特集/障害者の職業問題 横浜リハの目指す地域職業リハシステム

横浜リハの目指す地域職業リハシステム

―CBRの観点から―

松田啓一

 

1.はじめに

 横浜市総合リハビリテーションセンター(以下「YRC」と略す)は、横浜市におけるリハビリテーションサービスの中核施設として昭和62年に開所し、今年で10周年を迎えようとしている。本稿では横浜市においてYRCが目指してきた職業リハシステムの特徴をCBR(Community Based Rehabilitation)、つまり地域リハビリテーションの観点から、紹介する。

2.地域リハビリテーションの概念

 本論の前提として、ここでは「地域」と「リハビリテーション」(以下「リハ」と略す)の概念を、若干私見も混じるが、簡単に確認しておく。

(1)「地域」の概念(生活圏との対比において)

 まず、「地域リハ」と言った時の「地域」は地理的な意味での狭い領域としてとらえるべきではないという点を確認しておきたい。筆者としては、むしろ「生活圏」といった言葉を連想した方が、地域リハの概念は理解しやすく、誤解も少なくなるのではないかと思う。

 例えば、ここにAさんという人がいて、横浜に住み、東京に通勤し、毎年夏は沖縄に行き、冬は北海道にスキーに行っていたとする。こうした場合、この人の生活圏は、横浜、東京であり、時には北海道、沖縄にまで広がっているわけである。ところが、このAさんが事故で車いすの生活になってしまったら、どうなるだろうか。Aさんは、もう東京に通勤することはできないかもしれないし、沖縄や北海道に毎年遊びに行くこともできなくなってしまうかもしれない。

 このような時、Aさんに以前と同じ生活圏を保障しようとすると、直ちに従来のリハサービスの限界が明らかになってこよう。つまり従来のリハサービスは、ほとんどが病院内や施設内で提供されており、障害者のふだんの生活の場からは切り離されている傾向があったと言える。このような文脈で考えると、「地域」という言葉には、リハサービスをもっと生活の場に密着したものにして行こうという意思が込められていると理解できよう。そして、その意味するところは、実質的には「生活圏」といった言葉に近いものと考えられる。

 さらに、健常者に比べて、障害者は、障害のために自己の生活圏に不本意な歪みが生じやすいと考えれば、上記のような考え方は中途障害者のみならず、発達性障害者も含めた障害者一般に拡張適用できると考えられる。

 また、生活圏をノーマルにするということを、より汎化して考えれば、結局これは、ライフスタイルをノーマルにするというところに行きつくのではないだろうか。障害のために不本意なライフスタイルを強いられないようにすることと考えていくと、最終的には、この「地域リハ」の概念も「ノーマライゼーション」の潮流から派生したものとして捉えることができよう。

 以上のように「地域」の概念を確認しておくことは、後述するようにYRCの職業リハを考える場合重要である。

(2)「リハ」の概念(ケアとの対比において)

 「リハ」の概念を特徴づける重要な点として、期間の限定性が挙げられよう。つまり目標を設定し、そこに到達するのに必要な期間を予測した上でサービスを展開していくのが、少なくとも古典的リハといえるものであった。しかし、最近は「地域リハ」の名のもとに、期間の限定性のないサービスも含めて論じられていることも多い。「リハ」なのか、「ケア」なのか、混乱しているようにも見受けられる。ここでこの問題をはっきりと整理することはできないが、少なくとも、このような混乱があることは確認しておきたい。

 期間の限定性の有無は、単なる定義上の問題ではなく、サービスの供給システムを考える場合重要であり、また、後述するようにYRCの職業リハを考える場合にも重要である。

3.横浜の地域性

 YRCは、横浜市全域を対象とした施設である。ここでは、YRCの職業リハシステムの前提となる横浜の地域性を簡単にまとめておく。

 横浜市は、人口300万を擁する都市であり、関東の主要な経済圏として、同一市内であっても経済的にはかなり多様な地域を内包している。また、首都圏として交通の便も悪くはなく、東京などの近隣地域への開放性も高い。つまり、横浜の地域性としては、広域性、多様性、開放性の3点が挙げられ、これらを前提に、YRCの職業リハシステムは組み立てられている。

4.YRCの職業リハの組織的概要

 YRCの職業リハは、法定機関である更生相談所の機能を充実強化することによって、現行のサービス体系の中でのYRCの役割を公的で安定したものにしていこうという考え方に立脚している。

 その業務は、主に更生相談所(YRCの総合相談部としての機能も兼ねている)の職能判定として行われる相談・評価と、このような一過性の相談・評価だけでは対応困難な者に対して施設の場を利用して行われる職業前評価・訓練の2本柱で構成されている。この職業前評価・訓練は、法定の身体障害者通所授産施設と法外の職能訓練コースを一体化した就労準備課程という施設において行われている。特に法外施設の方は、現行の手帳制度に該当しない障害者も受け入れている点に大きな特徴がある。いずれの施設も、利用期間は原則として1ヶ月から1年までである。

5.YRCの目指す地域職業リハシステム

 ここでは、YRCの目指す地域職業リハシステムの特徴を3点に集約して述べる。

 第1の特徴は、先に述べたように広域で開放性の高い地域を対象としたシステムであり、横浜市内で全てが完結することを想定してはいないという点である。実際、横浜に住み東京に通勤する人はめずらしくなく、東京の事業所への就職や復職の支援は日常的である。つまり、職業リハを考える場合は、行政単位としての地域より通勤圏が重要なファクターになってくるのである。ここで先に確認したように「地域」という概念を、「生活圏」という観点から見直すことが重要になってくるわけである。ここでは「地域」という概念が通常とは逆に障害者を狭い地域に閉じ込めないという意味になってこよう。

 第2の特徴は、システムの核となる関係機関との連携体制が一般性のある方法論に基づいているという点である。多様性に富んだ広域にわたる地域で、近隣地域も視野に入れながら安定したシステムを形成していくには、どこでも通用する方法論に基づくことが不可欠である。そのために既存の公的サービスの流れを一応の前提とし、対外的には更生相談所の表看板を活用しながら、公的サービスの要となる福祉事務所や公共職業安定所にはその本来の役割を任せきるという考えのもとにシステム設計がされている。

 第3の特徴は、職業リハのいわば地域リハ化を目指しながらも施設内リハを重要な核にしているという点である。近年、米国の援助付き雇用(援護就労)の発想に触発されて、日本でも施設内での訓練を離れて実際の雇用の場で訓練ないしは援助を行うことが注目されてきている。このような施設外でのリハは、職業リハの地域リハ化を典型的に示しているとも考えられ、YRCとしても、後述するように今後の重要課題と認識している。しかし、ここで強調しておきたいのは、YRCが施設外リハを実施する場合も、それは施設内リハを否定するものではないと言う点である。施設外リハをより有効なものにするために、施設内リハは今後も不可欠なサービスであるという考え方に立っている。数カ月から1年程度、施設という半ば保護された環境の中でリスクを恐れずに、障害者が自分の可能性を自由に試してみるというのは、その後に施設外サービスを行う場合もリハの可能性を高める上で非常に重要であると考える。

6.今後の課題

 最後にシステム化の今後の課題を2点述べる。

(1)施設外リハの展開

 先にリハの期間限定性に触れたが、YRCが今後施設外リハを検討する場合、この期間限定性が重要になってくる。ここでYRCのあるスタッフの比喩を借りて、職業リハを自動車免許取得の過程に例えてみると、YRCは、あくまで教習所内の練習(施設内リハ)を基本とし、その上で一定期間の路上教習(施設外リハ)を行うことを原則としているということになる。教習所内の練習を飛ばして、いきなり路上教習を行うことや、教習によっても単独運転できない人のための運転代行や運転補助(実際の雇用の場での継続的な支援)は、現在のところ想定していない(あくまでYRCの話であり一般論としてこのようなサービスを否定するものではない)。つまり市内全域の莫大な数の利用者に可能な限り対応しうるように各人へのサービス期間は限定し、その代わりに人生の節々で職業生活を再検討する度に、何度でも再利用可能な体制を整えるというのが、基本方針となろう。

(2)事業所への支援体制の強化

 リハには障害者を環境に適応できるように援助することと、環境を障害者に適したものに変えていくことの両方が含まれている。職業リハにおける事業所への支援体制は,後者に該当するものである。事業所の環境を障害者に適したものに変えていくために、職務環境などの物理的環境のみならず、人事的問題についても助言できる体制を整えていく必要があると考えている。このためには,リハ工学分野との連携や労務管理の専門家などとの連携が不可欠であり、今後の課題としている。

(3)最後に

 上記2つの課題が解決すれば、YRCとしての地域職業リハシステムは一応完成するはずだが、今後も予想しえないニーズは常に発生してこよう。結局システムというのは、常に生成途上にあるものであり、現時点で中途半端と思われるシステムをとりあえずの前提として仕事を進めなければならないと言う気持から我々実務担当者が開放される日は、永遠にないのではないだろうか、というのがこの10年の実感である。

横浜市総合リハビリテーションセンター


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年3月(第85号)8頁~10頁

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