特集/障害の定義 精神障害者の福祉施策研究会中間まとめ

特集/障害の定義

精神障害者の福祉施策研究会中間まとめ

精神障害者の福祉施策研究会

 「精神障害者の福祉施策研究会(座長 板山賢治)」では、精神障害者に対する福祉施策の具体的な内容やその展開にあたっての地方自治体の役割などを検討するとともに、精神障害者の概念をどう考えるか、また、医療・社会復帰・社会福祉の三種のアプローチは精神疾患・障害の構造の中のどの部分を対象としたものであるのかなど、理論的、原理的問題を提起している。障害の概念、定義が政策論の基礎として生かされている報告といえる。紙幅の都合で、同研究会の了解を得て本特集テーマにとくに関係する部分のみ紹介することにした。

 なお、最終的な「中間まとめ」は、さらに表現上の修正がなされる可能性があることをおふくみおき願いたい。

(編集担当 佐藤)

1.はじめに

 平成5年12月、心身障害者基本法が改正され、『障害者基本法』が成立した。基本法の目的規定や基本理念の規定では、障害者の自立と社会参加の促進が高らかにうたわれ、国、都道府県、市町村が障害者計画を策定することとされた。とりわけ、障害者の定義においては、精神障害者が身体障害者や精神薄弱者と並んで規定され、精神障害者が基本法の対象として明確に位置付けられた。

 昭和25年に制定された「精神衛生法」は、昭和62年に「精神保健法」に改正され、法の目的に「社会復帰の促進」が加えられるとともに、社会復帰施設の制度が創設された。また、同改正の見直し規定に基づいて、平成5年6月に再度改正が行われ、グループホームの法定化や社会復帰促進センターの設置などにより、「精神病院から社会復帰施設へ」という流れをさらに進めて「社会復帰施設から地域社会へ」という新しい流れを形成するという前進をみた。こうして、精神保健法の社会復帰対策は、「医療及び保護」と並んで、同法の2つの主要な柱のうちの1つとして位置付けられた。

 しかしながら、精神障害者の生活を支えるために不可欠とされる「福祉施策」は、必ずしも明確な位置付けを与えられておらず、障害者基本法が成立したことを機に、福祉施策の法的位置付けと、施策の推進について、検討する必要性が高まってきた。

 そしてこの流れを受けて平成6年8月10日、公衆衛生審議会は、「当面の精神保健対策について」の意見書において、「このような施策の流れは未だ緒についたばかりであり、精神障害者に対する社会的偏見が除去され、精神障害者が社会の様々な分野に参加する真のノーマライゼーションを実現するためには、なお多くの課題が残されている。特に、最終的に就労をめざすという視点からの社会復帰対策のみでなく、地域の中での生活を支援していく視点からのいわゆる「福祉対策」については、その歴史が浅いこと等の理由から他の障害者施策に比べて十分でないという指摘がある。このため、精神障害者に対する『福祉対策』については、さらに専門的観点から研究を行う必要がある」と指摘している。

 本研究会は、このような公衆衛生審議会における審議を踏まえ、精神障害者の福祉施策についての検討を行うものであり、本報告は、この研究会の中間的なまとめである。

2.福祉の理念

 社会福祉の概念については、様々な表現がなされているが、一般には障害、老齢、母子家庭など、日常生活を営む上での困難、不利(ハンディキャップ)を有する者に対し、様々な給付やサービスを提供することにより、その困難、支障を軽減克服することを助け、自立と社会参加の実現を支援することとしてとらえている。

 精神障害者についても、主要には、精神疾患の結果、能力低下(ディスアビリティ)があり、社会生活を営む上でのハンディキャップがあることに対し、それを補うための援助を行い、ノーマライゼーションの実現を図ろうとするものである。

 この場合、精神疾患の治療は医療の役割であり、ディスアビリティの軽減は保健・医療・社会福祉の相互乗入れ領域である社会復帰の役割であるのに対して、住まいの場や所得の確保、社会参加機会の提供等、直接的にハンディキャップの軽減、克服を図ろうとするところに社会福祉の特徴がある(以下、本報告では、全体から医療とここでいう社会福祉を除いたものを保健と定義する。また社会福祉は福祉とも称する)。

 なお障害者基本法では、「この法律は、・・・障害者のための施策を総合的かつ計画的に推進し、もって障害者の自立と社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動への参加を促進することを目的とする」(第1条)、「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする」(第3条第1項)、「すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする」(第3条第2項)としている。

 また、身体障害者福祉法では、「この法律は、身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するため、身体障害者を援助し、及び必要に応じて保護し、もって身体障害者の福祉の増進を図ることを目的とする」(第1条)としている。

 すなわち、福祉の法制においては、「自立生活の援助」や「社会参加の促進のための援助」がキーワードとなっている。

3.精神障害者の「福祉」の概念

(1)精神障害者の2つの概念

 精神障害者の福祉の概念を論じる前に、精神障害者の概念を論じる必要がある。

 精神保健法第3条では、「この法律で『精神障害者』とは、精神分裂病、中毒性精神病、精神薄弱、精神病質その他の精神疾患を有する者をいう」とし、精神障害者を精神疾患を有する者(mentally disordered )という医学的な概念でとらえており、近年になって「精神障害者の福祉」を目的概念に加え、グループホームの法定化により福祉の実質を取り入れたとはいえ、その施策の展開は、ほぼ保健・医療の施策の範囲にとどまっていた。

 これに対し、障害者基本法第2条では、「この法律において、『障害者』とは、身体障害、精神薄弱又は精神障害(以下「障害」と総称する)があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」と規定し、障害者を生活面(生活能力や社会生活の状態)に着目した概念でとらえている。すでに平成3年7月25日、公衆衛生審議会は、『地球精神保健対策に関する中間意見』において、「地域における精神障害者のケアと住民の心の健康づくりは、住民と精神障害者が地域においてともに生活を送るという考え方(ノーマライゼーション)に立って、相互に関連を保ちつつ実施される必要がある」と述べているが、ノーマライゼーションの理念に対応する概念がこの法によって明確化されたといえよう。すなわち、この意味における「精神障害者」(mentally disabled )が、今後展開すべき福祉対策の主要な対象範囲と考えられる。

 しかしながら、精神疾患を有する者と精神障害者の両者は、わが国でともに「精神障害者」という用語のもとでさほどの異議もなく久しく使用されてきた事実が示すように、他の障害に比べてやや異なる認識のもとにあったことに留意する必要がある。すなわち、そこには「障害」概念に対する理解の浸透の遅れという世界全体の共通傾向が最大要因であるにしても、加えて、生活面に制限のある障害者であるとはいえ、医学的管理下にあるべき疾患を有する患者でもあるという主張も無視できない。これらは、生活面に対する福祉施策の進展によって変動する可能性があるとはいえ、障害と疾病の二面性こそ精神障害者の特性とする考え方を一部基本にせざるを得ない現状の反映でもある。

 なお、精神疾患を有する者であっても、軽易な神経症の場合や、短期的な精神疾患の場合には、「精神疾患により長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」としての精神障害者には該当しない場合があることにも留意が必要である。

(2)精神保健法と精神障害者の福祉との関係

 現行の精神保健法上では、すでに述べたように精神障害者を精神疾患を有する者としてとらえており、その目的に「精神障害者の医療及び保護社会復帰の促進、並びに発生予防」がうたわれており、他方、これに対して「精神障害者」の福祉は、地域社会における現生活の維持・向上をめざして生活面の障害に着目して必要な援助を行うことである。

 精神疾患を有する者あるいは「精神障害者」について可能な限り地域の中でその生活を支えてゆくことが不動の方向となった今日、これら保健・医療と福祉が総合化されてこそ、新しい展開が実りあるものになるものである。

 すなわち、精神障害者に対しては、医療と各種の社会復帰、生活の援助、社会参加等、社会福祉施策を含む広範な施策が総合的に提供されることが必要である。

(3)「社会復帰の推進」と「生活の援助」、「社会参加の促進」との関係

 「精神障害者の社会復帰」という用語は、入院医療主体の状況のもとでは、「医療機関に入院している精神障害者が、退院して社会の中で暮らすようになること」であった。しかしながら、精神障害者の社会復帰を実現に推進すると保健・医療そのものの施策を越えて、社会的、職業的リハビリテーションとの関連が要請されることになり、次第に福祉施策としての意味合いが強まることになった。現行の社会復帰施設が、精神保健対策の一環でありながら社会福祉事業法の事業に位置づけられているのはこのような歴史的経過の反映でもある。ともあれ今日の「精神障害者」の福祉は、「障害」の概念の浸透に伴い、「生活の援助を行う」、あるいは「社会参加の促進を図る」といった観点をも越えて、ライフステージ全体に多様な施策を行うものであり、精神保健法における「社会復帰の推進」に対する従来の理解にとどまらない部分があることに注目する必要がある。

4.福祉施策の具体的内容(略)

 精神障害者の福祉施策を、住まいの確保、働く場の確保、身の回りのケア、所得保障、家族支援、地域における理解と交流の支援、総合相談窓口・障害者同士の憩いの場の確保、スポーツ・文化・芸術活動への参加の8項目に整理した。

5.精神障害者福祉の法制上の位置付けについて(略)

6.国、都道府県、市町村の役割分担、行政システムの在り方について(略)

7.精神障害者手帳制度について

 すでに述べたように障害者基本法が成立し、精神障害者が身体障害者や精神薄弱者と並んで障害者として基本法に位置付けられ、精神障害者に対しても、様々な福祉的な援助の措置を講ずることとされた。

 これまで身体障害者には身体障害者手帳が、精神薄弱者には療育手帳があり、手帳の交付を受けた者に対して、国、地方公共団体、あるいは社会貢献の一環として民間事業者が、様々な援助措置をとってきたのにあわせ、精神障害者についても同様の手帳制度を創設し、その福祉の増進を図ることが必要となっている。

8.社会復帰施設の整備の在り方と整備目標について(略)

9.マンパワーの確保(略)

10.むすび(略)


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1995年3月(第83号)29頁~31頁

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