特集/障害者の職業問題 精神障害と職業リハビリテーションの課題

精神障害と職業リハビリテーションの課題

岡上和雄

 

はじめに

 精神障害者と職業リハビリテーションの関係には多くの局面があるので、自分なりの力点とお断り的なことに触れておきたい。

 たとえばこの主題の中には、「現に雇用されている精神障害者の問題」がある。雇用主によっては、よく休む障害者の問題を改善するのが優先課題かもしれないし、病気や障害のため「人と折り合う能力」が乏しい精神障害者について悩んでいる上司にとってはそれこそが問題であろう。病気の種類についても手元のイギリスの統計をみると、病気や障害のために仕事を休んだ人の中に占める18%の精神障害者の中では、その半数が不安状態、27%がうつ状態、16%が精神病、3%がアルコール依存とあるから、この面でみると不安状態やうつ状態こそ、職業リハビリテーションの中心課題ということもできる。

 しかし、ここではこれらの問題は取り上げない。それはひとつには筆者が手慣れていないためでもあるが、何よりも精神障害者の圧倒的多数が、職場に参入できないでいる現実によっている。

 他方、職業リハビリテーションの問題は、職場での成功例というポジティブな問題を取り上げてこそという考え方もある。たしかに、何人かの精神障害者を雇用している企業主の経験は間違いなく貴重だが、この局面から出発すると陰にいる多くの脱落者の問題を置き忘れがちになる(逆にほとんど脱落者が出ないところでは非定型の就労が多くモデルになりにくい)。その上、企業主の魅力が浮き出てしまうため、かえって障害に近づきにくいということもある。

 というようなことで、ここでは、圧倒的多数を占める「失業状態」の精神障害者の問題を中心に置く。疾患としては精神分裂病、とくに慢性分裂病が中心となる。

 次に精神障害者における「障害(impairments, disabilities, handicaps)」と医学の関係について触れておきたい。医学研究としては、impairment とdisabilityの関係や障害全体の構造の解明は、リハビリテーション研究の出発点であるが、今ようやく入り口にいる程度で、とくに障害と職業の関係についての医学としての分析はおおいに遅れている。たとえば、個人的経験の範囲ではあるが、難治性の分裂病の一部に興味ある効果を示した非定型抗精神病薬の近年の報告の中で、「病気の状態」の改善と「職業能力」の改善が不即不離の関係にあるのをみて改めて障害観をゆすぶられたり、impairmentの改善の指標として事象関連電位の応用が発展しそうな紹介記事を読んで、急に希望的観測が広まったりするなど、医学的障害の輪郭はまだまだ伸び縮みするとの思いが強く、リハビリテーション学の土台である「障害論」がそもそも己の中であやふやにしか位置づいていないことをお断りしておかなければならない。

 今1つ、あげておきたい。精神障害問題は、世界的にみて1970年代を境に大きく変わっている。1つの側面は科学の進歩に基づく基礎領域の発展であるが、もう一方の側面は、コミュニティケアの蓄積ができた点である。60年代・70年代についての活動の総括は、「入院の継続よりも地域での生活の方が望ましく、多くの精神障害者でそれが可能であること」、とはいえ「それは病気の軽快を必ずしも意味しないこと」、そしてしばしばそれらへの対応は「訓練よりも環境の改善であるべきである(リハビリテーションではなくハビリテーションと呼ぶのがふさわしい)」、といったことである。これらは、当然地域資源の充実やネットワーク化を必須のこととする。わが国でも昨1995年12月に「障害者プラン」が発表され、ようやく精神障害の領域でも「志」と「目標点」が示されたといってよいが、その実態化はすべて今後に委ねられている。本来、精神障害者の職業リハビリテーションシステムは、これら関連資源の充実という基盤の上にこそあるもので、それが単独で存在しても成果をもたらしにくいものである。テーマとして与えられた「在り方と課題」は、このあたりの現状のギャップに問題意識を置くこととしたい。

1 論点外とした重要課題について

 論点の立て方の関係で、ここでは定式化をめざした評価の問題、個人対個人ないしグループを舞台にした行動療法や自我強化にポイントを置いた心理的アプローチなどの重要問題に触れないが、その他の領域でも触れない重い課題がある。

 前記の総理府障害者対策推進本部の「障害者プラン」では、その骨格として、リハビリテーションとノーマライゼーションの理念を踏まえて、以下の7つの視点から施策の重点的な推進を図るとしている。

① 地域で共に生活するために

② 社会的自立を促進するために

③ バリアフリー化を促進するために

④ 生活の質(QOL)の向上を目指して

⑤ 安心な暮らしを確保するために

⑥ 心のバリアを取り除くために

⑦ 我が国にふさわしい国際協力・国際交流を

 これらのうち精神障害者の職業リハビリテーションに関係が深い政策目標は、「授産施設及び福祉工場を、ニーズに対応できるようにするために、6.8万人分を目標として計画期間内に整備する。(①関連.ただしこの数値は全障害者についてのもの)」、「精神障害者の特性に留意しつつ、社会復帰のための訓練を充実するとともに、社会的自立をめざし訓練から雇用へつながるよう、雇用施策との連携を図る。(①関連)」、「医療・福祉等と連携した支援体制の整備を図るとともに、精神障害者の特性に配慮した柔軟な職業リハビリテーションの実施及び雇用管理に関する支援等施策の充実を図る。また、精神障害者の雇用実態等を踏まえ、雇用率制度の適用の在り方を検討する。(②関連)」、「各種資格制度等における精神障害者の欠格条項の見直しを推進する。(⑥関連)」などである。

 これらの問題についての議論が広がるとき、とりわけ重度の障害者(全障害者)に関しては、長年の間、保護雇用を労働省の雇用施策の中に加えるべきか否かについて、消極論、推進論、中間論などが繰り返されているが、この問題にも触れないつもりである。また、核心の問題の1つである雇用率の問題についても割愛し、さらには、精神障害者の職業問題の基本課題の1つである各種身分資格における欠格条項問題についても他日にゆずりここでは触れないことをお断りしたい。

2 日常生活と職業生活の距離から問題を考える

 1988年その著作において、「精神医学的症状尺度は、職業リハビリテーションの成果を予測しない。」、「精神医学的診断は、職業リハビリテーションの成果を予測しない。」、「精神医学的症状尺度は、精神障害をもつ個人の技能と相関関係にない」と現状を一刀両断したAnthony,W.A.は、日本で開催された世界精神保健連盟'93世界会議(幕張会議)の職業リハビリテーション関連部門の基調講演で、「職業リハビリテーション活動の難しさは、退院して生活状態のよい人が仕事に就けるか否かをどのように見極めるか、という点にある。」と述べているが、本論の関心もここから出発することとする。もっとも、この頃は入院経験のない人も増えつつあるから、「退院して」という言葉ははずしておこう。(なお、本筋には関係はないが、併せて強調している「仕事の遂行能力の不足から失業することはあまりないと思う。失業の事態になるのは、解雇せざるを得ないような仕事への適応技能の不足があるからである」という見解は、一面の真実ではあっても必ずしも与みせないと筆者は感じている。)ともあれ「実際に働いている場を離れた評価は存在しない」と会釈なく喝破したAnthonyの見解は、今日の日本の現状を考える上で最重要な観点である。

 そこで以下、この問題を浮かび上がらせる作業を筆者なりにやってみたいと思う。

 まず、現状の精神科リハビリテーションの考え方をうまく表現した文章を引用しよう。

 「精神科リハビリテーションでは、精神病患者が自分で選択した『環境』で自分の目的を達成することを援助する。たとえば、単身アパートで生活するとか、就職するとか。その際、(患者が生き方を選択する場合に欠かせない)『自己についての理解』と『それはどんな環境かということについての理解』を大切にし、併せて<自分がめざそうとする>目標を達成するために“必要な”スキルを身につけることを援助する。」

 「環境にも働きかけて、目標の達成を高める。その環境とは『働く環境』『学ぶ環境』『住む環境』『社会的環境(余暇の利用から人との付き合いまで)』である。」

 このうち前半の部分は、本人に内在する能力に見合った目標がある場合によく適合する観点である。しかし、現実にはそのような本人の条件に見合う環境がいつも存在するわけではないから、当然のように後半の環境への働きかけ(環境条件の緩和)が別の大きな課題となる。いうまでもなく、前者は個々の治療チームで行える技術の展開であるのに対し、後者はシステムの整備であるから、多くの治療の場ではなかなか手を出せない。結果として、前段を自己完結し、しばしば後段の環境への働きかけの部分を捨象することになる。

 もはや普通のこととなった「働くだけが人生ではなく、リハビリテーションでもない」という命題は、歴史的にみてきわめて大きな示唆を筆者ら旧世代の人間に与えたが、一面で『働く環境』(あるいは『学ぶ環境』)を射程外に置くための合理化にもなった点も見逃せない。ここで起きた一連の経過は、「仕事以外の日常のもろもろの生活に習熟することが、職業生活への移行を可能にするとはいえない」という重要な経験を、関係者のものにする道を狭めたという点では問題であったかもしれない。なお、先の文章は、前段がdisability への視点、後段がhandicapへの視点で、そもそもが、WHOが施策対応、役割分担の交錯を整理し、サービスの総合化をめざして行った「障害の分類」の考え方と一致するものであるが、わが国は、disabilityへの対応とhandicapへの対応の間の交通路の掘削が未発達のまま今日を迎えたといわざるを得ない。

 今後は、前述「障害者プラン」の骨格に対応した、「精神障害者の特性に留意しつつ、社会復帰のための訓練を充実するとともに、社会的自立をめざし訓練から雇用へつながるよう、雇用施策との連携を図る。」、「医療・福祉等と連携した支援体制の整備を図るとともに、精神障害者の特性に配慮した柔軟な職業リハビリテーションの実施及び雇用管理に関する支援等施策の充実を図る。」のうち、とくにアンダーラインの部分について、訓練から雇用につながる条件と可能性の測定、柔軟な職業リハビリテーションの内容とそれによって効果が期待できる対象の明確化を避けて通れない。ともあれマクロ的には訓練と雇用を結び付けるのが容易ではないことを前提にしないと、ノーマライゼーションのための総合施策へはたどりつかないことは、重ねて強調しておかなくてはならない。

 この問題に関連して、日常生活の確立をめざしたアクティビティのみでは、問題が解決に向かわないことを示す若干の根拠を、筆者らの調査データから示してみたい。

 調査は、去る1992~93年に実施した「地域で生活する精神障害者本人調査」と呼ぶ自記式のもので(対象数3,700余人)、ここで引例するのは、そのうち仕事に関する自信度(9項目、抽出された因子;職業週間関連項目,作業遂行関連項目)と日常生活に対する自信度(21項目、抽出された因子;家事・基本生活項目,余暇・対人関係項目,保健・医療行動項目,社会的関係項目)についての結果である。これらの回答の示すものは、「障害」そのものではなく、「当事者自身の自信度」で、その意味での限界もあるが、筆者はそれりに大きな示唆を得たと感じているものである。すなわち上記の「仕事に関する9項目」と「日常生活に関する21項目」をそれぞれ尺度化し、仕事等の状態(正規就業、パート・アルバイト、職親の下での就労、授産施設通所、作業所通所、何もしていないの6形態)との関係をみたところ、仕事に関する項目で正規就業者に自信度の得点がきわめて高く、順に下降し、何もしていない群に自信度の得点が著しく低くなるなどきわめて強い関連性を見いだしたのに対し、日常生活の項目では全体としては関連性を見いだすことができなかったのである。

 Kennedy,C.,Gruenberg,E.M.は同じ著作の中でのGoldman,H.H.,Mandersheid,R.W.の論著を引例して、集中力と仕事への持続力は、機能障害対応の器官レベルの機能であると指摘しているが、持続力の典型的反映ともいえる8時間労働への自信度(これ自体については筆者は他論文でも触れているところだが)についての分析結果でも、日常生活の各項目について自信ありと回答した者のほぼすべてで、8時間労働については「自信なし」が「自信あり」の回答を上まわっているなど、ここでも日常生活から職業生活を推定することが困難なことを示唆していた。

 以上のことから、少なくとも医療・保健領域の側では、わが国の医療・保健のアクティビティの多くが、日常生活の自立を中心に置いていて、問題意識・知識経験、制度推進の能力の面で職業的自立への連結路をもっていないこと、障害論の分析が職業的障害にまだまだ及んでいるとはいえないことを自覚していなければならないと思う。

 このような状況のまま(職業への連絡路の開拓をしないまま)、次のステップを労働領域の「職業リハビリテーションの領域」に丸ごと委ねるのはすこぶる問題であるともいえる。

 ともあれ、結果的にみて現状の「医療・保健のケアプログラムと職業リハビリテーションのギャップ」、そして「雇用外にある障害者と雇用されている障害者の収入・生き甲斐などを含む生活の質のギャップ」は抜きがたい程に大きい。現に就労援助を行っている関係スタッフ(この場合、病院、精神保健センター、保健所、作業所それぞれのスタッフ)の多数(74.3%)も、正社員としての就労可能性を対象者の2割以下とみている事実からみても、問題は深刻で、現行システムの欠陥を再検討する必要を強調しないわけにはいかない。

3 これからの在り方についての若干の補足と提言

 現在、わが国に限らず先進世界における精神障害者(精神分裂病者)の競争的雇用の場への参入はきわめて厳しい状況にある。第一線の医療・保健・作業所スタッフの認識もまた同様であることはすでに示した。これらは大筋からみて、現在の技術水準に大きく期待できないことを示しているのであるが、なおそれを認めた上で、われわれは一般雇用への参入の可能性を追求することを放棄してはならないことを己にいい聞かせなければならない。当然そのためには、ふさわしい人を選択できる場(候補者発掘の機会)を充実させることにこそ、最重要の宿題があるといわなければならない。

 われわれは、ここで、内容的には今まで述べてきたことの繰り返しではあるが、「臨床プログラムや社会生活状態から職業的な在り方を推定できない。」という近年の他国のタスクフォースの見解や、有効資源は、supported employmentなど現場での経験を中心とする職業リハビリテーションプログラムであるとする近年の関連研究の総括論文の見解について十分に留意しなければならないと思う。

 いうまでもなく職業リハビリテーションの充実のためには、早期の行動療法や自我強化のための治療的アプローチはもちろん、慢性期においても状況理解をすすめるための心理療法的介入や、近年の職業レディネスへの着眼や長年の実践経験を加味したワークパーソナリティ障害評価表の作成と評価結果の分析など、本論で想定した枠組みを越えた重要な課題が山積している。とくに職業関連の評価の問題は、多様な方向性をもっており、かってとは異なり内外とも研究の人・舞台は広がっていることからみて、今後の可能性を考慮しておかなければならないであろう。ここでの主張は、それらは重要であるが、それらの方向に「行政が展開すべきシステム構築」のエネルギーが吸収されつくしてはならないという点である。

 そのための基盤整備が、当面のわが国の最大課題であるが、筆者としては、厚生行政、労働行政、通産行政、民間、そしてそれぞれが手を組むべき自治体すべての努力を期待せずにはいられない。以下、上記の中で厚生行政―自治体、民間―自治体の問題にしぼって基本的な観点と具体的な提案を記しておきたい。出所は、筆者も参加した 第10回精神障害者の社会復帰・社会参加を推進する全国会議(就労分科会、1995.11月30日~12月1日)における資料の一部である。

考え方

 関係者がお互いに確認すべきことは、精神障害者に関するノーマライゼーションに向けての努力は、一般の雇用に吸収するという方向だけでないこと。この方向だけでは、一般就業と内職的工賃にのみ依存する作業所活動の間の断層は埋められないこと。

現状で開拓すべきこと

1.定型的就労以外で一定の収入が得られる多様な場を用意すること。

2.訓練というより、本人にとって選択可能な、しかも達成感のある場を創設すること。

3.あるいは、一般雇用の前段階で可能なこと

(働くこととトライアルの一体化)を模索すること。

今後において設けられるべき事項(要望項目)

a.社会適応訓練事業(旧通院患者リハビリテーション事業)について

1.社会適応訓練の場となる職親が増えるように対策を講ずること。

1)委託料

2)短期訓練制度

3)再トライの条件の検討

4)交通費の支給

5)傷害保険制度の推進

2.訓練参加奨励手当の制度的位置づけを行うこと。

3.社会適応訓練事業の協力事業所において業務指導職員を置けるようにすること。

4.社会適応訓練事業の具体事例の把握、助言、評価の検討のため、保健所等の関係スタッフの定期訪問指導体制を確立すること。

5.ポスト社会適応訓練事業として継続就業奨励金制度を設けること。

6.企業における訓練である以上、場合によって訓練と雇用の間の中間領域が生ずるが、この状況に対して、対象者、事業者に不利益をもたらすことがないよう制度解釈を確立すること。

7.職親企業が事業所内に特定目的の小規模作業所を設け、あるいは、グループホーム相当の機能をもった共同住居の事業を行うための要件を明らかにすること。

b.精神障害者のための仕事の場の拡大について

1.責任ある契約を結べる(当事者能力を有する)

団体の設立を奨励、助成を行うこと。

ねらい

1)職域の拡大・就労形態の多様化

2)重度障害者雇用企業の育成

3)技能習得についての現場での支援

4)教育・育成機能

2.公共・環境に関連する官公需の発掘のための事業を障害者施策の中に位置づけるよう努力すること。

 文献 略

中央大学法学部教授・全家連保健福祉研究所長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年3月(第85号)28頁~33頁

menu