特集/リハビリテーション工学 障害者用自動車運転補助装置

特集/リハビリテーション工学

障害者用自動車運転補助装置

遠藤光二 *

1.はじめに

 身体障害者福祉法第4条で定める身体障害者手帳を有する障害者であっても、各都道府県警察の運転適性相談窓口の審査の過程で、自動車の運転ができると判断された者は健常者と同じ免許条件となり普通の自動車を運転することとなる。

 しかし、身体障害者のうち自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある四肢、または体肢の障害がある者は、その者の身体の障害の状態に応じた「補助手段」を講ずることが運転の条件になる。この補助手段には、①自動車の一部分の交換あるいは改造ないしは特殊な装置を自動車に取り付ける方法、②運転者の体に特殊な装具を装着する方法、③上記①と②の併用がある。この課題である障害者用自動車運転補助装置(以下「補助装置」という。)とは①に該当し、運転座席と特殊な装置のことである。

 また、障害者用の改造車・特殊自動車等の呼びかたは、市販されている車に障害者用の補助装置を取り付けた自動車の通称であり、手動装置・特殊装置等の呼称も補助手段として取り付ける一部装置の仮称である。ここではこの補助装置について述べる。

注)補助装置を取り付けた車でも健常者が運転することができる。

2.補助装置の分類

 現在市販されている代表的な補助装置を障害部位別に分けて述べる。

(1) 身体障害者用運転座席 (図1)

 下肢、または休幹に障害があると、運転中の体幹バランスとハンドルなどの主装置の操作性が安定しない。その結果、特に曲進走行場面で「速度の選択」あるいは「走行位置」が不安定となる。この解決を目的にわが国で初めて障害者用運転座席が開発された。この座席の大きな特徴は障害者の自動車運転における健康・安全・快適性を補完する次の機能を持っている。

  •  ① 車椅子と運転席間の移乗性の向上
  •  ② 体幹保持機能(ホールド性)の向上
  •  ③ 操作性の向上
  •  ④ 褥瘡予防対策
  •  ⑤ 失禁対策

図1 身体障害者用運転座席

通常座席での健常者の運転姿勢

図1 身体障害者用運転座席 通常座席での健常者の運転姿勢

通常座席での脊損者の運転姿勢

図1 身体障害者用運転座席 通常座席での脊損者の運転姿勢

身体障害者用座席での脊損者の運転姿勢

図1 身体障害者用運転座席 身体障害者用座席での脊損者の運転姿勢

(2) 手動装置

 両下肢に障害があり既存のアクセル・ペダルとブレーキ・ペダルを直接操作することができない場合、片上肢で当該装置を操作し間接的にアクセル・ペダルとブレーキ・ペダルの操作をする補助装置である。この補助装置にはコラムタイプとフロアタイプの二つの型がある。

 1) コラムタイプ(図2)

 ハンドルポストに当装置の支点となる取り付け金具を設置する。この支点から運転席左斜め前に手動レバーを設けている。

 この装置の特徴は、運転席の足元がそのままの広さで活用できる。その反面、運転姿勢の影響で下肢とハンドルまたはハンドルポスト部の取り付け金具との安全距離が保てないか、接触することもある。そのため衝突時の直線打撃力による外傷のおそれがある。

 また、操作部には自動二輪車のそれと同様の物が使われているため、手掌部の寸法と運動機能によっては操作性に注意する必要がある。

図2 コラムタイプ

r図2 コラムタイプ
2)フロアタイプ(図3)

 運転席足元の左側に、この装置の支点となる取り付け金具を設置する。ここを支点に手動レバーを運転席左斜め前に直立するように設けている。

 この装置の特徴は、運転中の姿勢制御を補完する機能がある。その反面、運動麻痺、または感覚麻痺が伴う場合、左下肢が当該装置に触れるおそれがあり、これによる外傷のおそれがある。

図3 フロアタイプ

r図3 フロアタイプ

(3) 旋回装置

 上肢に障害がありハンドルの保持と操作が確実にできない場合、安全性と操作性を補う目的に使用する補助装置である。

<旋回装置の型式>(図4)(略)

  • A つづみ型グリップ
  •   手掌部に問題のない者が使用
  • B ノブ型グリップ
  •   手掌部に問題のない者が使用
  •   フォークリフト(倉庫等の狭い場所で使われる作業車)用のグリップと同様物である。
  • C 横棒型グリップ
  •   手掌部の変形または握力不足の場合に使用
  • D 縦棒型グリップ
  •   手掌部の変形または握力不足の場合に使用
  • E U字型グリップ
  •   CDとFの中間で棒型では円滑な操作ができない場合に使用
  • F 手掌型グリップ
  •   Eより握力が不足する場合に使用

図4(写真) 旋回装置の型式(略)

(4) 左足用アクセル・ペダル(図5)

 既存のアクセル・ペダルは右下肢で操作すべく設置されている。右下肢に障害があり既存のペダルが使えない場合、別に左足用のアクセル・ペダルを増設する、その結果、左右一対のアクセル・ペダルが付くこととなるが、ワンタッチ切り替え式により一方のペダルを使用中は、反対側のペダルは不作動状態となるべく安全措置が施されている。

図5 左足用アクセル・ペダル

切り替えボタンを引いた場合

図5 左足用アクセル・ペダル 切り替えボタンを引いた場合

切り替えボタンを押した場合

図5 左足用アクセル・ペダル 切り替えボタンを押した場合

(5) 左方向指示器

 既存の方向指示器は右上肢で操作すべくハンドルの右側に設けられている。右上肢に障害がありこの装置を使えない場合、左上肢操作用としてハンドルの左側に当該装置を増設することとなる。

(6) 足動装置 (図6)

 両上肢に障害があり、ハンドル操作ができない場合、両下肢を用いて運転操作を可能としたのが「両上肢障害者用運転補助装置」である。この装置は運転席の足元左側に設けられたステアリングペダルを、左足で自転車のペダル操作のように回すことによってハンドル操作とするシステムである。

 この装置の原型はドイツのE.フランツ氏が開発し、ブラウン・ボベリー社が制作しているフランツ・システムにある。わが国では本田技研工業のみが「ホンダ・フランツ・システム」と称してこの装置を提供している。

図6 足動装置

図6 足動装置

名称
ステアリングペダル
ステアリングボックス
ガイドレール
ブレーキロックボタン
足用セレクトレバー
教習用補助ブレーキ
右足用コンビネーションスイッチ
足用ディマースイッチ
足用サイドブレーキレバー
10 足用ホーンスイッチ
11 足用ウォシャスイッチ
12 足用ドアレバー

 

3.補助装置の問題点

 補助装置を製造販売別にみると、トヨタ自動車㈱、㈱鈴鹿サーキットランド・テックプロダクション(ホンダ系)の自動車メーカーなどが自社製造車両用に開発した装置と各自動車メーカーの車種に取り付けるべく㈱ニッシン自動車工場、㈱フジコンジャパン、(資)水野工芸社が製造販売している汎用装置とに分かれる。ここでは平成元年度の厚生科学調査研究の資料を元に運転座席と両下肢障害者用の手動装置を中心に述べる。

(1) 運転座席(表1・2)

 本来運転席は成人男子の人体寸法などを基準に開発されている。そのため下肢障害者の運転姿勢の安定度は劣り、多くの運転者は「座席に体を合わせる」のが普通の状態と思っていた。

 不具合な箇所はサイド部41.9%(103名)、H/P横は21.1%(52名)に達し、この2ヵ所で全体の63%(155名)を占めている。また、ホールド性は、やや悪い、悪い、非常に悪いの3つの項目で約半数の51.5%(103名)を占め、やや良い、良い、非常に良いの項目では10.5%(21名)と少ない。

表1 運転席の不具合な個所と件数
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
メイン部 2( 4.1)     1( 3.2) 2( 5.6) 2( 2.8)     7( 2.8)
サイド部 22(44.9) 7(50.0) 3(50.0) 11(35.5) 18(50.0) 25(34.7) 3(21.4) 14(58.3) 103(41.9)
ショルダー部 2( 4.1)     1( 3.2) 1( 2.8) 2( 2.8)     6( 2.4)
腰椎部 4( 8.2) 2(14.3)   2( 6.5) 2( 5.6) 4( 5.6)     14( 5.7)
ペルビス 4( 8.2) 2(14.3) 1(16.7) 3( 9.7) 2( 5.6) 9(12.5) 4(28.6) 1( 4.2) 26(10.6)
座骨部 4( 8.2) 2(14.3) 1(16.7) 3( 9.7) 2( 5.6) 9(12.5) 4(28.6) 1( 4.2) 26(10.6)
H/P横 7(14.3) 1( 7.1) 1(16.7) 8(25.8) 7(19.4) 17(23.6) 3(21.4) 8(33.3) 52(21.1)
大腿部 2( 4.1)     1( 3.2) 1( 2.8) 2( 2.8)     6( 2.4)
クッション前縁 2( 4.1)     1( 3.2) 1( 2.8) 2( 2.8)     6( 2.4)

49(100) 14(100) 6(100) 31(100) 36(100) 72(100) 14(100) 24(100) 246(100)

 注)なお、兵庫、神奈川、新潟、岩手の4地区に各1名ずつ調査できなかった者がいた。したがって実調査人数は196名となる。

表2 運転席のホールド性
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
非常に悪い 2( 6.7)     1( 5.3) 3( 9.4) 4( 8.9)   2( 8.3) 12( 6.0)
悪い 4(13.3) 1( 7.1) 1(10.0) 5(26.3) 3( 9.4) 15(33.3) 2( 7.7) 6(25.0) 37(18.5)
やや悪い 16(53.3) 6(42.8) 3(30.0) 4(21.1) 11(34.3) 6(13.3) 2( 7.7) 6(25.0) 54(27.0)
どちらともいえない 5(16.7) 7(50.0) 5(50.0) 9(47.4) 6(18.8) 12(26.7) 21(80.8) 7(29.2) 72(36.0)
やや良い 2( 6.7)       4(12.5) 5(11.1)   1( 4.2) 12( 6.0)
良い         4(12.5) 2( 4.4) 1( 3.8) 1( 4.2) 8( 4.0)
非常に良い         1( 3.1)       1( 0.5)
調査できず 1( 3.3)   1(10.0)     1( 2.2)   1( 4.2) 4( 2.0)

30(100) 14(100) 10(100) 19(100) 32(100) 45(100) 26(100) 24(100) 200(100)

(2) 手動装置 (表3・4)

 現在、国内で製造販売されている装置を大別するとそれぞれ4種類のコラムタイプとフロアタイプが5社から提供され強度などの安全基準は満たしている。しかし、障害者が実際に使用する動的場面でみると操作性と安全性に問題がみられた。

 この原因は、①使用者(障害者)によるフィールドテストが行われていないこと。②装置の選択をする際、①に関連するが障害内容に必要な資料が存在しないこと。③補助装置に係わる知識が製造販売者・指導者・使用者の間で偏頗な関係となっていることなどが考えられる。

表3 手動装置 

3―1 手動装置の取り付けの有無
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
手動装置あり 26(86.7) 14(100) 7(70.0) 17(89.5) 26(81.3) 40(88.9) 25(96.2) 22(91.7) 177(88.5)
手動装置なし 4(13.3)   3(30.0) 2(10.5) 6(18.7) 5(11.1) 1( 3.8) 2( 8.3) 23(11.5)
30(100) 14(100) 10(100) 19(100) 32(100) 45(100) 24(100) 24(100) 200(100)

3―2 手動装置のブレーキの操作性
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
良好 22(34.6) 14(100) 6(85.7) 14(82.4) 26(100) 36(90.0) 25(100) 20(90.9) 163(92.1)
不良 3(11.5)   1(14.3) 3(17.6)   3( 7.5)   2(9.1) 12( 6.3)
調査できず 1( 3.8)         1( 2.5)     2( 1.1)

26(100) 14(100) 7(100) 17(100) 26(100) 40(100) 25(100) 22(100) 177(100)

3―3 手動装置のアクセルの操作性
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
良好 22(34.6) 13(92.9) 6(85.7) 15(88.2) 25(96.1) 37(92.5) 25(100) 17(77.3) 160(90.4)
不良 3(11.5) 1( 7.1) 1(14.3) 2(11.8) 1( 3.9) 2( 5.0)   5(22.7) 15( 8.5)
調査できず 1( 3.8)         1( 2.5)     2( 1.1)

26(100) 14(100) 7(100) 17(100) 26(100) 40(100) 25(100) 22(100) 177(100)

3―4 手動装置の補機の操作性
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
良好 14(53.8) 5(35.7) 3(42.9) 5(29.4) 11(42.3) 23(57.5) 25(100) 16(72.7) 102(57.6)
不良 11(42.3) 9(64.3) 4(57.1) 12(70.6) 15(57.7) 16(40.0)   6(27.3) 73(41.2)
調査できず 1( 3.8)         1( 2.5)     2( 1.1)

26(100) 14(100) 7(100) 17(100) 26(100) 40(100) 25(100) 22(100) 177(100)

表4 手動装置と左足用アクセルペダルの保守管理
  兵庫 愛知 神奈川 東京 埼玉 新潟 宮城 岩手
良好な車の台数 8(26.7) 2(14.3) 1(10.0) 4(21.0) 17(53.1) 22(48.9) 9(34.6) 9(37.5) 72(100)
不良な車の台数 20(66.7) 11(78.6) 7(70.0) 14(73.7) 13(40.6) 19(42.2) 16(61.5) 13(54.2) 113(100)
調査できず 2( 6.6) 1( 7.1) 2(20.0) 1( 5.3) 2( 6.3) 4( 8.9) 1( 3.8) 2( 8.3) 15(100)

30(100) 14(100) 10(100) 19(100) 32(100) 45(100) 26(100) 24(100) 200(100)

4.おわりに

 自動車は健常者を基準に開発されているため多くの運転者は何の痛痒もなく使用できる。

 しかし、車を曲げる、止めるという基本的な運動能力に問題がある「運転者」は車選びが残存機能を補う第一歩となる。ところが、車のカタログには操舵力、踏力あるいは運転姿勢の確保に必要なハンドルや運転席の可変量等は記載されていない。また、補助装置についても障害内容からみた選択と評価に係わる情報もないのが現状である。

 これらの解決には、全米自動車連盟(American Automobile Association)の活動の一部が参考になるものと思われる。それは、AAA交通安全部、ゼネラルモーター社などの大手自動車会社、傷病軍人局、リハビリテーション工学振興会などの行政・企業が連携して行う「障害を有する運転者の移動に係わるガイド」(The Handicapped Drivers Mobility Guide)であろう。しかしながら、当センターの事例でみると、障害者・高齢者の自動車運転に関わるハンドブックの出版に当たり、自動車会社のお客様相談センター(室)に前述のハンドル・ブレーキなどの趣旨説明を行い資料提供を求めた。その結果、情報公開は消費者に必要と理解を示すところ、門前払いに等しいところに分かれるのが現状である。

 わが国の障害者用自動車の歴史は浅い。だが、社会環境の影響あるいは運転免許保有者の高齢化、交通事故の増加などから障害を有する運転者は確実に増加している。また、「障害者対策に関する新長期計画」が推進される現在、障害者のことのみならず高齢者のことも併せた移動の自由に関わる総合的・系統的対策は必要と考える。このような背景の下で一訓練部門にすぎない当訓練室は極めて微弱な組織で限界もあるが、わずかながら社会に貢献している内容について報告し終わりとする。

(1)補助装置の総合カタログの配布

 関係機関の協力を得て、都道府県の警察で行う適性相談段階と福祉事務所等において初歩的な情報が提供できるように作成し配布した。

(2)手動装置の開発

 当センターの訓練生と関連機関の協力を得て、操作性と走行安定性の向上を目的に体幹バランスを補う機能を付加した装置の試作に成功した。

(3)身体障害者用運転座席の開発

 当センターの訓練生と関連機関の協力を得て、目的を明確にした運転座席の試作に成功した。(2(1)参照)

*国立身体障害者リハビリテーションセンター職能部


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年9月(第77号)24頁~29頁

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