山口薫*
わが国で現在特殊教育の対象になっている子どもは、視覚障害(盲、弱視)、聴覚障害(聾・難聴)、精神遅滞(法律用語としては精神薄弱)、肢体不自由、病弱・身体虚弱、言語障害、情緒障害(自閉症を含む)の子どもで、この中には、情緒障害に含まれている一部の登校拒否の子ども、身体虚弱の中に含まれている、風邪を引きやすい、疲れやすいといった子どもなど、障害児というべきかどうか疑問に思われる子どももいるが、全体としては心身に何らかの障害のある子どもと総称することができよう。
すなわち、わが国の特殊教育は心身障害児教育と言いかえることも可能で、事実、東京都をはじめ、特殊教育を「(心身)障害(児)教育」に変えた地方自治体も少なくなく、また、大学の教員養成課程においても、障害児教育という名称を使うところが増えてきている。
しかしながら、世界の特殊教育の動向をみると、特殊教育の対象は、心身に障害をもつ子どもだけに限定せず、心身に障害をもたなくとも特別な教育ニーズをもつ子どもを含む方向へと広がりつつあり、むしろ後者が特殊教育の対象の大部分を占めるようになってきた。
心身に障害がなくとも特別な教育ニーズをもつ子どもとして対象に加えられているものの主なものは、次の2つである。
(1) 知能優秀児
アメリカ合衆国やカナダ(およびそれらをモデルとして特殊教育を発展させてきたフィリピン、台湾など)では、通常の学校教育で与えられる学習経験を超えた内容の指導を必要とするような知能優秀児を特殊教育の対象としている。これらの国では、特殊教育を時にはEducation for Exceptional Childrenと呼ぶのも、知能優秀児が対象に含まれてるからである。
アメリカ、カナダを中心に組織されている特殊教育協議会(Council for Exceptional Children―CEC)の部門の一つにも知能優秀児が加えられているが、このように知能優秀児をExceptional(例外の)という捉え方で特殊教育の対象にすることは、特殊教育のフィロソフィー(理念)としてきわめて重要な意味をもっている。
図1に示すように知的な面で例外な子どもは、正規分布曲線の両端にみられ、一方が精神遅滞児、他方が知能優秀児であるが、両者とも同年齢の子どもの大部分に対して一斉指導を中心に行われるカリキュラムでは適切な教育を受けることができず、個々の子どもの能力・適性に応じた特別な教育が必要という意味で「例外的」と呼ばれるわけである。
図1 IQの分布
このことについては後で再び触れたい。
(2) 学習障害児、学習困難児
わが国の特殊教育の対象にまだ含まれていないもう一つの対象が、同じくアメリカ、カナダなどの学習障害(Learning Disabilities―LDと略称)、ロシアの心理発達遅滞、ドイツの学習遅滞(Lern Behinderung)、イギリスの学習困難(Learning Difficulties)等、呼び方はいろいろであるが、LDとその周辺にある学習困難な子どもたちである。LDは学習の障害で、これまでの心身障害とはニュアンスが異なるし、学習困難となると、まったく心身障害とは異なる概念である。
LD等については、わが国でも現在特殊教育の対象にどのような形で加えるべきか検討中であり、また、アメリカ、カナダとヨーロッパ、とくにイギリスの取り上げ方には大きな違いがみられるので、後でもう少し詳しく触れるつもりであるが、次節で述べるように、LD等が特殊教育の対象に加えられたことによって、特殊教育を受けている子どもの数が飛躍的に増加し、特殊教育において最大の分野に発展していることが注目される。
わが国ではⅠで述べたような子どもに対して、盲学校、聾学校、養護学校(精神遅滞、肢体不自由、病弱の3種に分かれる)、小・中学校に設置された特殊学級、それに1993年(平成5年)から公に認められるようになった通級による指導といった形態で特殊教育が行われているが、それらで特殊教育を受けている児童生徒の、学齢児全体に占める比率は1%に満たない。
この1%弱という特殊教育就学率は、欧米先進国に較べて著しく低い。
表1は、1981年の国際障害者年に文部省がまとめたものであるが、ここにみられる日本と欧米先進国との差は、表2にみるように、変わらないばかりかむしろ広がりつつある。
国名 特殊教育の期間 |
日本 (%) |
アメリカ (%) |
イギリス (%) |
フランス (%) |
西ドイツ (%) |
盲・聾・養護学校 | 0.4 | 0.4 | 1.5 | 1.1 | 4.6 |
特殊学校 | 0.7 | 2.0 | 0.2 | 2.5 | ― |
計 |
1.1 | 2.4 | 1.7 | 3.6 | 4.6 |
(文部省調査 1981)
国名 | アメリカ | イギリス ※1 |
カナダ | フランス | 旧西独 ※2 |
イタリア | オランダ | ノルウェー | スウェーデン | ニュージーランド |
年度 | 1989 | 1982~3 | 1988 | 1986 | 1987~8 | 1990 | 1988 | 1989 | 1986 | |
% | 9.2 | 20 | 15.5 | 2.3 | 4.2 | 1.8 | 2.2 | 12 | 3+2 | 2.1 |
(「全特連編 世界の特殊教育」より)
※1.イギリスは20%をめざしているが、現在は15%程度。その中2%弱が、心身障害児である。
※2.旧東ドイツの状況は不明。
このうち、アメリカ、カナダ、イギリスの比率が群を抜いて高い理由の一つは、前述のように、アメリカ、カナダでは学習障害、イギリスでは学習困難が対象に加えられているからである。
わが国では盲・聾・養護学校、小・中学校特殊学級、通級による指導という3つの形態で、学齢児の1%弱が特殊教育を受けていると先に述べた。
この点を、戦後わが国が特殊教育のモデルとしてきたアメリカ合衆国と比較すると表3のようになる。
国名 特殊教育の形態 |
日本(%) | 米国(%) |
盲・聾・養護学校 | 0.37 | 0.4 |
特殊学級 | 0.51 | 2.3 |
通級教育(リソースルーム) | 0.106 | 4.0 |
通常の学級での特殊教育 | ― | 2.5 |
計 |
0.986 | 9.2 |
(米国1989年:日本1994年)
盲・聾・養護学校への就学率は日米ともほとんど同じであるが、特殊学級は日本の0.5%に対してアメリカは5倍近い2.3%と大きな差がある。
もっと大きな違いは、日本では平成5年から始まったばかりの通級による指導(リソースルーム)で、アメリカでは最大の4%もの子どもが特殊教育を受けており、さらに、日本では全く手がつけられていない、通常の学級へ特殊教育の専門教師を配置したり、担任教師を指導助言をしたりして行われる通常学級での特殊教育をアメリカでは2.5%の子どもが受けているという点も大きな違いである。
ここに、統合教育を正しく理解する鍵、またわが国の特殊教育のこれからの方向を示唆する重要な鍵があると考えられる。
ノーマリゼーションの理念に基づき、脱施設化運動と並んで、教育の面で積極的に推進されているのが統合教育(アメリカではメインストリーミングと呼んでいる)である。
統合教育は、わが国の特殊教育においても今後推進されなければならない重要な方策であるが、わが国では統合教育が必ずしも正しく理解されていないきらいがある。
欧米先進国では、統合教育が推進されたために盲・聾・養護学校がなくなり、特殊学級の子どもも通常の学級で教育を受けるようになりつつあるといった報道も行われたりするが、実際にはほとんどの国に盲・聾・養護学校があり、また、特殊学級は統合教育の一つの形態と考えられているのである。
先に掲げた表3のように、アメリカでは、リソースルームで学齢児の4%、また通常の学級で、2.5%の子どもが特殊教育を受けているが、なお0.4%は盲・聾・養護学校で、また2.3%は特殊学級での教育を必要としている。
イギリスでは学齢児の約2%が盲・聾・養護学校で教育を受けており、スウェーデンでも、肢体不自由児の養護学校はなくなり、盲・聾学校とも少なくなったが、精神遅滞児の養護学校は存在し、精神遅滞児の特殊学級と合わせると1%以上の子どもが就学している。
統合教育を最も強く推進している国として時折引合いに出されるイタリアでは、たしかに一部の地域で重度重複障害の子どもも通常の学級で教育されているが、その条件としては一学級の子どもの数が20名前後であり、一学級には1名だけ障害児を入れ、学級担任の他に特殊教育の専門教師が配置されてその子どもの個別指導にあたっており、また、カリキュラムも教科中心ではなく、むしろクラスの障害児を中心にした自由な指導が行われている。
すなわち、特別な教育を必要とする障害児を、ただ通常の学級に置くだけでは統合教育とはいえず、統合教育においては、個々の子どもの特別な教育的ニーズを満たす条件が整えられなければならないのである。
統合教育を教育法で規定しているアメリカ合衆国の該当する条文(障害者教育法修正〔1975年〕公法94―142、通称全障害児教育法)をみても、「障害児は、最も制約の少ない教育環境において無償で適切な教育を受ける」とあり、「最も制約の少ない教育環境」という規定と並んで「適切な教育を受ける」という規定が入っている。
また、ユネスコが刊行した「特殊教育用語辞典」でも、統合教育は「特別な教育を必要とする子どもに通常の教育組織において特殊教育の方策を与えること」と定義され、通常の教育組織(特殊学級もその中に含まれている)で「特殊教育の方策を与える」ことが統合教育であるとされている。
いずれも、障害児をただ通常の学級に入れただけでは統合教育にはならないことを意味しているものである。
できるだけ統合教育をという方向と、障害に応じた適切な教育をという2つの側面を考えて、レイノルズが、特殊教育のプログラムの連続性を図にまとめているので紹介しておこう(図2)。
図2 特殊教育プログラムの連続性
(M.レイノルズ)(1962)
最近インクルージョンということばがきかれるようになった。インクルージョンは、統合教育と同一線上にあって統合教育を超えたところにあるものなのか。あるいは統合教育とは異なる理念に基づくものなのか。日本ではインクルージョンはやっと理論的研究が開始された段階であるが、統合教育とインクルージョンの関係は、単に理念だけの問題としてではなく、教育実践と結びついた重要問題としてわが国でも今後とりあげられることになろう。
先に述べたように、アメリカ、カナダ、イギリスなどで、特殊教育を受けている子どもの学齢児に対する比率が、わが国に較べて10倍、15倍と多い理由の一つは、特殊教育の対象にLDあるいは学習困難な子どもを含めているからである。
しかしながら、この問題への取り組み方は、アメリカ、カナダとイギリス等ではかなり異なっている。すなわち、アメリカ、カナダではLDを直接対象にしているのに対し、イギリスおよびヨーロッパの多くの国ではLDを直接の対象にしないで、もっと広い学習困難あるいは学習遅滞という概念で対象を規定している。
もっとも、アメリカ、カナダでも、LDとその周辺にある子どもたちとの区別は必ずしも明確ではなく、従来精神遅滞あるいは言語障害に分類された子どもが現在ではLDと認定されるようになったり、LDと類似する学習困難な子どもがかなり含まれたりしているようである。
これらの点をもう少し詳しくみてみよう。
まず、LDの定義であるが、教育的定義としては、アメリカ合衆国の障害者教育法修正(1975年)で、特殊教育の対象として新たに加えられた「特異な学習障害」の次のような定義がある。
「話しことばや書きことばの理解や使用に関与する基礎的心理的過程において、1つないしそれ以上の障害(disorder)のある子供を意味し、これらの障害は、聞く、考える、話す、読む、書く、綴る、又は計算する能力の不完全として現れる。知覚の障害(handicap)、脳損傷、微細脳機能不全、読字障害、発達性失語などの状態を含む。一次的に、視覚、聴覚、運動の障害(handicap)の結果、精神遅滞、情緒障害の結果、または環境的、文化的もしくは経済的に恵まれない結果として、学習上の問題をもつ子供は含まない」。
この定義は現在まで変更されないまま使われているが、この定義自体については、各方面から批判が加えられ、LDに関係のある8つの団体からなる全米学習障害合同委員会(National Joint Committee on Learning Disabilities―NJCLD)が長期間にわたる検討の結果、1988年にまとめ、1990年に正式に採択した定義が、より一般的なLDの定義として認められるにいたった。
連邦法の定義と、現時点で最良と考えられるNJCLDの定義を比較すると、次のような違いがみられる。
(1) 連邦法の定義にある「基礎的心理過程において1つないしそれ以上の障害がある」という部分がNJCLDの定義にはない。
(2) NJCLDの定義にある、推定原因としての「中枢神経系の機能不全」が連邦法の定義にはない。
(3) 連邦法の定義では、行動上の障害に触れていないが、NJCLDでは「自己調整行動、社会的認知、社会的相互作用における諸問題が、学習障害と併存する可能性があるが、それ自体が学習障害を構成するものではない」という表現の中に含められている。
定義としてはNJCLDの方がよいと思われるが、いずれの定義をとるにしても、それに基づいて特殊教育の対象となる子どもを選び出すことにはかなりの曖昧さが残る点が問題である。
アメリカで特殊教育の対象になっているLDの数が1976~7年度から1987~8年度の11年間に、113万名増加しているが、この間言語障害児と精神遅滞児が50万名以上減少している。昔は言語障害あるいは精神遅滞に分類された子どものかなりの部分が現在ではLDに分類されるようになったと推測されるが、この中には、LDか言語障害か、軽度の精神遅滞かあるいは自閉症か、はっきり分けられない子どもがかなり含まれているのではないかと考えられる。また、かりに50万名全部がLDに移ったとしても、なお残りが60万名以上あり、通常の学級にいた学習遅滞の子どもがLDと判定されるようになったものと思われるが、その中にはLD以外の、環境的要因によるものを含むさまざまな原因による学習遅滞もかなり含まれていることが推測される。
このことは、当初連邦政府が推定したLDの出現率2%をはるかに超えて、現在学齢児の4.5%がLDと認定されて特殊教育を受けていることからもうかがえる。
アメリカ、カナダとは対照的にヨーロッパ、とくにイギリスではLDを直接対象にしないで、より広い学習困難という概念で特殊教育の対象を規定しているが、その理由は次の2点に要約できる。
(1) LDの推定原因に中枢神経系の機能障害を挙げても、現在の医学の水準ではLDの3割程度しか、その存在を確認することができず、教育的にみて余り意味がない。
(2) 中枢神経系の機能障害という、個人に内在する生体的変数を強調しすぎると、子どもの発達にかかわる環境的変数―教育とは環境的変数の操作である―が過小評価されるおそれがある。
それでは、学習困難を対象にする方が望ましいかといえば、その場合には、学習困難の境界を明確にすることもまた難しいことが問題となる。
本来子どもは一人ひとりがユニークな存在であり、すべての子どもがそれぞれ特別な教育ニーズを持っているとも言える。どの程度の特別な教育ニーズから学習困難と呼ぶかどうかは、教育環境の条件によってかなり変わるものと思われる。イギリスのように20%を学習困難児として特殊教育を広げようとするのは、学齢児の1%弱しか特殊教育を受けていないわが国の現状からは非現実的といわざるを得ない。
アメリカにおけるLDと精神遅滞の教育措置を比較すると図3のようになる。
図3 アメリカにおけるLD・精神遅滞の教育措置
LDと精神遅滞の明確な区別が難しいという点もあってか、両者とも教育の場は多肢にわたっているが、LDの場合リソースルーム(通級指導)が中心になっていることは明らかである。
(1) 今後とも、一定数の盲・聾・養護学校は必要であろうが、学校を小規模分散化して小・中学校との地理的統合を計り、小・中学校と同じ地域の学校にしていく方向が望ましい。これを特殊教育のノーマライゼーションと呼ぶこともできよう。
(2) 特殊学級は、アメリカと比較してみても、もっと充実強化する必要がある。とくに精神遅滞児の特殊学級は、現在の少なくとも2倍程度の子どもに対応できるよう強化すべきである。また、軽度の子どもの学級とは別に、より障害の重い子どものための特殊学級の設置もこれからの課題の一つである。
(3) 通級による指導を拡大発展させるとともに、その対象にLDおよびこれに類似する学習困難な子どもを加える。LDを中心とすることによって学習困難ということで対象が歯止めなく広がることを防ぐとともに、LDに類似する学習困難を含めることによって柔軟な対応をすることができる。
(4) 通常の学級における特殊教育が究極の目標であるので、学級の定員を減らし、特殊教育の専門教師を配置し、教育課程をより幅広い教育ニーズに対応できるものに変えるなどの方策を講じて、1人でも多くの子どもの特別な教育ニーズが通常の学級で満たされるような教育条件の改善が望まれる。このことは、現在わが国の学校教育が直面している、いじめ、不登校、子どもの自殺、校内外暴力、青少年非行等さまざまな問題の解決につながる重要な課題である。
(5) 以上のように特殊教育のシステムを改善していく中で、最も重要な課題は、いうまでもなくそれぞれの場で教育にあたる教師の資質向上である。世界の特殊教育教員養成・研修については触れることができなかったが、先進国では学部レベルでの養成から大学院修士課程での養成へと移りつつあり、しかも小・中学校での数年間の教育経験を経て大学院へ入学するという方向が共通にみられる。
また、特殊教育が特別な教育ニーズをもつ子どもへと広がりつつあることに関連して、アメリカでは学校心理士(イギリスでは教育心理士)が児童生徒5,000人に1人の割合で配置されつつあるが、学校心理士を含めて、教員養成・研修を充実させることが急務である。
世界の特殊教育の動向を、特殊教育の対象、特殊教育への就学率、特殊教育の形態、統合教育、学習障害と学習困難などを中心に紹介し、それらを参考にわが国のこれからの特殊教育の課題について考察した。
わが国の特殊教育も、心身に障害のある子どもの他に、心身に障害がなくとも特別な教育ニーズをもつ子どもを含む方向へ発展しつつあるといってよいが、最後に、世界の先進国の特殊教育のシステムを統合的に図示して参考に供したい(図4)。
図4 特殊教育のシステムの展望
〈参考文献 略〉
*(社)日本精神薄弱者連盟理事
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年1月(第84号)2頁~8頁