特集/世界の特殊教育 カナダのブリティッシュ・コロンビア州における特殊教育

カナダのブリティッシュ・コロンビア州における特殊教育

緒方明子

 

1.はじめに

 ブリティッシュ・コロンビア州では、1993年に特殊教育を見直し、今後の特殊教育のあり方を検討するための諮問委員会が教育省によって設けられた。そして翌年、この委員会による報告書(Services to Students with Spedcial Needs : Report and Recommendations of the Special Education Advisory Committee to the Ministry of Education, May 1994)が作成された。本稿は、この報告書に基づいて、ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育に対する考え方や展望を概観するものである。

 ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育の特徴は、インクルージョンであると言える。1981年以来、州の方針としてすべての子どもを地域の学校で一緒に教育することが推し進められてきた。子どもによってはその教育的ニーズに対応するためには通常の学級以外の場が必要なこともある。このような場合を例外として、特別なニーズのある子どもも地域の学校で、他の児童と一緒に教育を受けることが州としての方針であり、それは教育法の中でも明記されている。

 諮問委員会が作成した報告書は、インクルージョンが子どもにとって意味のあるものになるためにはどのような援助プログラムを用意すればよいか、そして、そのプログラムを効果的に実施するためにはどうすればよいか、という事柄について検討を重ね、提案したものである。

2.特殊教育の概要

 ブリティッシュ・コロンビア州で特殊教育が開始されたのは1910年である。最初は聾教育、盲教育、そして精神発達遅滞児のための教育と続いた。教育省内に特殊教育の部署が設置されたのは1968年である。そして、1970年代から、それまでの、通常の教育とは別の教育の場としての特殊教育からインテグレーションへの転換が教育省の主導で行われた。

 ブリティッシュ・コロンビア州でのインテグレーションを考える場合に、その背景として、カナダという国が多様な文化と多民族で構成される国であることを認識しておくことが必要である。英国系、フランス系、アジア系の人々がほぼ3分の1ずつを占め、公用語は英語とフランス語である。ブリティッシュ・コロンビア州は英語を公用語としているが、保護者が希望すればフランス語で教育を受けることもできる。このような社会では、多様性をありのままに受け入れ、多様な文化や多様な人々の存在こそが豊かな社会の原動力であるとする価値観が根付いている。したがって、学校という場で、学習の仕方や学習速度が異なる子どもがいてもそれをありのままに受け入れ、その子どもも学ぶことができるように学校のシステムや指導方法を調整しよう、という考え方に移行することはそれほど困難なことではなかったのかもしれない。

 もう1つの重要な背景として、国としての教育省(日本では文部省にあたる)が設置されていないことを挙げることができる。教育省は各州ごとに設置され、各々が独自の教育権をもち、さらに学校区や各学校にも独自性が認められている。学校の方針に合わせて校長が教員を採用することもできる。例えば、インクルージョンという方針で学校経営を行うならば、校長は特別な援助を必要とする子どもがいる学級を受持ち、インクルージョンが機能するように学級経営を行う教師を採用するのである。また、インクルージョンを実行するために必要な教員以外のスタッフの採用についても学校区や校長が決定することができる。このように柔軟な学校経営が可能であることが、新しい試みに挑戦する学校を増やしているのであろう。

 教育省内で特別な教育的ニーズがある子どもの教育を担当している部署は「児童生徒支援サービス部門」である。「特殊教育」という名称が使用されていないことからもわかるように、あくまでも「支援が必要な児童生徒」への教育的サービスを行う部署である。したがって、英語を第2言語とする子どももこの部署の対象であるし、非常に優秀であったり非凡な才能をもつ児童生徒への特別な教育もこの部署の担当である。そして、日本で言うところの心身障害児教育もこの部署の担当である。1992年の資料では、特殊教育のサービスを受けているのは学齢児全体の9.7%の児童生徒であった。

3.ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育で使用される用語について

 ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育はさまざまな面で日本の特殊教育とは異なっている。社会的背景、前提となる考え方、障害者観等の違いから日本では馴染みのない用語も使われている。しかし、ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育を知る上でキーとなる用語もあるので、最初にこれらを紹介し、さらにその背景となる考え方についても考察する。

(1) 特別な教育的ニーズ(special educational needs)

 大多数の児童生徒を対象として行われている教育では充分に学習することができないために、異なるリソースを必要とすること。この場合のリソースとは、指導内容・方法、教材・教具、教師の専門性等を意味していると思われる。

 特別な教育的ニーズをいう用語は英国で、1978年にウォーノック報告で提案され、1981年法で正式に採用された概念である。それまでの医学的な障害分類にすべての子どもをあてはめることはできないし、また、障害名によって指導法が決まるわけでもない、という考え方が土台にある。

 ブリティッシュ・コロンビア州では、すでに1972年に学習支援教師という職種を設けることでこのような考え方が独自に開始されていた。ウォーノック報告よりも6年も前に、障害カテゴリーによるラベルをつけなくても1人ひとりに合った援助を受けることができるようになること、さらに援助が通常の学級で行われることを目的として作られた制度が「学習支援教師」である。次にこの学習支援教師について紹介する。

(2) 学習支援教師

 通常の学級に在籍する学習上の問題をもつ児童生徒が通常の学級で学習を進めることができるように学級担任と共同で支援するための要員である。したがって、役割の1つとして学級担任への支援も含まれている。支援の主な内容は、学習面で援助を必要としている子どもたちの個別指導、学級内の観察、1人ひとりに合わせた教材の準備や指導プログラムの作成である。

(3) 特殊教育アシスタント

 主に短期大学で設けられている養成コースを修了した者で、校内のインクルージョンを進めるためには必須の介助者である。障害をもつ子どもが通常の学級の同級生と一緒に授業や休み時間の活動に参加できるように教材を工夫したり(視覚障害児のための点字の教材を準備することなども含まれる)、遊びへの参加を援助したり、排泄や食事の介助を行う。

(4) インクルージョン

 学習する機会、さらに、最良の教育を受ける権利は、すべての児童生徒が平等に有しているとする価値観である。インクルージョンを実践してきた経過からは、場の統合すなわち物理的に同じ場所で教育を受けるという考え方をはるかに越え、実質的な参加、友情、相互作用を促進することが重視されるようになってきている。

(5) プログラムの修正

 通常の教育プログラムを特別なニーズがある子どものニーズに対応できるように調整することである。具体的には、教科の内容、進める速度、方法、教材・教具、場面設定、教師の数等を子どもの学習が可能なように調整することである。

(6) ILP(Individual Learning Plan;個別学習計画)

 特別な教育的ニーズのある児童生徒1人ひとりへの援助の計画と実施過程を記述した文書である。アメリカ合衆国のIEPとほぼ同じものであると考えられる。

(7) 共同協議

 学級担任を支援する体制はインクルージョンを進めるための基盤として位置づけられている。したがって、特別な援助を必要とする児童生徒への援助は学級担任を中心として、担任に助言する特殊教育教師、学習支援教師、言語の専門家等複数の職員が共同で支援を進めることになる。このような組織はスクール・ベイスド・チームと言われている。複数の職員が共同で支援を行う場合の基礎には、相互理解や共同責任といった事柄が前提条件として含まれている。当然と思われるこのような事柄も、実際に実施してみるとスムーズに機能しないことが多いようである。したがって、あえて「共同協議」という名称を使って、相互理解、違いの意見を尊重すること、そして、チーム全体で責任を分かち合うことを意識化することが必要なのである。

4.対象児

 特別な教育的ニーズがある子どもとして誰を対象としているのか。事実、「特別な教育的ニーズ」という語はあいまいであるという批判もないわけではない。最初にこの語が使用された英国では、学齢児の5人から6人に1人は、継続的に、あるいは一時的にしろ特別な援助を必要とするとされていた。ブリティッシュ・コロンビア州の1994年の報告書では、特別は援助を必要とする児童生徒を次のように記述している。

 「学校教育が意味あるものになるために、知的、身体的、学習、知覚または行動的・情緒的な面で特別な援助を必要とする子どもである。また、特別な才能があったり、非常に優秀な生徒も対象となる。このような子どもたちが1人ひとりの能力を最大限に伸ばすためには、学級内の大多数の子どもたちが受ける教育に加え、何らかの教育的な支援が必要となる。

 すべての児童生徒の発達は連続線上にあり、「児童生徒」と「特別な援助が必要な児童生徒」を明確に分けるための線は存在しない。「児童生徒」と「特別な援助が必要な児童生徒」は違いよりも類似点や共通点の方が多いし、共通の教育的ニーズの方が特別なニーズよりも多い。

 特別なニーズがある子どもをみつけることが必要なのは、その子どもたちが同年齢の子どもたちと異なるからではない。各自の教育目標を達成するために必要な教育や援助を受けることを保証するためにである。子どもの特別な教育的ニーズを発見することは。その生徒を分類したり定義することではない。子どもの得意な部分とニーズを特定し、各自の教育目標を達成するために必要な学習方法を明らかにするためである。

 インクルージョンが実施されている学級とは、われわれの地域社会の縮図である。地域社会の多様性を示すものでもある。このような意味で、学校だけが特別なニーズのある子どもの幸せな生活について責任を負うものではない。他の機関も学校と力を合わせて子どもやその家族が必要としているサービスや支援を提供することが必要である。」

5.支援システムの実際

 インクルージョンを前提とした学校において特別な教育的ニーズがある子どもへの支援はどのように実施したらよいのだろうか。1994年の報告書には、具体的なシステムの構成とその手順について以下のような提案を行っている。

1)スクール・ベイスド・チーム(school‐based team)

 すべての子どものニーズは連続するものであり。そのニーズに応じて、対応方法も、教師が必要とする援助もさまざまである。多様なニーズに応じて多様な支援システムが考えられるが、どのようなシステムでどのような援助を行うかということを実際に決定し実行していくのはスクール・ベイスド・チームである。これは、校内に設けられ、問題解決を目的として共同協議を行うチームである。構成メンバーとしては、校長、学級担任、特殊教育教師、学習支援教師、言語療法士等が含まれる。既にインクルージョンを成功させている学校にはこのチームが設置されていることが多い。

 学級担任はこのチームに相談をもちかける者でもあり、また、同時に問題解決の中心ともなるのである。

 子どものニーズあるいは担任のニーズに応じて、スクール・ベイスド・チームが直接教師の相談にのって助言することもあるが、チームがケース・マネージャーを指名することもある。このような場合は、ケース・マネージャーが特定の子どものケースに対応できるようなチームを編成するのである。このチームは、例えば学級担任、特殊教育教師、アシスタント、学校区に配置されているリソース教師等で構成される。さらに、指導プログラムの検討に保護者が加わる場合もあるし、また子ども本人が参加することもある。このような場合でも、最終的な責任の所在はスクール・ベイスド・チームにあるので、ケース・マネージャーが編成したチームはその経過をスクール・ベイスド・チームに報告しなくてはならない。

 校内の人的、物的リソースだけでは充分な対応ができないような場合は、学区や地域あるいは州がもっているリソースを利用することができる。例えば、教育工学的な機器類については、州の教育工学センターが研修や機器類の貸出し、子どもに合わせた機器の作成や調整を行っている。このような場合も、校外のリソースに関する情報を調べたり、実際に入手するのはスクール・ベイスド・チームの役割である。すなわち、学級担任一人の負担にならないように、チームで責任や役割を分担しているのである。

2)手続き

 実際の援助は以下のような手続きに沿って行われる。

(1) アセスメントに必要な情報の収集

(2) 学級担任を中心としたスクール・ベイスド・チームが集合し、集められた情報に基づいて子どものニーズを明らかにし、そのニーズに対応するための方策を検討する。ニーズを考える場合には以下の項目は必ず検討しなければならない事柄である。

① 子どもが学習しなければならない内容は何か、そのためにはカリキュラムをどのように修正しなければならないか

② 子どもの学習を促進するためにはどのような要員が必要か

③ 教育はどこで行われるか。通常の学級か、学級以外の静かな環境が必要か、その他の教育の場がより適切だろうか。

 以上のような項目に回答を求めていくことにより、結果として、個別学習計画(ILP)が作成されることになる。すなわち、ILPでは、アセスメントの結果とそれに基づく教育的なアプローチの方法、誰が指導の主担当であり、誰が協力するのか、教育目標は何であり、それをいつまでに達成しようとしているのか、といった事柄について記載されることになる。さらに、子どもが得意とすることやその子どもの能力の中でも優位な能力について明らかにし、それをどのように利用してニーズに対応しようとしているのかについても記載される。また、目標が達成されたかどうかを評価し、プログラムを見直す時期についても決定されることが必要である。

(3) ILPに基づく教育の実施

(4) スクール・ベイスド・チームが中心となって、計画された教育が適切に実施されているかどうかを監視し、その経過を記録する。

6.スクール・ベイスド・チームによるアプローチの利点について

 チームで行う支援体制の利点の一つとして、担任が変わる度に特別な援助が必要な子どもの資料を集め直し、指導計画を新たに作り直す必要がないことが挙げられる。子どもにとっては継続的な指導が可能になる、すなわち、指導の積み重ねが可能となるのである。また、教師にとっても、1人で大変な状況を抱え込まなくてもよいこと、すなわち教師を支援するメンバーの存在が保証されているのである。

 特別な援助を必要とする児童生徒が学級内にいる場合に、その子どもにばかり学級担任の時間がとられ、他の児童生徒にかける時間が少なくなってしまうのではないかという懸念が生じてくることも多い。しかし、スクール・ベイスド・チームは学級全体のニーズを考慮した上でどのように学級担任を支援するのかを決定するのである。したがって、特に手厚い援助が必要な子どもにはその援助の必要性に応じた支援体制が組織され、また逆に担任1人で充分に対応できるのであればそのように体制が組まれるのである。

7.おわりに

 ブリティッシュ・コロンビア州の特殊教育は完全にインクルージョンを指向している。多くの学校はすでに1980年代から実践的な試みが行われてきており、それらの成果をもとに、今回の報告書はインクルージョンを成功させるための方策が具体的に検討され、提案されているといっても過言ではない。

 同じ北アメリカの国であり、また、言語も同じだということでアメリカ合衆国の影響を強く受けていることは明らかである。インテグレーションの流れ自体がアメリカ合衆国の公民権運動の影響を受けている。具体的には、例えばILPは名称はほんの少し異なるものの、アメリカ合衆国のIEP(Individual Education Plan)と内容はほぼ同じものである。

 しかし、やはりブリティッシュ・コロンビア州でインクルージョンが急速に定着しつつある背景には、その文化・社会的事情と教育行政の特徴があるように思われる。すなわち、多様な人間で構成される社会をありのままに認める社会なのである。例えば、3年生の通常の学級に字が読めない子どもがいた。字を読めるようになることももちろん大切だが、今、現在行っている社会の授業には間に合わない。今日行われる社会科の授業に参加させるために教科書のある1章をオーディオカセットテープに録音してイヤーホーンで聞かせていた。他の児童は教科書を黙読する。このような方法で授業に参加できるように工夫し、実行する社会である。クラスメートもそれを異質として排除しない学級経営がなされるのである。

 多様な人間で構成され、そのために多様な考え方や価値観があるからこそスクール・ベイスド・チームという方法をとることが必要なのかもしれない。スクール・ベイスド・チームによる取り組みは、さまざまな意見や考え方があることを前提に、協議によって相互理解を図り、その上で最善の方法を探ろうとする試みなのである。

 教育行政上の特徴としては、学校や学区が州の教育省や国の教育省から独立していることが挙げられる。完全に自由に学校経営が行われるわけではないが、学校経営については校長の権限はかなり大きい。このような仕組みの中で新しい試みが行われ、教師の意見や保護者の意見を盛り込みながら学校としての支援体制ができてきているのである。特別な教育的ニーズがある子どもたちの教育に焦点をあてた場合でも、その援助を受ける対象は子どもだけではない。学級担任も支援の対象である。学級担任も援助の対象であることに気づき、その援助を実行するための体制を形作った功績は大きい。今後の特殊教育がインクルージョンを目指すならば、その土台を形成したと言えるのではないだろうか。さらに、学校独自の新たな取り組みを評価し、見直し、そして将来への展望として方向づけを行っていく州の教育省が果たしてきた役割が大きいことも明らかにされた。

 特別な教育的ニーズをもつ子どもたちへの援助がさまざまな地域で、さまざまな工夫のもとに行われている。ブリティッシュ・コロンビア州の場合はその地域の状況に合わせた方法で行っているのである。特徴として挙げたいことは、変容の仕方が速いということである。よいことであるとの共通理解を得られたものについては積極的に採り入れ、地域の状況に合わせて工夫し実行していく。この実行力は見習うべきものである。

〈文献 略〉

国立特殊教育総合研究所


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年1月(第84号)9頁~14頁

menu