青山英男*
「特集―障害者雇用と職業」で求められたテーマは、「経営学的観点から見た障害者雇用のあり方」であった。昭和30年代に「雇用」の制度化が新しくスタートした時期から30年以上を経て、一般の営利企業の障書者雇用を考える時、今改めて何が問題となっており、何を問題にすべきであるのかを、与えられた機会に考え直してみた。さまざまな問題が次から次へと思い起こされる。「経営」の問題に限定しても、最近の大企業の雇用に見られる停滞現象、それをなんとか改善しようとして制度化された第三セクター、特例子会社の就労の場としての正しい評価、位置づけ、企業名公表制度の公正な実施と、情報化社会を前程にした真の公表(情報開示)のあり方、少々経営の内部的問題に立入って、障害者雇用の健全な姿を実現するための障害者雇用によって特別に生じるコスト(障害者コスト)概念の明確化と測定、障害者雇用の社会的達成度を経営的に測定し、さらに障害者の雇用企業に対するさまざまなパーフォーマンスを把握するための障害者就労評価の概念と定量化の方法、等々、障害者を雇用する企業であれば、自らの企業の維持と発展を前提とした上での障害者雇用を考える限り、自発的に考慮・検討しなければならない課題はこれだけにとどまらない。しかし、本来、経営プロパーの課題であるはずのこうした課題は、企業が障害者を雇用する行動が、必ずしも自発的な企業の意思によるものだけでは本来ないことから、単に企業経営だけの専門的検討で創造的な解決が得られないところに企業における障害者雇用に関する経営(学)的アプローチの特殊性があると思われる。たまたま企業の障害者雇用をめぐる環境要因を考える機会があったので、既に折に触れて主張した関連テーマの内容を振り返りながら、本稿では、企業に見られる雇用努力と行政との対応に限定して基本的課題をとり上げてみた。
これまでさまざまな機会に、障害者と社会(活動)との関わりについての理念、とりわけ、障害者の企業での就労をさらに進める上での理念との異同の特異性、両者の展開と混同の弊害、企業の場に障害者を迎え入れ、最も社会的満足を保証する生活を実現するための制度、行政の進め方、(特に現行制度の欠陥、改善に対する提案)などを明らかにしてきたが、本稿の目的である就労を受入れる企業そのものが、雇用を実現し、促進する上でどのような取り組みをしたのかを、昭和30年代初めから今日までについて各種統計資料によってまず概覧し、本質的と思われる課題を抽出してみることにしたい。
そこで企業の雇用努力の跡を(注)、中小企業、大企業に分けて、可能な限り雇用についての本質的要因をメルクマークに選んで確認することからはじめる 〔ここで特に「中小企業」と「大企業」とを分けて雇用を考える所似は、障害者雇用に対する企業側の対応(姿勢)、雇用行政が採る諸施策に対する反応の違い―特に助成・報奨;罰則・企業名公表に対しての中小企業と大企業の反応の相違、雇用促進の施策隔差―が明確に異り、全てを「企業」として同質的に扱うことが著しく不合理であることによる。〕
(注)
昭和63年10月に調査された「身体障害者等雇用実態調査結果の概要」によると最近の雇用現場で以下で見られるさまざまの雇用努力の結果が就労する障害者に対してどのような配慮としてあらわれているかが知れる。
配慮事項 | 具体的配慮事項 | ||
作業遂行を容易に又は安全にするための措置 | 100.0 | 作業工程の単純化 | 32.1 |
作業環境の改善 | 30.0 | ||
作業機械装置の改善 | 8.3 | ||
作業補助具治工具の改善 | 6.9 | ||
高能率、高性能の機器の導入 | 5.1 | ||
その他 | 17.6 | ||
職場での生活を容易にするための措置 | 100.0 | 障害者用トイレの設置 | 25.0 |
玄関・階段等のスロープ化 | 17.1 | ||
点字ブロックの設置 | 2.8 | ||
その他 | 55.1 | ||
専任の指導員や相談員等の配置 | 100.0 | 職業生活に関する職員の配置 | 44.4 |
教育訓練担当者の配置 | 25.1 | ||
手話通訳担当者の配置、委嘱 | 9.3 | ||
その他 | 21.1 | ||
通勤を容易にするための措置 | 100.0 | 通勤用自動車のための駐車場の確保 | 37.0 |
時差通勤の配置 | 20.4 | ||
送迎バスの手配 | 19.7 | ||
通勤に便利な住宅の確保 | 11.5 | ||
その他 | 11.2 | ||
福利厚生施設の配置・改善 | 100.0 | 住宅の設置・改善 | 45.0 |
住宅の確保・施設設備の改善 | 21.8 | ||
レクリエーション施設設備の改善 | 8.0 | ||
その他 | 25.1 | ||
健康管理のための措置 | 100.0 | 労働時間上の配慮 | 47.5 |
休憩の配慮 | 26.1 | ||
医師(含嘱託医)看護婦の設置 | 15.4 | ||
その他 | 10.9 |
(注) 具体的配慮事項は重複して回答しているが、回答延べ数の合計を100としている。
計 | 配置している | 配置していない | |||||
職長、班長等の現場責任者 | 教育担当者、指導員 | 特定の先輩、同僚 | その他 | ||||
指導者等の配置 |
100.0
|
6.8 (100.0) |
(57.8) | (12.9) | (12.1) | (7.1) | 93.2 |
配慮事項 | 具体的配慮事項 | ||
作業遂行を容易に又は安全にするための措置 | 100.0 | 作業工程の単純化 | 57.1 |
作業環境の改善 | 24.6 | ||
作業用機械装置の改善 | 6.7 | ||
その他 | 11.6 | ||
通勤を容易にするための措置 | 100.0 | 送迎バスの手配 | 44.0 |
時差通勤の配慮 | 10.9 | ||
通勤に便利な住宅の確保 | 7.7 | ||
その他 | 37.5 | ||
福利厚生施設の配置・改善 | 100.0 | 休憩室の設置・改善 | 52.0 |
レクリエーション施設設備の改善 | 5.2 | ||
その他 | 42.8 | ||
健康管理のための措置 | 100.0 | 労働時間上の配慮 | 50.1 |
休暇の配慮 | 27.5 | ||
その他 | 22.4 |
(注) 具体的配慮事項は重複して回答しているが、回答延べ数の合計を100としている。
図―1 採用後身体障害者に対する受障時点の措置
(注)「受障時点の措置」は重複回答である。
図―2 採用後身体障害者に対する職場復帰時点の措置
(注)「職場復帰時点の措置」は重複回答である。
図―3 特定の指導員による指導内容
(注)指導内容については重複回答である。
図―4 身体障害者の採用にあたって重視する事項
(注)重視する事項については、重複回答である。
図―5 精神薄弱者の雇用継続のための条件整備内容
(注)条件整備の内容については、重複回答である。
図―6 精神薄弱者の採用にあたって重視する事項
(注)重視する事項については、重複回答である。
〈中小企業と雇用努力〉
障害者雇用が社会的関心を持たれず、制度的整序もなされる以前から、中小企業では少なからぬ数の事業所で障害者の雇用が行われていた。いくつかの雇用動機にもとづく当時の雇用に認められた雇用の類型は法規や財務支援などの整備が十分でないために、むしろそこには純粋な企業の自主的雇用の在り方がうかがえる。即ち、いくつかの分類可能な共通の雇用動機があり、障害者の雇用決定にあたっては、まず経営そのものの維持、成長を粗害しない範囲の人数(健常者との構成化を考慮し、障害の種類、程度、教育・指導の実効範囲内での吸収)に限定されたのである。事業主にとっては、障害者に働く場を提供できる、という倫理的満足感以上に他からの支援が全く期待できない当時のような初期段階では、なによりも自己努力で障害者が就労する事業体そのものの維持・発展を計ることが重視されたものであった。
このような時期に企業のとった努力は就労する障害者の人間関係管理と専門技術指導に関してであった。前出(注)の表1で知れる職業生活に関する専門指導員の配置、教育訓練担当者の配置、さらに手話通訳担当者の配置などの原型的努力が企業のみの負担で行われていた。この事は逆に言うと、こうした努力範囲(経常的費用負担)で、障害を作業の場で意識しない(障害)程度の範囲に障害者雇用の限界を置いたことになる。そして、この限界の克服に行政のとった施策のひとつが財務的支援(融資→助成)であったことは周知の事柄である。これに対する企業の反応は、人的、人間関係的支援の限界を、利用できる資金で打破することを試みはじめたことに見られる。最も一般的な対応としては、障害を生産の場で意識しないですむ設備・機械の改善、特殊化であって、初期設備投資に対する財務支援(例えば昭和48年4月の「モデル工場融資」)を受けて、企業は障害者が従事する生産ラインを障害のハンディキャップを意識しないで扱える作業工程に改善して、今までの生産技術レベルでは雇用対象の限界を超えていた一層重度の障害程度でも受け入れ可能な環境を作る努力をはじめた。この努力はやがて単に生産ラインだけにとどまらず、障害者が職場での生活を容易・快適にする諸施設の改善、交通手段など広くに及んだ。その限り、就労施設の質的向上が実現され好ましい努力には違いないが、これらに要する設備投資はそれが本来目的するはずの効率・合理化を実現するものとはこの場合異なる目的であるため、投資によって障害者就労に関連するコスト負担が一層増大し、やがて企業努力に対して深刻な影響を及ぼしはじめる。障害者を雇用することによって、健常者のみが就労する場合と比較して増分として生じるコスト(伝統的なコストと失われた利益=機会原価→“障害者コスト”)の明確な意識と吸収努力とこうした状況下での本来的雇用限界の克服こそが、中小企業における障害者雇用の本質的課題であろう。現在、より複雑さを増した経営環境を前程に、ふたつの方向が解決のために模索されている。そのひとつは、内部的解決と言うべき企業内部の障害者就労状況を観察し、職務分析の見直しによる雇用機会再構築への努力である。特に障害の高度・複雑化、高齢化、さらに現場一般に見られる情報技術の発達=一般化(例えばME機器の開発)を条件として障害者の能力を十分評価測定して、適正な職務評価を行い適正配置を考える等々、言わば初期努力(前出)の再評価によって雇用の質と量とを改善しようとする方向である。
他のひとつは、外部的(形態改革)解決とでも言うべき雇用創出の新たな形態の出現である。わが国ではいまだ第三セクター方式、特例子会社などの形態しか実際に機能していないが、いかにして大組織、大企業の安定性を障害者雇用に苦心する中小企業に利用するかは、現在の制度で見られるような単に資本拠出(出資)・人員派遣のみならず、例えば、障害者を雇用する中小企業に営業面で協力したり(大量安定発注による売上維持)、生産協力、資材の安価安定供給など制度化によって、援助する大企業にもそれほどの負担をかけることなく著しい支援効果を中小雇用企業にもたらすことが出来るのである。事業主の意思が障害者雇用に直接、速やかに反映する、という組織特性をもつ中小企業に対して一層弾力的な行政支援と経営プロパーからの、限界克服についての専門的研究が今こそ望まれる所似である。
〈大企業と雇用努力〉
「国連・障害者の十年」によって障害者に対するさまざまな取り組み、意識啓発が世界的規模で実行されても、特にわが国では、数年前に経験した未曾有の好景気、労働力不足の時期を経てさえも、大企業の障害者雇用は一向に進まない。(表―4)
平成2年 | 昭和63年 | 改善割合 | |
実雇用率 | 1.32 | 1.32 | 0 |
雇用率未達成企業割合 | 47.8 | 48.4 | 0.6 |
本来、企業トップの人間としての個性・人間性(障害者の雇用に対する)の発現に馴染まない、その計画され、管理の徹底した純粋な資本の機能化組織たる大企業の場では、例えば障害者雇用を強制する法規制や社会的合意がないとすれば、自発的に自己の組織に障害者を迎え入れることなど、極くわずかな例外を除いて(例外が生じるオーナー経営者などの雇用動機については 略)あることではない。障害者の雇用を、毎年少なからぬ人数で採用する新卒と同じ対応で考慮することなどがあり得ない雇用姿勢に端的に見られるように、その雇用・採用を積極的、人事レベルで考慮することに代えて、どのようにその代替案として、例えばコスト負担のみで回避するか(納付金の拠出)、さらに罰則が強化されると(社名公表、社会的制裁)、自らの雇用努力を自社での本来的雇用への努力よりも、その有利な資本力、業務的利点(市場制御力)を生かして「基準」(雇用率)の最低レベルでの達成を制度の許容範囲いっぱいで実現しようとする方向(第三セクター方式に対する出資などの協力、特例子会社利用の雇用率拡大適合)を基本的対応の方向性と考えることにより規制をかわそうとする。それはまずコスト負担という経済的犠牲で「心」の問題(障害者雇用に伴う多角的な定性的問題)から逃れようとする姿勢であり、社会の雇用に対する理念・思想がそれを赦さないレベルに至ると、自らの組織を温存した上で出先の新組織を設置して(あるいは設置に協力して)、「基準」に、作られた実質(特例子会社等の「みなす」規定)で適合させようとする。大企業の組織こそ、出先での雇用対応でなくその胎内で現在その維持に困難を強いられている保護雇用(授産施設、福祉工場、重度多数雇用事業所)を定着させる余地と能力が十分あるはずであるし、そうした本質的努力を制度が強いて良い受け皿であろう。
こうして見る限り、大企業の障害者雇用に対する基本姿勢は法規制(基礎)をかわす努力でしかあり得ない。自発的に障害者をその組織内に迎え入れるという積極的取り組みは本来期待すべくもないのである。過去にも、雇用促進に関して、コスト負担、資金支援、意識啓蒙(障害者を社会のメインストリームに迎え入れるという)などのモチベーションには全くと言って良いほど反応しないことがその証左であり、今後、組織の責任者(経営トップ)が最も敏感に反応する社会的制裁=自社の社名公表が今以上に真に公正さと厳格さ(例えば実際に企業名を公表されたのは平成4年3月になって4社、しかも社会的にインパクトの少ないそれほど知名度もない企業のみである。大企業の雇用実態を知る者にとって、例えば一部上場の著名企業の多くが、格別の雇用努力もせずに「公表ライン」にあることは広く知られている事実であって、今回の公表はその遅さ以外にも腑に落ちない内容のものである。)を備えたものとして実施されるまでは、雇用姿勢の改善は期待出来るものではない。また、つけ加えたいことは、働く者の立場を代表する大企業の労働組合指導者も障害者の雇用に組織人として積極的に対応すべきである。筆者はいまだかって、その立場にある人が自社への障害者の就労・雇用に関して社会をリードするような発言をし、行動をとった事実を目にし、聞いた経験を持たない。
* * *
大企業の雇用への取り組みはその組織の本性からそれほど期待できるものではないだけに、法基準の設定による制度的強制指導が何よりも求められる。もちろん、特例子会社の設立、第三セクター企業に対する協力という雇用領域の拡大にはそれなりに多くの努力を大企業の実務担当者レベルでは払ったはずであるし、それが行政指導の結果を受けてようやく実現したものとは言え、そのことが雇用機会の拡大と質の向上をもたらしたことは大いに評価出来る。繰り返して言わねばならぬのは、大企業の障害者雇用に対する本質的姿勢を理解することの必要についてである。雇用を実現する余裕も、能力も、その他全ての要因で中小企業に優りながら、規制、制度がないとすれば自らは決して積極的な雇用の道を探ろうとしない今後に残された潜在的な雇用領域として、その経営の本質を見極めた上での見直しと雇用機会の開発こそが「関連・障害者の十年」が終了した後「さらなる10年」(中央心身障害者対策協議会)を考える上でまっ先にとりあげるべき課題であろう。
この項の最後に、障害者を労働力として受け入れる企業が将来の雇用を量・質ともに発展的に可能にするために考えねばならぬ経営的課題について検討しておきたい。就労の実態を定量的に理解する方法の問題(コスト実態の把握)、障害者の雇用と就労実績の社会的・経営的評価(雇用実績評価の提言)について、さらに一言した障害者と社会活動に関わる考え方の整理(理念区分)の3つを特にここでは見ておくことにする。
(イ) 障害者の就労によって(健常者のみが稼働した状況と比較して)生じるコスト(障害者コスト…筆者)の実態を解明する必要性について
かつて、コスト意識と言えないほど素朴なこうした意識・原型は、“障害者に支払う労務費が一般の賃金水準に比べて低いのであるから低能率は許容出来る”という考え方であった。最近でも、「助成」を過大評価して、この原型の域から一歩も出ていないコスト感が認められる。自社の経営実態、障害者の雇用類型を十分把握、分析して、現状でのその発生が多方面にわたる「障害者コスト」の定量的把握は、障害の多重化、障害者の老齢化、各種特殊化した障害者向け設備投資、さらに教育介護要員の増加などでますます困難になりつつあるが、障害者雇用の経営的限界、雇用企業の健全な維持、成長のためにはぜひとも経営者が意識しなければ済まされない問題であろう。幸い、コスト把握の技術は情報技術・機器の急速な進歩によって、実践しようとする意思さえあればそれほどの困難を伴わずに可能である。要はこのことの必要性を意識し、取り組もうとする意思と行動の有無であろう。
(ロ) 障害者雇用実績の多角的評価が必要であること
障害者を雇用した企業が、「雇用」によってどのような変化を経営内容(収益力、支払能力、成長性などの基本的要因に対して)に受けたか、また、個々の障害者自身にどのような経済的満足度を与えることが出来たかなどを評価する方法、さらに社会的視野から障害者の定着率、雇用の伸長率などが測定できるなら、雇用する企業、就労する障害者、行政の三者にとって理想的な雇用に近づく手段になる。従来から、「評価」に関しては障害者の職業評価の考え方がEMMシステム(エルトミス法)などで個人としての能力評価に限られている。ここで言う評価は雇用を前提にした次のような包括的、多角的評価の必要性と方法についてである。「障害者雇用企業の評価とは、①雇用の安定性、伸長率、被雇用者への経済的分配率(給付率)を確認する社会的評価機能と、②企業自体が障害者の雇用によって、収益性、財務健全性など、基本的経営要因が損なわれることがないか否かを確認する個別的業績評価機能を共に満たすものでなくてはならない。この“企業評価”の考え方は、単に政策効果をあげるために、助成・融資などの対象企業を選別する、という目的だけでなく、企業自体にとっても障害者雇用による、主に財務内容の悪化、改善の可能性、雇用実績、社会貢献度の判定などにも利用し得るものであって、営利企業における障害者雇用の、むしろ前提にさえなるものであろう。つまり、社会的レベルにおける雇用評価は、企業の雇用実績を報告する、という本来の機能以外に(単に法定雇用率との実雇用率対比などという形式的判断のみでなく)、その評価実績をもとに、国、地方自治体などの助成が行われるという意味で効果的助成ターゲットの確定に結びつくならば、それは真に効率的助成が実現できるばかりか、まさに継続的、発展的な障害者雇用企業の実現にも役立つであろう。また、企業レベルでの評価は、障害者雇用が、本来その企業がもっている収益力、生産性、財務安定性にどのように影響するかが確認できるものであって、それによってすでに触れたように雇用の許容限界を客観的に知ることが可能となり、現行の法定雇用率の達成如何について企業独自の雇用拡大・縮小の経営判断が可能となる」(なお、評価基準の具体的構造と適用については前掲拙稿に詳しい)。
(ハ) 障害者雇用の理念・思想の特殊性と限界
既に本稿のはじめの部分で議論したように、社会一般に障害者を迎え入れ、社会生活を送る上で障害を意識させないよう、受け入れる上での理念の共有化、一般化が現代の社会で必要なこと、当たり前であることは言うまでもない。このことをノーマライゼーションと呼ぶことに誰も異を唱えることはないであろう。しかし、企業の場へ障害者が参加(雇用される)する場合、障害の程度、内容が就労によって悪化したり、雇用する企業の側が維持、成長にリスクを生じたり、さらに現制度のさまざまな行政支援さえもが無駄になる雇用は、雇用の公道ではない。企業の科学的根拠にもとづく障害を意識させない就労環境を作るための努力、障害者の働くことに対する意思と障害を働く場で克服しようとする努力、さらにこのような意思と努力(企業、障害者の)を支援する行政の効果が機能し得るような就労環境にしか健全、発展的な障害者の就労機会はあり得ないのである。何にでもノーマライゼーションの思想が万能薬のように通用する思想であると考えようとする傾向は、むしろ「国連・障害者の十年」の歓迎されざる副産物のように思えてならない。敢えて言うなら、“社会的な無差別と雇用の差別化”を条件として、今までに指摘した雇用の限界を企業、障害者、行政が一体となってとり除く努力はむしろ今後の課題であろう。
障害者の雇用を規制する要因は、雇用についての理念、企業の障害者雇用に取り組む姿勢と努力、行政(制度)の対応、であることに異論はないであろう。これら、いわゆる、障害者雇用のファンダメンタルズの変遷と、そこで認められる本質的課題の解明が、障害者の雇用を「経営(学)的に考える」前提として不可欠である。初めに一言した如く、本稿ではこの点の分析は別の機会に譲り、それら基本要因の変遷の内で経営・企業が雇用に関して早急に解決すべき課題について指摘することのみを、主な目的とした。
文献 略
*静岡県立大学教授 経営学博士
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年6月(第76号)8頁~15頁