビリテーションの実践にも大きな影響を及ぼしている。

 これらの地域では、リハビリテーションや医療を受ける際の形態は、障害の種類や性質によって異なっている。また、伝統的な医術者にかかるか否かは、サービスを必要とする人自身の考え方と共に、その人が所属している社会集団の構造や文化にも影響されている。

 従って、これらの地域でリハビリテーションの実践を試みる際には、近代的な治療システムおよび伝統的な治療システムの両者を勘案することが重要である。

 一方、異なる種類の障害の発生に関連した社会的状況を把握すると同時に、一般的な疾病分類や支援により得られたとされる効果を検討することは、文化的な要因を明らかにする意味で重要である。

 これは、例えば、リハビリテーションが実施されるか否か、また実施されるとしたらどのような活動になるのかを決定することになるであろう。

 もしリハビリテーションの効果が、身体障害を原因とした精神的なものによってもたらされたとしても、伝統的な〈癒しの儀式〉を通じて得られる超自然的な力を勘案する必要があるのかも知れない。

 昨今では、リハビリテーションの近代医学的な実践の中に、障害者に対する伝統的な治療法を概念化することが可能になってきているのかも知れない。

 伝統的な治療法に重きをおかず、また信用もおかない近代医学をもたらした植民地主義により、伝統的な実践と近代的な実践との統合が困難になり始めたといえる。

 この西洋医学に基づくサービスは、障害者のリハビリテーションに関わる伝統的な習慣に基づく治療者の役割が復活することを否定するものである。

 伝統的な治療は、魔法・魔術を含むさまざまな要素から構成されている。伝統的医療かつ魔術信仰としての魔法・魔術は、ある個人の中に不思議な力の存在を信じ、それらによって他者に害を与える訓練を積んだ伝統的な治療者に力を与えるのに役立っている(Twumasi, 1984年)。

 しかしながら、これら魔法・魔術は、常に他者に害を与えるわけではなく、他者に良い影響を与えたり、または良好な状態の共有の代わりに社会全体に利益をもたらすために用いられる場合もある。

 魔法・魔術の使用を理解するにあたっては、伝統的な社会構造と社会医学の間の関連性について理解することが必要である。

 Twumasiは、神秘的な信念や迷信が、伝統的な治療者の治療理論の中核を構成していると指摘している。もちろん、このような伝統的な治療者を利用する要リハビリテーション対象者についても、同様なことがいえるであろう。

 このような伝統的な治療を利用する場合、受障後、障害を負ったという意識をもった時期のいかんに関わらず、障害のプロセスと原因を含む根源的な問題を明確にするため、多数の者が参加する伝統的な儀式に参加することになる。

 これらの分析は、「社会分析」に基づいているといわれている(Turner, 1957年)。ここでは、治療者は社会歴、家族歴と呼ばれる疾病の原因と適切な処置の方法を分析することになる。そして、問題をもたらした原因が、良いものであれ悪いものであれ、儀式を行うことによって取り除くことができるか否かを調整する。こうして治療者は、社会哲学者として、心理学者として、魔術者として、それらの統合化された理解を通じて、疾病へのリハビリテーション的サービスを行うものである。

 例えば、ザンビア人やトンガ人が、ものに取り付かれたような状態になる治療方法は、伝統的な予言や癒しによって支援がなされているケースであると言える。

 機能上、多くの伝統社会における社会化の過程は、神話信仰や伝統的な価値、伝統的な医療施設や医療実践者を否定するような形で動くものである。伝統的な医療実践者とは、伝統的な助産婦、信仰療法を行う者、降神術者(巫女)、薬草による治療者等が含まれる。

2.リハビリテーション・アプローチの模索

 障害者へのリハビリテーション・サービスの試みは、視覚障害者の電気誘導装置、義手義足、障害者のためのリハビリテーション・サービスや施設内ケアのための設備、職業訓練、障害者を念頭に置いた法律の改正、障害者の残存能力やケアおよびリハビリテーションの選択可能性に注目した研究の発展を意図した医学的リハビリテーションを含むものである。もちろん、これだけでは決して十分ではないことは明らかであるが。

 障害者に対するリハビリテーション・サービス、および施設ケアのあるものは、社会科学者により、障害者の依存性を助長するものだとして非難される場合がある。それ故、競争社会における社会化に失敗した障害者が、自己信頼や自己統制を取り戻すよう、職業訓練を実施する傾向がみられる。

 ケニアにおけるリハビリテーション・サービスの法的なアプローチの背景としては、障害者に対する偏見が特徴的である。多くの伝統的な文化は、障害者に対する道徳規定をもってはいるが、リハビリテーション施設によるケアの概念を欠いているものが多い。

 例えば、子殺しは多くの文化の中で一般的であり、障害児はリハビリテーションの機会をもつこともなく出生時に生命を絶たれる場合が多い。同様に、老人殺しが存在し、劣悪な環境下では、健康な者や若い者を救うために負担となる老人が犠牲となる場合がある。

 ケニアにおいては、過去に老人殺しが存在したと報告されている。そのような社会では、高齢者に対するリハビリテーションは極めて稀である。ケニアでは、未だ西洋的な高齢障害者に対する福祉制度は、障害者に対する制度と同様、十分整備されていない。むしろ、精神障害者を除いては、ほとんど野放しの状態にあるといっても過言ではない。

 社会に存在する伝統的な偏見は、現代の法体系のもとでも未だ克服されておらず、障害者の権利拡張を目指したさまざまな取り組みの際に阻害要因となっている。国全体として、適切な対応が強く求められる次第である。

3.結論

 障害者に対するリハビリテーション実践における最大の問題点は、社会的な偏見をも同時に生み出している信仰や価値観に支えられた伝統的かつ文化的習慣であり、それに基づく障害者への冷淡さや、差別がなお存在することである。

 それ故、障害者は未だ異端視され、社会から隔離され、経済的にも自立することができない状況にある。

 また、障害者の福祉および有意義なリハビリテーションに対する社会的、経済的、法的な対策においては、未だ障害者が依存や社会的隔離から脱出する十分なレベルに達する兆候がみえない状況である。

 従って、障害者のおかれている立場は、純粋に身体的な機能の限界という要因に依存するものというよりは、むしろ社会文化的な要因により制限されているものであると理解することができる。

 以上より、ケニアにおける障害者の社会的特性は、いわば「リハビリテーションから疎外された状態」のリハビリテーションを図る、というアプローチを必要とするものであるといえよう。

(抄訳 安梅勅江)

ナイロビ大学社会学部教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年3月(第75号)9頁~12頁

menu