特集/障害者の職業問題 職業リハビリテーションサービスの新たなシステム構築に向けて

特集/障害者の職業問題

職業リハビリテーションサービスの新たなシステム構築に向けて

―他分野との連携を中心に―

石渡和実

 

1.職業リハビリテーションの変化と課題

(1) 職業リハビリテーションの変化

 職業リハビリテーションが大きな転換期を迎えており、その新しいサービスのあり方が求められているということはしばしば指摘されるところである。そこで筆者は、この「職業リハビリテーションの変化」を次のような5つの視点からまとめてみた。

 まず第1に、対象者の変化である。図1は、各県に設置されている地域障害者職業センターに相談に訪れた障害者の変化を示したものである。障害者を大きく「身体障害者、精神薄弱者、精神障害者、その他」に分け、15年間の比率の推移が示されている。昭和50年代初めはまだ身体障害者が半分ほどを占めていたが、昭和56年の国際障害者年の頃から精神薄弱者の比率が増加する。

図1 地域障害者職業センター来所者の年度別に見た障害者区分の推移

図1 地域障害者職業センター来所者の年度別に見た障害者区分の推移

 そして、精神障害者の相談も漸増してきて、平成元年度あたりからは「その他」の占める割合が急増する。この「その他」に含まれるのは、3つの「障害」分類に当てはまらない学習障害など、いわゆる「精神科周辺領域」などと呼ばれる人々が多い。すなわち、「精神障害」という範疇に入るほどに症状が重篤ではないが、医療的なケアを受けながら社会的生活を送らざるをえず、したがって職業上のハンディキャップも大きい人々である。このような傾向は、近年、都市部ではさらに顕著である。このように就労援助を求める対象には、精神分裂病に代表される精神障害者、自閉症や学習障害、そして最近注目されている高次脳機能障害など、精神機能面に課題を有する人々が著しく増加している。

 第2点目に、このような対象者の変化にともないサービスを提供する方法が変わってきている。新しい対象者と言われる人々は、その障害特性ゆえに新しい場面や変化への対応が困難である。したがって、事前に専門機関の中で評価・訓練を行い、その成果を職場で活かす、という従来の方法では効果が期待できなくなっている。そこで、このような特性に対応するために、まず実際に働く場を捜し出し、その職場で求められる評価・援助を行う方法が注目されている。典型的なものが、アメリカで開発された「援助付き雇用・援護就労(supported employment)」などの手法である。このように、サービスを提供する時期・場所なども大きく変化している。

 第3は、サービス内容の変化である。精神障害とは「生活障害」である、という言葉もしばしば耳にする。したがって就労を考える前提として、その生活をいかに支えるかが重要となってくる。自閉症や重度の知的障害者の場合も同様である。家庭生活・地域生活が安定し、継続した援助が提供されるならば、その基盤の上に職業生活を築ける障害者は多いのである。従来の職業リハビリテーションでは、まさに「職業」に関わる部分だけを支援すれば十分であった。しかし、新しい対象者は、「地域・家庭での暮らし」に関わる部分の援助がなければ、「職業生活」を送ることは困難なのである。

 これからは、障害者の家庭、あるいは通勤寮・生活寮、グループホームなど、「暮らしを支える場」と緊密な連携を保つことがますます重要になってくる。さらに寺谷(1994 ,1996)は、重度障害者・精神障害者が生活する「地域」に注目し、このような人々を支えることができる地域へと、「地域を変革する」ことの重要性を説いている。そこで、重い障害をもつ人も精神障害者もコミュニティにごく当たり前の隣人として迎えられ、安心して暮らし、働くことができるよう、地域の人々の支えが何よりも求められてくる。そのためには障害者自身の果たす役割が重要となり、当たり前に暮らし、地域の人々との交流を重ねていくことが、結果として地域を変えることになると主張している。

 そこで第4に、サービスを提供する専門家の変化・拡がりが指摘できる。すなわち、「生活・暮らしを支える」専門家、そして家庭生活を送る障害者の場合は「家族」が重要な役割を担うことになる。さらにその生活の基盤としての「地域」、そこで暮らす住民が、さまざまな場面で障害者に援助の手をさしのべられなければならない。そしてこのような「地域の変革」を実現するには、障害者自身に期待される役割が大きい。

 したがって障害者本人、家族、地域住民など、これまで「援助者」とは認識されていなかった人々が、それぞれに重要な責務を担いつつある。このように「生活」をも支えるとなると、従来の「専門家」のサービスだけではなく、さまざまな立場からの多様な援助が必要となってくる。そのためには、障害者自身にもまた、大きな役割が期待されているということを、再度強調しておきたい。

 以上のような変化を踏まえ、第5に「働くこと」をどう考えるか、すなわち「職業の意義」も大きく変わっている。これは、近年のわが国の社会状況の変化、価値観の多様化といったことも影響していよう。またリハビリテーションや障害者福祉の分野でも「権利擁護(advocacy)」が主張され、働くことも基本的な権利であると認識されるようになったことも大きいと考えられる。このような中で、重度障害者や精神障害者にとっての「職業」、「働くこと」の意義も再認識されようとしている。従来の生産性・経済効率といった考え方からすると、これらの人々は「医療」の対象ではあっても、「働くこと」などは考えられない存在であった。

 しかし、「労働も権利」という立場からすると、精神障害者や重度障害者にとっては、むしろ自己実現や社会参加などの側面が「働くことの意義」として強調されつつある。そして生活するための収入は、所得保障として別のシステムで確立すべきだという意見がある。働くことにより社会の中での地位を得て、自分が貢献していることを実感することは、社会的存在としての自分を再評価することになる。さらに、働くことは生活を再構築することになり、規則正しい生活の保障、健康保障、自分の可能性についての自信にもつながっていく。重度の障害者にとっては、働くことのこのような側面が、もっと強調されてよいと考えられる。

(2) 職業リハビリテーションの課題

 上述したような変化を踏まえて、職業リハビリテーションの課題として、ここでは以下の3点を指摘しておきたい。

 第1に、職業リハビリテーションサービスの一貫性と「反復性」とでもいう点である。従来からサービスのプロセスとして、

・職業相談

・職業評価

・職業訓練

・職業紹介

・アフターケア

などがあげられている。現在の変化に対応するためには、それぞれに新しい、具体的な援助方法が開発されることも必要である。しかし、特にこれらの一貫性と、さらに「反復性」という点こそが、これからはもっと強調されるべきと考えられる。すなわち今注目されている対象者は、このようなプロセスをスムーズに経過してサービス終了とは言いがたい人々である。

 ある段階まで行ってもまた前の段階に戻らなければならないとか、一旦は終了しても、また一からやり直さなければならないということもあろう。特に、精神障害者などはその障害が不安定であり、「再発のしやすさ」が大きな特徴である。このような障害であればこそ一通りのサービスを提供したから終了、とはいかないのが当然である。そこで、それぞれの置かれている状況・ニーズに応じて、求められる段階のサービスをいつでも提供できる柔軟なシステムであるべきと考えられる。特に、アフターケアがますます重要となってくるのはいうまでもない。

 第2に、先の一貫性・反復性とも関わってくるが、このようなサービスを提供するさまざまな機関の連携、ネットワークとかシステム化の問題である。職業リハビリテーションにおけるシステム化の問題は、以前から常に指摘される課題でもある。しかし、今はこれまで以上に、他機関・他分野との連携の必要性が高まっている。「変化」について述べた際にも指摘したが、「働くことの意義」も多様化しており、そこに求められるサービスもさまざまで、関わる援助者も多彩になっている。従来から、労働・福祉・医療・教育という、行政の枠を越えたサービスの重要性が叫ばれてきたが、今はそれをもっと強調せねばならない時だといえよう。

 特に福祉分野については、これまでは授産施設や作業所など福祉的就労との連携が中心であった。しかし、これからはグループホームなどのまさに生活そのものを支える場、さらに家庭との連携にも力点が置かれなければならない。このような点からも、従来の連携をさらに拡大・発展させた、職業リハビリテーションシステムの再構築が求められているといえよう。

 第3は、このように多様な機関の多彩な援助者が関わっていくことになるが、このようなチームの中心に存在するのは、他ならぬ障害者自身だという点である。近年、どのようなサービスにおいても最も強調される点であるが、障害者本人の意思尊重という課題である。職業リハビリテーションにおいても、援助者や関係者が最善と考える方針ではなく、本人が何を望み、どのような働き方をしたいと考えているのか、が重要なのである。これは、精神障害者や重度の知的障害者、自閉症など、自己の意思表明に困難が大きいと言われる人達の援助においても、もちろん同じである。そこで、このような障害をもつ人に対するコミュニケーションの方法や、情報の提供の仕方が問題となってくる。これらはまた新しい、大きな課題でもあるが、福祉機器の利用なども含め、これらの人々のニーズに応えうる、新しい援助システムを開発していくことが必要である。

2.職業リハビリテーションにおける他分野との連携

(1) 職業リハビリテーションのシステム化とは

 さて本論文では、前述したような課題の中でも、職業リハビリテーションにおけるシステム化の問題を特に取り上げたい。リハビリテーションサービスにおける医療・教育・福祉・職業の連携というのは、古くて、新しい課題である。これまでにもさまざまな提言がなされているが、日本障害者雇用促進協会からその名も「職リハネットワーク」という季刊誌が発刊された時、「職業リハビリテーションネットワークを考える」という特集が組まれている。

 この中で高木(1988)は、「システムとネットワーク」というタイトルで、両者の違いとこれからのサービスについて検討している。ここでシステムとは、「リハビリテーションの各要素、すなわち医療・職業などの専門分野が組み合わされて、それぞれの機関・スタッフが一貫した、統一したサービスを提供しようとするもの」と述べている。しかし、「わが国のリハビリテーションサービスは縦割行政主導で進められてきたために、主体である障害者を中心としてシステマテックに機能してはこなかった」とも主張している。

 この点に関しては松田(1996)も、「他機関との連携が、得てして障害者の押し付け合いになりかねない」という危険性を指摘している。この問題については、前述した障害者本人の意思尊重という課題とも関連して、このようなシステム化について論ずる際、十分に意識しておかなければならない盲点とも考えられる。

 そこで高木はネットワークについては、「もっと柔軟に、共通の必要性を感じた人がそのニーズを解決するために人の輪を広げていく活動」と述べている。さらに、「ネットワークは、行政の足りないところを補完するためのものではないが、既存のリハビリテーションのシステムでは解決できない問題を取り上げて活動していくことにより、システムへのプラスの影響を与えることが期待される」と主張している。ここで筆者は、システムとネットワークの相違について論ずるつもりはない。しかし、高木のこれらの指摘に関しては納得させられることが多く、この言葉の重みをもっと噛み締めるべきだと考える。特にサービスの主体が障害者であり、システムの中心に障害者が位置しているという指摘は、リハビリテーションサービスに従事する者が常に立ち返るべき原点、と言うこともできよう。

(2) 神奈川県における職業的リハビリテーションシステム推進事業について

 このような職業リハビリテーションの新しいニーズに応えるために、神奈川県では1986年から、保健医療・福祉・教育・労働・企業等の連携を強化するための具体的な取組みが進められている。これは県労働部の主催する「職業的リハビリテーションシステム推進事業」で、関連機関が連携して総合的なサービスを提供し、企業の協力も得て障害者の職業的自立を実現しようとするものである。このシステムにはまず、県全体の調整を図る「総合推進会議」があり、職業安定所の単位ごとに県内を9地区に分け、それぞれに「地区推進会議」が設けられる。このシステムには就労に関わるあらゆる機関、企業、学校などが位置付けられ、各分野の緊密な連携を具体化しようとするものである。1986年7月から1989年3月まで相模原地区において試行を行い、1989年度からは同地区で本格実施された。その後、1990年度から横浜地区、1992年度には川崎地区で事業を開始し、1996年度は厚木地区がスタートする予定である。

 この地区推進会議の下には「個別検討会」が設けられ、就労が難しいと考えられる障害者1人ひとりについて、このシステムに関わる機関や必要な援助者を交えて職業リハビリテーション計画を検討する。そして、その目標を実現するための具体的な援助を、必要とされる県内のあらゆる機関を巻き込んで展開していく。このような具体的な個別の検討と、その後の援助を協力して行うことにより、行政の各分野、機関相互の理解を深め、連携を強化しようとするものである。ここでは、横浜地区の個別検討会の活動を紹介しながら、新しいシステム化について検討してみたい。

 横浜地区の個別検討会は19機関で構成されており、1994年度には23回の検討会を開き、22人の障害者について討議を重ねている。この検討の対象となるのは、しばしば「一般就労と福祉的就労の狭間にある障害者」などと言われる人々である。この5年間に検討された障害別の状況は、表1に示すとおりである。これまでに合計98人についての検討が行われているが、このうち精神障害者が53人で全体の54.1%、重複障害者が15人で15.1%となっている。やはりここでも、従来の職業リハビリテーションではあまり対象とされていなかった人々の増加が顕著である。この中で検討が終結した障害者は表2に示すとおりで、37人が終結し、うち20人(54.1%)が一般就労(パートも含む)となっている。検討にのぼった数からすると、精神障害や重複障害では終結した人が少なく、なおフォロー中という場合が多い。すなわち、多様な、複雑な課題を有しており、短期間では職業目標を達成することができず、関連機関が協力してもなお援助を継続せざるをえない人々であると言うことができよう。

表1 横浜地区個別検討会の対象者
(1995年3月現在)
障害別 身体障害 知的障害 精神障害 重複障害 合計
1990年度 3 6 3 4 16
1991年度 3 6 11 4 24
1992年度 1 2 10 3 16
1993年度 2 2 14 2 20
1994年度 3 2 15 2 22

合計

12 18 53 15 98

表2 終結した障害者の状況
(1995年3月現在)
区分 身体障害 知的障害 精神障害 重複障害 合計

就労

一般就労 3 5 4 3 15
パート 1 2 2   5
福祉的就労 職業前訓練 1 3     4
授産・作業所     2 1 3

その他

更生施設等   2     2
在宅        3 3
その他 2   2 1 5

合計 

7 12 10 8 37

 この職業的リハビリテーションシステムでは、参加している各機関がそれぞれの機能を発揮し、障害者のその時々のニーズに応じて各機関を移行し、効果をあげていることが特徴的である。既に終結した障害者の経過を見ても、多彩な機関をまさに行きつ、戻りつしているといった者も多い。一旦は就労に結び付いたが定着できず、職業センターで改めて職業評価と職場適応訓練を受け、一度在宅となった後、地域作業所を利用して再就職した、という精神障害者の例などが紹介されている。このような事実からも、このシステムをとおしていかに長期にわたりフォローが継続されているか、そして1人の障害者の援助を協力して行うことにより、機関相互の連携が強固になってきているかが理解できるであろう。

3.まとめ

 以上のように、神奈川県の職業的リハビリテーションシステムは個別検討会の場を活用することにより、各機関の連携が強化され、精神障害者や重複障害者の雇用に大きな役割を果たしている。それまでの縦割り行政のもとでは同じテーブルにつくことなどなかった機関が、1人の障害者の援助をめぐって意見を交換し、そのニーズを実現するために協力し合うようになったのである。このことによって、職員同士・機関相互の風通しがよくなったことも指摘されている。他の地域でも、このような関連機関の連携がその地域特性を踏まえて強化されたならば、新たな職業リハビリテーションサービスの構築につながると考えられる。そして、このような援助が体系化されたならば、新しい対象者と言われる人々の中にも、その職業目標を達成できる障害者が確実に増えていくと考えられる。

 ここで改めて、このようなサービスを提供する際、中核にあるのは障害者自身の働くことへの考え方であり、その意思を尊重することである。そして、障害者がこのような自分の考えを確立するためには、いざ社会参加という段階になってからの援助では遅すぎるのである。いかに多くの機関が連携し、援助を提供したとしても、限られた時点のサービスだけで障害者の自己決定を促すことなどできるはずがない。これはもちろん障害のない人も同じであるが、学校教育の中で長期的な展望に立ち、自分なりの考えを確立できるような実践を展開していくことが求められる。したがって、将来の社会参加を見据えての教育のあり方、そのための関連機関の連携といった視点も必要となってこよう。いかに障害が重くとも、複雑な課題を抱えていても、それぞれの「働きたい」という思いを実現できる援助でなければならない。そのためにも、関連機関の連携は、今後ますます重要な意味をもってくると考えられる。

参考文献・引用文献 略

関東学院大学文学部助教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年3月(第85号)2頁~7頁

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