特集/障害者雇用と職業 職業リハビリテーションの現状と課題

特集/障害者雇用と職業

職業リハビリテーションの現状と課題

道脇正夫

1.職業リハビリテーションをめぐる最近の動き

 職業リハビリテーションの課題について、1991年12月4日付け「障害者雇用対策の今後の方向について」という障害者雇用審議会意見(以下「審議会意見」という)は、「職業リハビリテーションサービスの充実」の項を設けて、

  • ①多様な職業リハビリテーションサービスの提供
  • ②地域レベルでの職業リハビリテーションの充実
  • ③障害者の能力開発の推進

を指摘している。また、雇用促進事業団の「障害者職業対策調査研究委員会報告書」は、

  • ①障害の特性・ニーズに応じた職業リハビリテーションの抜本的拡充
  • ②高度化する職業リハビリテーション技術への対応
  • ③職業リハビリテーションを支える専門職の養成・研修体制の確立
  • ④職業生涯にわたる継続的な職業リハビリテーションサービス提供体制の確立

等をあげている。

 これらは、職業リハビリテーションの基本的方向を示す指針として、至極適切、妥当なものと考えられる。

 ところで、最近「変化と多様化」が時代のキーワードと言われる。職業リハビリテーションの世界もご多分に漏れない。

 1992年の主要なできごと、1つは国際労働機関(ILO)総会が1983年に採択した「職業リハビリテーションと雇用(障害者)に関する」第159号条約の批准であった。ご承知のように本条約は、

  • ①身体的または精神的障害のため、適当な職業に就くなどの見通しが相当に減少している者について適用すること(第1条)
  • ②国の政策は、職業リハビリテーションに関する適当な措置の利用の確保および開かれた労働市場における障害者の雇用機会の増大を目的とすること(第3条)
  • ③国の政策の実施について代表的な労使団体、障害者団体と協議すること(第5条)

など11条からなるものである。

 第2の主要なできごとは、①障害者雇用対策基本方針の策定、②重度障害者等の短時間雇用に対する雇用納付金制度の適用、③精神薄弱者、精神障害回復者への法適用拡大等を内容とする「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、「法」という。)の改正である。

 そして、この2つのできごとは、ここ10年におけるわが国職業リハビリテーション世界の「変化と多様化」を表徴するものと言える。それだけにこの条約、改正法の理念や内容は職業リハビリテーションの実践にも大きな影響を及ぼさずにはおかないと言ってよい。

 しかし、一方で実践に深く関わっている人々の間には、次々に紹介される理念や概念、あるいは新設される制度への対応に逐われ、その対策に苦慮している声も一部からは聞こえ、消化不良を心配する向きもある。そうなっては、せっかくの制度も生きたものとならないし、職業リハビリテーションの進歩に水をさす結果ともなりかねない。

 条約の批准や法改正が物語っているのは、要するに、従来どちらかと言うと身体的障害に焦点をあててきた職業リハビリテーションが、精神的障害、そして重度の障害者に、正面から取り組もうというスタンスを明確に打ち出したということである。

 新ビジネスに成功する3条件として、①目標との整合性 ②実行可能性 ③負担可能性 の3つが必要であると宇野治伸は述べているが、職業リハビリテーションの場合も同じことが言える。

 そこで当面このことが軸となって動くことが予想される職業リハビリテーションサービスの実務面に関して、この3条件を念頭において若干の所見を述べてみたい。

2.職業リハビリテーション成立の条件と基本原理

 (1) 職業リハビリテーションの重要性、必要性が社会各方面で認められたとしても、それだけで即何かが成立するものではない。言うまでもなく職業リハビリテーションに関するニーズとシーズと交差するところにそれは成立するからである。

 それゆえ、現時点で職業リハビリテーションの課題を考えるとき、まず、第一に必要とされることは、職業リハビリテーションに対する社会のニーズを正しく把握することである。しかし、ヒアリングやアンケート調査など数多くなされてきているとはいうものの、真の要求・ニーズを正確に把握すること自体かなり困難で、その方法自体も具体的に検討される必要があるが、何よりも時代の趨勢を洞察することが重要なことと言える。精神障害を持つ人々を対象として積極的に取り上げること、あるいは重度障害者に重点を指向していくことは正しくその趨勢に沿ったものと考えられる。

 第2に必要なことは、シーズ面からのアプローチである。職業リハビリテーションは、人を対象とする具体的営みであるから、単にニーズ面からの考察では不十分である。ニーズを正しく把握できたとしてもそれに応える術を持たなくては職業リハビリテーションは成り立たない。例えば、精神障害回復者の職業リハビリテーションの重要性を認識し、その実施に強い意欲を持ってもそれだけでは適切な対応はできない。対象者の特性に応じた目標の設定とそれを具体化するための働きかけ(operation)、指導法および目標に近づいたかどうかの評価法といったノウハウの確立があって、はじめて精神障害回復者の職業リハビリテーションの進歩が約束されるのである。

 (2) わが国のこれまでの職業リハビリテーションの歩みと現状とを併せ考えるとき、更なる発展のための妥当な出発点として、職業上の要求と個人の現有機能とのギャップに注目するD.McAleesの所説は極めて示唆に富んでいると思われる。

 D.McAleesは、職業発達プログラムの内容に関して次の図式を提唱し、この点から出発して職業発達の援助活動の理論化、体系化を進めている。

(指導目標の必要とする機能)-(個人の現在所有する機能)=(職業発達プログラムの内容)

 ここで、「職業発達プログラム」を「職業リハビリテーション」に置き換えることとしよう。そうすれば、この図式は第1に、職業リハビリテーションが必要とされるのは、必要機能と現有機能との間にギャップ、McAleesの用語にしたがえば、Discrepancyが存在することが前提となること、そして職業リハビリテーションの最終目標は、この存在するギャップを埋めることにほかならないことを示唆していると言えよう。このギャップが存在しないケースであれば、職業リハビリテーションの直接的な対象とはならないし、逆に、このギャップが存在するケースは、当然職業リハビリテーションの対象として考えなければならないことを意味しよう。対象者の範囲は従前に比べて必然的に増加するであろうし、身体に障害をもつ者だけでなく、精神障害を持つ者もあるいは職業的に重度の障害者も、当然その中に含まれることは自明なことと言ってよい。

 第2に、この図式は、(職業上の必要機能≦障害者の現有機能)が成り立てば、職業的自立のための障害者自身の努力が社会的に実現され、かなえられることが、障害者を含む職業社会のあるべき姿を意味している。

 上の図式が示すギャップを埋める努力は、第1に個人の現有する機能を職業上の必要機能に近づける努力で、職業教育、職業訓練指導などの諸活動がこれに相当する。福祉機器や用具の活用などを含めて考えてもよい。第2は職業上の必要機能を個人の現有機能に近づける努力で、これは作業用機器を障害者に適合するよう改善すること、仕事の内容や分担を再調整することなど、いわゆる「人に仕事を合わせる」方法である。そして、第3の方法として、第1、第2の努力を併用していく方法がある。職業リハビリテーションは、この第3の方法に相当するものと言える。これは身体的障害、精神的障害あるいは軽度・重度の別を問わない。

3.ニーズの多様化への対応

 (1) 審議会意見は、その3項において、精神薄弱者・精神障害回復者について特別の項を起こして、その雇用の促進と職業リハビリテーションサービスの充実について言及しているが、昨年の法改正でこれらの人が対象として正式に取り上げることとされたのは前述のとおりである。

 ニーズ面から考えて、現在職業リハビリテーションで解決が期待される課題をと言えば、①身体的な理由による障害者にとどまらず、精神的な理由による障害者も重点対象とすること、②また、今後障害者の高齢化の進展が予想され、加齢に伴う職業能力の変化等に対応する必要があること、③障害者の望む就労条件が高くなったこと、また、④通常雇用に就くことが困難で、自営や在宅就労により職業的自立を図ろうとする主として重度の障害者への対応など、障害者側の変化と多様性に起因する課題をあげることができよう。

 どちらかといえば、身体的原因に起因する障害を主たる対象として長らく対処してきた職業リハビリテーションは、必ずしも、これら新しい課題に関して多くのシーズを用意しているとは言えない現状にある。一部の人々が先駆的に積んで来ている経験の上に立って、また、一般社会や産業界の障害者に対する態度、考え方が変わってきたことなどを踏まえ、そのニーズを正しく把握し、その対応策、シーズを確立することが急務となる。

 (2) 前記の審議会意見は、その2 重度障害者の雇用対策推進として、①障害の種類別対策の強化に加えて、②多様な勤務形態による重度障害者の雇用促進の必要性を提議し、具体的には、短時間勤務、在宅勤務制、フレックスタイム制、サテライトオフィス制等多様な勤務形態が重度障害者にとってその雇用の場を広げるものであることから、今後さらに積極的推進が図られることが適当であるとしている。社会全体が労働時間の短縮に向かって進む中、障害者についても、ゆとりある職業生活の実現について十分配慮されることが望ましいとも述べている。

 同意見は直接触れてはいないが、最近話題となっている援助付き雇用制度も考慮の中に入れてしかるべきものと考えられる。仕事に向けてまず準備させることに重点をおく、長らく、職業リハビリテーションサービス提供の基本とされてきた考え方に対して、まず何よりも仕事に就かせることを第1とする援助付雇用モデルの考え方は、挑戦する価値のある課題と言える。「まず訓練、それから就職」という原則に長年親しんできた者にとって、「まず就職、それから訓練」と言う原則は新鮮なものとさえ映る。

 職業リハビリテーションの目標は、従来、障害者の存在ということを特に意識しない競争的な市場内での雇用、すなわちコンクリートに固まった一般雇用というものであった。

 しかし、昭和40年代になって(いわゆる単調労働の問題が直接の契機であったと考えられるが)先の図式でいえば、職業上の必要機能を個人の現有機能に近づける努力が強調されるようになった。これは、最近よく言われる「仕事に人を」から「人に仕事を」の考え方の誕生である。と言っても、職業リハビリテーションの目標として捉えられていたのは、実は、仕事の内容、やり方といったことだけで、短時間勤務といった就労形態や勤務体制のことは含まれていたとは言えなかった。例えば、8時間勤務が職業社会の常態であるのだから、それに耐えうる体力をつけさせるということが具体的な職業リハビリテーションの目標の1つとして設定され、そのための指導訓練が強調され、優先されてきたと言っても過言ではない。

 今回の法改正、特に重度障害者等の短時間雇用にかかる措置は、より個人の障害の特性に合わせた目標設定の可能性が大きくなったことを意味し、多様な生き方、多様な就労形態を職業リハビリテーションの目標としてとらえる具体的な一歩と位置づけるものと解釈できる。

4.シーズ面の課題

 (1) 職業リハビリテーションの内容は、現在地から自己の意思で自分の欲するところへ行こうとする人にとって、その障壁となっている溝なり、水路をクリアできる橋を架けることに例えることができよう。

 古くからある桁橋、両岸から強い手を差し伸べるアーチ橋、はたまたトラス橋、さらに空間に美しい幾何学模様を描く斜張橋、山間に浮かぶ吊橋など、いろいろな形や幅や長さをもった橋は、職業リハビリテーションのプログラムの内容になぞらえることができよう。そして、橋桁や橋脚はプログラムの節目節目における評価を、基礎である橋台は障害者の態様を意味するであろうし、対岸のそれは、職業の種類や就労環境や就業形態を意味すると言ってよい。社会の発展と、技術の進歩に支えられ、最近、架けられる橋は強く大きくなった。

 職業リハビリテーションプログラムの基となる訓練制度も障害者職業能力開発校で行う狭義の職業訓練だけでなく、障害者の能力に適した作業現場での実際訓練を都道府県が事業主に委託して行う準備訓練と実務訓練とからなる「適応訓練」、社会福祉法人等が労働大臣の定める基準にしたがって行う「身体障害者等能力開発訓練」、障害者職業センターが実際の作業場面を忠実に模写した模擬的作業室を設けてそこへの通所と実際の作業経験訓練を行う「職業準備訓練」、さらには同センターが行う事前支援訓練の後を受けてセンター長が行う技術支援、生活支援訓練を内容とする「職域開発援助事業」などさまざまなメニューが用意されるところまできた。職業リハビリテーションという橋も、基礎的な調査研究と実践とに支えられながらそれぞれ形の違う橋、長さの違う橋が用意されてきたと言ってよい。

 橋はどこまで延ばせるか、これまでは、埋めることを想像だにできなかった水路や谷間を最近の技術は克服した。職業リハビリテーションについても、個々の創造的な橋が生活者に真に便利なように架けられなければならない。

 (2) 職業リハビリテーションプログラムの多様化は、それぞれ関係機関の役割分担の明確化を必要とする。職業リハビリテーションプログラムは、3つの条件に応える必要がある。すなわち、第1は、多様な個々の対象者のニーズに応えうるものであることである。第2は、経済、労働市場全体の情勢の変化に即応できるプログラムであることである。科学技術の急速な進歩、技術革新・サービス経済化の進展等から生ずる産業経済界の需要の変化に即応できるサービスを必要とする。第3に、職業リハビリテーションの目標が、雇用の確保にとどまらず、雇用の維持、向上の援助にあるとするならば、職場適応指導、職務の必要とする基本的技能知識のほか、付随的・臨時的な業務知識技能の付与、就職後における追指導及び変化する技術技能上のバックアップなどの諸プログラムが用意される必要がある。例えば、視覚障害プログラマーが就職後において、必要となる最新の知識・関連情報の学習を企業側にすべて委ねることには無理がある。職業能力開発校で行うこととなった現職障害者に対する向上訓練などは、極めて時宜にかなったものと評価できる。

 しかし、多様なプログラムを用意するためには、1つのところで全てのプログラムを用意することと同義ではない。地域社会全体として、障害者の利用しやすい、そして、効率的なプログラムとする必要がある。橋の大きさや形が、地形や橋台や基盤に左右されるように、職業リハビリテーションプログラムの内容は障害者のニーズやニーズの実現を阻む窪みや溝の深さに適合したものとされる必要がある。

 巨大化された橋は、大規模施設を連想させる。本来大規模施設は大規模施設でなければできないサービスを用意するものでなければならない。しかし、私たちの周囲には、日頃は気づかないけれども名もない橋がたくさんある。大きな橋よりもずっと多くの数知れない橋が、私たちの生活を支えている。このような小さな橋に相当する施設や人々のサービスが障害者に対して有効な作用をもたらしている事実を逆に、見逃すわけにはいかないであろう。そのような施設・機関の提供するサービスを正当に評価する必要があるのではないだろうか。これらを統合した地域プログラムの樹立と運営こそ早急に必要とされるものであろう。

5.障害者の職業発達の解明

 重度または多様な障害を持った者の増加にともなって、いっそう高度なリハビリテーション技術の必要性を関係者は強く意識している。しかし、とは言っても職業リハビリテーション分野を見渡したとき、障害者の職業選択がどのように行われるのか、あるいは障害者の職業生活全体がどのように発達するものなのかを論じた文献等は、わが国ではそう多くはないようである。障害者の職業選択を考えるとき、社会的な障害が他に比してより多いのが通常であるから、障害者の場合こそむしろそのような背景を考えて指導にあたるべきものであろうし、その必要性がより高いことは自明のことである。しかし、現実はそうではないようである。それはどのような理由によるものであろうか。その事由の1つは、あまりにも障害者をめぐる環境の壁が厚くて、理論的考察まで手が回らないということもあるかもしれない。あるいは、障害者の進路は本人の選択の対象になるものではないという偏見が存在している恐れもなしとしない。

 いずれにしろ、先進諸国において、人が進路を選択し、その実現に向かって努力するプロセスをあるいはモデルの形で示すことが広く行われていることに関心をもってしかるべきものと私は考える。

 一般的な進路指導活動が、職業選択理論なり発達理論によって長足な進歩を遂げてきた事実を考慮するとき、職業を選び、そこでの進歩向上を図るためには、社会的な障害がより多く存在する障害者の場合にこそ、より深い、より広範な情報・データに基づいた社会経済的背景の解明と実践を支える理論的支柱の確立が必要と思われる。

 最近、伝統的な適材適所ということに重点をおいたリハビリテーションの考えに変化がみられるようになったとL.M.Kaskelは述べているが、これは障害者自身をリハビリテーション計画の作成から実践に積極的に参加させるべきだという考えであり、職業発達という視点を重要なものとするものである。言いかえれば、障害者が労働市場や地域社会への適応方法を探りながら意志決定と目標設定の方法を学ぶ機会が与えられ、自立する能力の育成と自己の行動に対する責任の受容を促すプログラムの必要性を強調するものと言ってよい。こういった新しい考え方に基づいたモデル設定の試みも盛んになってきている。

 例えば、Hanoch Livnehは主要なモデルとして、Akridge's Psychological Development ModelやAnthony's Diagnostic-skilled Behavior Modelなどをあげ、また、これらを統合するための自らのモデルを提唱している。しかし、なんといっても忘れてはならない重要なことは、職業へのアプローチの方法は、それぞれの国の習慣、社会的風土、産業経済の状況などに左右されているという事実である。したがって、わが国のアプローチはわが国の実情を正しく反映したものでなければならない。障害者の職業発達、あるいはキャリアがどのような要因がどのように作用して形成されているのか、心理的側面・社会経済的側面・教育発達等の面から考察する必要がある。従来、障害者の進路を静的に考察することに重点をおき、動的な考察、例えば、成功―失敗の体験が障害をもつ人にどんな場面で、どの時点で、どのように与えられて、それが指導や訓練のレディネス形成にどのような作用を及ぼしているか、また、障害者の職業的体験や情報の取得の状況が興味の形成や目標の設定にどのような影響を及ぼしているのかといった動的な考察が不十分であったと言わなくてはならない。この点が、今後ますます必要となってくると言える。いわば、障害者の職業発達、キャリア形成の事実を解明し、その上に立った理論の確立と実践が職業リハビリテーションの実践者、研究者の大きな課題の1つと考える。

 橋は、社会の共有財産として、障害物を越え、都市の機能を支え、また、人々の暮らしを守るため、さらには都市景観を形づくり、人々の憩いの場をつくるため、共同作業の成果として発展してきた。職業リハビリテーションもそうである。そのためには、生活者としての障害者の立場を尊重し、他のリハビリテーション分野との共同作業として地域に密着したサービス内容を構築することが望まれる。

参考文献 略

職業能力開発大学校


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年6月(第76号)2頁~7頁

menu